*2011年08月01日:グランヴィルについて
*2011年08月02日:崩壊の美学 [;^.^]
*2011年08月03日:ガソリン、高いですね
*2011年08月04日:まるでイソップ [;^.^]
*2011年08月05日:夏オフ直前ドタバタ
*2011年08月06日:FCLA夏オフ 2011 第一日
*2011年08月07日:FCLA夏オフ 2011 第二日
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*2011年08月01日:グランヴィルについて


 2週間前に読み終えた画集だが、廃墟通信に書くのを忘れてた。グランヴィル −19世紀フランス幻想版画−」(鹿島茂、求龍堂、鹿島茂コレクション)である。

 まずは、この画家の画像検索結果を観ていただこう。どうです、なかなか素敵でしょう [^J^]。特に中期以降の作品の、自在な幻想(メタモルフォーゼ)が、シュルレアリストたちに高く評価された画家である。

 しかし初期には、風刺画家として名を馳せた。解説から2箇所ほど、その頃の作風について、引用しておこう。

 「グランヴィルもドーミエもルイ=フィリップや政府高官たちを悪の権化としてきつい筆致で描く点では変わりはないのだが、大きく違う点がある。ドーミエの風刺画には相手を嘲弄しコケにしてもどこかに「愛」があるのに対し、グランヴィルにはこうした「愛」がひとかけらもないことだ。ドーミエは個々の権力者を批判しても人間そのものはこれを許しているのに、グランヴィルは人間そのものが嫌いなのである」(25頁)。「社会風刺においてグランヴィルの成功を拒んだ要因、すなわち強度の人間嫌いから発するキツすぎる風刺、黒いユーモア、グロテスクな誇張癖などが『ガリヴァー旅行記』においてはことごとく逆に機能して、大きな成功の原因となっている」(28頁)。

 NHK交響楽団の10月22日の定期公演(「トゥランガリラ交響曲」(メシアン)、指揮:アンドレ・プレヴィン、ピアノ:児玉 桃、オンド・マルトノ:原田 節)のチケットを、eプラスで確保。

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*2011年08月02日:崩壊の美学 [;^.^]


 廃墟通信でも何度かご紹介していると思うが、私の自宅は、ほとんどが「箱」で構成されている..と書くと、まるで「魍魎の匣」的な何かが連想されるかも知れないが [;^.^]、もちろん、そんなんではなく、(本来は工具用だと思われる)ストッパーボックスを、(推定)200個近く、使いこなしているというだけの話である。[;^J^]

 半数以上は書籍用(文庫本やA5版の雑誌など)で、次に多いのが、CD/DVD。そのほか、文房具、PCパーツ/周辺機器/付属品、薬、雑貨類、食玩、梱包用具、衣類小物(手袋/ボタン/端切れ等)、電子楽器関連小物、各種線材、食材、等など、ありとあらゆる「小さなもの」「散逸しやすいもの」の分別整理に使いまくり、積み上げまくっているのである。この狭い自宅の空間を有効活用する方法としては、これがベストだと思う。(肝要なのは(言うまでも無く)極力同じ規格で揃えるということである。)

Picture

 玄関脇も、左の写真のようなありさまなのであるが..この写真では隠れて見えないのだが、縦長の嵌め殺しの窓があり、そこはカーテン等で塞いでいなかったので、1日に数時間、5つのストッパーボックスに太陽光線が(飾りガラス越しに)当たる状態であった..

 ..長の年月..[;^.^]

 ここに積み上げてあるストッパーボックス群の、かなり下の方に、小型モニタースピーカーを収めた箱がある。夏オフで使うので、それを取り出そうとして、これらに触ったら..


Picture

 ..なんと美しい..[;^.^] 私はほとんど、陶然としてしまいましたよ [;^.^]。うーむ、考えてみれば当たり前だ。飾りガラスごときに、毒電波 紫外線を遮断できるわけがない。



 少し暗くなるけれど、この窓、塞がなきゃならんなぁ..

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*2011年08月03日:ガソリン、高いですね


 夏オフは、今週末の土日である。シンセ本体は担いでいくのだが、シンセの脚は到底ハンドキャリーできるものではなく、毎年、会場に(アンプ/スピーカー/楽譜その他、様々な荷物を積んで)車で乗り付ける役回りであるT氏に事前に宅配便で送付しておき、車で運び込んでもらうことにしている。

 送るのは、毎年、その週の水曜日(つまり、今日)である。ヤマト運輸の営業所から発送するためには、営業時間の関係から、車に積んで出勤し、帰路、営業所に寄る必要がある。自転車出勤は不可能なのである..

 ..もちろん当然、絶好の自転車出勤日和。むかつく〜〜っ [;^.^]凸

 出勤時に、久々にガソリンスタンドに寄るが、レギュラーがリッター147円。うひゃぁ.. 最近は、車に乗る機会が激減しており、従って当然、ガソリンを入れる機会も激減して間隔が開いているので、前回との価格差にびっくりしてしまう。[;^J^]

 帰路、予定どおり、ヤマト運輸の営業所から、シンセ脚をTさん宅宛てに発送。

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*2011年08月04日:まるでイソップ [;^.^]


 7月30日の成分献血の結果が届いたが..わーははは、やっぱりな。[;^O^]

 廃墟通信の読者であれば、私が酒量をいっさい減らさず、自転車通勤を始めただけで、γGTPが250(以上)から70まで減ったことをご存知であろう。(正常値は5〜60または65。)つまり、γGTPを悪化させる要因は酒量だけではなく、運動不足も(非常に)大きく、ここを改善することによって、高水準の酒量を維持したまま、γGTPを正常値ギリギリ(近似的には正常値も同然 [^.^])まで下げることに成功したのである。

 ..となると、このあとの成り行きは自明であろう。

 私も人の子。当然、増長する [;^J^]。酒量が逆に、増えたのである [;^.^]。特にここ1ヶ月は、廉いわりには美味い梅酒を、ロックで ガブ飲み してきたのである。それはもう、文字通りの ガブ飲み であって、舌をスルーして喉で味わう感じ? 2リットルパックが飛ぶように空いていくスピードは、到底ここに書けるものではない。[;^J^][;^J^][;^J^]

 ..ええ、もちろん、リバウンドしましたよ。リバウンドしましたとも、γGTP [;_ _]。具体的な数字は書かないが、1ヶ月前の測定値からの差分は、測定誤差と強弁できる水準のものではない。[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 あまりに見事にわかりやすい、型どおりの(ほとんど勧善懲悪的な [;^.^])成り行きである。[;_ _]

 まぁ、確かに、この酒量でγGTPが正常値に収まってしまったら、それは、公序良俗 社会正義に反すると思うし..

 ..というわけで、今後の酒量は、ワイン2本/週とする。1本空けたら、3日で飲む。それを2回繰り返し、1日休む。理想的なペースである..

 ..もちろん、夏休みが終わってからね。[;^.^]

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*2011年08月05日:夏オフ直前ドタバタ


 今年の夏オフでは、「サンダーバード」も演る。当然、冒頭のロケット発射音も欲しいところであるが..合成している時間がない [;_ _] ..というわけで、卑怯にも、録画からサンプリングしてしまったのであった。[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 毎年のことであるが、(同時に演奏される)音色(楽器)間の音量バランスを取るのに、腐心する。これは本当に難しいのだ。Fantom−S本体だけで演奏するならともかく、外部MIDI機器(シンセ/エレピ/Vドラムのパッド)でトリガーするパートもあり、そして、外部機器とFantom−S本体の鍵盤とは、一般に、ベロシティカーブが違う..要するに、弾き方に応じた音量の上がり方が違うのである。そして言うまでもなく、自宅のモニタースピーカー(またはヘッドフォン)と、会場空間で使うアンプ/スピーカーでは、全く条件が違う..最終的には、会場で現場合わせするしかないのだが。

 「復活」(マーラー)のセッティングのミスが発覚して、修正。その他、微調整をいろいろと。

 明日の午前中、Tさんが搬入されるV−Drumsのセッティングも私の担当なのだが、微妙に時間が足りないかも..V−Drumsのセットアップの経験があるTaさんが、午前中から来られる予定なので、頼ってしまうことに決めた。[;_ _][;^.^]

 前田武彦、逝去。享年82歳。合掌..

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*2011年08月06日:FCLA夏オフ 2011 第一日


 夏は、夏オフ。今年も、夏オフ。まずは、直近の15年分のレポートを以下にリンクしておこう。


*1996年 第一日 第二日
*1997年 第一日 第二日
*1998年 第一日 第二日
*1999年 第一日 第二日
*2000年 第一日 第二日
*2001年 第一日 第二日
*2002年 第一日 第二日
*2003年 第一日 第二日
*2004年 第一日 第二日
*2005年 第一日 第二日
*2006年 第一日 第二日
*2007年 第一日 第二日
*2008年 第一日 第二日
*2009年 第一日 第二日
*2010年 第一日 第二日

 余裕をみて6:40に、シンセをかついで自宅を出る。徒歩15分でバス停に着いた時点で、既に滝汗 [;^J^]。浜松駅を7:50に発つひかりに乗り、東京は幡ヶ谷の会場(アスピア)に着いたのは、9:40頃だったかな? 10時前から設営開始。

 例年、シンセは下手側(指揮者から見て左側)に配置しているのだが、今年は上手側に配置することにした。なぜなら、チェロが上手側にいるからであり、初日はコントラバスの参加者がいない今年は、シンセがコントラバスの代奏をする機会が多くなるからである。(オーケストラの楽器の配置方法(流儀)はいろいろあるのだが、基本的に、チェロとコントラバスは、同じ方向にいるべきである。)この方が、確かに合理的であるのだが..しかし、コントラバス奏者がいない(あるいは極端に少ない)のは今年に始まったことではなく、近年、ずーっと同じ傾向だったのに、どうしてこれまで、この配置方法を思いつかなかったのかというと..慣性の法則としか..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 コントラバスの代奏について、もう少し詳しく書いておくと..近年、コントラバス奏者が参加しない年が多く、チューバ奏者のNYさんと、バリトンサックス奏者のHさんが、主として代奏していた。逆に、ふたりいれば音量的には問題ないことが多く、従って、シンセはコントラバスパートを代奏しないことが多かった。とはいえたとえば、昨年の「悲愴交響曲」(チャイコフスキー)の第4楽章のエンディングなど、コントラバスの音色が絶対に必要な場合はシンセが代奏したし、その他の曲でも(手が空いている人が)シンセでコントラバスパートを弾くことはあった..という状況だったのだが、今年はチューバのNYさんが参加されず、そうなると、コントラバスパートを(最大でも)バリトンサックスひとりでまかなうことになり、いくらなんでもこれでは負担が大きすぎるし音量も足りないと思われるので、今年は基本的に、シンセもコントラバスパートを代奏することにしたのである。ただし、2日目は、(数年ぶりに)コントラバス奏者が(ひとり)参加するので、シンセによるコントラバス代奏は、指揮者から(音量を増強したいという)特段の希望が無い限り、原則としてパスすることにする..てゆーか、練習しきれなかったんだよう、これだけたくさんの曲のコントラバスパート..[/_;][/_;][/_;][;^.^]

 10時に開会。開会ファンファーレは、「A.コープランド/市民の為のファンファーレ」であり、私はシンセ(のパッド)で銅鑼を担当したのだが..落ちまくり [;_ _][;_ _][;_ _]..思いっきり言い訳するが、銅鑼と大太鼓のパート譜が合わせて1枚であり、大太鼓席までパート譜を見に行って、少し先まで「憶えて」から、シンセ席まで弾きに戻る、という状態だったんですもの..[;_ _][;_ _][;_ _][;^J^]

 「J.C.バッハ/シンフォニア ト短調 op.6-6」では、シンセは通奏低音のチェンバロ。到底私に弾けるものではなく [;^J^]、Mさんに弾いていただき、私はアシ(譜めくり)に付く。

 「W.A.モーツァルト/交響曲 第38番 ニ長調 Kv.504「プラハ」」では、シンセでコントラバスパートを弾いた。細かい音符は、適宜(← てきせんじゃないよ、てきぎだよ)略させていただきました。[;_ _][;^J^](..私が弾いたんだよな? 確か..この日記を書いている時点では、記憶が曖昧なのだが..[;_ _][;_ _][;_ _])

 「A.ドヴォルザーク/交響曲 第9番 ホ短調 op.95 「新世界より」」では、Gさんがシンセでコントラバスパートを弾いた。私はアシについて、譜めくりと、それよりも重要な「アルコ/ピッツィカート」切り替えを担当。アルコ(arco)とは弓を使う(普通の)奏法であり、ピッツィカート(pizzicato)とは弓を使わずに(ギターのように)指で弦をはじく奏法であって、私の仕込みでは、これらは別の音色として、隣り合ったパートにセッティングしてある。具体的には、パート5がコントラバスのアルコ、パート6がコントラバスのピッツィカートである。カーソルキーでパートを切り替えるのだが、奏者(Gさん)の手が回らない場合は、私が横から手を出して変更するのである。アルコとピッツィカートがめまぐるしく交替する箇所もあり、これがなかなか忙しい。ちなみにパート7は「マリンバ」であり、ピッツィカート(パート6)からアルコ(パート5)に戻るときにカーソルキーを押し間違えると、エライことになるのであった。[;^.^]

 休憩後、企画枠(吹奏楽枠)。第1曲は「B.グレイ/サンダーバード」で、シンセでグロッケンパートを気持ちよく弾かせていただいたのだが [^.^]、昨日の日記に書いたとおり、イントロでのロケット音も用意した。ただ、何しろ音が音なので、事前に実際にスピーカーを鳴らして音量合わせをするのも憚られたし、サプライズ的に鳴らしたいという気持ちもあったので、結果的にぶっつけ本番で鳴らすことになったのだが、いささか音量を手加減し過ぎたようである。悔し〜〜〜っ [;^.^][;^.^][;^.^]凸

 続いて、「J.C.バーンズ/アルヴァマー序曲」..吹奏楽畑の人たちが、なぜか異様にハイテンションになってる曲 [;^J^]..なるほど、どこかで聴いたことはある。ここでもグロッケンを担当したが、初見ではかなり大変でした [;^J^]。吹奏楽枠の3曲目は、「中村八大/上を向いて歩こう」。シロフォン/グロッケン/マリンバをシンセで担当。Mさんに弾いていただき、私は音色切り替えを担当した。

 で、吹奏楽枠が終わったら、まず、「J.C.バーンズ/アルヴァマー序曲(オケ版)」[;^.^] ..リベンジ枠かよ [;^.^]。今回もグロッケンを担当したが、先ほどよりもややテンポが遅いことと、2回目なので、今度はいくらかまともに弾けたかな。

 そして、「J.ブラームス/交響曲 第4番 ホ短調 op.98」。この曲では、Fさんにコントラバスパートを弾いていただき、私は「アルコ/ピッツィカート」切り替えを担当。

 もう一度休憩をはさんで、これも企画枠で「*ミン」。ケロミンなどの、アナログ音程の電子楽器によるアンサンブル(低音は、チェロが支える)である。どうしてもピッチが不安定になる楽器たちであるが、これが意外にハモっており、昨年よりも明らかに技量が向上していた。[^J^]

 初日の最後が、「マーラー/交響曲 第2番 ハ短調「復活」より 第4楽章、第5楽章」の、「リハ」である。夏オフでは伝統的に、第2日の午前中にだけ、企画枠の主催者が必要と考えて事前に申請した場合、時間の都合がつく範囲内でリハを行なう。(初日にリハをした年もあったかも知れないが、忘れた。[;^J^])午後の「本会」の時間内にリハをやるというのは、今年が初の試みである。要するに、それだけ骨のある(一発では通りそうも無い)曲を取り上げよう、ということである。それが、マーラーの「復活」。「大震災に襲われた今年だからこそ」選ばれた曲ではあるが、過去に一度、夏オフで取り上げられている。そのときは、第5楽章が、私の記憶では4回、多くの人の記憶では7回、止まっている。別に止まらないことが目的ではないにせよ、それにしても、夏オフでは「ほとんどどの曲も、止まらずに一発で通っている」ことを考えると、いかに難曲であるか、おわかりいただけるだろう。

 「本番」は明日である。明日は鍵盤がもう1台来るのだが、今日のところはFantom−Sだけなので、全部のパートは鳴らせない。リハは第5楽章から始まり、Mさんにハープパートを弾いていただき、終結部のパイプオルガンは、P君(Mさんのご子息)に交代して弾いてもらった。私は、Fantom−Sのパッドを叩いて、銅鑼と鐘。本番ではグロッケンパートも弾くのだが、今日のところは鍵盤をハープと奪い合うことになるので、省略。

 このあと、第4楽章のリハに移る前に、MさんとPくんは早退。第4楽章のハープパートは私に回ってきたが、準備不足故、ほとんど弾けず。[;_ _](本番は、別の方にお願いしてあるのです..← ちょ〜言い訳。[;_ _][;^.^])さらにこのあと、時間が余ったので、(明日は演奏しない)第1楽章も通した。コントラバス、ハープ、銅鑼パートが存在するが、私はリック・ウェイクマンではないので [;^.^]、銅鑼だけ担当。

 初日は、ここまで。シンセは会場に置いたまま、まず、常宿のサクラホテルにチェックインしてから、打ち上げ会場の「呑兵衛」に向かう。(アスピア、サクラホテル、呑兵衛は、互いに徒歩3分程度の距離なのである。)

 開始は21:30頃だったかな? 今年は久しぶりに会う人、ほぼ全員に、色の黒さを指摘され、それはもちろん織り込み済みなのであるが、かなり多くの人に、「東南アジアのポン引き」とも評された [;^J^]。本物を見たことは無いのだが、私もまんざら、そのように思わないでもない。[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 飲み放題ではあるが、例年と異なりワインが選択肢に無かったせいか、途中で記憶が曖昧になることもなく [;^.^]、無事にサクラホテルに帰り着いた。(二次会は、無かった模様である。)

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*2011年08月07日:FCLA夏オフ 2011 第二日


 夏オフ2日目。早めに会場入りして、セッティング。Nさんがエレピを持参して(Tさんの車で)到着。これで鍵盤が2台になる。(エレピ自体の音は使わず、Fantom−SのMIDI入力鍵盤として使う。)

 昨日の日記に書いたように、今日はコントラバス奏者が参加しているので、シンセによるコントラバスパートの代奏が、全ての曲で必須というわけではない。(コントラバスひとり、または、コントラバス+バリトンサックスのふたりで十分な曲もあろう。)..ということで、昨日ほどには気が張っていないので、一部、記憶が曖昧になっているのは、これはもう、まったく、やむを得ないことである [;_ _][;^J^]。さらに言うと、午前中、企画枠の曲を4曲、リハしたのだが、午後の本会とはシンセの奏者が違う場合があり、記憶が曖昧というよりは、混乱しているのである。[;^.^][;^.^][;^.^]

 午後、本会の1曲目は、「G.ヴェルディ/椿姫 第一幕への前奏曲」..いきなりで恐縮なのだが、シンセは多分、コントラバスパートを弾かなかったのではあるまいか。[;_ _][;^J^]

 「F.J.ハイドン/トランペット協奏曲 変ホ長調」..これも記憶がはっきりしない。チェンバロとコントラバスのパートがあり、少なくともチェンバロをどなたかに弾いていただいたと思うのだが。2台の鍵盤を使って、コントラバスのパートも弾いただろうか..うーむ、うーむ..[;_ _][;_ _][;_ _]

 「L.ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調 op.67」。 これは、はっきりしている。さぼった [;^J^]。私は1Fのロビーでだべっていたのである。[;^.^]

 さて、次が今年の目玉というか、夏オフ史上初の新機軸、「懐かしのイージーリスニング」である。いちいち曲名は書かないが、企画者のTさんが手ずから編曲されたもの。鍵盤部隊は、「復活」の次に忙しかった。[;^J^]

 全部で5曲。鍵盤楽器は3台編成。生ピアノ+ハープ+チェンバロが基本だが、1曲だけ、ハープの代わりにパイプオルガン。もちろん、生ピアノ以外の楽器を、全てFantom−S(及び、MIDI入力鍵盤としてのエレピ)でまかなう。また、V−Drumsは、この企画だけで使い、4つのパッドをコンガ×2、カバサ×2にアサインした。(これは、V−Drums自体の音源を鳴らした。)

 休憩をはさんで、企画枠が続く。

 まず、協奏曲枠として、「K.ライネッケ/フルート協奏曲 ニ長調 op.283」。初めて聴く曲であるが、なかなか見通しが良い、親しみやすい作品である。Sさんが、コントラバスパートを弾き、私が「アルコ/ピッツィカート」切り替え。

 次が、シベリウス枠。「ペリアスとメリザンドから 第8曲 メリザンドの死 op.46-8」「アンダンテ・フェスティーボ JS.34(op.117a)」「カレリア組曲から 第3曲 Alla marcia op.11-3」の3曲だが、3曲とも、私がコントラバスパートを弾いた。

 そして、「佐藤 眞/「土の歌」より 7.大地讃頌」..吹奏楽畑における「アルヴァマー序曲」に対応するというか、合唱畑のひとたちのアテンションが、異様に高い作品。これも、Tさんによる編曲で演奏。Nさん(だったと思う [;_ _])が、シンセでハープパート。

 休憩のあと、夜の部。

 「W.A.モーツァルト/ミサ第15番 ハ長調 Kv.317「戴冠ミサ」」では、Nさんがオルガンパート。そしていよいよ、「G.マーラー/交響曲 第2番 ハ短調「復活」より 第4楽章、第5楽章」である。

 この曲が始まる前に、夏オフへは久しぶりの参加となるSKさん(鍵盤奏者)が、到着していた。彼が来ることは(直前の参加表明を見て)把握していたので、まぁ要するに、飛んで火にいる夏の虫 [;^.^]。人手不足の鍵盤部隊にとって、まさに干天の慈雨だったのである。[;^J^]

 第4楽章では、Nさんが(エレピ鍵盤で)ハープパート。SKさんには(弾く個所は極めて少ないが、休みが多いだけに、「入り」が難しい)コントラバスパートを(Fantom−Sの鍵盤で)担当していただき、グロッケンが必要な個所では、SKさんの演奏を止め、音色を(グロッケンに切り替えて)私が奏した。

 第5楽章では、引き続き、Nさんがハープパート。SKさんがコントラバスパートと、最後にパイプオルガンが入ってくる個所からは、そちらに切り替え。私は、鐘と銅鑼とグロッケン。(随分たくさん、落としました。[;_ _][;_ _][;_ _])

 「三分間指揮者コーナー」では、3つの交響曲(新世界、ブラ4、プラハ)からの抜粋を4人の指揮者が振ったが、申し訳ないが、シンセコントラバスは、全さぼり [;_ _][;_ _][;_ _]。初めて指揮棒をもった人も含めた、4人の振りっぷりを、堪能させていただいた。[^J^]

 あとは例年の定番。「M.ラヴェル/ボレロ」では、Nさんがハープ、SKさんに(これまた直前無茶振りとなった [;_ _][;^J^])チェレスタ。私は、コーダで銅鑼。オオトリとなる「E.エルガー/威風堂々 第1番」では、引き続きNさんがハープ、私がパイプオルガン。毎年、他の鍵盤奏者からの特段の希望が無い限り、この曲のオルガンパートは私が弾くことにしているが、それは、簡単で美味しいからである。(← 爽やかな邪念。[^.^])

 撤収は完全に手慣れたもので、打ち上げ会場は、昨夜同様「呑兵衛」。シンセなどの荷物をサクラホテルに持ち帰ってから、会場へ。散会は23時過ぎだったかな? 3〜4名(以上?)が二次会に向かったようだが、私はもう、流石に体力の限界をわきまえているので、サクラホテルに直帰。多分、0時前だったと思う。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 11 2011
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