*2000年07月31日:目録買いの落とし穴
*2000年08月01日:モニターについて
*2000年08月02日:「腰巻き」について
*2000年08月03日:夏オフ、二日前
*2000年08月04日:夏オフ、一日前
*2000年08月05日:FCLA夏オフ 2000 第一日
*2000年08月06日:FCLA夏オフ 2000 第二日
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*2000年07月31日:目録買いの落とし穴


 早朝、伊勢丹大古本市の目録からセレクトした数十冊を、合計5店に、FAXで発注する。全部当選したら、夜逃げである [;^.^]..

 ..あぁぁ、夕方になって、N書店からのカタログが届いた! 今朝、発注したのよりも廉価な物件が、3冊も! 全部伊勢丹大古本市で当選したとしても、被害総額(差額)は1500円ぐらいなので、金銭的にはたいしたことは無いのだが、精神的にこたえる。目録から発注する時は、慌ててはいかん、と、先から自分に言いきかせているし、ここでも書いていることではないか。それなのに。

 大体、今日、発注する必要は、全然無かったのである。締め切りまではまだ間があるのだから、明日でも良かったのだ。そしてなんでまた、このタイミングを見計らって、N書店からカタログを送ってくるんだよ、くそっ

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*2000年08月01日:モニターについて


 Mさんに、アンプとスピーカーとシンセ(XP−50)の脚を発送する。今週末の夏オフ用である。(会場である滝野川会館に直接送ることが出来ないので、当日、自家用車で乗り付ける人に予め送っておいて、車で運び込んでもらうのである。)

 例年は、シンセの脚と、キーボーディスト用の(シンセの音をモニターするための)小型スピーカーしか、発送していない。今年は、初の試みとして、マイクと、マイクアンプと、それ用のモニターアンプと、モニタースピーカーも用意して同梱した。これは、ピアニストにオーケストラの音を聴かせるためである。

 どういうことかと言うと..この会場はフラットスペースであり、オーケストラは、舞台の前に設置された山台の上に配置されるのだが、ピアノは、舞台から下ろせないのである。従って、オーケストラの後方の舞台上に、ピアノ(とシンセと打楽器群)が置かれることになる。

 通常の配置と、逆である。普通は、ピアノは、オーケストラの手前に置かれる。直ちに発生する問題として、ピアノの音が聴こえにくい、ということがある。(何しろ、オーケストラの手前に置かれている、という前提で、曲が作られているのだから。)もうひとつの大問題は、ピアニストに、オーケストラの音が良く聴こえない、ということである。なにしろ、他の奏者は、全員背中を向けている訳だし、もっとも大切なコンサートマスター(第一ヴァイオリンのトップ奏者であって、指揮者のすぐ左側に位置する)の音を聴こうにも、間にはトランペット等の金管楽器群がいたりするのである。

 ピアノの音が聴こえにくい、という問題を解決するためには、音量に2段階くらいのオフセットをかませて、(必要とあらば)肘打ちをしなければならないのだが、これをやると、自分自身の音量で、オケの音が、ますます聴こえなくなってしまうのである。

 このジレンマを解決するために、指揮者付近に置いたマイクで(コンサートマスターと)オケの音を拾ってピアニストにモニターさせるためのシステムを用意した、というわけ。うまく機能するかどうかは、現場での現物合わせに賭けるしかない。

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*2000年08月02日:「腰巻き」について


 あなたは、本の「腰巻き」を捨てますか?

 私は、捨てる。それはもう、情け容赦なく、捨ててしまうのである。本を買って、まず行うのが、腰巻きを捨てる(というか、「破り捨てる」)ことなのである。自宅に着くまで待ちきれず、(帰路の)自家用車の中で、信号待ちなどの隙を盗んでは、助手席に置いた書店の袋から、買ったばかりの本を取り出しては、ベリバリビリバリと、腰巻きを破って、車内の屑籠に放り捨てているのである。(徒歩で買いにいった場合は、歩きながら破る。ゴミは勿論、(ゴミ箱が見当たらなければ)持ち帰る。)

 別に、腰巻きに怨みがあるわけでは無いが..とにかく、邪魔なのである。表紙や背表紙を隠してしまう。それらのデザインを損なうことが、あまりに多すぎる。私の美意識と相容れないのである。

 将来、古書店に売却する可能性を重んじるのであれば、感心できないことである。(ものにもよるとは思うが)売値が違ってくるからである..が、私は、いまだかつて、ただの一冊も、「売る」ことを前提として本を買ったことは、無いのである。(結果として売ってしまった本は、勿論、沢山あるけれど。)

 無論、失敗もある。例えば、唐沢なをきの「怪奇版画男」。いつもの習慣で、何も考えずに破り捨ててから、実は、この腰巻きを捨ててはならなかった(「怪奇版画男」という作品のコンセプトの一部を成していた)ということに気が付き、結局、もう一冊、買い直すはめに追い込まれたりもしているが..

 いずれにせよ、大多数の「腰巻き」は不必要なゴミだ、という、私の美意識は、こ揺るぎもしていない..が、破り捨てない種類の「腰巻き」も、ある。

 それは、「古書」を購入した時に付いてきた「腰巻き」である。

 無論、「資産価値」を重んじてのことでは無い。(先にも述べたように、その古書を買った時点では、それを「売る」可能性は、全く想定していないのだから。)邪魔であることにも、変わりは無い。スジを通すのであれば、新刊本であろうが古書であろうが、「腰巻き」は破り捨てなければならないのだが..

 その「古書」を手放した人は、そうは考えていなかったのである..

 それはあるいは、「資産価値」という、「邪念」だったかも知れない。しかしそうであろうがあるまいが、その人は、その「腰巻き」を、その「本」の一部として、大切に保存し続けていたのである。

 その「想い」が、込められているのだから..

 誰かが、この「腰巻き」ごと、この「本」を引き取って、大切に読んで/保存してくれることを願って、手放したのだろうから..

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*2000年08月03日:夏オフ、二日前


 もう、直前。シンセの仕込みの仕上げにかかる。先週も述べたとおり、特にややこしい音は無い(ので、先週まで、手をつけていなかった)。「シロフォン」に多少の難点はあるが、これ以上のチューニングは、当日、会場でスピーカーを鳴らしてみるしかない(、というところまでは、追い込んだ。← 万策尽きた、とも言う [;^.^])。

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*2000年08月04日:夏オフ、一日前


 会社で休憩時間に、シンセの仕込みを、ほぼ終わらせる。(休憩時間“だけ”で終わらせたことを、ここに宣誓しておこう。[;^J^])

 ヤフー・オークションで競り落とした、吾妻ひでおの「ゴタゴタ・ブラザース!!」という作品が掲載されている「少女アリス」誌が、届く。新発見の作品では無い。これは、


ゴタゴタマンション:我ら、少女を愛す:7:プレイコミック:1974/08/24

 ..の、再録なのである。その意味では珍しい作品では無いし、照合してみても、絵にもセリフにも変更は無いのだが、表紙に(「ゴタゴタマンション」では無く)「ゴタゴタ・ブラザース!!」と記されている、という、ただそれだけの付加価値(希少価値)故に、入手したという次第。

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*2000年08月05日:FCLA夏オフ 2000 第一日


 FCLA夏オフのなんたるかについては、昨年一昨年三年前、及び四年前の日記を参照のこと。今年も会場は同じ、上中里の滝野川会館である。5年続けて同じ会場、というのは珍しい。交通の便も会場の勝手も判っているので、気が楽である。(以上、昨年の日記の切り貼り修正である。[;^.^])(このリスト、どこまで伸びるのやら。[;^.^])

 例によって、7時14分のひかり。駒込駅からタクシーを使い、会場着は、9時少し過ぎ。山台の設営。シンセとモニターのセッティング..をしようにも、アンプとスピーカーが、まだ運びこまれてこない。いつ到着するか判らないので、パート譜の製本作業を手伝うわけにも行かず、数十分間、暇になる [;^J^]。

 ようやく、私が送り出しておいた、シンセ脚と、シンセ奏者用モニタースピーカーと、ピアニスト用モニターアンプ&スピーカーセットが届き、早速、セッティングを進めるが..ふと、気が付くと、シンセの音自体を増幅して鳴らすための、アンプとスピーカーが、無い [;^.^]。

 気の毒なので、関係者の実名報道は控えるが [;^J^]、要するに連絡不行き届きと確認洩れである。私の責任とは言い難いところであるが、「平年とは違う」ことをやった(つまり、ピアニスト用のモニタースピーカーを用意した)ことがトリガーとなった点は、否めない。

 さすがに、青ざめた。今年は「音が出ない」!? 現場にいた数人から、直ちにいくつものオプション(対策)が提案されたが..急遽レンタル、急遽購入、いずれも現実的では無い。秋葉には私の勤務先の営業所があるので(15文字削除)という悪事すら想定したが、幸か不幸か、今日は休業日であった。ピアニスト用モニタースピーカーも、シンセサイザー奏者用モニタースピーカーも、シンセの音(特にオルガンサウンド)を会場に鳴り響かせるために転用するためには、パワー不足で、全く使えない..

 ここで、怪我の功名。会場の担当者との交渉で、会場備え付けの(大型)スピーカーが、使えることになったのである。これは、壁面の高い位置に埋め込まれているので、パイプオルガンサウンドを鳴らすのには極めて適しているものの、ハープやハープシコードでは、違和感があるのではないか..と危惧はしたが、音が出ないよりは、100万倍マシである。とにかく接続して、ちゃんと鳴ることを確認。この過程で、シンセ奏者用のモニタースピーカーが、突然死んでしまい、これもこれで焦ったが、(会場作りつけのスピーカーは、舞台上方の壁面に埋め込まれているので、舞台上のシンセ奏者には、その音を聴くことは全くできず、モニタースピーカーが頼りなのだ、)ピアニスト用のモニターアンプが2入力あったので、指揮者の足下に設置したマイクからの入力の他に、シンセ(XP−50)からの出力を突っ込んで、問題なくモニター出来た。自分自身が弾いているシンセの音と、指揮者足下で拾うオケの音のバランスを取って、モニター出来ることになったので、むしろ好都合であった。これも、怪我の功名か..

 ..ということで、今日の午前中だけで、2日分の仕事をし、2日分の(冷や)汗を流してしまったことであった。[;^.^]

 とにかく、スタート。ファンファーレ(「水上の音楽」(ヘンデル)より)、「キャンディード」序曲と終曲(バーンスタイン)、「ピーターと狼」(プロコフィエフ)、「交響曲第39番」(モーツァルト)のあと、シンセの最初の山場、「交響曲第3番「オルガン付き」」(サン=サーンス)。

 悔いが残った [;_ _]..音の問題では、無い。上述の「怪我の功名」の結果、思ってもいなかった音場が得られたオルガンサウンドは、(ペダルノートに、やや難はあるが、)十分な説得力があったと思う。問題は、ペダルノート(足鍵盤)パートを担当した、私自身による演奏である。(ちなみに、足鍵盤は用意できなかったので、もう1台のシンセをMIDI接続して、これで足鍵盤パートを手で弾いた。)特に後半、落ちまくってしまったのだ。演奏困難だからでは無い。逆に、演奏が極めて容易なパートであることが事前に判っていたために、なめて、まともに準備しなかったが故である [;_ _]。これはこたえたが..やってしまったことは仕方が無い。あやまちは、繰り返すまい。

 このあと、吹奏楽枠(3曲)、「第9交響曲」(ベートーヴェン)第3・4楽章と続いてから、食事タイム。夜の部は、バッハの「管弦楽組曲第1番全曲、第2番全曲、第3番抜粋」と、「管弦楽組曲」第1番の「メヌエット1」を伴奏とする、バロックダンスをみんなで踊るコーナーである。私自身は、明日の夜に(撤収を始めとする)仕事がいくつも控えているので、明日、酔いつぶれるわけにはいかないため、やむを得ず、本日、2日分飲んだくれている必要があったので、踊ることなど思いもよらなかったのであった(..これでは去年と、全く同じパターンではないか [;^J^])。

 本日のプログラムが終了してからも、なおも数十人が、ロビーでしばらくぐずぐずしている。時間が惜しいので、「ついてくる奴だけついてこいっ!」、と、号令をかけて、10人位で、タクシーに分乗して、王子のジョン万次郎に向かう。(どうせ、ここしか(近い、予約無しで遅い時間に大勢が押し掛けても入れる、値段と味はまぁまぁ、という条件を満たす)手頃な選択肢は、無いのであるが。)

 その前後から、ポツリポツリ、来始める。王子に着いた頃には、ちょっときつい降り方になっていた。どうみても、通り雨的な激しさなので、5分乃至10分も待っていれば上がるか、とも思ったのだが、目標の店まで100メートルも無いのに、水しぶきを浴びながら雨宿りしているのも、馬鹿みたいである。ということで、一気に走り込む。さすがにいささか濡れたし、判断ミスだったか..

 ..と思っていたが、ジョン万次郎の奥の方の部屋で、10人弱で飲み食いしていたら、数十分後に、20人近くが(追加で)やってきた。ま、理由はいろいろあった(他に合流する連中を待っていた?)らしいが、とにかく、私と一緒には動かなかった連中である。そして、彼らの濡れ方の方が、酷いのである。

 つまり、単なる通り雨では無かったのである。これは翌日になってから判ったことだが、JRが止まったり、幹線道路が冠水して通行止めになったり、どえらい騒ぎになっていたらしい。その少し前にジョン万次郎に飛び込んだ我々が、多少濡れただけで飲んだくれていた間に。

 これは、教訓的な物語である。私の日頃の行いが、それほどまでに良かった、ということなのだろうか? ..論理的にはそういうことになるが、やはりそれは間違った推測である。私自身の日頃の行いが、決して誉められたものでは無いことは、誰よりも、私自身が、一番良く知っている。

 となると、結論はひとつしかない。「日頃の行いが、さほど良くない私が、ほとんど酷い目に会わなかった」以上、今夜、この突発的な雨で酷い目にあった人々の日頃の行いは、「私以上に、酷く悪い」のである。正しい推論なので、これを否定することは、誠実では無い。つらいことかも知れないが、現実を直視して欲しい。

 23時過ぎくらいに辞去して、ときわホテルへ。

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*2000年08月06日:FCLA夏オフ 2000 第二日


 朝食は、いつもの日暮里駅前の喫茶店(ニュートーキョー)ではなく、ときわホテル内の食堂で。(やはり、旅先での朝食は、卵ぶっかけご飯に限る。)

 9時前に会場着。機材のセッティングの確認をしたり、リハを見学したり、リハの歌パートに参加したりしながら、午前中をドロドロと過ごす。極楽である。

 午後になって、ファンファーレ(「ウィーン祝典曲」(R.シュトラウス)より)のあとの、最初の曲が、ベルリオーズの「ラコッツィ行進曲」。指揮は私である。

 まさかとは思ったが、中間部で崩壊しかけた。直接の原因は、私がキュー(合図)を送れなかったことである [_ _]。そしてその遠因は、スコア(総譜)を見ることが出来なかった(ポケットスコアであって、演奏中に左手で何度開いても、閉じてしまうので、読む(参照する)ことを諦めた)ことにあり、さらにもうひとつ外側の遠因として、みんな「ラコッツィ行進曲」ぐらいは、演奏しなれているだろう(だから、入りを間違えることなど無いだろう)、という油断があった。

 しかし、この曲を止めることは、私のプライド(というか“自我”)が許さない [;^J^]。中間部で落ちまくる楽器群のパートを、強引に歌い続けて、後半の、これは、誰もが落ちずに飛び込める箇所に、なんとかつないだ。いやはや。修行が足りんわい。

 このあと、「交響曲第101番「時計」」(ハイドン)では、仕事無し。次の「バレエ「くるみ割り人形」組曲」(チャイコフスキー)で、シンセで「チェレスタ」と「ハープ」のサウンドを提供。これらの“キラキラ系”サウンドが“空から降ってくる”効果を、実感。確かに、実際の舞台ではあり得ない“音場効果”なのだが、これら(ハープやチェレスタ)は、そもそも「天上の音楽」であり「天使の奏楽」である、と考えれば、全く問題は無いのである。特に、この曲においては、チェレスタもハープも、ソロ楽器的であるので、なおさらであった。奏者の演奏も、素晴らしいものであった。

 引き続き、バッハタイム。「カンタータ第147番」と「ミサ曲ロ短調」の抜粋である。これらは午前中のリハでは合唱に参加したのだが、本番では、客席と舞台上を往復して、(シンセによる)ハープシコードの音量を、こまめにチェックする。ピースによって、必要とされる音量がかなり異なり、そしてそれは、舞台上の(演奏中の)奏者には、判りにくいからである。(空から降ってくるハープシコードサウンドも、なかなか悪くは無かった。)

 引き続き、吹奏楽を伴奏とする「トロンボーン協奏曲」と、吹奏楽枠(3曲)。吹奏楽枠の3曲目でのみ、ビブラフォン、シロフォン、マリンバのサウンドを提供したが、知らない曲でもあるし、奏者は半分くらいしか、音符を拾えなかったようである。(昨日の「キャンディード」序曲では、半分どころか、ほぼ全滅であったが。[;^J^])

 リコーダー合奏枠をはさんで、今年の夏オフのメイン難曲、「交響曲第5番」(ショスタコーヴィチ)。シンセとしては、ハープとチェレスタを提供..しかし、毎年そうなのだが、シンセが参加している曲では、曲自体を、全く聴いていられないのである。シンセ(が奏している)パートの音量と、「入り」のタイミングを見落とさないかどうかにのみ、神経のほとんどを奪われてしまっている。もったい無いとは思うのだが..

 夕食後の夜の部は、「3分間指揮者コーナー」「ボレロ」「威風堂々」という、恒例のパターンで、〆である。(「ボレロ」ではハープとチェレスタ、「威風堂々」ではハープとオルガンを、シンセから提供。)

 トリの「威風堂々」の指揮は、私である。ラコッツィほどでは無いが、ちょっとカロリーが高かったかな。まぁ、いいや。そういう指揮を「演技(演出)」しているのではなく、私の場合、こういう振り方しか出来ないのだから。私の人格そのものの指揮なのだからね。

 打ち上げは、昨日に引き続きジョン万次郎。一日目の晩とは異なり、二日目の晩の打ち上げは、例年どおり、M氏の仕切りによるもの。あまりの楽しさに、ちょっと飲み過ぎたかな..

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 9 2000 
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