*1999年07月26日:シンセの仕込み
*1999年07月27日:さらに、シンセの仕込み
*1999年07月28日:時間がないのか下手なのか
*1999年07月29日:ハンディキャップについて
*1999年07月30日:悩みのツィター
*1999年07月31日:FCLA夏オフ'99 第一日
*1999年08月01日:FCLA夏オフ'99 第二日
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*1999年07月26日:シンセの仕込み


 夏オフ用のシンセの仕込みの仕上げにかかる。会議室のログを精査して、タイムテーブルの最新版(最終版ではないが、今さらそう大きな変更は無いはずの版)と、鍵盤奏者のパート割り関連のコメントトゥリーと、各曲の編成表関連のコメントトゥリーから、シンセのアサインのスケジューリングを起こす。

 今年は電子鍵盤楽器を3台使う。と言っても、音源は(例外1曲を除いて)私のXP−50だけである。他の2台(シンセ、エレピ、各1台)はMIDI鍵盤として、ノートイベントのみをXP−50に送信する。

 制約条件は、いくつかある。例えば、オルガンやチェンバロの音を出す時は、タッチによって音量が変わらないように設定しておく必要があるのだが、(さもないと、とても不自然な演奏になる、)これらは、XP−50で引き受けるのが合理的。なぜなら、鍵盤のタッチセンスを殺すことが、簡単に出来るからである。(外部MIDI鍵盤からタッチ情報を送らないようにする、あるいは、送られてきたタッチ情報を無視するようにする、ということも可能であるが、いささか不自然な仕込みが必要になるのだ。)

 鍵盤数の違いも大きい。XP−50と、もう1台のシンセには、61鍵しかない。対して、エレピには88鍵ある。88鍵ないと演奏できない(又は、大幅な制約がかかる)パートには、エレピ鍵盤をアサインすることが必要。しかし、61鍵よりも下にはみ出した音が、ただ1回だけ、他の音と離れた孤立した状態で(つまり、フレーズの1部としてではなく)鳴るだけならば、その時だけ、XP−50の鍵盤を1オクターブシフトしてしまっても良い。(こういう曲が、1曲だけあった。)

 ま、他にも色々あるのだが、パズルとしては、難しい方ではない。少なくとも、オペラ枠の歌手陣の、アサイン/組み合わせよりはね。(電子楽器は、どんなに酷使されても、文句なんか言わないしさ。[;^.^])

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*1999年07月27日:さらに、シンセの仕込み


 シンセの仕込みの続き。昨日作成&フィックスしたドキュメントに合わせて、音色の組み合わせの設定をする。(例えば、本体の鍵盤ではチェレスタが、外部鍵盤からのチャンネル2とチャンネル3のノートイベントに対してはハープが鳴る、という設定をしたりする。)ハープもオルガンもチェレスタもグロッケンも、これまで数年間かけて使い込んできた音で、なんら問題は無いはず。PAの素性も判っている。その意味では、楽なもんなのだが..ツィターだけが、問題だ。

 今年の夏オフでは、「ウィーンの森の物語」(J.シュトラウス2世)が取り上げられる。これにはツィターソロがある。ツィター持参のツィター奏者が参加してくれれば問題ないのだが、どうもその気配が無い。そこでシンセで代奏、ということになるのだが..手持ちのシンセのツィターの音色は、望みのキャラクターと、いささか異なる。金属的なツィンツィンした音なのだ。これが相応しい曲もあるのだろうが、「ウィーンの森」には、ちょっと..

 宅配便で、シンセの脚とマイクロモニターを、Pさん宅に発送する。例年、シンセはかついで行くのだが、シンセの脚は、車で会場入りする人に事前に送って、車で搬入、搬出してもらっているのである。(会場に直接送ることは、出来ないのだ。)31日の朝に運び込むのだから、遅くとも30日の夜に届いていれば良いのだが、そうまでぎりぎりだと、ちょっとした運送の遅れで、取り返しのつかないことになる。また、諸事情あって明日以降は発送しにくいので、いささか早すぎるが今夜発送してしまった、という次第。

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*1999年07月28日:時間がないのか下手なのか


 「マンガ・オールマン」誌に、江川達也の「DEADMAN」という漫画が連載されているのに気が付いたのは、数ヶ月前のことである。

 この漫画家については、名前しか知らない。「DEADMAN」も、唐沢なをき目当てにこの雑誌を読んでいるうちに、目についてしまった、というだけの縁である。

 どうして、目についたのかと言うと..あまりにも「変」だからだ。全てのコマに、顔(首から上)しか描かれていないのである。連載の何回分にもわたって。

 その昔、(今でもか?)「少年チャンピオン」誌に連載されていた、ガクラン/バイク/不良(番長)系の漫画が、やはりバストショット(胸から上)の連続で、話題を呼んでいたと思う。要は、その漫画家に画力が全くなく、身体全体を描けなかったというだけのことなのだが..

 「DEADMAN」は、さらに極端である。江川達也って、もしかして、顔しか描けないのか?(しかも、表情の表現が、実に下手である..僅か数パターンの繰り返し。)「手法」の実験をしているとも思えない。この「手法」で引っ張っている期間が長すぎる上に、全く効果的ではないからである。

 多分、顔しか描けないのではなく..身体や背景を描いている暇が、無いということなのだろう。

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*1999年07月29日:ハンディキャップについて


 もう、5年以上も昔のことになるだろうか..地元の古書店で本を見繕っている時、隣りに立っているお年寄りが、やや不自然な姿勢(というか身のこなし)でページをめくっているのが気になって..彼の手元を見て、驚いた。

 なんと、両手首から先が無かったのである。

 それでも、(ゆっくりとではあるが)実に器用にページをめくって、書籍の内容を吟味しては棚に戻し、また、次の本を取り出す..

 私は、感動した。そして、勇気づけられた。「不便」と「不幸」は、イコールではないのである。

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*1999年07月30日:悩みのツィター


 ツィターの音色を色々工夫してみるが、どうもいまいち。大体、音色以前の問題として、この曲のツィターパートでは、ギター奏法というか、甘やかな、とろけるようなボルタメントをかけたいのである。これをシンセ鍵盤で再現するのは、完全に不可能とは言わないまでも、まぁ、どうやっても不自然になる。(つまり、「シンセ」の音にしかならない。)これは、ツィターの代わりに(シンセではなく)ギターで弾く方がいいのではあるまいか..と思えども、これを演奏する日(明日)には、ギタリストの参加者もいないのであった。

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*1999年07月31日:FCLA夏オフ'99 第一日


 FCLA夏オフのなんたるかについては、昨年一昨年、及び二年前の日記を参照のこと。今年も会場は同じ、上中里の滝野川会館である。4年続けて同じ会場、というのは珍しい。交通の便も会場の勝手も判っているので、気が楽である。(以上、昨年の日記の切り貼り修正である。[;^.^])

 5時10分起床。おもむろに荷造りを始めつつ(「明日出来ることを今日に早めるな」主義者)、参加表明の最終集計を6時2分にアップして、(これまた、今年抱え込んでいた仕事だったのだ、)6時20分頃に出発。7時14分のひかりで東京駅8時35分、会場着9時7分くらいだったかな?(駒込駅南口から、タクシー使用。)

 初日の午前中は、設営と楽譜の準備など。私は設営を手伝ったあとは、持参のシンセ、及び、車で運び込まれたもう一台のシンセとエレピ、そしてPAのセッティングに専念する。まぁ、手慣れたもんである。

 13時に、「庶民のためのファンファーレ」(コープランド)でスタート。「王宮の花火の音楽」(ヘンデル)ではチェンバロ音を提供。

 交響曲第94番「驚愕」(ハイドン)、「レクイエム」(ヴェルディ)、交響曲第41番「ジュピター」(モーツァルト)、「吹奏楽枠」、交響曲第9番「新世界より」(ドヴォルザーク)、と続く一日目の午後のプログラムでは、シンセの出番も無いので、ホールの外、ホワイエの一角に設置された、通称「居酒屋」で歓談しつつ、時々演奏を聴きにホールへ。明日は酒を飲んでいる暇がほとんど無いほど忙しいので、ここでバランスを取っていたという次第。

 ケータリングのあとの夜の部。「ウィーンの森の物語」(J.シュトラウス2世)では、問題のツィター。結局、納得のいく音は作れなかったが、演奏者は実に雰囲気たっぷりに弾いてくれて、聴衆にもそれなりの感銘を与え得たようである。よしとするか。

 続く「古楽枠」(バロックダンスを踊ろう、という企画と、歌劇「優雅なインドの国々」(ラモー))用にシンセにチェンバロ音をセッティングした時点で、今日の仕事は終わり。時々うとうとしながら、酒に専念する。

 初日の(小規模)反省会は、王子駅前まで歩いて(15分ほどか?)、白木屋で10人ほど。(各所で個別に分散して飲んでいたと思う。)特に寝込むこともなく [;^J^] 意識のあるうちに日暮里のときわホテルへ。

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*1999年08月01日:FCLA夏オフ'99 第二日


 9時前に会場着。9時から二日目の準備作業。ピアノ協奏曲(ピアノとバンドのための小品「スワニー河」)ではエレピを使う。これのリハの時に、モニターの音量が問題になった。奏者(と指揮者)には、なんとか聴こえるが、オケまで届かないのである。今年の装備では、これはもう、仕方がない。来年以降の課題だ。

 「こうもり」のリハ。もうボロボロである。[;^J^] 「時計の二重唱」も「チャルダッシュ」も、通る気がしない。どうなることやら。[;^J^] その一方で、私が非常に気にしていた、楽譜への多量の書き込みは、それほど「邪魔」にはなっていないようである。

 12時半から2日目スタート。「アルボス」(ペルト)で開幕。良く判らない音楽(ファンファーレ)である。[;^J^]

 「レクイエム」(モーツァルト)では、実績のあるオルガン音。いつもは(低域を、ある程度カットせざるを得ないので)音量のバランスを取るために、高域を多い目にしているのだが、今回、PA側のイコライザーをうまく使うことによって、パワー感をそれほど損なうこともなく低域を下げることが出来ることが判ったので、高域が突出しないよう、バランスを調整した。

 引き続き、交響詩「前奏曲」(リスト)。これにはハープ音を提供。指揮は私である。

 振り付けの研究をしている時間は、十分には取れていなかったのだが、その割りにはうまく振れたと思う。途中、数回あるテンポの急変ポイントも突破出来たし、何よりも、15分間、へたばらずに振り切れた。[;^.^] どうやら、好評だったらしい。

 二日目の初心者枠は、映画「タイタニック」からの音楽と、恒例の「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(マスカーニ)。(ちなみに前日の初心者枠は、ベートーヴェンの「交響曲 第7番」第2楽章だった。)後者のためにハープとオルガン。ここで初めて、2台の鍵盤の同時使用。MIDIで私のシンセにノート情報を流し込み、2台分同時に鳴らす。(こういう使い方を「マルチチンバー」と呼ぶ。)

 私のシンセ(XP−50)の操作体系の、ちょっとした問題点として、演奏中に、各パートの音量を(ミキサーでフェーダーを上げ下げするように)変更するのが、やや難しいのである。もちろん、出来るのだが、音量を変更するパート(この場合は、オルガン、またはハープ)を選んだ時点で、自身の鍵盤が、そのパートを選択してしまうのである。例えば、自身の鍵盤でオルガンパートを弾きながら、MIDIインからの情報でハープを鳴らしている時、両方が引き続けている状況だと、ハープの音量だけを変更するのが、やっかいなのだ。(この場合は、オルガンの音量を下げつつ、XP−50全体の音量を上げると、ハープの音量だけを上げることが出来る..等のテクニックが必要になる。)

 「こうもり」第2幕。

 リハでは全く、どうなることかと心配したが、本番では見事に(ほとんど止まらずに)演奏できた。聴衆(そして、オケ、合唱、ソリスト)のノリも良く、最高であった。「こうもり」第2幕は、大宴会の音楽である。「夏オフ」というお祭り内にこれを組み込むことによって、「祭り内祭り」「宴会内宴会」という二重構造・ダブルイメージを演出しよう、という私の意図は、実現できたと思う。「こうもり」を企画して、良かった。(シンセ的には、この曲ではハープ音を提供。)

 続いて、協奏曲を2曲。「ピアノとバンドのための小品「スワニー河」」(フォスター)(編:兼田 敏)では、前述のとおりエレピを使用。モニターの問題は上述の通りだが、演奏も良かったし、ここは結果オーライということで。(来年のことは、またのちほど考えよう。)

 「吹奏楽枠」では、急遽必要になった「鐘」の音、「レクイエム」抜粋(ラター)ではハープの音を提供。後者のハープパートは、実に美味しい。

 「ダフニスとクロエ」第2組曲(ラヴェル)では、3台の鍵盤を同時使用。2台はハープ音専門で、もう1台が、チェレスタとグロッケンの切り替え。音色的には問題無かったが、音量の調整に失敗。いささかボリュームが大きすぎた(らしい。後から聞かされたことによると)。

 言い訳を書く。[;^J^] まず根本的に、PA(スピーカー)の隣りに座っていても、客席に届く音量は判りにくい。自然楽器の「音の届き方」と、スピーカーの「音の届き方」は、性質が異なるのである。次に、直前のラターで、ややハープの音が小さかったと思われること。そのため、大き目に「補正」してしまったわけである。三番目に、さすがにそろそろ疲れてきて、細かい判断が鈍ってきていた。そして最後に、音量に関しては、演奏中、指揮者から(「もう少し下げろ」、等の)指示は無かったこと。

 もちろん、指揮者に責任転嫁しているわけではないので、お間違えなく。[;^.^] 私は、95年以来、シンセを持ち込んでいるが、(今年で5年目、)演奏中に、指揮者から音量に関する指示が来た記憶が、ほとんど無い。多分、一般に、そんな余裕は無いのだろうと思う。特に「ダフクロ」は難曲で、最後まで通して演奏するだけで(オケも指揮者も)精一杯なのであった。

 ケータリングをはさんで、夜の部。「大学祝典序曲」(ブラームス)のあとが、「3分間指揮者コーナー」。今年はこれも、私が仕切った。仕切ったと言っても、このコーナーの「意義」を会議室上で告知し、曲目を決め、公募をかけ、指揮者を選抜しただけである。今年の4人は、いずれも(個性的な、真剣な指揮、という)期待に答えてくれたと思う。

 あとは定番。「ボレロ」(ラヴェル)では、シンセはハープとチェレスタ。「行進曲「威風堂々」第1番」(エルガー)では、パイプオルガンとハープ。後者ではPAのパワーが足りない。[;^.^]

 撤収は例によって、鮮やかなものである。鮮やか過ぎたところに問題があり、つまり、この会場を4年も連続して使っているために、多くの参加者が、どこに何をしまえば良いのか判っており、よって、指示を待たずに勝手に動いてしまいがちなのである。段取りが崩れる。撤収担当者が、何度も、「指示していないことは、まだやるな!」と、叫んでいた。

 反省会は、例によって王子のジョン万次郎。ここに来たのは50人ほど?で、昨夜同様、各所で個別に、小規模反省会は開かれていた由。

 去年と違って、予約を入れていたので、まともなメニューが出た。23時過ぎにはお開き。王子駅から日暮里駅まで、僅か数駅なのだが、電車に乗ったが最後、眠ってしまうのは自明である。ここは無理せず、タクシーでときわホテルへ。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 5 1999 
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