*1998年08月03日:トレーディングカードについて
*1998年08月04日:シュニトケ、死す
*1998年08月05日:「幻想交響曲」を振ることに
*1998年08月06日:「逆境ナイン」
*1998年08月07日:「デビルマン・ボックス」
*1998年08月08日:FCLA夏オフ'98 第一日
*1998年08月09日:FCLA夏オフ'98 第二日
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*1998年08月03日:トレーディングカードについて


 トレーディングカードのブームに、どうも乗れない。気持ちが動かない。誤解している可能性も大いにあるが、あの販売方法が変だと思うのだ。

 「揃えにくさ」が「面白さ」の大きな要素をなしているようなのだが..「封を切るまで内容がわからない(従って、同じものを何度でも買ってしまう)」というのは、おかしくないか? 内容を明記してバラ売りするなり、シリーズの全カードが1枚ずつ入っているコンプリートセットを売るなりして、無駄な買い物が発生しないようにするのが、正しい商売の仕方ではないか? 現状では、業者は完全に不当な利益を上げている(無駄な買い物を消費者に押し付けている)と思う。

 「それでは“つや消し”である」、という声が聞えてくるようだ。私もある種のコレクターとして、「揃えにくさ」の「面白さ」は、理解できるつもりである。しかしそれは、そのターゲット(例えば書籍)の製造業者(例えば出版社)が、既に存在しないので、これ以上の供給が望めない、とか、存在するにしても、受注生産に応じることなどコスト的にも体制的にも不可能である、とか、そういう「合理的」で「正当」な理由がある場合に限る。

 現状のトレーディングカードの「揃えにくさ」には、「正当」な理由が見えない。業者によって演出(コントロール)されている、人工的なものである。そこが引っかかるのだ。(無論、上記の書籍と出版社の例で上げたような、既に入手困難で供給も望めないカード(例えば、外国のカードとか)については、話は別である。)

 「それは、グリコやシスコのおまけも、同じことだろう」。確かにその通り。それらは「おまけ」であるから、どんなにだぶっても、不当なことだとは思わない。しかし、トレーディングカードは、おまけではないのである。

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*1998年08月04日:シュニトケ、死す


 作曲家、シュニトケ死す。脳内出血。享年63歳。

 CDを10枚ほど持っているだけの付き合いだったが、極めて機智に富んだ作品が幾つもあった。「ファウスト・カンタータ」を、とりわけ愛聴していた。合掌。

 夏オフの支度。大きめの段ボール箱を調達して、シンセの脚を仮梱包してみる。「行き」は、この箱に脚だけを入れて都内のスタッフ宅に送り、彼が車で会場に搬入。シンセは(直前まで仕込みをしているので)私が浜松から東京までハンドキャリー。「帰り」は、この箱に脚とシンセ本体と両方入れて、会場からスタッフ宅まで車。そこから宅配便で浜松、という段取りなのである。

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*1998年08月05日:「幻想交響曲」を振ることに


 予定どおりシンセの脚を発送すべく、宅配便の集配所に車で持ち込む。若い担当者が大きさを測って、「(規定より大きいので)宅配便扱いにならず、到着は2週間以内になります」。

 「論外である。上司を呼べ!」。彼の上司にかけあって、7日着を確約させる。

 私は、横車を押したのかも知れない。若い担当者は、規定外のサイズの荷物は即日配送の通常ルートに乗らない、というルールを、素直に適用しようとしただけなのであろう。しかし、「即日でなければ、2週間以内」という落差は、あまりに極端ではないか。何かシステムがおかしくないか?

 夏オフの指揮者が発表される。私は、「幻想交響曲 第4楽章」(ベルリオーズ)の指揮者に選出された。

 責任重大である。夏オフにおいて、「3分間指揮者コーナー」の主役は「指揮者」であり、「協奏曲」の主役は「ソリスト」であるが、俗に「本プロ」と呼ばれている、一般のオーケストラ曲については、主役は「オーケストラ」なのである。恣意的な振り方をして、オーケストラを妨害してはならない。

 しかも、それはそれとして、安全運転を超えた指揮者の個性が大いに期待されている。FCLAにおいて、「この作曲家と、このリスナー」という究極の組み合わせが、いくつか存在している。チャイコフスキーとP氏、ブルックナーとI氏。そして、ベルリオーズと倉田わたる..

 うぅぅ、プレッシャー..[;^.^]

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*1998年08月06日:「逆境ナイン」


 「逆境ナイン 第3、4巻(完結)」(島本和彦、少年キャプテンコミックススペシャル、徳間書店)の発売日である。帰路、購入し、いつものT八で通読。

 本当はこれを読んでいる場合ではない。土曜日に振る「幻想交響曲 第4楽章」の、棒の研究をしていなければならない日なのだが..


「二者択一!!」

 ↑これがピンと来ない読者は、来週までに「逆境ナイン」全4巻を買って、読んでおくこと。話はそれからだ!(えらそーに。[;^.^])

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*1998年08月07日:「デビルマン・ボックス」


 書店に注文しておいた「デビルマン・ボックス」を引き取る。

 といっても、なにしろ明日から夏オフである。シンセの仕込みと指揮の振り付けの研究に追われて、内容をチェックしている暇が、全く無い。これはLDボックスの類ではなく、実に様々なジャンルのオブジェクトのパッケージなのである。箱を開けて頭を抱えてしまった。[;^J^]

 永井豪を含む5〜6人の漫画家がそれぞれ1冊ずつ描いた、デビルマンのサイドストーリー(ネオ・デビルマン)と、昔発売されたOVA(誕生編、シレーヌ編..タイトルは違うかも知れない)が、主たるコンテンツで、これらに加えて、大きなポスター数枚、フィギュア、トレーディングカード、えーと他にも何かあったかな。とにかく夏オフが終わったらそのまま横浜に帰省してしまうので、OVAを観るのは17日以降になる。

 永井豪の新作にだけは、目を通す。をを、これは「デビルマン」外伝ではなく、「デビルマン レディー」外伝ではないか。[;^.^] どうやら作者は、「不動明の地獄巡り」というシチュエーションに、はまってしまったらしい。

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*1998年08月08日:FCLA夏オフ'98 第一日


 FCLA夏オフのなんたるかについては、昨年、及び一昨年の日記を参照のこと。今年も会場は同じ、上中里の滝野川会館である。3年続けて同じ会場、というのは珍しい。交通の便も会場の勝手も判っているので、気が楽である。(以上、昨年の日記の切り貼り修正である。[;^.^])

 7時14分のひかり。東京駅8時35分。今年は、田端からではなく駒込からタクシーで、会場には9時を少し過ぎて、到着。なるほど、こちらからの方が近いようだ。

 例によって山台の設営がすんだところで、椅子や譜面台の設置、楽譜の製本等はパスさせていただき、シンセのセッティングにとりかかる。

 今年は、シンセを2台使う。といっても音源に使うのは、私のXP−50だけで、Mさんに調達していただいたもう1台は、MIDI鍵盤としてMIDI信号を出すのみ。これのMIDI OUTからXPのMIDI INにつないで、XP−50が2台分、鳴る。

 2台を完全に独立させて、ミキサーに個別に入力する方が、ある意味ではシンプルであるが、問題は、私が、そのもう1台のシンセを使ったことがない(正確には、数年前に少し触ったことがあるが)ということで、どんな音がするかもわからない。マニュアル無しで音作りをすることは可能だが、当日(今日のことだ)現場で音作りをしている余裕は、ほとんど無い。(勝手知ったる私のシンセに私が自分で作り込んだ音色を、現場の状況に合わせて調整するだけでも、手一杯なのである。)特に、「幻想交響曲 第2楽章」では、2台のハープが必要であり、この2台は同じ音色でなければならない。となると、選択の余地無く、音源はXP−50のみとする他ない。(また、音源を1台に集中することにより、ワンタッチで2台分の音色設定を切り替えることが出来る、というメリットもある。)

 去年のJBLと異なり、ことしはY社のPA。最初は簡単にクリップしてしまい、全く音量を上げられず、蒼ざめたが、設定違いだということが判明して胸をなで下ろした。それでもパイプオルガンの重低音はビビりがちなので、ペダルノートの音圧を下げ、軽くする。2台めのシンセが到着し、予定どおりにMIDI接続して、思惑どおりに作動することを確認。この間、事前の打ち合わせからの変更の相談が数件あり、それに合わせてセッティングを変える。(これは絶対に避け得ない手間であり、さらに言えば、この突発的な申し入れにどこまで対応できるかが、鍵盤奏者たち(ひいては全参加者)の“楽しさ”をどこまで引き出せるかに直結するわけで、これが私の楽しみでもあり、腕の見せ所でもあるのだ。今回、1件却下せざるを得なかったのを、遺憾とする。)

 もうひとつ、去年と異なるのは、モニタースピーカーが無いことである。これは不利だ。自分の鳴らしている音が十分に聴こえない、というのは、アコースティック楽器の演奏者には想像しにくい事態だろう。しかし、モニタースピーカーがあればあったで、これの音量バランスを取る、という厄介な作業も発生する。去年はこれに失敗した。客席には十分音が届いていないのに、自分には大きく聴こえるので、奏者が自分で音量を絞ってしまう。または、その逆。逆効果になる位なら無い方がいい、とまで言えるかどうか。

 午後1時に開幕。「ファンファーレ」のあと、「ローエングリーン 第3幕への前奏曲」(ヴァーグナー)、「交響詩 ティルオイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」(R.シュトラウス)、「ピアノ協奏曲 第3楽章」(シューマン)と進んで、シンセの最初の出番は、「バレエ組曲 火の鳥(1919年版)」(ストラヴィンスキー)で、ハープとチェレスタ。「カヴァレリア・ルスティカーナ 間奏曲」(マスカーニ)で、オルガン。後者は特に音色セッティングの難しい曲で、毎年、試行錯誤を続けている。今年は指揮者と打ち合わせて、大聖堂風の壮麗な音ではなく、小型のポジティヴオルガン風の音とした。それはいいのだが、上記モニターの関係もあって、客席に届いているのかどうか良くわからない。(私は、シンセが奏されている間は、基本的にステージでシンセ横に張り付いていたのだ。)音域が比較的低いので、音量を上げにくい。思い切って、1オクターブ上げようかどうか、最後まで迷ったが、のちに指揮者に確認したところ、十分バランス良く聴こえていたそうである。

 「カルミナブラーナ」抜粋(オルフ)は、本来、極めてややこしい仕込みなのだが、かつてお気楽オフで仕込んだセッティングが、そのまま使えた。チェレスタ、グロッケン、鐘。大体は、打楽器奏者が本来の楽器を演奏したのだが、手が足りない部分を、私自身がシンセを演奏して補った。

 そして「幻想交響曲」(ベルリオーズ)。

 第2楽章で、2台ハープ。ちょっと高域がきつい気がしたが、まずは満足のいく出音。夏オフで初めて演奏されるこの曲で、私のシンセで(レンタルで揃えることは、まず不可能であろうと思われる)2台のハープを担当出来たことは、大いなる喜びである。

 第4楽章は、私の指揮。素人故に“ペース配分”という感覚が無く、最初から全力で飛ばしてしまったので、4分半の楽章が終わった時には、指揮台に倒れ込んでしまった。[;^J^] 思っていたことの70%位は実現出来て、これは上出来だが、1小節早く終わってしまう、という事故も起こした。なんにせよ、念願がかなった。評判もそれなりに良かったと思う。

 夜の「アンサンブル大会」では、ジャズアンサンブル用に、2台のシンセをビブラフォンとジャズオルガンにセッティング。これで今日の仕事は終わり。安心して意識を失い、気が付けば予約していたホテルのベッドの上で、午前2時。[;^J^]

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*1998年08月09日:FCLA夏オフ'98 第二日


 9時に会場に入り、オペラのリハ等を聴きながら、本日(というか今回)もっともややこしいセッティングとなる「ローマの松」(レスピーギ)の、仕込みの確認と修正を続ける。また、次回お気楽オフはベートーヴェン特集で、「荘厳ミサ曲」「交響曲第九番 第4楽章」「合唱幻想曲」の3曲を取り上げるのだが、「合唱幻想曲」用に依頼されていたフォルテピアノの音色の試作を、MさんとTさんに聴いてもらう。これは、ハープシコードの音色からのアプローチではなく、やはり原理はハンマーなのだから、と、ピアノをベースにして作った音である。これが結構いい評価。フォルテピアノの音のサンプルCDをいただいたので、これと聴き比べしつつ、9月下旬に向けて、ブラシュアップして行くことにする。

 昨日同様、1時に開始。「歌劇 カルメン 第一組曲」(ビゼー)で、ハープ。「初心者枠」(ミュージカル「キャッツ」より「メモリー」、ルロイ・アンダーソンの「トランペット吹きの休日」と「シンコペーテッド・クロック」)では出番が無く、「ピアノと管弦楽のための幻想曲 第一楽章」(ドビュッシー)で、再度ハープ。

 今年からの新しい試みとして、ビアノ協奏曲では指揮者のモニター用に、ピアノの音をPAで拾うことを行なった。この会場では、セッティングの都合上、ピアノがオーケストラの後方となり、微妙な時間差も発生するし、音量的にも聴こえにくいのである。特にこのドビュッシーでは、ピアノの弱音にオーケストラが重なる箇所も多く、モニターが絶対に必要となった。同時に、ハープも必要なわけで、指揮者の足元のモニタースピーカーから、ピアノとハープの両方が鳴ることになったわけだ。これがさほど不自然でもなく実現でき、かつ、それやこれやでシンセの移動が例年になく多くなったのだが、これも時間的に特に無理も無く実現できることがわかったのも、収穫であった。こういうノウハウを積み重ねていくためにも、新しい試みはどんどんするべきなのである。

 「オペラ枠」(「ドン・ジョヴァンニ」抜粋(モーツァルト))の次の「吹奏楽枠」の、「コーラルブルー〜沖縄民謡「谷茶前」の主題による交響的印象」(真島俊夫)で、事前に必要とされていたトムトムではなく、カスタネット。カスタネットそのものは用意されていたのだが、演奏者としてアサインされていたのが鍵盤奏者で、カスタネットに慣れていないので、速いパッセージを叩けない、ということで、急遽シンセで奏することにしたのである。シンセの場合、複数の鍵盤(今回は、全部の鍵盤)に、同じ音をアサインできるので、トレモロ奏法が楽になるのである。(私も「カルミナ」で、この手を使った。)

 「白鳥の湖 組曲」抜粋(チャイコフスキー)でも、ハープ。とにかく今年はハープが美味しい曲が多い。「ピアノ協奏曲第23番 第1楽章」(モーツァルト)の次の「交響詩 ローマの松」(レスピーギ)が、今回もっともややこしかった。

 常時、2台のシンセを使い、これでハープ、チェレスタ、パイプ・オルガンを切り替えつつまかなうのだが、途中で奏者の入れ替え、音域の入れ替えもあるのだ。なんとかこなし、切り抜けた。

 「古楽枠」は、「映画カストラート・プロジェクト」と称して、「カストラート」で使われた音楽を組曲風にまとめたもの。全てヘンデルの作品で、「王宮の花火の音楽」「歌劇 リナルド」「水上の音楽」「メサイア」からの抜粋である。シンセはハープシコード。去年も使った音であるが、低域に比べて高域が痩せている、と指摘され、直前に修正する。これは去年は指摘されなかったポイントであり、しかも、去年は奏者に大いに高く評価されていた音なのである。つまり、どんなにいい音色でも、曲によりPAにより、使えたり使えなかったりする、ということなのである。

 「3分間指揮者コーナー」の登場者は4人。「カルメン」がふたり、「幻想交響曲」の第4楽章、第5楽章、各ひとりずつ。特に、カルメン前奏曲を、シンバルを叩きながら振ったA氏のアイデアに驚嘆。ピアノやヴァイオリンの弾き振りというのは珍しくないが、シンバルとは。[;^J^]

 あとは恒例の2曲、「ボレロ」(ラヴェル)と「威風堂々 第1番」(エルガー)で締め。前者ではチェレスタ、後者ではパイプオルガン、というのが通例であるが、今年は鍵盤がもう一面あるので、2曲とも、これをハープに使った。

 宴会は、これまた例年どおり、王子のJM。予約も無しに22時過ぎに(多分)80人以上押しかけたのだから、入れただけで感謝するべきであって、料理がほとんど無い(というか、有り合わせの素材を、なんとか料理という形にまとめて出された)ことをどうこういう資格は、我々には無いのであった。[;^J^]

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 12 1998 
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