2018年06月25日:幻想美術選「素朴な人々の世界」マックス・エルンスト 2018年06月26日:「レッドスーツ」 2018年06月27日:霞みがかってる..? 2018年06月28日:まったくどうでもいい気づき [;^J^] 2018年06月29日:早過ぎる..[;^.^] 2018年06月30日:フラワーパークでオオガハス 2018年07月01日:再びオオガハス目次へ戻る 先週へ 次週へ
「幻想美術選」、第121回。この“幻想の王者”の登場は、「天使の声」、「沈黙の目」、「近づく青春発動期、またはプレイアデス」に続いての、4回目である。(紹介しなければならない作品は、まだまだある。)
このタイトルの意味を説き明かそう。キーは、この宇宙空間(おそらく)に飛翔する、謎めいた「文字」の群れである。これは、エルンスト自身による、目が覚めるほど素晴らしい絵本、「マクシミリアーナ、あるいは天文学の不法な実践」(1964、画像検索結果)に由来するものなのである。この1冊を埋め尽くす解読不可能な象形文字(?)は、ひとつとして同じものがないらしい。(私は確かめていない。[;_ _])その象形文字群と極めて良く似た文字群が、この「素朴な人々の世界」に書き(描き)込まれているのだが、こちらの作品でも、おそらくすべて異なっているのだろう。(確かめていないが。[;^J^])
「マクシミリアーナ、あるいは天文学の不法な実践」は、19世紀のアマチュア天文学者、ヴィルヘルム・レベレヒト・テンプルに関するもの。大学を出ていないがためにアカデミズムからは相手にされなかったこの在野の学者に、エルンストは深く共感していたらしい。なぜなら彼もまた美術学校の教育を受けていない、「アマチュア画家」だったからである。
タイトルの「素朴な人々」が、テンプルやエルンストら「アマチュア」を指していることは、間違いないだろう。類書によっては、この作品の特性(謎の記号が空間を埋め尽くす)が、「シュヴァルの理想宮」や、精神障害者アドルフ・ヴェルフリの作品を連想させるとして、シュヴァルやヴェルフリ(彼らもまた「アマチュア」である)とも結びつけて論じているが、それは少し考えすぎではあるまいか。
この、謎のテキストは、宇宙の秘密を(暗号で)書き記しているようにも見えるし、また、星々に変容しつつあるようにも見える。画面の右側では、文字が宇宙空間に溶け込み、空間自体を変質させているかのごとくである。
エルンストの作風は、幅広い。第二次世界大戦後は、本作品のような輝かしくも宇宙的なイメージの作品も、数多く発表しているのである。
目次へ戻る「レッドスーツ」(John Scalzi、新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)、読了。(文庫版も出ている。)
「スタートレック」系の亜流の(ダメな)SFTVドラマの、やられ役(殺され役)の下っ端にフォーカスしたメタ作品..という仕掛け(真相)をここに書いても、ネタバレにはならない。慣れた読者なら最初の1ページでメタの匂いに気がつくし、そもそも登場人物たちも、自分たちが「登場人物」であるということに、かなり早い時点で気がついてしまう..むしろ、ここからが本番。
この「シナリオ」を止めるために、登場人物たちが現実世界に出てきてメタな展開となるが、このメタ物語全体も、80頁を残して鮮やかに閉じられ..そしてそこからさらに、メタ側のエピローグが、3つ語られる..
話の枠組み(仕掛け)からは、まったく思いがけないほどの、まったく思いがけないほどの、感動的な物語である。これ以上書くとさすがにネタバレになってしまうので控えるが、スレたSFファン(特に、往年のSFTVドラマ(別にスタートレックでなくてもいい)の想い出を持っている人)に、お薦めする。
目次へ戻るかなり昔から、なんとなく気になっていたのである。左の視界のところどころが、うっすらと曇っていることに。しかしたいして、気にもしていなかったのだ。なぜなら眼鏡を外すと、その曇り(霞み)が「消える」からである。つまり、眼鏡の曇り/汚れなのだ。仕方ないなぁ、だらしないなぁ、もっと掃除しないとダメだぞ >自分..と、思っていたのだが..
..とんでもない間違いに気がついた。私は強度の近視であり、眼鏡を外すと、細かいところはほとんど何も見えないので、「霞んでいるかどうかなど、わからない」のであった。よほど意識しないと。
眼鏡を完璧に磨き上げ、左右の条件を同じにして、確認。右眼と左眼で、完全に見え方が違う。左眼だけ、「眼鏡が汚れている」かのごとくである..眼鏡を外して裸眼での見え方を確認。確かに違う。裸眼でも..
海谷眼科に電話。予約を取るとなると、7月13日になってしまう。2週間も待っていられないので、相談の上、予約なしで朝いちに行くことにする。待ち時間はかかるが、その方が早い。7月4日に有休を取得。
白内障かな..
目次へ戻る私の口癖。小声で「ふみゃあ..」または「ふにゃあ..」(..もちろん、誰にも聞かれない程度の声量で、呟いているんですよ [;^J^])..これが何に由来するかに、気がついた。
「夢幻紳士(マンガ少年版)」(高橋葉介)の「第二話:使い魔の壷」。16ページ目の5コマ目。不覚をとって気絶させられた夢幻魔実也が目を覚ますときのせりふ。「ふにゃああ〜〜っ」..
..そんだけ。[;_ _][;^.^]
目次へ戻る関東甲信越で梅雨明けだと〜!?[;^.^] このいきおいで全国各地が梅雨明けすると、えらいことになってしまう。せめて京都は、あと半月、がんばってくれ..!
(..ここで、未来からの介入。この文章を書いている7月5日の時点では、京都は大雨で、それこそ、えらいことになっている..私の思念が強すぎたのか? [;_ _][;_ _][;_ _])
目次へ戻るこの土日を外すと、次にフラワーパークに来れる可能性があるのは、7月28日。その次は、8月18日。(この2日とて、別件が入るかも知れないのだ。)ハスの見頃は7月10日頃から8月10日頃までなので、まだ多少早いのだが、今週末を外すと、今年は見逃す可能性が高い..ということで、朝いちでフラワーパーク。
ひょっこり出くわしましてね [;^J^]。慌ててシャッターを切ったので、こんなもんです [;_ _]。このあとすぐ、逃げられたし。[;^.^]
目当てのオオガハス(古代ハス)。ボケ具合をいろいろ試してみる。
左から、オオバナサルスベリ。トーチジンジャー。ヘリコニア ロストラータ。トーチジンジャーはマイクロレンズを使ったが、極端なアップは控えた。なんか、恐い造形だったから..[;_ _][;^.^]
高丘のアマノ書店に寄ってから、湯風景しおりでひさびさの散髪。
シューズ愛ランドで(20%オフ期間なので)普段履きの靴を買い足すというか、買い直す。すぐにつま先がバクッと開いて、鰐口状になってしまうという業病(私のせいなのか? [;_ _][;^J^])の持ち主でしてね..そんなに安物を買っているつもりは、ないのだが..
目次へ戻る今日も結局晴天。ハスのアップが撮り足りていなかったので、昨日に続いて、フラワーパーク。
左ふたつは、昨日と同じ被写体を、より強めにボカして..(とにかく、DCレンズを手なずけようと、苦労してるんですよ。[;^J^])右は、これもDCレンズでのアップ。
左2枚は、やはりDCレンズ。右は、普通のズームレンズ(300mm)。
これらを撮った池を、引きで。アップで撮っていたのは、左写真の一番右に写っている一輪である。その少し上の植え込みのそばに黒いリュックを置いたままだったが、片づけに行くのが面倒だったので、そのままシャッターを切った。[;^J^]
中央写真は、「AF-S Fisheye NIKKOR 8-15mm f/3.5-4.5E ED」を、テレ端(15mm)で対角線魚眼使い。魚眼レンズの楽しさは、「超広角」として、その「場」を「全部」、いわば「ミクロコスモス」として「記録」できることである。
右写真はワイド端(8mm)で円周魚眼使い。「小宇宙」感は、円にすることで、さらに際だつ。そして、「小宇宙」とくれば、ピーター・ブリューゲル(父)に代表される「宇宙風景」なのであるが、父ブリューゲルは、宇宙風景の近景に、人の(いと小さき)営みを描き込むのを得意としていた。そのひそみに倣って、前景に、写真を撮っている人物を入れてみた。(個人情報が特定できない程度の距離感を保っております。[;^.^])
Last Updated: Jul 5 2018
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