*2001年10月29日:とある数え歌
*2001年10月30日:タコな機械/亡霊たちのパーティ
*2001年10月31日:「ロードス島戦記 ファリスの聖女」
*2001年11月01日:大道芸in静岡 2001 第一日
*2001年11月02日:大文字/小文字
*2001年11月03日:吾妻ひでお原画&オブジェ展2001
*2001年11月04日:「月の本」など
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*2001年10月29日:とある数え歌


 子どもの戯れ歌にも色々あるが、私が小学生(恐らく3〜4年生)の頃、東京都狛江市の多摩川沿岸地区で局地的に流行っていた数え歌が、ちょっと面白いので紹介しよう。相手に向かって、一本指、二本指..と、順番に本数を増やしながら指さししつつ、歌うのであるが..(以下、行頭の数字が、指の本数を示す。実際には、6になると1に巻戻り、5本指で終わる。つまり、両手を使わずに、片手で指さすのである。)


(1)あんたー
(2)ちょっとー
(3)見かけに
(4)よらぬ
(5)ゴリラの
(6)息子の
(7)七代目!
(8)はっきり言って
(9)クルクル
(10)パー!

 (..馬鹿ばかしい限りであるが、まぁ、子どものことだから、大目に見てやることにして。[;^J^])面白いのは、指の本数を、さまざまな次元の概念レベルに適用していることなのである。


(1)あんたー (“1”という概念ではなく、純粋な“指さし”)
(2)ちょっとー (“2”という概念ではなく、ジャンケンの“チョキ”の“発音”)
(3)見かけに (“3”という概念ではないが、数字の“みっつ”の“発音”を流用)
(4)よらぬ (同様に、“よっつ”の“発音”を流用)
(5)ゴリラの (同様に、“ご”の“発音”を流用)
(6)息子の (同様に、“むっつ”の“発音”を流用)
(7)七代目! (ここで初めて、“7”という数字概念と一致)
(8)はっきり言って (“はち”の“発音”を流用)
(9)クルクル (“く”の“発音”を流用)
(10)パー! (“クルクルパー!”の仕草)

 (..こうして書き出してみると、単に“発音”を流用しているだけのパターンが意外に多かったが、)ま、今夜はこれだけの話である。[;^J^]

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*2001年10月30日:タコな機械/亡霊たちのパーティ


 ヤフオクで落札した物件について、代金を郵便局で振り込もうとしたのである。既に夜間で、夜間窓口とキャッシュサービス機だけが、アベイラブルであった。

 ところが、振り込めないのである。キャッシュサービス機に通帳を挿入し、相手の口座番号と金額を入力する。本来ならば、ここで確認画面が表示されるはずであるが、かわりに「機械の故障です」..排出されたペラには「貯金窓口取扱時間中に窓口へお申し出ください」..

 もちろん、とっくに「貯金窓口取扱時間」は終わっているので、慌てて夜間窓口に駆け込み、機械の(メンテ)担当者を呼んでもらったが、彼にも原因が判らない。彼の目の前で、同じ機械で(今度は別の)口座に振り込んでみたら、これは正常に処理された。通帳への印字を見る限り、先ほどエラーが起きた時に振り込み処理中だった口座には、振り込まれていないようである。まぁ、実害は生じていないので、この場では問題を解決できなかった担当者の「調査して、明日、電話します」、という回答を承認して、お引き取りいただいたのだが..

 彼が引き上げてから、別の機械で先ほどの口座に振り込んでみた。やはり、「機械の故障です」..これで、ははぁん、と、なんとなく見当がついたのだが、念のため残り2台でも確認。結果、4台の機械全てが、この口座への振り込みに対して「機械の故障です」、と、反応するのだ。ここで改めて、さきほどの担当者を呼び直す。

 「相手口座が、振り込み対応になっていない(「ぱるる」ではない?)か、番号違いなのでしょう」、とのこと。なんにせよ、今日は問題解決できない(この口座に振り込むことは不可能である)ことが確定したので、再度、担当者にはお引き取り願ったのだが..

 どこのタコが、このシステムを設計・実装したんだよ!

 内部的に訳の分からない(予想できなかった、原因不明の)エラーが生じた時、一般的な(差し障りのない、穏当な)エラーメッセージを表示して、さりげなくサービス窓口に誘導するのは、それほど珍しいことではないと思う。(具体例を書きかけたのだが、「業務上知り得た機密事項」に相当することに気がついたので、削除。[;^J^])しかし、この程度の(「ぱるる」対応でない口座に振り込もうとしたか、または、番号違いの(存在しない)口座に振り込もうとした、という)ありふれたオペレーションエラーに対して、「機械の故障です」とは、なにごとだ!(呼び出された担当者も、最初のうちはわけが判らず、挿入された通帳が歪んでいないかとか、全く見当はずれの調査をしばらくしていたほどである。)

 「天狗」を経て、「銀座ライオン」へ。(くどいようですが、上京したわけではないのです。浜松に、こういう店があるのです。)

 をを! いつもはこの時刻(平日の22時頃)には閑散としている(数組しか客が入っていないか、または店員以外無人である)ことが珍しくないのに、なんと、満員!(カウンターだけは空いていた。)とある団体の(半ば)貸切状態だったようだが..(本当に貸切なら、カウンターどころか入店不可である..)

 ..普段は無人に近い閑散とした会場で、その晩に限って、きらびやかな音楽と会話がさんざめく、盛大なパーティ..

 もちろん、「シャイニング」である。

 (別に、カウンターに座って、バーテン相手に百面相したわけではないが、)これだけの連想(見立て)一発で瞬間的に幻想世界に入りこめる私は、人生を得しているか損しているか。(yes / no)(制限時間10秒)

 「DOOBYS」という、オールデイズ仕様のバンド演奏の合間に、使用楽器をチェックに行く。(職業病である。)キーボードプレイヤーが弾いているのは、R社のXP−30とRS−5。よしよし、OK。[;^J^]

 帰宅したら..やぁ、とうとう来たね。「全米NO1! 心に関するサイエンスの展示会のお知らせです。」、という題名の、(ロン・ハバートの創始した、悪名高き)「サイエントロジー」からの勧誘メール。さすがに、そんじょそこらのチンケな新興宗教(オウムなど)とは、風格が違うわ。大人と子ども。(もちろん、無視である。)

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*2001年10月31日:「ロードス島戦記 ファリスの聖女」


 既に発売されているはずの「電脳なをさん 4」(唐沢なをき)を、心当たりのいくつかの書店で探すが、影も形も無い。これは、浜松の重大な欠陥のひとつで、とにかく「電脳なをさん」に関する限り、未開都市なのである。

 その代わりに、「ロードス島戦記 ファリスの聖女 2」(原作:水野良、作画:山田章博、角川書店)が山積みされているのを見つけてしまった。驚いた。「2」が出たのか。

 遙かな昔に「1」が出たっきりで、作品自体中絶したものと諦めて、期待もしていなかったのだが..をを、隣りには、「1」の山が。「2」の刊行に合わせて増刷したんだね、よしよし..と、「1」の帯を読んでみたら..


ファンの間で幻と謳われた、「ロードス島戦記 ファリスの聖女」第I巻。新たに86ページを加え登場。

 ..ふうぅん..そうですか。

 そういうことをするんですか。

 同じ角川であっても、そういうことをするんですか。(..買うけどね。)

 昨日の振り込み時のエラーの件、一日待っても、郵便局からは調査結果の連絡が来ない。まぁ、こんなもんだろう。

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*2001年11月01日:大道芸in静岡 2001 第一日


 大道芸ワールドカップin静岡。今年は11月1日から11月4日まで4日間。この催しについては、5年前の日記4年前の日記3年前の日記一昨年の日記昨年の日記 も参照していただきたい。(こうして毎年順調に、参照先が単調にひとつずつ増えていくのである。[^J^])

*フライングダッチマン
 今年は10周年ということで、いくつも特別企画がある。煩雑になるのでいちいち書かないが、歴代チャンピオンのうちの何組かを招聘しているのも、そのひとつ。「フライングダッチマン」は、私がこの大会に通うようになる以前に(何度か)来ていた芸人(二人組)であり、今まで一度も見たことがなかった。憧れの芸人だったのである。

 いやぁ、やっぱり素晴らしいや! 彼らに限ったことではないが、多くの芸人は前半は小手調べの(難易度も感銘度も低い)芸から入ることが多く、はっきりいって、その時間帯は“無駄”に思えることが少なくない。「フライングダッチマン」もその例にもれない。

 しかし、本命の「4メートルの一輪車」(5メートルだったかな?)は、やはり大したものである。背の低い(普通の)一輪車から段階を経て、飛んでもなく高い一輪車に乗り移って行くのであるが、全く危なげがない。(多少とも背の高い一輪車に乗る際に苦労する(何度か失敗する)芸人というのは、実はこの大会でも、珍しくはないのである。)

 しかし大会の公式パンフレットに、「「フライングダッチマン」とは「空飛ぶオランダ人」という意味である」、と書かれているのは、なんとしたことだ。辞書を引けよ! 「さまよえるオランダ人」なんだってば!

*クルーメカニック
 とおりすがりに、最後の部分だけ見た。(最初から観る予定だったのだが、「フライングダッチマン」の演技時間が押してしまったのであった。)パンフレットを見る限りでは、カラフルでメカニックな、視覚的にも面白いスティルト(高足)であるのだが、どちらかと言えば地味なコスチュームであった。やっていることもそれほど珍しくは無かったので、まぁ、改めて観直さなくてもいいや。(バネ入りと思しき)スティルトでピョコタンピョコタン飛び跳ねるのが、それなりに面白い。

*ダメじゃん小出
 観る予定は無かったのだが、前後の事情でロスタイムが生じたので、時間つぶしに眺めたのであったが、案外面白かった。格別光る点は無いのだが、ギャラリーから子どもたちを4人徴発して、彼らに虎の芸(輪くぐりなど)をさせる趣向が、それなりに面白い。

 ちなみに、こういう「観客参加型」というか「観客の演技力依存型」というタイプの芸は、芸人の芸では無い(芸人の力とは無関係である)と思われるかも知れないが、そうでもない。後述する「雪竹太郎」の「アントニオの生涯」という芸が典型的で、これは、いかに「使える」人材を観客から選び出すか、という「選択眼」が全てと言ってもいい芸である。これは、なまなかの「芸人」に出来ることではない。(まぁ、ここで「ダメじゃん小出」がやったことは「小学生のピックアップ」であり、はっきりいって、小さい元気な子どもであれば、よほどのことがない限り、見てれば可愛く楽しいものなので、選択眼も何もほとんど必要なく、「ずるい」とは思いますけどね。[;^J^])

*サンキュー手塚
 「恐怖シリーズ」の新作からは、「恐怖の焼き鳥」がなかなか。引き続く「肩もみ肩たたきの芸」は、観客から中年のおじさんをひとりピックアップして、彼をエリア中央の椅子に座らせる。そして肩もみをして、こってますね(私の力では手に負えませんね)..というゼスチャーをしてからが本番。

 椅子に座った男の背後で(つまり彼からは見えないところで)道具箱からパーツを取りだして、ゆっくりと、サイボーグ(あるいはロボット)に変身する。そして、いかにもサイボーグ的(ロボット的)な重々しいカクカクとした動きで椅子に座った男の背後から迫り、肩もみと肩たたきをする..そしてここで役割を入れ替え、今度は(客である)中年のおじさんに、サイボーグ(ロボット)を演じさせる。

 ..ここで、そのシロウトのおじさんが、サンキュー手塚を凌ぐとは言わないが、少なくともいい勝負をする「演技力」を発揮する(当然、ギャラリーは大受けする)点が、本質的なのである。つまり、そういう人材を、瞬間的にピックアップする眼力である。

 このあと、「太陽に吼えろ」を題材にした芸が展開されたが、これはやや冗長でいまいち。全体として、去年ほどの輝きは無かった、という印象である。

*エスペホネグロ
 今年の収穫のひとつ。なんちゅうかその、スペインの4人のおばさんたちと1人のおじさんが、街頭で大騒ぎしている芸というか..[;^J^] パペット(人形)を使ったり踊ったり歌ったり、なんとも賑やかである。私はスペインに行ったことはないのだが、スペインの街頭の芸人というのはこういうものなのであろう、と、説得されてしまったような気がする [;^J^]。

*雪竹太郎
 ほぼ毎年見ているのだが、ちょっと、飽きてきました。上述した「アントニオの生涯」がピカイチなのだが、私が見た回では、これは上演されなかったし、(よほど良い観客(演技者)をつかまえないと成立しない芸なので、実はまだ1〜2回しか見たことが無いのである、)これを別にすると、毎度同じネタの「人間美術館」だからである。まぁ、観客参加型の「ゲルニカ」はやはり面白いし、雪竹太郎の場合は、彼の「芸」というよりは、彼の「人柄」自体の魅力が大きな要素ではあるのだが。

*つぶつぶオレンジ
 う〜む、芸的には、ちょっと評価しづらいなぁ。早い話が、ここ数年、さほど上達もしておらず、見ていて危なっかしいのである。無論、それをカバーするキャラクターと話術の魅力があるからこその、この人気なのであるが、それは彼らにとって、プラスになっているようには見えない。(上記の雪竹太郎のケースとは、違うのだ。)

*レレファンヴェール
 これも今年の収穫のひとつ。実に説明しづらい「芸」であるが..不思議なコスチュームを着た4人組(強いて言えば、映画「12モンキーズ」あるいは「デューン」の雰囲気に近い)が、そこここを歩き回って「音響清掃」を行うのである。

 背中にタンクを背負い、そこから伸びた(掃除機のパイプのような)ものを、地面に這わせ..「残留思念」のごとく、その「場所」に「染みついた」音響を、吸い取って行く。それは例えば、犬の吠え声であり、バイクのエンジン音であり、何かが壊れる音であり、硬貨が落ちる音であり、会話であり、ざわめきであり、足音であり、また全く正体不明の超現実音であったりするのである。

*LA MUSE GUEULE
 2人組み。ひとりは不思議な楽器を奏し続け、もう一人が、ちょっと不思議なムードのジャグリングとパントマイム..いまいち。

*チャイナニエ
 これもいまいち。中国雑技団のメンバーであり、ほぼ毎年来ているのだが、芸に進歩が見られないのである。

 同じく中国雑技団の(ここ数年来ていない)王健の「バランス芸」のような、「これ以上上達する必要が無い」ほどの水準に達した芸であるのならば、毎年毎年繰り返されても、一言も文句は言わない。それに対して、チャイナニエが得意とする「水流星」(紐の両端に結びつけられた皿に水を入れ、この紐をぶん回しても、水はこぼれない、という芸)は、見た目は派手だが、実は難易度はそれほど高く無い(ように見える)。これだけで毎年押し通されても、底が割れてしまう。「(前半の)小手調べの(難易度も感銘度も低い)芸」が長く、「時間稼ぎ」に見えてしまったのも、マイナスポイント。仮に来年来ても、もう観ないかも知れない。



 昼の部はここまで。酒と食事を補給するために、例年通り、ひょうたん屋へ。ここは料理の種類も豊富でなかなか美味く、コストパフォーマンスが良いのである。

 さて、先述したとおり今年はこの大会の10周年であり、記念プロジェクトがいくつも開催されている。今夜(というかこれから毎晩)披露される、特別招聘の2団体の演技も、そのひとつ。例年、「ナイト・パフォーマンス」は、駿府城公園ではなく、町中の(交差点などの)演技ポイントで開催されるのであるが、今年のこの2団体の公演は、駿府城公園の広大な会場で催される。他のナイト・パフォーマンスにも心惹かれるものはあるが、やはりこの2団体を見るべきだろう..

 ..と、1時間少々で、ビールと鳥と大蒜とキノコと魚でエネルギーを補給してから、駿府城公園へ..



*ヘルバードリーム

 すっ、すげえっ!

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 すっかり陽が落ちて夕闇も深くなった18:30。白い布が被せられた気球のようなものが係留されている広場の回りでオーディエンスが待っていると、遠くから、スティルト(高足)を履いたダブダブの白装束を来た連中(5人)が、徐々に接近してくる。そして相互に間合いをとって、広場を(オーディエンスの背後で)遠巻きにすると、徐々に膨らみ始める..(ここまでの写真は無い..というか、何枚も撮影するにはしたのだが、(輝度調整をしても)暗すぎて何も見えないのである。)

 やがて、球形の頭部を持つ、白い不気味な巨人と化した彼らは、広場に入場し、係留されている気球の周囲を回り始める。(右の写真の手前の巨人の胸元を観て欲しい。人間の頭部を確認できるはずである。)


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 やがて彼らは、ゆったりと踊り始める。球形の頭部の中には電球が仕込まれており、これがついたり消えたりする。


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 (正確な月齢は知らないが、)煌々と輝く(ほぼ)満月の下で、エスニック系の妖しい音楽に合わせて、不思議なダンスを踊り続ける。


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 そして最後に、気球の回りに集まると、気球をリリースする。


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 白い布をかぶったままの気球は、内部で光り始めつつ、くらげのように上空に漂い昇って行く..(このあとの写真を取り損ねたのだが、この気球は紐で係留されたままなので、漂い去ることはなく上空で静止し、そこで布が取り払われた巨大な球体は、地上の満月のごとく明るく輝き、そしてそれを背後に残して、白い巨人たちは広場をあとにして歩み去る..)



 ..私は、以下に述べるものを次から次へと連想しながら、陶然として観ていたのである。

 まず、「アキラ」だ。この白い巨人の体型は、鉄男が変身した巨大な胎児を思わせるところがある。

 次に、稲垣足穂だ。掲載した全ての写真に「月」も同時に収めていることから見て取れるように、彼らの光る頭部は、明らかに「月」(またはその他の天体)を連想させるのである。月男である。

 ..となると、「月物語」(パニッツァ)、「Lunatic」(白川宣之)あたりも、想起せずばなるまい。無論、マグリットもだ。

 そして最後に何よりも..「2001年宇宙の旅」なのであった。再度、写真を観て欲しいのだが、彼らのダンスは、あの映画のクライマックスの、木星をめぐる衛星たちのダンスに、非常に良く似ているのである。


*トランス・エクスプレス

 すっ、すっ、すげえっ!

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 すっかり暗くなった19:15。メインステージでは、まず、和太鼓(富岳太鼓)の演技。これもなかなかの迫力。


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 和太鼓の演技が終わると、今度はメインステージ前の群衆の背後から、8人のドラム隊が、威勢良くドラムを打ち鳴らしながら行進してくる。そして群衆の中を蛇行して練り歩いたのち、舞台上に整列する。ドラム奏者は8人中7人で、8人目(列の最後尾で愛嬌を振りまいている女性)は、小シンバルを打ち鳴らしている。

 再び和太鼓の演技が始まると、彼らは舞台裏に姿を消す..そして次に、上空から現れるのだ!


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 ステージ背後に控えている巨大なクレーンの先からぶら下げられているモビールの先端に、8人のうち7人のドラム奏者が釣り下げられ、上空に現れたのである。右の写真の、彼らの小さな姿を見ていただきたい。彼らが、とんでもなく高い場所にいるのがわかるはずだ。そして、クレーンにゆったりと振られながら、また、上昇・下降を繰り返しながら、ドラム演奏が続く。


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 そして、小シンバルを叩いていた8人目の女性は、実はアクロバットプレイヤーであり、このモビールの中央の一番高いところで、ドラム演奏にあわせて、演技する。



 ..口をあんぐり開けたまま頭上を仰いで、天空から降り注ぐドラムの轟音を浴びていた私が、何を(誰を)想起していたか、わかるかい?

 もちろん、ベルリオーズである。

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*2001年11月02日:大文字/小文字


 Windowsを使っていると、「ばっかじゃなかろか」、と思う点が少なくないのだが、中でも一番信じがたい“仕様”は..「ファイル名が大文字になるか小文字になるか、予想出来ない」点である。私はいまだに信じられない。

 これにハマルのは、もしかして私のように、DOS窓の作業のウェイトが大きいユーザーだけなのかも知れない。エクスプローラーだけを使って、ファイル操作をしていれば、こんな目に合わないのかも知れない。しかしDOS窓を使わずに作成したファイルであっても、LAN経由でUNIXにコピーした場合は、やはり、ファイル名が「全部小文字であるか」「全部大文字であるか」「最初の一文字だけが大文字であるか」は、予想できないのである。

 なんらかの規則性はあるのだろうし、数年前に後輩社員に「規則」を教えてもらったような気もするが、それは直感的に明らかなものではなく、また、憶えようという気力がわくようなものでも無かった。結局、今の私にとっては、この「大文字小文字問題」は、「ランダム」としか言い様がないのだ。

 まぁそれでも、私は日本人だから、「不便だなぁ」ですませることも出来るのだが..英語ネイティブな人々が、なぜ、こんな事態に我慢できるのだろう? あるいは彼らにとって、その単語(ファイル名)が「大文字か小文字か」などは、些細な問題に過ぎないのだろうか? 英語(というか、アルファベット)を「母国語(母国字)」としていない私だからこそ、必要以上に気になってしまっている、ということなのだろうか?

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*2001年11月03日:吾妻ひでお原画&オブジェ展2001


 8:06のひかりで上京。祝日でもあり、さすがに混む。

 まず、神田古本祭り(最終日)。今回の上京のメインイベントでもないので、3冊に留める。しかしいつも思うのだが、神保町における「古本祭り」って、冗長ではないかい? [;^J^]

 中野書店で1冊追加してから、三省堂で、「探偵小説の世紀(上下)」(チェスタトン編、創元推理文庫)と「リリス」(マクドナルド、ちくま文庫)と「芳年妖怪百景」(悳俊彦編、国書刊行会)と「小松左京マガジン 4号」を買う。あやうく「SFJapan」の3号をだぶり買いするところだった。半年前のバックナンバーを平積みしとくんじゃないよ。

 徒歩で秋葉原へ。石丸でCDを1枚。ナクソスの日本管弦楽名曲集。

 地下鉄で四谷三丁目へ。「ゑいじう」という喫茶店で「吾妻ひでお原画&オブジェ展2001」(最終日)。これが本日のメインイベントふたつのうちのひとつめである。旧知のB氏、初対面のD氏と会う。

 やはりオブジェ群が良い。(量的には決して多くない)原画もなかなか..と観ていたら、をを! リスト未掲載作品が!


ふたりと5人:松下製マリン1号CM編:2:少年チャンピオン?:?

 ..である。B氏には初出を探し出せなかったということで、私に振られる [;^J^]。連載の本編ではなく、CMマンガである。ふたりと5人の連載期間中であることは、まず確実だが、連載期間は4年間にわたっており、いきなり絨毯爆撃するのは賢明ではない。(この類は普通は目次に載っていないので、全ページめくらなくてはならないのだ。)まず、マリン1号(水中ラジオ)の発売時期を絞り込むことだな..

 他の展示作品からは、


吾妻ひでお 不滅のキャラクター特集!::1:吾妻マガジン ALICE むちむち号(無気力プロ):1977/05/07

 ..も、(イラストに近いが)マンガ作品として認定。リストに掲載することにする。

 再度神保町へ。コミック高丘で「電脳なをさん 4」(唐沢なをき)を購入。(午前中は開店していなかったのだ。)浜松では見つからない本書だが、もちろん、レジ前に山積みである。ここでパラパラと雨が降り出す。

 古書センターを漁ったのち、時間調整のための喫茶店を探すために、傘を差して歩道をそぞろ歩いていると、本(を入れた紙袋)を頭にかざした小走りの男とすれちがった。

 ばかもんッ!! 体で本を守らんかいッ!!

 結局、古瀬戸へ。「電脳なをさん 4」などを読む。しかしどうして、「電脳なをさん」の解説は、どの巻もどの巻も“スカ”なのだろう。作品の分析とか時代背景の説明がつまらない、という以前に、「いかに自分が本書の解説に相応しくないか」という言い訳がダラダラダラダラと書き連ねられており、全くの無駄なのである。(しかもそのことを解説者自身が自覚しているので、話にならない。)

 時間になったので、新橋へ。本日のメインイベントのふたつめである、「吾妻ひでお原画&オブジェ展2001」記念OFF。駅から徒歩3分ほどの場所にある「銀河高原ビール」新橋店。集まったのは13人。古株のオタク [;^J^] が中心であるが、若い人も混じっている。ガイナックス系オフレコ話とか、いろいろ。

 場合によっては早めに失礼して、東京発21時33分の(浜松行き)最終こだまで帰るつもりだったのだが、やはり(結局)楽しかったので、最後までつきあい、当初の予定どおり「ムーンライトながら」で帰宅。

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*2001年11月04日:「月の本」など


 当初(今週はじめ頃)の予定では、晴れていれば今日も大道芸(最終日)に出かけるつもりであったし、予定どおり、素晴らしい好天になったのだが..

 1.無茶苦茶混んでいるに違いない。(何しろ今年の会期は木曜日から日曜日までで、木金は平日、土曜日(の午後)は雨、そして待ちに待ったラストの休日は快晴なので。)

 2.「ムーンライトながら」で早朝に帰宅したので、いささかなりとも疲れている。

 3.初日に、もう十分堪能した。未見のパフォーマーの方が遙かに多いのであるが、あの「ヘルバードリーム」と「トランス・エクスプレス」で満腹してしまい、まだ消化仕切れていない。今年は、もうこれで十分。

 ..という三つの(特に第三の)理由により自宅静養に切り替え、もっぱら読書。

 まず、「図説 ロケット 野田SFコレクション」(野田昌宏著、ふくろうの本、河出書房新社)。この夏に出版されていたことに気がつかず、つい最近、ネットの紀伊國屋で発注して入手していたもの。

 同じシリーズの既刊の「図説 ロボット」の方が面白いと思うが、十分に楽しめる冊子。現代SFのロケットがほとんど全く掲載されていないのが不思議ではある。単に時期的な問題なのかも知れないが、ちょっと残念。(主として1950年代以前のSF雑誌のイラストを中心に集めている、というスタンスのシリーズなのである。)

 次に、昨日買ってきた「芳年妖怪百景」(悳俊彦、国書刊行会)。

 特に「5 幽霊之図」が素晴らしい。この(恐らく)美女の幽霊は、今にもこちらを振り返らんばかりのリアリティに満ちている。こういう絵をこそ、自宅の枕元に飾っておきたいね。[;^J^]

 三冊目も、昨日の古本祭りで買ってきた「月の本」(林完次監修、光琳社)。

 写真と図版が美しいし、全体としてはOKな小冊子なのだが、「月の神話」の章(小笠原邦彦著)が純粋トンデモなのには参った [;^J^]。(フォトン・ベルトも出てくるしさ..[;^.^])こういうのをルナティックと言うのだ。まぁ、原則としてトンデモ本は買わない方針であるので、逆に、この程度の「適量」のサンプルが(頼みもしないのに [;^J^])向こうからやって来てくれるのは、それなりに歓迎ではある。ギャグも入れるという度量の広い編集だとは思うが..竹内均の文章(「月の神秘」の章)も、ちと怪しいし..[;-_-]。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Nov 8 2001 
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