2000年01月10日:わが社のシーウルフ 2000年01月11日:スピログラフなど 2000年01月12日:「裏島本」など 2000年01月13日:辞書を引きなさい 2000年01月14日:プラマイゼロ 2000年01月15日:ブラック・ジャックの初出誌調査など 2000年01月16日:スタトレのパロディにありましたが目次へ戻る 先週へ 次週へ
オヤジな世代の人ならば(男女を問わず?)賛成してくれると思うのだが..最近の若い女性の外見は、本当に見分けづらい。(若い男性のそれにも、同じ傾向がある。)髪型と眉の形が、同じ(あるいは同値類)だからである。それに加えて、肌と髪と唇の色まで同じだったりするので、しばしば間違い探しの様相を呈するのだ。
まぁこんなことは、何千年も前から続いている、ある世代のひとつ下の世代に対する苦言の類なので、別に気にしなくていいです > 若い人たち。どうせ君らも、15年後には同じことをぼやいている。
社内にも、おおむねそのような髪型と眉型をした女性社員は、大勢いる。ある部署から、たまに私の部署を訪れる女性社員がいるのだが、ある日、私が彼女の部署を訪れた時、彼女が「ふたりいる」ことに、仰天した。よく見ると、ふたりとも見覚えがある。今まで、そのふたりが(個別に)来ていたことに、気が付いていなかったのだ。「君たちは、ふたり存在していたのか!」、と、さすがに口に出しては言わなかったが [;^J^]。
こういうのを、二人一役トリックという(違う)。
目次へ戻る「スピログラフ」をご存じですか?
「定円の内側を転がる円の内点(定点)の軌跡。内トロコイド」というのが、正しい定義(というか「説明」)になるかと思うが、ここで私が言っているのは、「スピログラフ」の名前を冠した、「スピログラフ」を描く玩具のことである。数十年前に遊んだ(はまった)記憶があるのだが、今でも売られているのだろうか?
「定円の内側を転がる円」を実現するために、周囲が歯車になった、大小さまざまなドーナツ状のリングと、その内側(または外側)を転がす大小さまざまな歯車のセットからなっており、歯車の内部には、「内点(定点)」が多数穿たれていた。リングを台紙にピンで固定して、歯車の内点の孔にボールペンを挿したまま、リングに沿って歯車を回転させてゆくのである。これがなかなかコツが要って、力の入れ加減を間違えると、歯車が外れてスリップしてしまい、そこまで美しく描かれて来たカーブが、台無しになってしまう、という寸法だ。それも、描き始めた直後にではなく、緊張しつつ何十周も回転させて、ようやく描き終わるか..という安堵感が漂い始めた、まさにその瞬間に。[/_;][;^.^]
複数の歯車の複数の内点を組み合わせたり、リングの周囲ではなく別の歯車の周囲を回したり、さらにリングの固定位置も変え、ボールペンの色も変え、などして、実に複雑で美しい組み合わせ模様を作り上げることが出来たのである。それらの「作品」は、まるで“夢”のように、ただの一枚も残ってはいない..
この玩具は、私が記憶している限り、1970年前後には存在していた。いつ頃から販売されていたのだろう?
そして、さらに時間を遡り..「スピログラフ」を買ってもらうより前、恐らく1960年代前半に、目的はこれに似ている(「スピログラフ」のようなものを描く)が、違う形状の玩具(というより「器械」)があったことを、微かに記憶している。私は、それを操作したことは無い。というか、触らせてもらえなかった。それほど精妙なものだったのである。
確か手回し式で、金属と木から出来ていたと思う。はっきりと憶えているのは、「インク式」だったことである。赤や緑のインクを、その器械のどこかに注入して、それを操作すると、器械の下に固定された紙の上に垂直に立った(ガラス製だったような気がする)ペン先が滑らかに動き、神秘的な曲線を描いていく..父親がそれを操作しているのを、インクの匂いを嗅ぎながら、目を瞠って見つめていた、幼い私..
..あの器械は、なんだったのだろう? 私の、この記憶は、真実の記憶なのだろうか?
目次へ戻る某古書店組合からのカタログに、「国語大辞典」3万3千円也を発見し、悩む。
金は出せる。(というか、こういう本にこそ金を使わなければ、金の意味がない。)しかし、この分厚い全20巻の置き場所が..[/_;]
「裏島本」、届く。これは、漫画家・島本和彦本人が作成した同人誌である。詳細は、彼自身が作成・運営しているページ「島本和彦外伝」を参照のこと。この同人誌は、再読三読に値する傑作である。ファンなら入手はマスト。しかしあなたがこれを読んでいる時点で、まだ入手可能であるか(在庫があるか)否かは、私は知らない。
理由は判らないが、夕方から、壮絶に腹が壊れる。私はノーブルな気質の持ち主なので、尾籠な表現が苦手なのだが、わかりやすくひとことで言えば「温水」である。
目次へ戻るコミック・モーニングの「部長 島耕作」。「エンプロイイー」とルビを振って、「非雇用者」とやらかしていた。「-ee」なんだから「被雇用者」でしょ。
単なる変換ミスじゃないか大目に見なさい、と、あなたはおっしゃるかも知れないが、この作者と編集者は、以前も2週連続で、「ディーラム」とルビを振って「DRUM」と書いていた前科の持ち主であり、語学能力(というか「常識」)が、相当怪しいのである。確信犯で「非雇用者」と書いたに決まっている。(困ったもんだ、と書きそうになったが、ネタの無い日には実はありがたかったりするのであった。)
目次へ戻るビル・ゲイツ、CEO退陣。そう言えば数日前、スティーブ・ジョブスの肩書きから「暫定」が取れていたような気がする。プラマイゼロである。
「取れる」と言えば、「課長バカ一代」(野中英次)の主人公、八神の肩書きは、確か「課長補佐見習い心得」か何かで、連載開始時より、これでも少し短くなったはずだが..「暫定CEO補佐見習い心得」というギャグは..どうせ誰かが使用済みだろう。(「電脳なをさん」にあったかなぁ。「暫定星人」だか「暫定怪獣」だかが暴れていたのは、憶えているんだが。)
目次へ戻る実のところ、まだ腹が壊れている。12日の夕方以来、「個体(と液体)をインプットして液体をアウトプットする関数」と化したままであり、あまり外出もしたくなかったのではあるが、どうしても今月中に調べておきたいことがあったので、6時前に起きて、7時14分のひかりで上京。
まずはもちろん、国会図書館。調査案件の第一は、吾妻ひでお。
Dr.あじまのどーしました?:ソムリエ:1:モノ・マガジン?:?
である。これは「吾妻ひでおの不自由帖」に収録された作品であるが、これを「モノ・マガジン」で見た記憶が無いのだ..
..駄目。やはり見つからない。掲載されているとすれば92年1月頃と思われるが、同誌を91年11月から92年7月までチェックしても、見当たらない。(大体、このあたりは、数年前に調査済みなのである。)私の勘だが、どうやらこれは「未発表作品」、あるいは、「モノ・マガジン」で没にされた作品ではなかろうか?
しかし、だとするとまずいことになった。どこかに「掲載されている」ことを証明するのは、簡単である。例えどんなに時間がかかろうとも、その現物にヒットすれば良いのだ。しかし「どこにも掲載されていない」ことを証明するためには、論理的には、存在しうる全ての媒体をチェックしなければならないのである。このために要する作業量は、論理的には有限だが、現実的には無限である..
第二の調査案件は、ブラック・ジャック。単行本(というか、全集)収録時に描き直された作品を、初出誌からコピーする。解説執筆のために必要になったのだ。
普通、私は、こういうこと(解説執筆の際に参考にするための、初出誌のコピー)はしない。手塚治虫の「描き直し」はあまりにも日常茶飯事なので、リスト作成時も解説執筆時も、いちいち考慮していられない。本当にきりが無いからでもあるし、それに、少なくとも生前に刊行された全集の第300巻までは、作者が認定した「最終決定稿」と、一応考えることができる。従って、解説執筆時に、全集に収められた版のみを対象とするのは、賢明な線の引き方だと思う。
しかし、「描き直し」が、作品の出自にまつわるほどの大問題である場合は、話が別だ。また、「描き直された作品である」ということを考慮しないと説明のしようが無いほど不自然な展開やセリフ回しがある場合も、同様である。
今回引っかかったのは、「ブラック・ジャック 19」に収録されている「恐怖菌」である。私は前述の理由から、どの作品が全集(またはその他の単行本)への収録時に描き直されているか、という情報の収集・整備に、さほどの熱意を持っていないので、ブラック・ジャックのエピソード中、どれが「描き直された」ものか、必ずしも把握していなかったのだが..「解説」を書く、という目で「恐怖菌」を読み返して、これは明らかにおかしい、と、すぐに気が付いたのだった。これは初出誌に当たらないと、解説を書くことが出来ない。(どこがどのように「おかしい」のかは、(ネタバレを読んでも構わないのであれば)上記のリンクから辿ること。)
これら二案件以外は、いつもの手塚治虫関連調査であり、エッセイ類の初出誌等を10数件、調査。当該初出誌に見あたらないものも数件あり、リストの初出年月欄に“?”を追加記入。また、過去数ヶ月以上放置していた、島本和彦の単行本未収録作品読破プロジェクトも再開した。結果、(数え方にもよるが)残存未読作品は、あと7本前後。しかし、「少年エース」も「ヤングアニマル」も「テックウィン」も、蔵書が無いとはねぇ..
引き続き、例によって現代マンガ図書館。まず、「ユニコ」(リリカ版)の再調査。これは96年5月6日に初出誌チェックを完了しており、日記にもそのように書かれているのだが、何故か、データを記した紙物のメモが残っていない。私は、初出データを直接PCに入力することは滅多に無く、いったん手書きメモを取ってから、それを清書する習慣があるので、紙物が無いのは(つまり「紛失した」ということであろうから)不安である。それで(二度手間ではあるが)改めてチェックしたという次第。その結果、現在リストに記載しているデータは、問題無く正確であった。(我ながら、「データ」の取り扱いに関して、少し潔癖過ぎるとは思っているのだが..)
現代マンガ図書館での第2件は、「I・餓男」(「劇画村塾」版)の再閲覧。これは 昨年11月20日 に、ここで発見・閲覧したというのに、作画家名と、最終エピソード名をメモするのを忘れていた、というオオボケをやらかしたので、それのフォロー。これこそ二度手間である。しかも、その日の日記には、初出データを書き間違えていた。(正しくは、「84年6月号から85年6月号まで」なのだが、これを「85年6月号から86年6月号まで」と書いていた。)
私は原則として、過去の日記の内容を(例え記載ミスがあっても)直さないことにしているのだが、今回は特例として修正しておいた。昨年11月20日の日記を参照し、それだけを頼りにバックナンバーを(図書館、古書店などで)求めて、被害を受ける人が出現する可能性があるからである..というか、私自身が被害を受けたのだ、今日 [;^.^]。連載の最終回から遡って4回分だけチェックしようと、86年3月号から6月号までを閲覧請求してしまい、400円がドブの底。[/_;]
ということで、手間も時間も金もかけたので、この4回分のデータだけ、きちっと書いておく。「劇画村塾」版のサブタイトルは「慟哭行」。原作:小池一夫/作画:松久鷹人。85年3月号が、「慟哭行」PART4「その名を水に書きし者」の第4回(最終回)。単行本に収録されているのは、ここまで。4月号から6月号までが、最後のPART5「殺人者の帽子」の第1回から第3回(最終回)。
(我ながらワンパターンだとは思うが)神保町に回り、コミック高丘と三省堂をざっとチェックしてから浜松へ。
目次へ戻る「公開日記」ならぬ「後悔日記」って、いいかもしれない。毎年毎年、一年間365日、来る日も来る日も後悔し続けるネタがあるかどうかが、勝負の分かれ目だが。すっごく鬱陶しいページになるとは思うが、固定客が150人くらいつくことは、保証してもいい。
ようやく、腹は持ち直した気配である。まだ油断は出来ないが。(しかし一体、なんだったんだろう?)
目次へ戻る 先週へ 次週へLast Updated: Jan 19 2000
Copyright (C) 2000 倉田わたる Mail [KurataWataru@gmail.com] Home [http://www.kurata-wataru.com/]