2026年02月16日:雑件いろいろ
2026年02月17日:大築耳鼻咽喉科/たたかう仏像展/国会図書館/Aさんと飲み
2026年02月18日:幻想美術選「ボール」フェリックス・ヴァロットン
2026年02月19日:旭混声合唱団練習会/みなくる/スナック“K”
2026年02月20日:SM雑誌について
2026年02月21日:サンプルについて
2026年02月22日:雑件いろいろ2
目次へ戻る
先週へ
次週へ
2026年02月16日:雑件いろいろ快晴。暖かい。朝のうちに白根診療所。昼前に車で出て、昼食はかつやでロースカツ定食。あぁ、これはコスパいいな。また食おう。
ららぽーと横浜へ。3Fの紀伊國屋に「SFが読みたい! 2026年版」を買いに来たのだが、ここには入荷していなかった [;_ _]凸。そこそこの広さの書店であって、このエリアでは一択なのだが..まぁ、仕方がない。不要不急だ [;^J^]。明日は都内に出るので、どこかで買えばいいや。1Fの無印良品で、頑丈なブックエンドをふたつ購入。帰宅したのは、13:40頃だったかな?
歌うときに声がビリビリと割れがちな(というか何かが共鳴している?)件については(これは遥か昔からある症状なのだが)、昨年の5月から6月にかけて、旭混声合唱団を指導されているO先生に紹介していただいた(自宅から比較的近い、中山駅のそばの)大氣耳鼻咽喉科で、何度か診てもらった。軽度の声帯溝症であり、これによって余計な振動が発生していると思われるとの診断。外科的治療(手術)は、ここでは行わない(行えない)とのことであり、まぁ、気持ちも萎えてしまって [_ _]、通院もやめてしまったのであるが..
..とはいえ、もう少し粘るか、と、O先生からもう一院紹介されていた(有楽町線の月島駅からすぐの)大築耳鼻咽喉科医院に行くことにした。予約制ではないらしい..というか、ホームページも無いのだな。明日、朝いちで(少し早めに)行くことにしよう。月島往復だけではもったいないので、静嘉堂文庫美術館などに寄ってから帰ることにしよう。
目次へ戻る
2026年02月17日:大築耳鼻咽喉科/たたかう仏像展/国会図書館/Aさんと飲み曇天。7:49のバスで発ち、鶴ヶ峰から8:08の東急線直通高島平行き。有楽町線に乗り換えて、9:11に月島に着く予定だったが、少々遅れて9:21。9:30過ぎに、大築耳鼻咽喉科医院。診察は10:00からだがもう開いている。2人目。これなら早めに帰れるかな。
診ていただいたところ、確かに声帯溝症ではあるが、ごく軽微というか初期段階。声帯の振動に異常はない。声が割れるというのであれば、呼気流量を制御することとのこと。私は、歌うときに声が割れる(喉にひっかかる)と感じるときは、喉の奥を(感覚的には)「上下方向」に深く大きく開くと、声がひっかからずに通り抜けていく(その時は比較的われにくい)ような気がする、と言ったところ、そういうことです、と、仰った。
声の出し方の問題だったのかな。気が楽になった。アレルギーも少々認められるとのことで、薬を1ヶ月分、処方された。
11:10に退出。薬局によってから、メトロで有楽町に着いたのが、11:40過ぎ。ガード下の「新時代」で、生姜焼き定食。
12:25、静嘉堂文庫美術館。「たたかう仏像」(後期:〜3月22日(日)まで)である。前記展示は、2026年01月15日に観ているので、もっぱら、差分の確認のみ。[_ _](相変わらず、せっかちなやつだ。[;^J^])
いずれも図録からのスキャンである。左端の「五大力菩薩像」は、色彩鮮やか。「預修十王生七経」のうち展示されていたのは、最上段のみ。右端は、康円の「広目天眷属立像」。
13:15に退出し、永田町へ。13:40、国会図書館。今日は来る予定は無かったのだが、午前中の大築耳鼻咽喉科医院が巻いて終わったので、時間の余裕が出来ましてね。とはいえ短時間なので、前回に引き続きF出版の写真集のチェックを中心に。買う価値があるかどうかの事前確認なのだが(要するに立ち読みである [;^J^])、う〜む、確認した範囲では、1〜2冊かなぁ。それらにしても1万円ほどするので、値段相応かと言うとちょっと..[;_ _][;^.^]
15:20に退出し、15:40、これまたあとからねじ込んだ神保町チェック。(永田町から近すぎるので、スルーするわけには。[;^.^])
3〜4冊は買ったはずだが、この日記を書いている時点では、何を買ったのか憶えていない [;^.^]。16:57(だったかな)の埼京線に乗って、18:04、鶴ヶ峰に戻る。18:25、筑前屋でAさんとデート。筑前屋の向かいのキャバクラ“D”を辞められたあと、新横浜の店で働かれていたはずだが、今はまた鶴ヶ峰のスナック(知らない店でした)で働かれているとのこと。
昨年5月(だったかな)にお貸ししていた「ぶつぶつ冒険記」(吾妻ひでお)を返していただいた。本編である「ぶつぶつ冒険記」は大変面白かったとのことで、良かったよかった。その他の収録作についても、「海馬」は可愛らしく [;^J^]、「人間ごっこ」はなかなか鬼畜だが [;^.^]、理解できる範疇。「変身」はどうもピンと来なかったようで、「うじわく男たちのホッケ定食」は、完全に理解不能..[;^.^] まぁ、45年前のマイナーな漫画たちのパロディなんだから、仕方がない。[;^J^]
20:05に散会。20:50に帰宅。
目次へ戻る
2026年02月18日:幻想美術選「ボール」フェリックス・ヴァロットン「幻想美術選」、第331回。Felix Edouard Vallotton(1865〜1925、Wikipedia)の作品をご紹介するのは、初めてとなる。

スイスのローザンヌ出身のナビ派の画家である。(画像検索結果)。彼の名でまず思い出すのが、大胆極まりない黒ベタが強烈な版画作品群(画像検索結果)、そして、独特のひんやりとした肌触りが忘れがたく目に焼き付く裸婦像である(画像検索結果)。特に、これといった背景のない横たわる裸婦像は、こんにちの(これといった主題のない [;^.^])ピンナップ/グラビア写真の嚆矢と言えるかも知れない。
今回ご紹介する「ボール」は彼の代表作のひとつであるが、この画面から受けるのは、実にざわざわとした、なんとも形容しがたい印象である。どこか「いやぁな感じ」、と言っても良い。それをもたらしているのは、まず、「視点がふたつある」ことである..と、こう書くと、「キュビズムの先駆なんですね!」とか「なるほど、セザンヌ的な!」とか、すぐに合点されそうだが、ちょっと待て [;^J^]。そういうせせこましい(すみません [;_ _][;^.^])ものではないのである。ざっくりと、上半分の遠景の視点と、下半分の近景の視点が、完全にずれているのである。これによって、遠景で語らっている婦人たちと、近景で赤いボールを(孤独に?)追っている少女の関係が、曖昧になっている。そして、関係があるとしても、無いとしても、どこか怖い..
どうやら、この2枚のスナップ写真を組み合わせたものらしいのである。いずれも(「ボール」と同じ)1899年に撮影されたもので、右写真を撮影したのは、ヴァロットン自身である。たったこれだけの工夫で、これほどの異界を、魔術的な絵画空間を、現出せしめたのである。
この作品の「いやぁな感じ」の原因のもうひとつは、この少女の背後から、あるいは上方から迫りくる「影」である。それは、単なる樹木の影なのであろう。多分..しかし、なぜか(どこか)妖怪じみていないだろうか?..このあと、少女に、何かが起こるのだろうか? 何も起こらないのだろうか? 何かが起こっても恐い。起こらなくても恐い。起こったとして、それが遠景の婦人たちに関係があっても恐い。無くても恐い..
この作品には、これといって具体的な怪異も脅威も、超自然現象も描かれていない。だからこそ、第一級の幻想絵画なのである。
目次へ戻る
2026年02月19日:旭混声合唱団練習会/みなくる/スナック“K”快晴。暖かい。昼から旭混声合唱団の練習会。
先日の日記でご紹介した「おさかな」のリズムの練習について(左図参照)。八分音符を左手と右手でタカカタカカタカタカ、タカカタカカタカタカタカ..と叩かせても、やはり着いてこれない人が多いので、指揮者のO先生に、「ウサギウサギカメカメ、ウサギウサギカメカメカメ..、は、どうかしら?」、と、相談されたのだが..
「絶対にダメーーー!! 頭の中で兎と亀と魚が追っかけっこして収拾がつかなくなるーーー!!」..と、全力で反対して、阻止しました。[;^.^]
練習会は15:00まで、帰宅してから15:39のバスで鶴ヶ峰駅前へ。15:55、駅に隣接している「ココロット鶴ヶ峰」の4Fの「旭区市民活動支援センター「みなくる」」へ、登録の延長処理など。「音楽のつどい」関連である。
10分もかからずに終わり、サイゼで時間調整。20:25に出て、スナック“K”。今日はオーナーが出勤する日だからである。なんの話をしたのか、あまり憶えてない。[;^J^]
23:50に出て、0:20過ぎに帰宅。
目次へ戻る
2026年02月20日:SM雑誌について明るい曇天。ららぽーと横浜へ。3Fの紀伊国屋で数冊購入。昼食は同じく3Fの「chawan ららぽーと横浜店」で「銀ひらすの西京焼きセット」。
先日の日記に、学生時代に買ったり読んだりしていたエロ雑誌を数冊ずつ購入して備えつけていると書いたが、この際だからエロつながりで書いておくと、SM雑誌も若干、手元においている。これらについては本文はほぼ読んでいない(ほんとだよ。[^.^])
S&Mスナイパー(いまのところ13冊)は、高橋葉介の「怪談」の初出誌なのである。
1989/10:イケニエ::4:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/02:あぶな坂::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/03:河童::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/04:おとうと::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/05:双子::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/06:傷::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/07:灰::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/08:夢::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/09:影男::16:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/10:月夜::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1990/11:恋人::10:S&Mスナイパー::::: 1990/12:血!::10:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ:: 1991/01:海::16:S&Mスナイパー:怪談 KWAIDAN::朝日ソノラマ::
13年以上昔、「文藝別冊 総特集 高橋葉介」(リンク先は「大増補新版」になっているが、旧版の方)の編集を手伝って高橋葉介の作品リストを作成するにあたって、この連作が収録されている単行本(「怪談」(朝日ソノラマ))に記載されている情報が間違っている(というか曖昧である)ことに気がついたものの、国会図書館を始めとしてどこの図書館にも本作の連載期間の同誌は所蔵されていなかったので、神保町などで買い集め、それによって情報を正し、後世に残すに値する精度の作品リストを提供できたのである(大威張りっ)..ま、のちに、さらなる新情報をいくつも収集し、このリストを改訂したいという思いに駆られているのだが、「文藝別冊 総特集 高橋葉介」の増刷の機会は当分なさそうでしてね..[;_ _]
SM奇譚(今の所2冊)は、ジャケ買いである [^.^]。この時期の同誌の表紙絵は秋吉巒(あきよしらん、Wikipedia、画像検索結果、幻想美術選)で、少なくともこの2点は彼の画集にも収録されていない。同誌の古書価は廉くなく、片端から買い集めるという訳にもいかないのが、悩みどころである。
言うまでもなく、どちらの雑誌のどの号にも、素敵な写真が満載されている。面倒なので本文はいちいち読まないが、写真やイラストについては手間もかからないので、ひととおり目は通してある。[^J^]
目次へ戻る
2026年02月21日:サンプルについて今夜もまた、先日の日記つながり。「サンプルとして置いておく」、という行動原理についてである。私には、昔からこういう習性がある。思い当たる起源はふたつ。まず、父の蔵書の中の、たった一冊。父は大変な読書家であったが、蔵書家ではなかった。理由は簡単、置き場所がないからである。SFマガジンにしても、おそらく創刊号からの読者だったらしいのだが、もったいないことに全てスクラップにして(切り刻んで)圧縮していた。おかげで、大学に入って下宿してから、古書店であらためて全て買い集める羽目になったのだが、閑話休題。[;^J^]
そんな父も、ミステリ/探偵小説には、さほどの興味はなかったようである。思い出してみても、新潮文庫のルパン傑作集、あとさすがにホームズの文庫は何冊かあったかも知れないが..おかげで、私がミステリを読み始めるのはずいぶん遅くなってしまったのだが、それはともかく、はっきりと憶えているのは、ディクスン・カーがただ1冊、「皇帝のかぎ煙草入れ」のみ、あったことである。彼の最高傑作かどうかはともかくとして、もっとも人口に膾炙した代表作。「なるほど、サンプルとして1冊だけ、買って読んでみたのだな」、と、納得したものである。
もう1つは、「海底二万海里」。ちなみに、ジュール・ヴェルヌの「Vingt Mille Lieues sous les mers」の邦訳タイトルは複数あるのだが、ChatGPT に調査・整理させたところ、「海底二万海里」が最も妥当とのことだが、これまた閑話休題としてだ。[;^.^]
邦題 評価 海底二万里 歴史的・文化的勝者 海底二万海里 科学的・航海的に最も自然 海底二万リーグ 原語忠実 海底二万リュー 学術的だが一般向きでない
第11章「ノーチラス号」の冒頭から引用する。(花輪莞爾訳、角川文庫)
ネモ船長は立ちあがった。私はその後にしたがった。部屋のうしろにしつらえた二重ドアがひらき、私は今出てきた部屋と同じ大きさの一室に入った。
これは図書室だった。銅の象眼を旋した黒檀の背のたかい本棚には、装丁をそろえたおびただしい本が長い棚板にならんでいた。この本棚は部屋の四方をしめていて、その下辺には大きな栗色の皮ばりの長椅子が据えつけられていて、いかにも坐り心地のよさそうなクッションのふくらみをみせている。離したり近づけたり自由自在の軽い移動机があり、その上で読書できるようになっている。部屋の中央に広いテーブルがあり、上には仮綴本がところせましと載っているが、そのなかにはすでに古くなった新聞もまじっていた。電灯の光がこの心持ちよい部屋全体にあふれている。みればこの光は天井の柱頭飾になかばはめこまれている艶消しの四つのガラス球がなげかけているのだった。私は心からの賛嘆をこめて、これほど巧妙にしつらえられた部屋をながめているうちに、自分の目が信じられなくなるのだった。
「ネモ艦長」と、私は長椅子の上に身をくつろがせたばかりの艦書に話しかけた、「これだけの図書室があれば、陸上の大邸宅の一つや二つなら飾れるというものですね。しかもこの図書室があなたとともに海底ふかく行くのだと思うと、私はすっかり感嘆してしまうのです」
「教授、これ以上の閑静、これ以上の静けさがどこにありますか。あなたの博物館の書斎でもこれほどに心静まりますかな」
「いいえ、船長。私の書斎はこれに比べたらずっと貧弱だとつけ加えねばなりますまい。ここには六、七干冊の本がありますね……」
「一万二干冊です、アロナクスさん。この本だけで私は地上と結ばれているのです。しかし、あの世界も、このノーチラス号がはじめて海中にもぐった時から、私にとってはもはや無くなってしまったのです。その日、私は最後の書物、最後の仮綴じ本、最後の新聞を買い、その時以来、私は人類がもはや考えもせず書きもしなくなった、と考えようと思っています。これらの本は、もとよりあなたが自由にお読みになってよいのです。どうぞご随意にお使いください」
この、「最後の新聞を買った」というくだりが、深く心に刻まれたのである。地上の世界をまるごと海底に持っていくつもりはない。最後の日は、おそらく平凡な一日であったろう。それでも、いや、それだからこそ、スナップショットとして、有効なのである..
ちなみに、この日記を書くために久しぶりに「海底二万海里」を読み返して気がついたのだが、ネモ艦長の蔵書は1万2千冊。これは私の今の蔵書数(推定)と、ほぼ一致している。この偶然の暗号をなにか運命的と感じてしまうのは、オカルトでもスピリチュアルでもない。
目次へ戻る
2026年02月22日:雑件いろいろ2快晴。暖かい。午前中、雲が出てきた。
日中のアクティビティの記録なし [;^.^]。16:23のバスで、鶴ヶ峰駅前へ。たまには目先を変えて、居酒屋「〇座」。好みの問題ではあるが、筑前屋よりも食事(つまみ)のクオリティは高いのだが、どうしても高くつく。筑前屋が大体3千円でまとめられるところを、ほぼ同じ分量の飲み食いで4千5百円かかる。使い分けだな。19:05、徒歩で帰宅。
げろげろ。リブ100の予備機 No.1(4台の予備機の中でももっとも信頼している、即時起動できる予備機)が、起動時ループを起こした [;^.^]。デスクトップのアイコンが大体出揃って安定したかな、というタイミングを狙ってDOS窓を開くと、以降は、安定する。根本的な原因は不明。OSに傷がついたと考えるのが自然だろうが、そうも言えない状況証拠がありましてな..なんにしても、「Windows 95」だし..[;_ _][;^.^] どうしたものか。
旭混声合唱団で取り組んでいる「おさかな」のバスパートの、シンセ音源等による音どりWAVファイルを、Google Drive 経由でメンバーに配布しているのだが、1音間違えていることに今週の練習会で気がついていたので [;_ _]、修正して再配布した。[;_ _][;^J^]
目次へ戻る
先週へ
次週へ
解説
倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 28 2026
Copyright (C) 2026 倉田わたる Mail [KurataWataru@gmail.com] Home [http://www.kurata-wataru.com/]