*2020年12月21日:胡散臭いんだよ [;-_-]凸
*2020年12月22日:GAFAからの? [^.^]
*2020年12月23日:幻想美術選「テトゥアンの大会戦」サルヴァドール・ダリ
*2020年12月24日:「魔術師」
*2020年12月25日:また誤配 [;_ _]凸
*2020年12月26日:渋谷→新宿→六本木
*2020年12月27日:琳派と印象派/坂田靖子/河鍋暁斎
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*2020年12月21日:胡散臭いんだよ [;-_-]凸


 ..コロナの数字は [;-_-]凸。絶対値になんの意味がある。パーセンテージを提示しろよ。正規化しろよ。私ごときがえらそうな顔をして話すまでもない。小中学生には無理かもしれないが、高校で数学の授業を(真面目に)受けた人、あるいは理科系のセンスの片鱗なりとも持ち合わせている人なら、誰にでもわかることだ。日本全国で、1000万人以上がイライラしているはず。

 この、「発表される数字の不完全さ」は、「発表する側」も(当然)気がついているというか、承知の上であるはずだ。つまり、確信犯で「不完全な/信頼のおけない/根拠とならない」数字を出しているのであり、わざわざそんなことをする理由はひとつしかないように、私には思われる。それは、「人心の制御」である。危機感を煽る/あるいは鎮静化させる..

 ..と、ここまで書いてきたこと全体が、また、わざわざ私なんぞが書くまでもなく、大方の人には見抜かれている。だからみんな、頭から信用したりしないし、「それを根拠とする要請」に従おうというモチベが、高まらない。人出が減るわけがないのである。

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*2020年12月22日:GAFAからの? [^.^]


 先日の勤務先での雑談中、オーウェルの「1984」に話題が振られた。現代のビッグ・ブラザーはGAFAか?..と、これ自体はありがちで、その場ではそれ以上膨らませなかったのだが、帰宅してからさらに連想したのは、TARON。(わからない人は、「TARON」でぐぐってもヒットしないようなので、「TARON 紅い牙」で検索していただきたい。[^.^])

 「敵の秘密結社」である「TARON」の名称は、軍需企業の頭文字の連結であり、つまりTARONには明確な実体はない。「そこをつぶせば死ぬ“頭”」は存在しないという絶望..

 GAFAと似てる? [^.^]

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*2020年12月23日:幻想美術選「テトゥアンの大会戦」サルヴァドール・ダリ


 「幻想美術選」、第227回。この画家は、7回目の登場である。

Picture

「テトゥアンの大会戦」(サルヴァドール・ダリ、1962年)

 1860年、モロッコのテトゥアンにおける、モロッコ軍とスペイン軍の衝突を、絢爛たる構図で描く「戦争画」である。もちろん、第一に目に飛び込んでくるのは、一団となって突進してくる騎兵たちであるが、後方左側の、ほとんど人馬の見分けもつかぬほど密集して右側に進撃していく集団、前景左側で高くジャンプする馬、右側の剣を奮う腕、空から駆け下りてくる騎兵たち、画面中央の広場を踏みしめる脚、その後方上空で戦場を見下ろす聖母マリアと彼女を寿ぐ奏楽の天使たち、明らかに不自然な向きと遠近法でコラージュされている人物たち(たとえば、画面左手前の馬の真下に見える黒人や、画面右下で画面の外側を向いている人物)など、個々の構成要素とその組み合わせは、謎めいている。

 謎めいているといえば、少し注意して観ているとわかることだが、画面全体に「数字」が散りばめられている。すぐに気がつくのは、宙を飛ぶ馬の右前脚の下の「3」。それと、突進してくる騎兵たちの中央で女性が右腕を振り上げているのだが、(彼女は、ダリ夫人・ガラなのだが、)その右腕と持っている武具で「7」。その左に「5」..これらの意味は、まだ解明されていないらしいのだが、私に言わせれば、解読する努力をするだけ、無駄である [;^J^]。たとえば、ガラの胸には「4×7」があり、「ここには重要な意味がある」という解説を読んだことがある。なぜなら、4×7=28であり、28というのはキリスト教にとって重要な数字、「聖書巻頭の言葉、「はじめに神が天と地を創造された」を構成するヘブル語の文字数」だからだと言うのであるが..タワゴトもほどほどにしていただきたい [;^.^]。むしろ、そこまで読まれることを想定して、ダリが美術評論家をからかっている(コケにしている)可能性の方が高いだろう。ここまで含めて、「テトゥアンの大会戦の数字」は、すべて単なる遊びに過ぎない、というのが、倉田説である。

 この絵を初めて観る人にとって、多分、もっとも“気に障る”[;^J^] のは、ガラの“笑顔”であろう。画面全体の中で、彼女にだけ、感情がある。なぜかひどく“嫌な”笑顔なのだ。その隣で全軍を指揮していると思しいのが、もちろんダリなのだが、彼は逆に無表情である。

 ガラ夫人は、熱愛の末に結ばれたダリのミューズであった。単なる霊感源にとどまらぬ、有能なアドバイザーであり、秘書であり、ダリを全世界に売り込みまくったセールスマン/プロデューサーであった。ガラの存在なかりせば、ダリの芸術は存在しなかったと断言できる..

 ..が、それだけでは、物語は終わらないのだ。

 ダリはしばしば金の亡者として非難され揶揄されたが、実はむしろガラこそが、金の亡者なのであった。ダリを支配し、たとえダリが興味を示したとしても金にならない仕事はさせず、金になる仕事だけを与え、時には作品を完成させるまで軟禁すらしたという。

 要するに、ダリはガラの金づるであったのだ。

 また、ダリは生涯、ガラひとすじに熱愛を捧げ続けたのだが、ガラは男としてはダリを顧みず、若い男を漁り続けた..こんな事情を知ってしまうと、ダリファンは(特に男性のダリファンは)ガラを憎悪してしまうのだが、しかし繰り返すが、「ガラの存在なかりせば、ダリの芸術は存在しなかった」のである..

 この傑作の主役は、だから、モロッコ兵たちではなく、肩を並べて戦っているダリとガラである。確かに彼らは二人三脚で20世紀の画壇を席巻した「戦友」なのではあるが、しかし、ここに見られる、ガラの笑顔とダリの無表情..遠景遙かに立つ聖母マリアもまたもちろん、ガラなのであるが、画面右前方から突き出されている右腕の持ち主は、さすれば、ダリではなかろうか。ガラに剣を突きつけている右腕の持ち主は..

 最後に、この超大作は日本にあることを特筆しておきたい。諸橋近代美術館 に行けば、いつでも会える。JR猪苗代駅からさらにタクシーで20分、と、東京以西からはいささか遠くはあるのだが、足を運ぶだけの値打ちがある、素晴らしい美術館である。ただし、11月30日から4月23日までは冬季休館中なので、ご注意を。(豪雪地帯ですのでね。[;^J^])

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*2020年12月24日:「魔術師」


 これも、未読でした。「魔術師」(William Somerset Maugham、田中西二郎訳、国書刊行会、世界幻想文学大系)Amazon 1Amazon 2)、読了。

 自分の過去作に厳しい作者が葬り去っていた、1908年の若書きである。後年、他の初期作とともに本書を読み返したモームは、(他の作品は読めたもんじゃないが)これはなかなか頑張っている..よく調べている..今の私なら使わない言葉や表現が多いが..と、一定の評価は与えなおしたようである。

 実在の“魔術師”にして作家/山師、アレイスター・クロウリー(Wikipedia)をモデルとするオリヴァ・ハドゥーのキャラクターが強烈。クロウリーはここまで怪物的ではなかったと思いますが [;^J^]。イカサマ師かと思いきや、本物の..?(幻覚を見せたのは催眠術かもしれないが、●●●●を作っていたとは!)というのがポイント。万人向けとは思わないが、迫力もあるし、その筋の読者 [;^J^] には、お薦めできる。

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*2020年12月25日:また誤配 [;_ _]凸


 そうか、昨日はクリスマスイブだったのか [;^.^]。どうりでスーパーにやけに鶏肉が多かった。[;^.^]

 今日は勤務先の仕事納め。会社の昼食では、味噌汁のかわりにそばが出た。年越しそばのつもりだろう。それはいいのだが..トータルの量が多すぎる [;_ _]凸。食い終わるのに時間がかかり、昼休みが短くなってしまったではないか。[;_ _]凸

 帰宅したら、日経ではなく静岡新聞の夕刊が届いていた [;_ _]凸。前もあったな..と、調べてみたら、2019/01/30。2年前か。日本経済新聞浜松西部サービスセンターに電話。前回どうよう、すぐに配達されたのはいいのだが、それにしても手慣れているなぁ..なぜだ。[;^.^]凸

 なかにし礼、心筋梗塞のため逝去。享年82。合掌..

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*2020年12月26日:渋谷→新宿→六本木


 好天。寒い。6:00に発って、バスで浜松駅前へ。久々の高速バス、7:00発の渋谷新宿ライナー浜松2号。快晴。渋滞なし。11:05、渋谷マークシティ着。暖かい。

 ..以下、15分間、エンタメ入ります。[;_ _]

 この前渋谷マークシティに来たのは、去年の9月。1年以上前である。渋谷駅が「魔改造」の真っ最中だということはもとより承知。だから、マークシティと渋谷駅との連結にも多少の影響はあるだろう、ぐらいの想像はできていてしかるべきだったのだが..あるいは、マークシティからすぐに地上に降りてしまえば、そのような「渋谷駅事案」に気づくことすらなく、ロスタイムゼロで最初の目的地(タワレコ)に向かえていたのだが..ついいつものクセで、「明日の神話」(岡本太郎)の壁画を横目に渋谷駅ビルにいったん入ろうとして、通れなくなっていることに気がつき、その時点で「違和感」に気がついてたとえ引き返してでも地上に降りれば大事なかったのだがそのような嗅覚はいっさい働かず [;_ _]、そのまま建家の中をタワレコ寄りの出口に近づけるのではないかと期待できる方向に歩き続け..

 ..いつしか目の前にはヒカリエが..[;_ _]

 ..ようやく15分後、スクランブル交差点に脱出成功..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 11:25、タワレコ。CDとBD、計10枚ほど購入する。もちろん、わざわざ渋谷くんだりまで来なくても、これらはすべて、浜松の自宅から一歩も出ることなく発注し、届けてもらえるのである。ちょ〜便利である。しかしね..しかしもちろん言うまでもなく、そんなのは本物の「買い物」ではなく、買い物の「代用品」に過ぎない!

 ネット時代に(くわえてコロナ時代に)タワゴトをほざくなと嗤わば嗤え。そもそも音楽や映像を「配信」あるいは(個別購入ではなく)サブスクリプションで聴くのではなく「物理メディア」を購入しているのだ。私は旧人類の最後のひとりとなり、新人類の世界で「旧世界の怪物」として 殺される 死ぬであろう..!(cf. "I Am Legend" by Richard Matheson)

 ..閑話休題。[;^J^]

 12時過ぎに出て、まんだらけ。不要コミックをトータル6700円で売却し、「ぼくらマガジン」の初期のバックナンバー2冊を、税込み14850円で購入する。今回もまた、負けである。[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 まんだらけを出てすぐの「らぁ麺 田じま」で、味玉らぁ麺。さっぱり味で、悪くない。新宿へ。13:25、マップカメラ。稼働実績の極めて低いレンズを売りに来たのだが、売るのは初めてなので、勝手がわかっていなかった。受け付けとレンズの預かりはすぐにしてもらえたのだが、会計が終わるのは2時間後の15:30とのこと。そりゃそーだ [;^J^]。今日はこのあと六本木で、入館時刻16:00−16:25指定の展覧会のチケットを買ってあるので、ちょっと心配。[;^J^]

 時間が中途半端に余った。紀伊國屋書店でもよかったのだが、適当に歩いていたらルノアールがあったので、13:45から1時間ほどアイスコーヒーで読書。早めに仕上がっているかも知れないので15:00にマップカメラに戻ったら、会計が出来ていた [^.^]。15:15に退出。大江戸線で六本木へ。

 15:50、森タワー。やや早いので、外のベンチで読みさしの本を読み切ってから、16:05、森タワーの 森美術館。「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」(〜1月3日(日)まで)である。

 展覧会の趣旨については、前記リンク先を参照のこと(省エネである [;^.^])。現代日本美術作家6人の主要作というか典型作のショーケースであり、初期作と新作を押さえているので、極めてバランス良く俯瞰することができる。

Picture Picture

 2点だけ、ご紹介しておこう。左写真は、草間彌生の「女たちの群れは愛を持っているのに、男たちはいつも去っていってしまう」。近年の「水玉ではない」作品。

 右写真は、宮島達男「時の海−東北」。光っているのは、“それぞれ個別のインターバル”で「9」から「1」までダウンカウントする防水LED。「0」が点灯するタイミングでは点灯せずに消灯し、また「9」に戻る。「9」から「1」までが「人生」であり、消灯は「死」。そして輪廻転生する..と、理解した。この作品については、詳しくは「時の海−東北 ― あの時、あの人に逢いにいく」を参照のこと。「消灯」のタイミングがあちこちでバラバラに発生するさまが、まさに夜の海を想わせる美しさであり、そのひとつひとつが「死」の象徴であることに思い至ると、さらにいっそう感慨深い..



 17:10に出て、横浜・鶴ヶ峰の家に向かう。この会場の要所要所に「フィジカルディスタンスを確保してください」と掲示されていたが、まったく正しい。「ソーシャルディスタンス」というのは(もう今さらどうしようもないと思うが)誤りである。われわれはまさに「物理的に」距離を置くことに心を砕いているのであり、「社会的に」距離をとった記憶はない。ダメでしょ、そんなことしちゃ [;^J^]。たとえ離ればなれになっていても、つながりあっていなくては..(← うざいけど(← 余計なことを。[;^.^]))

 鶴ヶ峰駅前から18:29のバスに走り込み、18:45、鶴ヶ峰の家。10分ほどしてから徒歩で発ち、19:05、竜泉寺の湯。

 ひと風呂浴びてから食事処で半額セールの生ビールジョッキをあおりつつ、まんだらけで仕入れてきたぼくらマガジンに目を通す。クイズのページが多いな..と、ふんふんと解いていたら、なんと惨敗 [;_ _]。1970年の子ども向けの雑誌のクイズごときに..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 21:55、鶴ヶ峰の家に戻る。

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*2020年12月27日:琳派と印象派/坂田靖子/河鍋暁斎


 快晴。寒い。8:31のバスで発ち、鶴ヶ峰駅前の松屋で朝食。この時刻からビールで出来上がっているおじさんが、いつもいるなぁ..[;^J^]

 10:05、東京駅前の アーティゾン美術館。「琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術」(後期:〜1月24日(日)まで)である。

 以下、前期展示で観た作品は除いて、いくつかピックアップしておこう。酒井抱一の「新撰六歌仙四季草花図屏風」画像検索結果)は、とにかくセンスがいい。池田孤邨の「四季草花図屏風」画像検索結果)も、どうよう。とにかく琳派のセンスの良さは、極めて現代的なのだ..というか、時系列が逆だ [;^J^]。われわれは、今なお、琳派の時代を生きているのである。ちょうど、クラシック音楽が、一般大衆レベルにおいては、今なお「ロマン派」時代であるように..(すみません、拡げすぎました。[;_ _][;^J^])

 俵屋宗達の「蔦の細道図屏風」画像検索結果)は、展覧会で観られる機会は実はかなり多い。屏風の右端から左端につながっているという工夫が、良く知られている。つまり、無限音階ならぬ「無限風景」なのであり、「果てしなき旅路」を、実にシンプルに効果的に象徴的に表している傑作である。同じく宗達の「風神雷神図屏風」画像検索結果)については、もういまさらめんどくさいので論評・解説、いっさい略。[;^.^]

 実は後期展示でもっとも感銘を受けたのは、酒井道一の「松島図屏風」である。残念ながら画像検索できず、図録からスキャンしようにも、例によって見開きバーン、でスキャンできないのだが..「松島図屏風」といえば、多くの人は俵屋宗達(画像検索結果)か尾形光琳(画像検索結果)の作例を想起するだろう。(Wikipedia:松島図屏風 も参照のこと。)酒井道一の作品は、尾形光琳の作例に構図は非常によく似ているのだが、さらにいっそう、デザイン感覚が強い、岩の黒い輪郭線は、ぎょっとするほど太く力強く、舞い散る波の粒は、ひとつひとつが、白く凍り付いた打ち上げ花火のようである。これはまったくノーマークだった。いい拾い物をした。

 常設展というか、「石橋財団コレクション選」も、前回も今回も観ていますので、ざっとピックアップしておきましょうかね。ただもう、ほんとに「美術の教科書」状態なので、ひとこと解説もなし。タイトルと画像検索結果の列挙のみ。[;_ _][;^J^]

 パウル・クレーの「羊飼い」画像検索結果)、ジョルジョ・デ・キリコの「吟遊詩人」画像検索結果)、コンスタンティン・ブランクーシの「ポガニー嬢II」画像検索結果)、アンリ・マティスの「青い胴着の女」画像検索結果)、ザオ・ウーキーの「07.06.85」画像検索結果)。

 藤田嗣治の「ドルドーニュの家」画像検索結果)、安井曾太郎の「F夫人像」画像検索結果)、黒田清輝の「針仕事」画像検索結果)、藤島武二の「黒扇」画像検索結果)、青木繁の「海の幸」画像検索結果)、古賀春江の「素朴な月夜」画像検索結果)。「琳派と印象派」展のほうに展示されている作品については、モネもゴッホもルノワールもセザンヌも、ピックアップすら略。つきあいきれんから。[;^.^]

 11:15に出る。予定より早かったので、午後の予定の順序を入れ換え、先に有楽町のビックカメラに行くことにした。ここからならいちいち東京駅に戻ってJRで1駅移動するより、歩いた方が早いかな..おぉ、ちょうど通り道に、京橋に移転したギャラリーがあるではないか!

 というわけで、11:25、スパンアートギャラリー 着。「坂田靖子 メリー・メリー・クリスマス展」の最終日でした。クリスマスネタの漫画原稿がまるまる2本、展示されており、読み耽ってしまった。[;^J^]

 11:50、退出し、12:00、有楽町のビックカメラ。2TのHDDを2個購入。JRで東京駅へ。ステーションギャラリーの展覧会の入館時刻は14:00までなので、どこかで食事をしなくては..というわけで、12:25、新丸ビル1Fの「STAND T」に入ってみる。ビールと、タコとポテトのバジルソース。(それが昼食かよ。[;^J^])

 14:00、東京ステーションギャラリー。「河鍋暁斎の底力」(〜2月7日(日)まで)である。

 「下絵のみ」という珍しい企画。海外作品の展覧会がコロナでふっとんでしまったため、急遽用意された企画らしい。転んでもただでは起きない。こういう機会だからこそ珍しいものが観られるのだと、前向きにとらえよう。

 「鳥獣戯画 猫又と狸 下絵」は、従来からよく知られていた作品であるが、失われていたパーツが発見されたというもの。「群猫釣鯰図」など、よっく存じ上げている作品の下絵も多いが、その他、未知の作品の下絵についても、執拗な描き込み/描き直しや描線の勢いが、みものである。

 14:55に退出。かなり早いが、横浜・鶴ヶ峰へ。15:50、駅前のサイゼリヤ。19:30まで居座る [;^J^]。赤ワイン1リットル+4品で2100円なのだから、サイゼは本当に安い。

 駅前からのバスで、19:50、鶴ヶ峰の家に戻る。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 31 2020
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