2020年09月28日:東京さ行ぐだ [;^.^] 2020年09月29日:幻想美術選「五百羅漢 第22幅 六道 地獄」狩野一信 2020年09月30日:国会図書館 抽選申込 2020年10月01日:「現代ドイツ幻想短編集」 2020年10月02日:「ゴシック文学入門」 2020年10月03日:鰭崎英朋展 2020年10月04日:スピログラフなど目次へ戻る 先週へ 次週へ
快晴。自転車通勤。さすがに涼しくなってきたが、まだ半袖ワイシャツ姿である [;^J^]。特に衣料&衣装に関しては天下無双のものぐさである私は、「衣替え」という概念を明確な形ではもっていない。客観的にみると、どうやらおおむね世間と「半シーズン」近くずれているようである。[;^.^]
そろそろ、上京してもいいだろう。むろん、消毒薬を持参するなどして余計なものを持ち帰らないように注意してのことだが..10月17日(土)に、下記の展覧会に行くことにした。
国立西洋美術館
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」
〜10月18日(日)まで
日時指定の入場券が必要である。ホームページから「17:00〜17:30入場可」のチケットを購入した。(金曜・土曜は、21:00まで開館している。)遅い時間帯を選んだのは、昼間は別の用件をできれば2件、入れたいからである。
そのうちひとつは、国会図書館。こちらは日時指定入場券どころか、抽選制である [;_ _]。10月17日入館の抽選は、9月30日からスタート。つまり今しばらくは、10月17日の日中に国会図書館に行けるかどうか確定しないわけで、その日にさらにもう1件、別の用事を入れるのが難しい状況なのである..[;_ _][;_ _][;_ _]凸
目次へ戻る「幻想美術選」、第214回。「幕末から明治にかけての逸品」3回ミニシリーズの、最終回。
狩野一信(1816〜1863、Wikipedia)は、幕末の絵師。その超大作にしてライフワーク、「五百羅漢図」(画像検索結果)は、10年ほど前までは(研究者以外には)ほとんど知られていなかった。全100幅に5人ずつの羅漢が描かれており、計500人。(厳密にいうと、対になっている2幅ごとに10人ずつ。4人+6人という例が、若干ある。)
私はこの現物の全貌(172cm×85cmの全100幅)を、2011年に江戸東京博物館で開催された「五百羅漢」展で観ているのだが..いやはや、大変な迫力であった! その強烈な色彩、執拗なまでの細密描写、アクの強い羅漢たちの表情の個性とバラエティ、ときに西洋絵画の技法も取り入れるという貪欲さ、豊かなアイデア、その奇想、なによりも爆発的な生命力とエネルギー!
..しかし、そればかりではない。ここがこの超大作のもっとも興味深く、そして味わい深い点なのだが..終盤に至って、失速していくのである。筆の力がなくなり、発想も徐々に凡庸に貧困に。そしてはっきりと「下手になっていく」。第60幅を過ぎたあたりから、ときどき力の抜けた画幅が混ざり始め、第81幅からは明らかに集中力が落ち緊張感がなくなり生気が失せて行く..
一信が30代の頃から制作を始めたこの作品は、足かけ10年のプロジェクトとなったのだが、実は一信はついに、これを完成させることが出来なかったのだ。あと4幅を残した時点で(まだ50歳にもならぬうちに)早世してしまい、最後の4幅は、妻と弟子たちが仕上げたのである。この超大作の制作が彼の寿命を縮めたことは間違いないが、命と引き換えにした作品のクォリティを、衰弱していく気力・体力のために最後まで維持できなかったという結末は、なんとも切ない..
BS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」(2011/05/31)でこの展覧会が取りあげられたときのゲスト、美術評論家・山下裕二の、素晴らしい言葉が忘れられない。
「でもね..この最後のへんのありさまも含めてね、この人が10年かけてやって、最後力尽きた、というありようを、僕は見て欲しかったんですよね..ついついなんか、こう絵なんていうのは、素晴らしい技量をもった人が最高のものを描いて、それだけを名作って言って、ほかはダメだみたいな言い方をするけど、そうじゃない。あれだけの絵を描けた人が、これだけヘロヘロになっても、最後まで描き続けて、でも、完成を見ずに死んじゃって..て、そういうありさまも見て欲しかった..」
..われながらこんな言い方は10年に一度もしないが、「これもまた、人生だ」。画家・芸術家だけではない。職人やサラリーマンも含めていかなる職業であっても、「晩年にかけて熟練し上達し続け、若い頃にはできなかった見事な出来映えの仕事で有終の美を飾る」..それが定型的なイメージだが、そうはいかない、凡庸な人生だってある..むしろそちらの方が普通ではないだろうか。体力も記憶力も仕事の質も衰えて、若い頃の「才能の貯金」を取り崩し続けて辛うじて糊口を凌ぎ..この壮大な叙事詩の中盤までの壮麗な世界と終盤の無残なフェイドアウトは、「かつて輝いていた人々」への挽歌にもエールにも、見えるのである..
ここにご紹介する「第22幅」は、序盤の、もっとも力みなぎっている時期の傑作である。この地獄図の迫力を見よ! 苦しむ亡者たちを救出にきた羅漢たちが、地獄の劫火も消えよとばかりに叩きつける大暴風は、 龍たちが吐き出す炎をも、吹き消さんばかり!! 私は、これほどまでにアグレッシブな地獄図を見たことがない。ボスもブリューゲルも、ブレイクもドレも、ドラクロワも、これほどのものは描けなかったのだ!
以て瞑すべしや。
目次へ戻る自転車通勤。涼しくて気持ちいい..が、風邪だけはひかないようにね → [;_ _]。このご時勢、風邪をひいたりしたら(正確には、風邪らしき症状を見とがめられたりしたら)、いったいどんな目にあわされることやら..(こらこら [;^.^])
10月17日の国会図書館の抽選申し込みをするが、結果のお知らせは、「前の週の金曜日」までに来るとのこと..つまり、最悪10月9日(金)である。遅すぎる [;_ _]凸。仮に外れたとして、それから「日時指定予約が必要な別の展覧会」を手配しようにも、1週間前なので既に満員である可能性が高い。かといって、国会図書館が外れることを見越して、あらかじめそちら「も」買っておくなどという、バブルなことはしたくないし..[;_ _]凸
目次へ戻る先日、古書肆の時代舎で買ってきた「現代ドイツ幻想短編集」(前川道介訳編、国書刊行会、世界幻想文学大系)を、読了した。刊行されたのは45年前。意外に思われるかもしれないが、私は「世界幻想文学大系」(Wikipedia)を読破しているわけでは、ないのである [;_ _]。こうやって、古書店で未読の巻を見つけては買って帰り、ポツポツと味読するのがまた、楽しくてね..ほんとだよ [;^.^]。本巻には、他の短編集やアンソロジーでは読んだことがない作品が多く、大変満足である。[^.^]
「灼熱の兵士」(グスタフ・マイリンク)−ナンセンスショートショートの趣がある。「壜の上の男」(同)−「ホップフロッグの復讐」(ポー)型の公開処刑。「石油綺譚」(同)−地下油盤の破壊工作による大規模な環境破壊。「ひそかに鼓動する都会」「神秘の都」(同)−プラークへの愛憎入り混じる好エッセイ、2編。「C・3・3」(ハンス・ハインツ・エーヴェルス)−オスカー・ワイルド登場 [^.^]。自分を夢見ている(お前は俺の夢の一部だと主張する)醜怪な存在と対決する。「カディスのカーニヴァル」(同)−まったく無意味な(仮装ではない)「木の幹」がカーニヴァルに出現し、静かなパニックを引き起こす。「スターニスラワ・ダスプの遺言」(同)−歪な愛の復讐譚か。自分の屍体を破壊させる。「ファン・セラノの手記」(カール・ハンス・シュトローブル)−熱っぽい未開地(異教の地)幻想。
「噂」(ヴィルヘルム・フォン・ショルツ)−悪いがちょっと私にはあわない [_ _]。「窓の顔」(同)−予知をからめた、よくまとまった小品。「ヴィンチガウのペスト」(ヤーコプ・ヴァッサーマン)−村にやってきた大道芸人一行のゴリラが逃走し、ペストをまき散らす。ロミオとジュリエットのモチーフを、それにからめる。ゴリラが瀕死の恋人たちを殺す。「ハーシェルと幽霊」(アルブレヒト・シェッファー)−ある意味清々しい、鮮烈な印象を与える小品。「人殺し」(アレクサンダー・M・フライ)−死体を見つけてしまった男が、追い込まれて破滅する。「楽しい一日」(クラウス・マン)−大切な車を事故で失った男は、その中に乗せていて死なせてしまった恋人のことを、忘れていた。「ユリダノス号」(クリスタ・ライニヒ)−事故を起こした(来るはずのない)列車の幽霊。「ヴェニスの或る暖炉取付け工の身の毛もよだつ体験」(アルフレート・アンデルシュ)−巨大猫と巨大鼠の争闘。修道院長が、神への(微かな)疑念を呈するところが「恐い」ポイントのようだが、残念ながら私には、皮膚感覚としては伝わらなかった [_ _]。「シュペルトの旅籠」(ヴェルナー・ベルゲングリューン)−伝統的な幽霊譚。「踊る足」(同)−旧城の塗り込められた部屋の隙間から微かに垣間見える往古の雅な舞踏会と、そこで起きたらしい惨劇の気配。主人公はそれを直接目撃しようと手を尽くすが、時代の荒波に翻弄されて城から引き離され、果たせぬままに、城は戦火の中で灰塵に帰す。「冥合の術」(同)−過去の人間への人格移入というか没入というか。
目次へ戻るこちらは新刊。「ゴシック文学入門」(東雅夫編、ちくま文庫)、読了。いやまったく、読み応えがあるなんてものではない [;^.^]。既読の文章(エッセイ)も多く含まれているのだが、知識の整理が、あらためて出来た。
あまりの充実ぶりに抜き書き紹介の量も多く、したがって今日の日記は途中から読み飛ばされる可能性が高いので [;_ _][;^J^]、順番を変えて、巻末に収録されている「人外」のご紹介から始める。時間がなければ、次のパラグラフだけ読んでくださいませ。[_ _](店頭で本書を立ち読み確認するときも、まず「人外」から。)
「人外」(高原英理)は、中井英夫、江戸川乱歩から説き起こし、フランケンシュタインの怪物、鉄腕アトム、妖怪人間ベム、吸血鬼(ポリドリ版)、吸血鬼ドラキュラ、ハンニバル・レクター博士、と、テンポ良くコンパクトに「人外」を定義しつつ系譜を辿る、好エッセイ。「つまりフランケンシュタインズ・モンスターとは人間以前であり人間以上であるが人間そのものではない者、ということだ。これを「人外」と呼ぶのである」(279頁)。「フランケンシュタインズ・モンスターには限りない孤独の悲しみがあったが、現在われわれのいだく吸血鬼像には選ばれた者の傲慢と冷酷さがつきまとう」(279頁)。「(吸血鬼は)周囲の人間をことごとく破滅させる、残酷で恐ろしい魔物である。極悪の存在だ。しかしその在り方はフランケンシュタインズ・モンスターと異なり、いかに悪が強調されても、もともと卓越した存在として描かれている。周囲の他者が彼を厭わず、そればかりか憧れさえするからだ」(281頁)。「その描写は、貴族であり天才詩人と呼ばれスキャンダラスな女性関係を誇る社交界の花形であったあるじバイロンへの、貴族でなかったポリドリの屈折した感情が促したものでもあるだろうか。また、貴族の勢力が最大だった頃には、彼らは実際にためらいなく平民から材を奪い自らのものとし生涯遊び暮らし、またときに平民の幾人かを殺しても罪に問われることはなかった。こういう意味での吸血鬼は確かに実在した。そして後の世から見ればそれは神話伝説上の人物のようでさえある」(282頁)。「そもそも「生ける屍」でしかなかった者が美的な選ばれた者として描かれることになったのは、やはりそこに、非人間的な存在への憧憬が加えられたからだ。/それは言わば「望まれる人外の境地」である。そして、無意識にでもそうした美的な悪への羨望をいだくとき、われわれはゴシック者である」(283頁)。
あとは、順番に。
「ゴシックの炎」(紀田順一郎)−「これに反して〈最初の作家〉は、送りかえされるべき安息所をもたない。彼の死体はむらがるエピゴーネンと史家の要請により掘り起こされ、洗いなおされ、現在と未来の錯綜した時期の中で解体を余儀なくされる。ひとつの声はさまざまの奇想異風な倍音効果を伴って増幅され、すでに他の章に属したがっている彼に絶えず世俗的な呼び出しの声がかけられる。かつて彼の好尚をみたす手段にすぎなかったテーマは、いまや彼につづく作家にとってふだんに涸れることのない源泉である。おそらく彼は自らが発見したジャンルが、汲みつくしがたき生命力をもったものであることを意識していない。これは彼にとってみれば、迷惑なる逆説であるかもしれない。なぜなら、そのことは彼の天才よりも、多く凡庸を立証することになるからだ。後継者をもたぬ独創性のゆえに彼は価値あるのではなく、よりすぐれた追随者をもった凡庸性のゆえに、彼は文学史の片隅に居心地のわるい座を占めることになる。――このような例をわれわれは、ホレス・ウォルポールという作家において、典型的に見出すことができる」(49頁)。「文学を階級化し、写実的な物語を最下位に、効果をねらう物語を中間に、真の詩を最上位に置くべきだと信じていたポオは、その効果に情熱、恐怖、驚きなどのモチーフを採択した。もともと彼の文学理念は「快」の獲得にあり、詩は「美」によって、小説は「真」によってそれに到達すべきものであると考えていた。詩のめざす「美」が、その制約上汲みあげることのできぬ領域を小説で填補しようという発想が、彼をして新しい小説ジャンルに赴かせる。そのさい効果は単一的、有機的でなければならない。しかも起筆から結びの一語にいたるまで、すべてはある一定の効果に奉仕するよう、古典芸術風の集中と選択の理法により慎重に構成されねばならない。――このような要求が、伝統的ゴシックの贅肉を切り捨てた短篇怪奇小説と、直観的な理知の表出をめざす推理小説とを生み出したのである。/もっとも、そうした彼の方法論により、ゴシックの創始者がほんらい持っていたいくつかの本質的部分は消滅してしまう。時代の一面的合理思想に対する反逆、社会的、道徳的な抑制の外に奔放な自己表出を行ないたいという欲求である。この面をゴシックと類縁性の濃いカテゴリーの中で継承したのが、ユイスマンスである。彼の存在がデカダンスと象徴派運動に力をあたえ、やがて二十世紀の超現実主義文学に直結しえた理由は、時代におけるいっさいの合理主義を拒否し、カトリック的中世の中に反逆者としての精神的平衡を求めた精神に発している。いわば彼は、近代におけるゴシック作家の変種的な再生ということができよう」(66頁)。
「バベルの塔の隠遁者」(澁澤龍彦)−『ヴァテック』の結末近い数ページの、陰惨な地獄の宮殿を描写した部分は、ピラネージの「牢獄」に暗示を受けている(75頁)。「フォントヒルの僧院そのものには、彼はそれほど執着していなかったと思われる。未完成の建物には情熱を燃やしこそすれ、出来あがってしまった建物には、もはや幻影を求むべくもなかろう。はたして、ベックフォードは大して後悔もせず、飽きてしまった玩具を手離す子供のように、あれほど心血をそそいだ作品を売り払ってしまうのである」(87頁)。「ベックフォードの死んだ翌年、あたかも彼の使命を受けついだかのように、ルドヴィヒ二世はこの世に誕生している。この二人の生命の続いているあいだ、ロマン主義は興り、ロマン主義は滅びたのである。実際には、偉大なロマン主義者と呼ばれるひとたち、ワーズワースやユゴオは、純粋に文学的な形でしかロマン主義者ではなかった。彼らはロマン主義を書いたにすぎず、日常生活ではブルジョワ合理主義者でしかなかった。ベックフォードとルドヴィヒ二世のみが、真にロマン主義を生きようと欲した。最初と最後、彼らは同じ精神家族に属していたのである」(88頁)。
「嗜屍と永生」(平井呈一)−18世紀に繁栄したゴシック小説には吸血鬼をテーマにしたものがひとつもない、ゴシック小説は、もっぱら古城や僧院という貴族的密室内の恐怖と陰謀を追うことに終始し、読者も有閑階級だったため、吸血鬼のような血なまぐさい残忍な恐怖は、はいる余地がなかった。ゴシック小説から半世紀たって吸血鬼小説によって、恐怖小説は貴族から庶民のものになった、『ドラキュラ』には密閉された貴族的な恐怖は全くなく、恐怖はこの名作によって貴族から庶民の手に渡された、という指摘。
「獄舎のユートピア」(前田愛)−獄舎もユートピアも〈都市〉を母胎としてうみおとされた亜種(153頁)。ユートピア文学はしばしばじっさいの囚人によって構想された(154頁)。ルソーの、牢獄に幽閉されることへの憧れ。「収縮したルソーの自我は、夢想をふくらませることでふたたび宇宙的なひろがりをとりもどそうとする。「バスチーユや、なにひとつ目にはいるものもない牢獄においてさえ、自分は快い夢想にふけることができるだろうと、わたしはよく考えたものだ」」−わりと かなり 非常に、同感する [;^.^](156頁)。「「一望監視施設」の思想を、都市のレベルに変換した典型的な例のひとつは、ナポレオン三世の意を体してすすめられたオースマン男爵のパリ改造事業だろう。まがりくねった古い街路を容赦なく取りこわし、それにかわって見通しの利く直線の大通りを打ちぬいたオースマンの事業は、ナポレオン三世の夢想どおりに「世界でもっとも美しい都市」を実現させた。並木や花でよそおわれた大通りの遠近法であり、噴水や大理石の彫像で飾られた広場のモニュメンタルな空間である。しかし、この改造されたパリの見事な景観は、その背後に内乱と暴動から首都を防衛する戦略的な意図をかくしていた。直線の大通りは、軍隊と警察の迅速な移動を可能にする機能をもっていたばかりでなく、叛徒が潜伏する死角を消滅させ、バリケードの構築を困難にする一石二鳥の戦略的効果が計算されていたのである(大革命いらい街路の敷石がバリケードの材料に転用された苦い教訓から、第二帝政はアスファルト舗装の導入を思いつく)」(177頁)。「「最暗黒の東京」は、貧しさがものの欠乏状態であるという私たちの常識を裏返してしまう。貧民窟のなかのものの豊饒さは、何よりもまずたべものの豊饒さとしてあらわれることになるだろう」(190頁)。「「最暗黒の東京」がさぐりあてた宇宙論的なひろがりをもった〈暗黒〉のイメージが、同時代の文学、たとえば悲惨小説や深刻小説の世界から孤立していることは、明治の文学史が抱えている大きな謎のひとつである」(195頁)。
「『高野聖』の比較文学的考察」(日夏耿之介)−初めに山僧の挙措を百行以上も置いて、それから述懐に入る形になっているのが、どうも話の真実感を薄める。終わりに近づいて老爺が説明するのも、いまいちという指摘(239頁)。とはいえ終わり際の記述が(改善点はあるが)大変よろしいという指摘(240頁)。「総じて彼の小説に、地の文と会話が時間空間に於て錯交してとりまぎれて仕舞ふ場合が少くなく、之は一つの彼の文章構成上欠陥であつて、繰返して読み直さなくては、われ等のやうに永年鏡花物に読み慣れた読書子すらちよつと判りかねることが少くない。ここにもその錯交が見られる。尤もこの錯交雑入は、固と彼の文章法の異色特長と表裏した長短所であるのだから、強ち一図にそれ許り攻めるわけにはゆかない。/『高野聖』の女のマヂック的素性を末尾で談るのは前述の如く自然とはいへるが、構成上やむをえぬとしても、軽い感じに扱はれて了ふが、左りとて並一通りの古風なテエルズのやうに初めから談りだすでは術がない。そこは脇役ながら松助のやうな馬牽き老爺の談り口が、更に一般地の文以上の精細を放つて欲しかつた処である。それは太だ六づかしい注文だが、構成が抜きさしならぬとすれば、かうも注文する外なく、已に注文に無理がないとすれば、この小説の一縷の物足らなさは、只夫れこの一点に繁つて存するといふべきであろう」(246頁)。「「セラフィタ」は小説としては退屈なつまらぬ作品だが、スウパナテュラル文献としては太だ面白い稀有の作品である。しかるに、鏡花の霊怪作品は、作品としては「眉かくしの霊」でも「火のいたづら」でも「三味線掘」でも「ささ蟹」でも皆面白い精品高品佳品だが、スウパナテュラル文献として算へようとしてもつひに一向面白くも何ともない。しかしその読本草双紙興味に彼が引つかかりすぎたからだとは決していへない。草双紙読本調がなかつたら、蓋し鏡花といふ文学的存在は世界文学の上には生れなかつたであらう。それはそれにてよろしいが、只超自然現象に関はる限り、鏡花は篤信的にして些かの科学的探求心も持たなかつたから、その霊怪像は昔の草双紙の痩身蒼顔柳腰を一歩も出ないのはやむをえないことながら、単調といへば是程単調なことは無い」(266頁)。
..もう長くなり過ぎるのでほかは略すが、「「幽霊塔」の思い出」(江戸川乱歩)、「「モンク・ルイス」と恐怖怪奇派」(小泉八雲)、「恐怖美考」(種村季弘)、「狂気の揺籃」(塚本邦雄)、「信天翁と大鴉と鳩」(日夏耿之介)、「眼のゴシック」(八木敏雄)、「黒猫の恐怖」(富士川義之)、「『死妖姫』解説」(野町二)を収録。
..いやはやなんとも [;^J^]。しかし本書を、善男善女に薦めていいものかしら? [^.^]
目次へ戻る雲は多いが好天。6:10に(例によって)半袖で発つ。バスで浜松駅へ。7:10のJRで東へ..冷房が寒い [;^.^]凸。エアコンの風に耐えられず、幸い車内はすいているので、いくらかでもマシな席に移る。8:00頃には快晴。窓から射し込む陽光で暖をとる。[;^.^]
9:36、三島着。伊豆箱根鉄道に乗り継ごうとしたら、交通系ICカードが使えない..のは仕方がないとして、ではどうすればいいのか思いつくまで、たっぷり10秒間、かかってしまった。[;_ _](JRの改札から出て、伊豆箱根鉄道の改札から切符を買って入ればいいだけのことですが。[;^.^])人間、便利さに慣れてしまったら、あっというまにここまで堕落する [_ _][;^J^]。9:48、三島田町着。小さな町である。
徒歩3分程度で、佐野美術館。ここに来るのは初めて。「天才絵師・鰭崎英朋の美人画―朝日コレクション 明治・大正の木版口絵より 展」(〜10月25日(日)まで)である。
彼の名は、一部の好事家を除けば、少なくとも少し前までは、ほとんど知られていなかった。今はどうなのであろうか。まだ「復権」途上のフェーズなのであろうか。かつて一世を風靡していながらここまで忘れ去られた理由は、もっぱら、大衆小説雑誌の口絵/挿絵の世界で活躍し続けたからである。
なんといっても、素晴らしいのは、その「目」である。その妖艶な目と表情で、彼は天下を取ったのだ。(左図は、柳川春葉・著「誓」前編 口絵、右図は、同じく中編 口絵)
私もこの挿画家の名前は、ほとんど記憶になかったことを白状しておく。左図は、泉鏡花の「続風流線」の有名な口絵であり、これ自体はよく知っていた(自宅のどれかの画集か図録にも収録されている)のだが、画家の名前までは憶えていなかったのだ。
本展には、同時期・同ジャンルの画家たちの作品も出展されている。右図は、同時期のライバルであった鏑木清方の作品(菊池幽芳・著「百合子」後編 口絵)。ご覧のように、目がまったく違う。好みが分かれるところだろう。鏑木清方は鰭崎英朋とは対照的に挿絵を「卒業」し、展覧会に出展する日本画の世界に進んで、日本美術史に名を残したのである。
美術館を発ったのは、11:30頃だったろうか。三島駅まで戻り、駅前の庄屋に入ってみる。なるほど確かにここは安いな。あじフライ定食を注文してみた。なるほど確かに肉厚だ。(ロンハーで、そういう噂を聞いていましたものでね。[;^J^])12:28に三島をJRで発ち、14:56、浜松。
ビックカメラでNIKON D850の価格を確認。37万を越えるんだよなぁ..1割のポイントが付くとはいえ。マップカメラの中古ならば、25万円台から。保証がつくし、マップカメラなので品質面の心配はないのだが、この価格帯(私の財政事情からは「高級品」)になると、使用感のある中古品よりは、やはり新品で購入したいという思いが、正直ある。
さて、どうしたものか..
久々に有楽街の浜松かきセンターで蒸し牡蠣などを喰い、バスで帰宅。
目次へ戻る曇天。イオン浜松西店のWで、切手をまた少し処分してから、鴨江アートセンターへ。「Remote Maker Hamamatsu 2020」である。
展示作品中、特に見入ってしまったのが、「SPIRO MAKER(DXY-990)」である。スピログラフ(Wikipedia)については、以前も廃墟通信に書いたことがある。私にとっては小学生時代の(つまり、半世紀も昔の)思い出なのだが、今では百均で売っているらしい。(知りませんでした。[;^J^])まぁ..私は買わないような気がするけどね。追憶の中に封じておきたい気もするしね。[;^J^]
そのスピログラフを「ペンプロッター」で実現しているのである。一瞬、「ただそれだけのことか..」と思ったことは白状するが [_ _]、よく考えてみたら、そもそも「ペンプロッター」というジャンル自体が、廃れてしまっているのであった。(Wikipedia を見てみたら、2010年代から再び(一般的ではないにせよ)脚光をあびつつあるとのことだが。)多くの(私より若い)見学者たちにとっては、ペンプロッター自体が珍しいらしい。ここで展示されているペンプロッターは、オークションで落札したという、30年以上も昔のモデル。よく動いたものだ [;^J^]。もちろん制御ソフトがなく(当時のソフトはもしかしするとBASICだったかも [;^.^])、自作したわけである。着想(着眼点)よし、チャレンジよし。動画 を紹介しておこう。
本来のスピログラフは、ピンで紙に固定したプラスチックの歯車に沿わせて、もうひとつの歯車を(離れないように)動かし、その動かしている歯車に空いている孔にボールペンを挿入して、そのボールペンで描画していくものである。これで遊んだことがあるすべての人が「あるある!」と共感してくれるはずだが、複雑で美しい図形を今まさに描き終えようという最終局面で、指先がくるって歯車が滑ってしまい、ボールペンが無様な直線をギャーッと描いてしまって、すべて台無しやり直し..[;_ _][;^J^]。このソフトもどこかバギーで(あるいは、動作していることが不思議なほどの古いハードとの信号の送受に問題があって?)、ときおり、そのような振る舞いをするところが、実によろしい。雅(みやび)である。[^.^](武士の情けで、そこは録画しませんでした。[;^J^])
1時間ほど楽しんでから、ビックカメラへ。ドライボックス(4個め)を購入。(カメラだかレンズだかを買い足す気、まんまんではないか。[;_ _][;^.^])「めん虎」まで車を走らせてチャーシュー麺を食べてから、帰宅。
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