*2018年03月05日:幻想美術選「監獄:第7葉:跳橋」ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ
*2018年03月06日:4月の展覧会観覧予定
*2018年03月07日:100万倍
*2018年03月08日:一万分の一
*2018年03月09日:mixiニュースにうんざり..[;_ _]
*2018年03月10日:ブリューゲル展/ルドン展/線画展
*2018年03月11日:仁和寺展
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*2018年03月05日:幻想美術選「監獄:第7葉:跳橋」ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ


 「幻想美術選」、第105回。この画家の他の作品を約2年前にご紹介しているのだが(「第12回:ローマの遺跡」)、代表作は、もちろん、これ。

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「監獄:第7葉:跳橋」(ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ、1761年)

 「監獄(牢獄)」連作は、全14葉が第一版として1749年に出版され、2葉追加された第二版が出たのが1761年。(画像検索結果を参照のこと。)ロマン主義を生んだとまでは言わないが、その前夜に出現した、この怪物的な異形作は、ロマン主義以降の小説や美術に、深刻な影響を及ぼした。

 現実の監獄の写生ではない。こんな監獄は、あり得ない。純然たる空想の産物なのだが、単なる巨大建築幻想・巨大空間幻想にとどまる物ではない。これは、「宇宙の光景」なのである。「巨大な構造を持ちつつ」「ときには物理的な矛盾も内包しつつ」「途轍もなく広大で」「しかも有限である」これらの風景は、まさに、われわれが知る「宇宙空間」の姿である。(点在する(卑小な)人間の姿は、「ここが宇宙である」ことのヒントにほかならない。)

 そうであればこそ、これらの光景が「監獄」と名付けられたこと、巨大な拷問器具が描き込まれていることの意味に、想いを馳せないわけにはいかない..

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*2018年03月06日:4月の展覧会観覧予定


 4月は、わりと無理せずクリアできそう。

*府中市美術館
 「リアル 最大の奇抜
 前期:〜4月8日(日)まで
 後期:4月10日(火)〜5月6日(日)まで

*国立新美術館
 「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション
 〜5月7日(月)まで

*国立西洋美術館
 「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光
 〜5月27日(日)まで

*横浜美術館
 「ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより
 3月24日(土)〜6月24日(日)まで

*弥生美術館
 「セーラー服と女学生 〜イラストと服飾資料で解き明かす、その秘密〜
 3月29日(木)〜6月24日(日)まで

*損保ジャパン日本興亜美術館
 「ターナー 風景の詩
 4月24日(火)〜7月1日(日)まで

 「リアル 最大の奇抜」の前期は諦めていたのだが、うまく日程にはまりそうだ。ターナーは、もちろんGW回しである。

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*2018年03月07日:100万倍


 前にも書いたかもしれないが..私が(約40年前、学生時代に)最初に買った「PC」は、実は「PC本体」ではない。「NECのPC−8000シリーズ用の、外付けフロッピーディスクドライブ」である。確か、アイテムというメーカーの、5インチシングルドライブ(両面倍密、320KB)ではなかったかと思う。そこの若い読者に注意しておくが、タイプミスではない。この規格のフロッピーディスクの容量は、320KB。320GBでも320MBでもない。

 なぜ最初に本体ではなくストレージを買ったのか、その背景を簡単に述べておこう。

 私が棲んでいた学生寮では、夜な夜な、PC本体を持っている(裕福な)友人の部屋に大勢が詰めかけ、PCでゲーム大会、または、パソコン雑誌(まだ「マイコン雑誌」だったかな?)の記事からプログラムを打ち込んだり、講義で出された宿題をPCで解いたり、の、阿鼻叫喚。そこでは、外部メディアは「カセットテープ」だったのである。(既にフロッピーディスクドライブ搭載のPCは存在していたとはいえ、それらは「ビジネス用」の高価なモデルであって、学生の手に届くものではなかった。)600ボーだか1200ボーだかの超低速でカセットテープにセーブされたゲームソフトをロードするのは、大変、時間がかかることであった。何十本ものテープの取り回しも面倒で、紛失しやすかった。

 そこで、外付けフロッピーディスクドライブの出番となるのである。皆が打ち込んだ、あるいは別の場所から入手したゲームプログラムや各種のデモプラグラム、BASICのLINE文やPAINT文で描いたアニメ絵、授業の課題を解くプログラム、などなど数十本を収めたフロッピーディスクと、フロッピーディスクドライブを抱えて、友人の部屋を訪れる。そこでは、私が王様なのである。[^.^][^.^][^.^](だから、「シングルドライブ」なのだ。当時の外付けフロッピーディスクドライブは、基本的に「ツインドライブ」だったが、当然、価格が倍もする(恐ろしく高価である)ことと、持ち歩くのに不便だったからである。)

 約40年前の、僅か320KBのフロッピーディスクの使い出と価値、それが与えてくれた「幸せ」は、現在の32GBのUSBメモリ、320GB以上の外付けHDDに、けっして引けを取るものではなかった。そこには、音楽も映像も、VRゲームも保存することはできなかったが、まさに夢が、「未来の夢」が、いっぱいに詰まっていた。

 われわれが取りまわせる外部記憶の容量は、この40年間で実に100万倍に増えたのだが、そこに収納されている「幸せの量」は、果たして増えたといえるのだろうか。

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*2018年03月08日:一万分の一


 何度も書いているが、大事なことなので、また書く。

 旧聞に属するが、香取・草なぎ・稲垣がジャニーズを離脱し、やがてぼちぼち活動を本格化させた頃、ツイッターなどでちらほら見かけた発言が、「ネット民は、ほぼ香取・草なぎ・稲垣に同情的だからね (^_^)」、であった。

 どうやって調べたんだよ!

 あなたが見ている「ネット」の広さは、どう大きめに見積もっても、全体の1万分の1。それも、「あなたが見たい、あなたが読みたい、あなたがシンパシーを感じることができる人たちや記事」なのだ。自分にとって心地よい、自分が膝を打って賛同できる記事や意見が、多数派を占めるのは当たり前なのである。

 これ、自分では気がつかないんだよなぁ..

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*2018年03月09日:mixiニュースにうんざり..[;_ _]


 私が iPhone6 のmixiアプリでニュースを読んでいるのは、単に、手近で便利だからである。まだまだmixi人脈が豊富で、mixiでなければ連絡がつかない人も多い..どころか、Facebookに見切りをつけてmixiに帰ってくる人もいる状態では、mixiアプリが必須であり、かつ、そこから簡単にニュースを読めるからであるが..

 昔は、サクサク快適に使えていたのだが、いつの頃からか「ひどく」使いにくくなってきた。

 まず、「画面のリドローの収束が遅い」。大画面のPCやタブレットでは問題にならないかもしれないが、iPhone6 では、スクロールアウトしている領域のどこかで広告画面が表示されるたびに、ニュースの見出しリストがスクロールし、表示位置が変わる。タップしようとした記事とは異なる(直前に指の真下に滑り込んできた)記事や広告をタップしてしまい、元に戻る手間がかかる。このタイムロスは、小さくない。読む気のない(くだらない)記事や広告を読まされた不快感も、小さくない。

 「画面の上下から広告バナーが出るようになった」。これが、マジむかつく..[;_ _]凸 そうでなくても広いとは言えない iPhone6 の画面に割り込んでくるのだし、それを引っ込めるためのボタンも小さく、うっかりすると、その広告自体、あるいは隣にある記事リンクをタップしてしまい、元に戻る手間がかかる。このタイムロスは、小さくない。読む気のない(くだらない)記事や広告を読まされた不快感も、小さくない。

 とにかく、操作時のストレスが増えた。「手触りの良さ」が、この種のアプリの生命線である。もう、見限りどきかな..

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*2018年03月10日:ブリューゲル展/ルドン展/線画展


 6:10に自宅を発つ。曇天。浜松駅を7:19に発つひかりで上京。8:57、上野の東京都美術館着。5分ほど前倒ししてくださり、9:25に開館。「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」(〜4月1日(日)まで)である。

 これは、ブリューゲル一族の画業の全貌が見渡せる、大変良い展覧会なので、もう会期は残り少ないが、都合のつく方は万障繰り合わせてご覧になることを、お薦めする。また、図録からいくつかサンプリングして紹介するが、全体からバランス良くピックアップすることなど不可能なので、多くの素晴らしい版画作品、素描作品は、涙を飲んでスルーする。

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 左は、ヤン・マンディンの「キリストの冥府への降下」。前景の怪物どもの造形が面白い。

 右は、今回の目玉のひとつ、ピーテル・ブリューゲル1世とヤーコプ・グリンメルによる「種をまく人のたとえがある風景」。スキャンした図録の発色がいまいちで [;_ _]、青が綺麗に出ていないのだが、それでも、「世界風景」を彩るグラデーションの見事さは伝わると思う。



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 左は、ピーテル・ブリューゲル1世(?)と、ルカス・ファン・ファルケンボルフによる「アーチ状の橋のある海沿いの町」。これが素晴らしい! これほど極端な色彩遠近法(あるいは空気遠近法)は、初めて観た。橋の手前の茶色い世界と、橋の向こう側、海岸から向こう側の世界が、まるで、此岸と彼岸のごとくである! こちらがわの人物たちは、スクリーンに映し出された世界を眺めているようにもみえる。そしてこれもまた、この図録の発色の悪さのワリを、もろにくらっている作品で [;_ _]、実物の「青」は、もっとすごいのだ。「輝くばかりの“深く明るい”水色」なのである!

 右もまた、本展覧会の目玉のひとつ。ピーテル・ブリューゲル2世の「鳥罠」。父であるピーテル・ブリューゲル1世の同題の作品の忠実なコピーを量産した、そのうちの1枚。当時の、大ヒットナンバーだったのだ。確かにいつまでも、飽かずに見入っていられる世界である。



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 左は、フランス・デ・モンペルとヤン・ブリューゲル2世による「冬のフランドルの農村」。個人的に、ツボ。

 右は、ヤン・ブリューゲル1世の「田舎道を行く馬車と旅人」。別になんということもない風景なのだが、バランスが完璧。右奥に広がる広大な空間が素敵である。(なお、この絵のサイズは、12.2cm×20cmである。閲覧環境によっては、実物よりも大きく表示されるかも知れない。)



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 そしてやはり、ブリューゲル一族とくれば、花である。左は、ヤン・ブリューゲル1世とヤン・ブリューゲル2世の共作、「机上の花瓶に入ったチューリップと薔薇」。右は、ヤン・ブリューゲル2世の「ガラスの花瓶に入った花束」

 けっしてそういう意図はないのだろうが、私には、このジャンルの絵画には、どこか「穏やかな、僅かな、知的な狂気」が感じられる。そこに、痺れる。



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 左は、クリストッフェル・ファン・デン・ベルへの「青い花瓶に入った種々の花々」。右は、アンブロシウス・ブリューゲルの「ガラスの花瓶に入った花束」

 私が「僅かな狂気」と言った意味が伝わるだろうか。ここまで来ると、狂気とは言わずとも、完全に「幻想絵画」の領域である。この、禍々しさ..!



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 本展覧会の中でも最大の異色作のひとつ。左は、ヤン・ファン・ケッセル1世の「蝶。カブトムシ、コウモリの習作」。右は、同じく「蝶、コウモリ、カマキリの習作」

 この図録の解像度では真価が伝わらないとは思うが、超細密な「図鑑」の図像である。驚くのは、これらが「大理石」に描かれているということ。私は、こういう例を初めて見た。そしてまた、素晴らしく効果的でもある。



 11:10、退出。上野駅のエキナカの喬香で箱そば。12:30、三菱一号館美術館。「ルドン − 秘密の花園」(〜5月20日(日)まで)である。

 悪いことは言わないから、万障繰り合わせて、こちらも観とけ。(こちらは会期にまだまだ余裕があることだし。)「黒の時代」の植物的イメージの幻想版画の逸品が数多く展示されているが、やはりここでは(私が割ける工数を鑑みて [;_ _])それらは全て省略し、色彩豊かな作品群にフォーカスする。

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 まずはいきなり、今回の目玉。「15点のドムシー男爵の城館の食堂壁画」から。左から順に、「花の装飾パネル(明るい背景)」「黄色い花咲く枝」「黄色い背景の樹」「黄色い背景の樹」

 食堂に見立てられた、三菱一号館美術館の一番広い部屋で、これらを含む10数点の壁画に囲まれている時間は、まさに至福であった。いつまでもここに居たいと思った..



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 蝶をテーマにした2点。左が、「蝶と花」。右が、「蝶」



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 寒色が印象的な2点。左が、「眼を閉じて」。右が、「オジーヴの中の横顔」



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 左が、「神秘」。右の「幻影」は、まさに、ルドンの幻想の生まれるところ(生まれる瞬間)かと夢想させる。



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 そしてやはり、「ルドンの花」とくれば、花瓶の花である。左が、「日本風の花瓶」。右が、「青い花瓶の花」。ブリューゲル一族の「花瓶の花」との違いを、堪能していただきたい。



 14:30、退出。少し早めに渋谷に入り、まんだらけに寄ってから軽く街ブラし、16:55、ギャラリーコンシール渋谷。「線画展2018」(〜3月11日(日)まで)である。

 近年、足を運んでいる展覧会である。概して細密に描き込まれた作品が多いが、技法の幅は広く、バリエーションを楽しめる。

 18:25に退出。Yさん、Y君とともに、18:30、近所の「居酒屋バッハ」。20:10に出て、20:15〜20頃に「鳥屋」(だったかな)。ここでMさんが合流。話題は、おおむねいつも通りだったような気がするが、私は、「(われわれ)オタクが(日本)文化を救う」と力説したはず [;^J^]。これは論ずるまでもなく「真」なので、いちいち証明(説明)しない。[^.^]

 散会時刻は、記憶が曖昧 [;^J^]。新宿歌舞伎町の「はたごや」に電話したところ満室だったので、横浜の実家へ。着いたのは、1:00。(母がいた頃は、こんな時刻には帰れなかったので、都内泊していたのである..)

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*2018年03月11日:仁和寺展


 実家前のバス停から、7:00のバスで発つ。8:20、開館70分前だが、東京国立博物館着。「特別展「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」」(〜3月11日(日)まで、すなわち今日が最終日)である。

 9:30、開場。列の 戦闘 先頭集団だったので、相対的には興味を惹かれない展示をどんどんスルーして、後半の仏像群、秘仏群を(まだ客の少ないうちに)ゆっくりと攻略し、そこから入口に向かって遡ってゆっくり観ていく、という、2パス作戦。もちろん、2パス目後半には、大混雑。

 円勢・長円作の「薬師如来坐像」画像検索結果)の、繊細な美しさ。明通寺の「降三世明王立像」画像検索結果)の、「ごつい」迫力。大聖院の「不動明王坐像」画像検索結果)の造形も、興趣深い。

 本展覧会の目玉のひとつが、「観音堂」画像検索結果)の(ほぼ)完全再現である。「ほぼ」というのは、壁画は精密な複製だからである。逆に言うと、仏像群は、全て本物。大変な迫力である。ここだけは写真撮影が許可されているのだが、「フラッシュはお控え下さい」と、注意されているのに、何度も光る..観察していると、犯人はほぼ100%、スマホである。フラッシュの止め方を知らないんだろうな。(「スマホの方でフラッシュの止め方がわからない方には、ご説明します」というアナウンスも。)間違い捜しのごとく良く似ている金剛寺の「五智如来坐像」画像検索結果)も、面白い。この配置なればこそ、とも思った。

 目玉その二。葛井寺の「千手観音菩薩坐像」画像検索結果)には、呆れました [;^.^]。大体「千手観音」というものは、「腕1本で25本とみなす」という、わけのわからんオトナの世界のお約束 [^.^] で「40本」ですませておくものなのに(それが世間づきあいというものなのに)、本当に「1000本(正確には1001本)」の腕をつけるとは、何事だ [^.^]。洒落にならん。子どもじゃないんだから。[^.^][^.^][^.^](← そろそろ、バチが当たるぞ [;^.^])まぁ、もんのすごい迫力である。

 中山寺の「馬頭観音菩薩坐像」画像検索結果)は、色彩がよく残っている。神呪寺の「如意輪観音菩薩坐像」画像検索結果)は、な〜んか態度悪いのが、面白い [^.^]。屋島寺の「千手観音菩薩坐像」画像検索結果)。雲辺寺の「千手観音菩薩坐像」画像検索結果)は、表情がいい。

 11:00前には退出し、横浜・鶴ヶ峰駅前のサイゼリアで昼食。13:00前には実家に戻り、妹たちと打ち合わせや諸手続き。夕方には、妹たち、帰る。

 晩飯は、実家から徒歩3〜4分の安楽亭。この店に来たのは初めてである。(他の地域の「安楽亭」で食事をしたはことは、あるかも知れないが。)たまには焼肉も悪くはない。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Mar 16 2018
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