*2016年05月16日:建たない家
*2016年05月17日:幻想美術選「ローマの遺跡」ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ
*2016年05月18日:「呪われし地球人たちへ」
*2016年05月19日:若冲展ついにSF化 [;^.^]
*2016年05月20日:「2001年宇宙の旅」スタイル [^.^]
*2016年05月21日:幻想美術選のセレクションに苦渋する [;^.^]
*2016年05月22日:平野美術館
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*2016年05月16日:建たない家


 気になっていることが、ひとつある。

 私が住まっているアパートの目の前の(ちょうど1軒分の広さの)土地。以前は農地(畑)だったのだが、つぶして宅地に転用され、棟上げ式が行われたのは、もしかすると1年ぐらい前だろうか。(日記に書いていないので断言できないが..)しかしその後、一向に家が建つ気配もなく、いつしか雑草繁る野原となり、一角は再び耕されて畑に戻り、土地と道路の境は、コーンとトラ柄のバーで、しきられてしまった。

 どうしたのだろう。家は建たないのだろうか..単に先延ばしにされているだけならいいのだが、もしかして、建築主一家の経済状態が悪化して、家を建てるのを諦めたのではあるまいか..棟上げ式には(もちろん)家族で来ていて、幼稚園児か小学生ぐらいの、小さい、可愛い女の子が、微笑ましくはしゃいでいた。新しいおうちを、本当に、本当に、楽しみにしていたはずなのだが..

 親はともかく、あの可愛い子が悲しむような事態に、なっていなければいいのだが..

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*2016年05月17日:幻想美術選「ローマの遺跡」ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ


 第12回。(これまでのラインナップは、「幻想美術選」参照のこと。)前回は、哀しい幽霊(妖怪)画でしんみりさせてしまったかも知れないので、今回は、ひとつ、賑(にぎ)やかな絵をご覧いただこう。[^J^]

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「ローマの遺跡 扉絵」(ジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージ、1756年)

 ..なんじゃこりゃ、と、思ったあなたの感覚は正しい [;^J^]。なんじゃこりゃ、という絵なのである [;^J^]。こういうジャンルが、存在するのである [;^J^]。人類の文化史の懐の深さをなめたらあかんよ。[;^.^]

 ピラネージとくれば、もちろん「牢獄」連作。西洋幻想美術史上のみならず、西洋幻想文学史上にも甚大な影響を及ぼしたこの超傑作をさておくのも心苦しいが、「私がもっとも愛する幻想美術」を優先して紹介するという、この連載の大原則を守って、まずは、この異様な作品をご覧にいれたかった次第。

 これは、「奇想画」(カプリッチョ)というジャンルに属する絵画である。奇想画とは、想像によって構成した幻想的都市景観図であり、18世紀にヴェネツィアで成立(あるいは発展)したとされる。

 典型的な奇想画とは、たとえば、「オリュンポス宮殿」「コロセウム」「オベリスク」「ピラミッド」「凱旋門」が一望のもとに見渡せる、壮大な都市風景画である。もちろん、現実にはあり得ない配置であるが、絵画として効果を上げられると思えば、どのような絵を描いても構わないのである。(日本の風景でたとえれば、霊峰富士を背景として、「姫路城」と「鎌倉大仏」と「スカイツリー」と「平等院鳳凰堂」が一画面に描き込まれているようなものである。壮大でしょ。[^.^])

 それにしても、この「ローマの遺跡」は..[;^.^] 古代ギリシア、古代ローマ、古代エジプト、アジア、インド、中南米、と、時空を超えて [;^J^] あらゆる様式の大建築を集積させるのは定石どおりだが(奥の方には、定番のピラミッドも、もちろんあります)、異様なのは、夥(おびただ)しい胸像群である。(トルソー(胴体だけの彫像)や、スフィンクスらしきものもいるが。)まさに怪奇幻想都市! こんな場所に住もうとしたら、一晩で頭がおかしくなってしまいそうだが、しかし、廃墟というわけでもないのである。路上をよく見ると、人間たちが活発に活動しており、それなりに栄えているようなのである。

 もう一度、タイトルを読み直してみよう。「ローマの遺跡」..「ローマの廃墟」では、ない。コロセウムやフォロ・ロマーノをはじめとする厖大な量に及ぶ「古代帝国の遺跡群」と同居して栄えている現代都市こそ、「ローマ」なのであり、つまり、この異様な風景は、ピラネージが視た「ローマ」、そのものなのだ。彼は、「現実のローマ」の風景の上に(あるいは奥に、あるいはそれを透過して)「ローマの本質」を幻視して、それを描きとめたのである。

 この絵画の異様な迫力は、そこにある。これは、単なる荒唐無稽な空想画ではない。画家が目撃した「(ローマの)真実の風景画」である。(形式としては、「カプリッチョ」を装っているにしても。)まさに(本当の意味での)、「超現実」なのである。

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*2016年05月18日:「呪われし地球人たちへ」


 私は、プログレ黄金期(1970年代)には、マグマ(MAGMA)というフランスのプログレバンドを聴いていない。(バンド名は耳にしていたような気がするが。)マグマの音楽を初めて聴いたのは、実に、つい5年ほど前。CDを2枚、「MAGMA-LIVE」(Victor、VICP-63569)と「UDU WUDU」(Victor、VICP-63570)を購入し、特にライブアルバムに感銘を受け、しばらくはカーステでヘビロテしていた。その後、「呪われし地球人たちへ」(SEVENTH、SJMD-7)を入手し、これにも非常に感心して、集中的に聴き込んだ時期があった。

 私が持っているマグマのCDは、以上の3点のみである。「呪われし地球人たちへ」は「トゥームザムターク 第3楽章」ということで、三部作の最終章らしいのだが、どうやらこれが最高傑作らしいので、これに先行する2枚を買う予定は、今のところ、ない。

 「呪われし地球人たちへ」には、(CD以降の世代には意味不明な表現だろうが)レコードのA面B面ぶちぬきで、ただ1曲しか入っていない。曲想が変わるというかストーリー的にひと区切りが付くところで、トラック分けされているのだが..面白いのは、その各曲というか各トラックのタイトルである。「呪われし人種、地球人」「永遠の黙示あらば」「惑星コバイア」「賛美歌」「救世主「ネベア・グダット」」「地球文明の崩壊」「森羅万象の聖霊」。原題は、それぞれ「HORTZ FUR DEHN STEKEHN WEST」「IMA SURI DONDAI」「KOBAIA ISS DEH HUNDIN」「DA ZEUHL WORTZ MEKANIK」「NEBEHR GUDAHTT」「MEKANIK KOMMANDOH」「KREUHN KOHRMAHN ISS DEH HUNDIN」なのだが、いちいち自分で(確認のために)翻訳を試みたりはしない。この時期(1970年代(以前))のレコード業界には、「意訳」だろうが「誤訳」だろうが「完全な創作」だろうが気にせず、日本語タイトルをつけるという気概(というか、良くも悪くも「いい加減さ」)があり [^.^]、それに乗っかるのが、リスナーとしての楽しみだと思うからである。[^.^]

 それでは、ストーリーを想像してみよう。(なぜ、こういうこと(自由な想像)が可能なのかというと、彼らは「コバイア語」という架空の言語で歌っており、その「歌詞」をどのように解釈しようが、リスナーの勝手だからである。)

 既に宇宙に進出し始めたのか、あるいはまだその段階には至っていないのかも知れないが、邪悪な宇宙種族がいた。地球人である。彼らはおのが母星を汚染し、他の生物を殺戮し、それどころか自分たち自身で殺し合うという、宇宙でも類を見ない、凶悪な存在である(「呪われし人種、地球人」)。彼らが本格的に宇宙に進出してきたとき、その害毒から宇宙を守るすべはあるであろうか(「永遠の黙示あらば」)。コバイア人という偉大な宇宙種族がいた。彼らは「レンズマン」シリーズにたとえればアリシア人のような存在である。彼らは地球人の存在を憂慮していた(「惑星コバイア」)。そして裁きを下す(「賛美歌」)。地球に、特使が派遣された。それは、地球人を善導したり矯正したりするための特使ではなく、地球から地球人を抹殺することによって、地球と宇宙を救うための特使=救世主である(「救世主「ネベア・グダット」」)。その圧倒的な力の前に地球人が抗しうるわけもなく、地球人とその文明は消滅し(「地球文明の崩壊」)、かくして、宇宙の平和は守られたのであった(「森羅万象の聖霊」)..

 ..この、私の「創作(想像)」、いかにも安っぽいスペースオペラ(あるいはクトゥルー神話系の出来損ない)だと思われるかも知れないが [;^J^]、書きこみようによっては..例えば、コバイア人、あるいは惑星コバイア、そして、救世主「ネベア・グダット」の描き方いかんでは、「化ける」可能性があると思う。それらの「(地球人視点からの)異常性/超絶性/理解を絶しているさま」を強調することができれば..また、クトゥルーに言及したが、そういう「幻想系」と「科学系」を混交/融合させることが出来れば、十分、傑作になりうると思うのである。

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*2016年05月19日:若冲展ついにSF化 [;^.^]


 あなたがこれを読む頃には会期が終了しているが、「若冲展」の入場行列が、えらいことになっているらしい。5時間待ちは、当たり前とか。まさかとは思っていたが、ついに(本当に)「鳥獣戯画展」を越えたか!? [;^.^] ..こうなってみると、いかに平日(金曜日)とはいえ、GWまっただなかの5月6日に、開館60分前の8:30に到着し、トータル90分も待たずに入れた私はラッキーだった。その時点では、まだここまで観客が殺到していなかったのだ。(いや、正午頃に100分待ちとか、その時点でも十分並んではいたけどね。)

 私は滅多に、ツイッターのまとめサイトというか「togetter」を見ることはないのだが、たまたま、とあるところで「若冲展待機列SFという新ジャンルが爆誕 #若冲展SF」を目にして、爆ウケしてしまった [;^.^]。誰かがコメントしていたとおり、たしかに、とり・みき系。

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*2016年05月20日:「2001年宇宙の旅」スタイル [^.^]


 今日は、小ネタ。とある知人とのやりとりの中で、彼は、iPad をテーブルにおいて食事をしている自分を、「2001年宇宙の旅」スタイルと表現した。なるほど。私も、iPad その他のタブレットこそ持っていないが、iPhone をテーブルにおいてニュースや動画を見ながら食事しているので(行儀悪いですな [;^J^])、まごうかたなき「2001年宇宙の旅」スタイル [^J^]。なんか、嬉しい..[^.^][^.^][^.^][;^.^]

 今日の「ぶらぶら美術・博物館」は、「ことし一番の話題!「生誕300年記念 若冲展」」。若冲は、蛙と蛇は下手、おそらく嫌いだったのではないか、ちゃんと観察していないのではないかという山田五郎の(おそれを知らぬ [;^.^])指摘は、まことに興味深く、面白い。[^J^](犬も下手だと、ビシリ。[;^.^])

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*2016年05月21日:幻想美術選のセレクションに苦渋する [;^.^]


 快晴。8:30過ぎに自宅を出て、9:00に高丘のアマノ書店(開店時刻ジャスト)、9:30にクリーニング出し(開店時刻ジャスト)、9:45に湯風景しおり、という、休日の午前の、定番最速行動である。12:40まで、ときおり野天風呂やサウナで体を温めつつ、主として読書。13:10、帰宅。

 午後は、「幻想美術選」用の候補作のセレクトとスキャンに専念する。既に27点ほどストックがあり、週一連載するとして、ざっと、半年分。およそ年内は食いつないでいける [;^J^] 勘定だが..

 ..実は恐ろしいことに、この27点の中に、まだ、ルドンもゴヤもデ・キリコもデューラーも、入っていないのだ..迷いまくっているのである。まぁ、ゴヤは結局「あれ」になるのかな [;^J^]、と思うし、デューラーも、候補作は5点ぐらいに絞られているのだが..

 ..問題は、ルドンなのである。「第50回までは、ひとり1点」という縛りをつけてしまったので、それまでのあいだは、1点で代表させなくてはならない。これが実に、困難を極めるのだ。(まぁ、エルンストもモローもダリもベックリーンも、それにまだ紹介していないが、フリードリヒもジョン・マーティンもターナーもジャン・デルヴィルも、1点に絞るのは至難の業である(あった)わけなのだが..)ルドンをご存じの方なら先刻ご承知の通り、「黒のルドン」と「色彩のルドン」がいる。どちらにするか。そしてそれぞれについて、実に捨てがたい、いくつもの流れ(シリーズといってもよい)やモチーフがある..

 ..いったい、どうしたものか..(デ・キリコはデ・キリコで、また違った難しさがあるのだが、今夜はここまで。[;^J^])

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*2016年05月22日:平野美術館


 快晴。9:15に車で出動し、9:25から13:00まで、湯風景しおり。

 帰路、ほぼ自宅への途上にある平野美術館へ。灯台下暗しというか、この美術館の存在は以前から知っていたのだが、これまで訪れる機会がなかったのだ。

 地元の実業家親子が、個人コレクションを死蔵していてはもったいないと、下町に開設した小規模な美術館であり、大き目の「画廊」ぐらいのサイズだが、その分、入場料も廉く、気楽に入れるのは、大きなメリット。ソファーも多く、なんとも和める。

 現在開催されているのは、「野島青茲展」(〜5月29日(日)まで)。恥ずかしながら、この浜松出身の画家の名前も知らなかった。

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 さまざまな傾向の作品を描いているが(前記展覧会のサイトで、サイズは小さいが7作ほど観ることができる)、特に、花の絵が気にいった。女性の表情もいい。左図は、「炎」。ほか、ネットから画像検索できなかったのだが、「芍薬」「夏草」「薔薇図」「初夏」など。(いっそ、「野島青茲」で検索してみた。→(画像検索結果))



 なんといっても、近い。湯風景しおりからの帰路に寄るのもちょうどいいし、自宅から自転車で、すぐ。有酸素運動(散歩 [;^.^])がてら行くのも悪くない。これからちょいちょい、通うことにしよう。(近所に、こんな素敵な場所があることを知って、少し幸せな気分である。[^J^])

 13:40に出て、13:50に帰宅。あとは、昨日の続き(「幻想美術選」で取り上げる作品のセレクション)。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 26 2016
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