2016年10月17日:幻想美術選「炎舞」速水御舟 2016年10月18日:11月の展覧会観覧予定 2016年10月19日:年に一度は、やってしまう..[;_ _] 2016年10月20日:「選挙結果には従う、 2016年10月21日:鳥取で地震.. 2016年10月22日:シャブ抜き明け [;^.^] 2016年10月23日:「パクス・トクガワーナ」後期目次へ戻る 先週へ 次週へ
「幻想美術選」も、第34回。つい昨日の日記(2016年10月16日)で称揚した作品を、さっそく取りあげるのもどうかと思われるだろうが [;_ _]、これは本当に、まったくの偶然なのである。そもそもこの作品は、「廃墟通信」で2010年以降、4回以上も(展覧会観覧記などで)言及してきた作品である。また、「幻想美術選」でも、できるだけ早く取り上げたかった..そのタイミングが、たまたまかちあってしまっただけなのだ。
..といっても、私の贅言など重ねる余地は、ほとんどない。ちょいと検索すれば、評論も解説も感想文も山のようにヒットする、傑作中の傑作である。だからここでは、この作品がいかに倉田にとって特別な存在であるかという、ごく個人的な事柄から書き始めることにしよう。(これなら、誰の書いた文章とも被らない。[;^J^])
高校生から大学生の時分にかけて、情報カード(7.5cm × 12.5cm、5mm方眼入り)に凝っていたことがある。ありとあらゆるジャンルに及ぶ、様々な「知識」「情報」「雑学」を書き溜めるのだ。おそらく、SFマガジンに連載されていた、石原藤夫や野田昌宏のエッセイの影響である。彼らに、このカードの使いこなし方を、教えてもらったのである。
..まぁ大体の「マイブーム」の行く末の例にもれず、5年ないし7年ぐらいで飽きて、あとには数百枚(千枚以上?)のカードが抽斗の肥やしとなって残され、いく星霜..数年前に、それらをまとめて発掘したときには、あぁ、昔はこんなものを作っていたんだよなぁ、懐かしいなぁ..
カードに書かれた内容の多彩さ(バラエティ)は、我ながら惚れ惚れするほどのものであった。「オリュンポス12柱の神々の名前」「古事記に出てくる神の名を登場順に」「孔門十哲(孔子の門下生の筆頭10名)」などの、いかにも単語カード的暗記ネタ的なものから、「世界最大の植物とは」「電子計算機による進化のシミュレーションの原理」など、雑誌掲載のエッセイや論文からの要約・抜き書き。「ロブ・ロイ:お尋ね者」というのは、ベルリオーズの「序曲“ロブ・ロイ”」という曲名は知っていても、その意味を知らなかったからであろう。ほかにも、外国の諺や箴言の類も多いし、カバラの図形の意味、のような、オカルト/サブカル系も。中には、「スタインウェイ(世界でもっとも有名なピアノブランド)のシリアル番号から製造工場を知る方法」などという、一体なんの役に立つと思ってわざわざカードに起こしたのか、まったく意味不明なものもある。[;^J^]
これらの多くは廃棄した。「既に常識として私の血肉となって身に付いている知識」「別に憶えたり身に付けたりする必要はない、必要になれば簡単に調べがつく情報」、そして、例のスタインウェイカード [;^J^] のような、今後一生、何の役にも立たないことが確実なカードなどなど..しかし、100枚弱は捨てきれなかった(今なお、あるいは今後の人生で、何かの役にたつか、最悪、ネタにはなる可能性がある)ので、これらは片端からスキャンしてデータ化してPCに取り込み、紙の方は邪魔なので捨てた。
..さて、これらのカードの中に、全く異質なカードが、1枚だけ、紛れ込んでいたのである。それには、ただ1行、こう書かれていた。
速水御舟「炎舞」
..当時実家にあった何冊かの画集のうち、感銘を受けた作品のタイトルと画家名を書き留めておいただけの、散文的なカードである。謎もなにも無いのだが..しかしほかには、こういう例は、ただの1枚も無いのである。洋の東西を問わず、無数(とまでは言えないが、極めて多数)の名作絵画が、そこにあったにも関わらず、「速水御舟「炎舞」」だけが、特別扱いされているのである。当時の記憶を(必死になって)探り出してみるに..何か、この作品は「やばい」、と、感じたような気がする。いずれ腰を据えて対峙して調べて、「決着をつける」必要がある、と、居住まいを正したような気がする..
この作品について、どんな解説でも言及されているのは、速水御舟が、何日間も焚火を見つめ続けてから描いた、というエピソードである。しかし、にも関わらず、これは「写実絵画」ではない。例えば、主役たる「炎」。なるほど、上部の渦巻くような流れは、写実的とも言えようが、「炎」の「本体」は、仏画の様式に則った、現実にはありえない形状をしている。また、これも良く知られている指摘であるが、「蛾の角度」が、まったく現実的ではない。全ての蛾が(まるで昆虫標本のように)真上から俯瞰されている。
このように「非現実的」でありながら、しかしこの作品には、肌が粟立つほどの「真実味」がある。何日間も焚火を見つめ続けた画家が捉えた「炎の本質」が、この、「仏画様式」と「写実的な先端部」の融合によって、描き出されている。また、炎に惹きよせられてきた蛾たち。人間の目には、あるいは天国的な美しさかも知れないが、蛾たちにとっては、「走光性」という本能に逆らうべくもなく「破滅の炎」に吸い寄せられてきた、まさに「地獄絵図」であり、「地獄の舞い」である。その「渦を巻いて地獄に引きずり込まれる蛾たち」という「本質」を描くためには、横や下からも描いた「現実的な蛾の写生図」などの出る幕はなく、「真上から俯瞰した蛾を渦巻くように並べる」必要があったのだ。
「現実」を強く見つめ続けた結果、写生を超えた現実の本質、より「強度の現実」、すなわち、本当の意味での「超現実」が立ち上がってきた..だから、これは「超現実主義(シュルレアリスム)」の絵画であるとも言えるし、この世にはあり得ない図像(仏画的炎や、蛾たちの配列)からなる「幻想絵画」とも言える。(気が付いた人も多いだろうが、「超現実主義美術」と「幻想美術」とは、突き詰めると、微妙に相容れない概念であるのだが、この連載は学術論文ではないのだから、そこらへんは適当に濁しておく。[;^J^])
「炎舞」は「日本画の(ひとつの)到達点である」と評されるが、私にとってより重要なのは、「幻想絵画の(ひとつの)到達点である」という、事実である。
この絵画を、この「魔の絵画」を、見つめてご覧なさい..いつまでも、見つめ続けてご覧なさい..あなたも(あなたの魂も)、この「炎」に吸い込まれて行くから..この、美しい蛾たちのように..
目次へ戻る10月末から11月にかけて、今のところは下記を予定。(期せずして、和物ばかりになってしまった。[;^J^])
あべのハルカス美術館
「大妖怪展 ― 土偶から妖怪ウォッチまで」
後期:〜11月6日(日)まで
松濤美術館
「月―夜を彩る清けき光」
後期:〜11月20日(日)まで
大阪芸術大学 スカイキャンパス(あべのハルカス24F)
「竹谷隆之の創作神マクタカムイ展」
10月29日(土)〜11月30日(水)まで
山種美術館
「速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造―」
後期:11月8日(火)〜12月4日(日)まで
千葉市美術館
「文人として生きる−浦上玉堂と春琴・秋琴 父子の芸術」
前期:11月10日(木)〜12月4日(日)まで
太田記念美術館
「生誕150年記念 水野年方〜芳年の後継者」
11月4日(金)〜12月11日(日)まで
サントリー美術館
「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」
11月16日(水)〜1月9日(月・祝)まで
最後の「小田野直武と秋田蘭画」展は、前期・後期に分かれているはずなのだが、現時点では日程が公開されていない。また、11月の週末は実に多忙で、前半の週末は大道芸ワールドカップin静岡と車検、後半から12月初頭にかけての週末は3週連続上京、という有り様で、西日本方面には出かけられそうもない..[;_ _]
目次へ戻る久々に iPhone を会社に置き忘れて帰宅してしまった [;_ _]。メールやSNSには自宅のPCでアクセスできるのでいいのだが、問題は、音声電話。いわゆる「家(いえ)電」がなく、iPhone だけなのであるが..まぁ、私に(音声)電話をかけてくる可能性のある人は、私のメアド(またはSNSのアカウント)を知っていてるので、緊急連絡が届かない恐れはないが..
目次へ戻るただし、私が勝った時は」..すげえ [;^.^]。きょうび、中坊でも、ここまでは言えんぞ。恥ずかしくて [;^.^]。自分が負けたら法的措置を取るとのこと [;^.^]。間違いなく、合衆国の歴史に残る、史上最低の大統領選挙である。[;^.^][;^.^][;^.^]
それにしても、共和党にはほかに人材がいなかったのか。これが共和党のエースなのか。ヒラリーにしても、こんなのを相手にして圧倒的大差をつけることができず、結構いい勝負をしているということは、要するに(彼女は彼女で欠点が多すぎて)レベルに大差がないということなのである。繰り返すが、合衆国の(黒)歴史に残る、史上最低の大統領選挙である。
合衆国は、確実に弱体化する。(遺憾ながら)中ロ、大喜びの展開である。(ついでに北朝鮮も。)日本にとっては、どちらが勝とうが、残念な4年間のスタートとなるであろう..仕方がない。いずれ必ず、揺り戻しは来る。合衆国も、いつかは正気に帰る。それまで我慢するしかない..
目次へ戻る14:09頃、グラリと揺れた。(仕事中であるが)すぐにネットで確認..鳥取? これだけ離れている浜松に(ゆっくりとした)揺れが届くとは..3.11のときの、イヤな記憶が蘇ったが..
..鳥取県中部で、最大震度6弱か..マグニチュード6.6にしては震度が大きいのは、震源が浅いからか..今のところ、死者の情報は無し..仮に、震度6弱にも関わらず、深刻な(大規模な)被害に至らなかったとすると..場所が場所だけに、心ないジョークが飛び交うであろうことは目に見えているが(どういうジョークか、あなたにも想像がついたはずなので、ここには書かない..書く気になれない)、そういう問題ではないことは、言うまでもない。
鳥取には、去年の夏、小旅行している。知人もいる。被害の小さからんことを、祈る..
目次へ戻る8:10に自宅を発ち、T整形外科医院で、肩の診察(というか経過観察)、O内科医院で月いちの診察と、久しぶりに採血。昼前に帰宅。
別にこの採血のためにというわけでもないが、約1ヶ月前から、シャブ抜きならぬアルコール抜きをしていたのである [;^J^]。といっても、本格的な禁酒(断酒)というわけではなく、先週末には、土日とも軽く飲んでいる..つまり、無理しない程度に酒を遠ざけてきたわけであるが、これで次の採血は当分、先。しかも、土曜日である。当然、昼間から十分にがぶ飲みする [^.^]。当然、昼間から十分にがぶ飲みする。[^.^]
計量明けのボクサーが、十分な量の食事をして、試合に耐えうるコンディションに戻すのと同じことである(← 違うよ。[;^.^])
目次へ戻る7:20に自宅を発ち、8:10の上りJR(在来線)で、9:32、草薙着。9:47のバスで、開館時刻の10:00に、静岡県立美術館。「徳川の平和(パクス・トクガワーナ)250年の美と叡智」の後期展示(〜11月3日(木・祝)まで)である。(前期展示は、10月10日に観ている。)
10月10の日記では、ちゃんと説明しなかったが、この展覧会は、構成が素晴らしいのだ。「第一章 国家安寧−平和への道」は「I 徳川家康とその時代」「II 徳川将軍家の御用絵師たち」からなり、ここでは主として狩野派の画家たちが紹介される。後期展示では、狩野常信の「墨竹図風炉先屏風」、同じく「吉野図屏風」(画像検索結果)など。
「第二章 諸人快楽−「徳川の平和」の世に生きる」は「I 都市の繁栄」「II 都市と田園のエスプリ」からなる。ここでは様々な洛中洛外図や、東海道図。吉原や浅草の風俗図や景観。そして、田園図としては、久隅守景が中心。前期展示のときも久隅守景の作品をご紹介したが、後期展示ではこれが目玉、「納涼図屏風」(画像検索結果)! これは、昨年の「久隅守景展」(サントリー美術館)の前期で展示されたのだが、後期にしか行くことができず(つまり観ることが出来ず)、リベンジを狙っていたのである![^.^](江戸のカタキを静岡で。[;^J^])素晴らしいでしょ、これ! 素晴らしいでしょ、これ! 子ども(多分、小学生か中学生)の頃、初めて(小さな)複製図でこれを見たときには、「江戸絵画」=「狩野派か水墨画か浮世絵」、という程度の認識(知識)しかなかったので、このあまりに風変わりな(と、当時は思った)、世の片隅で(幸せに)暮らしている庶民の生活のスナップに、「名も無き市井の画家の作品かな..」と思っていたのだが [;_ _][;^J^]、超大物の手になる国宝だったとはね。
「第三章 雅俗交響−知の愉しみと好奇心」は「I 文芸と絵画の響き合い」「II 異国へのまなざしと博物趣味」からなり、前者では池大雅や与謝蕪村らの文人画。後者では宋紫石の「ライオン図」(画像検索結果)や、石川大浪の「ヒポクラテス像」(画像検索結果)、前期展示のときに紹介した伊藤若冲、また、うまく画像検索できないのだが、様々な博物図鑑の類など。
「第四章 変化と革新−新時代への胎動」は、新しい手法を貪欲に取り入れていく渡辺崋山、葛飾北斎、歌川広重。そして最後は(前期展示のときにご紹介した)徳川慶喜の油彩画で大団円。
11:00に退出、バスで草薙駅前に戻り、駅前でラーメン。在来線で浜松に戻り、12月4日の浜松交響楽団のチケットを購入。バスで、14:20に帰宅。
平幹二朗、急逝。享年、82歳。十分に生き、十分に仕事をしたと言うべきだろう..合掌..
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