*2016年07月04日:幻想美術選「夏の午後」ジョルジョ・デ・キリコ
*2016年07月05日:こんなもんが出てきた [;^.^]
*2016年07月06日:ホジスン2冊
*2016年07月07日:今夜は徹夜になるな..
*2016年07月08日:いせしまこん 前日
*2016年07月09日:いせしまこん 第一日
*2016年07月10日:いせしまこん 第二日
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*2016年07月04日:幻想美術選「夏の午後」ジョルジョ・デ・キリコ


 第19回であるが(これまでのラインナップは「幻想美術選」参照)、今回ご紹介する画像ファイルについては、あらかじめお詫びをしておかなくてはならない [_ _]。というのも、いつも、私が自宅(廃墟城)に所有している画集の中から、極力状態のよい(かつ技術的にスキャン可能な)図版を選んでご紹介しているのだが、今回の図版は、いささかコンディションが悪いからである。[_ _]

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「夏の午後」(ジョルジョ・デ・キリコ、1972年)

 左下、像の影の頭部のあたりが、白く曇っているが、こういう作品ではない。これは汚れ。おそらくは、「黴」である。どうように、左上の空にも、白く見える部分があるが、これも黴。また、縦中央付近に水平に線が走っているが(右の建物の柱を見るとわかりやすい)、これは、紙の折れ跡である。つまりこれは、パンフレットからスキャンしたものなのだ..43年前の展覧会の。

 この「幻想美術選」、いつしか埋め草記事ではなくなり、「倉田わたるを作った(倉田の精神史上、重要な)作品群」の展覧会となっているのだが、そうなると、必然的に(しばしば読者を置いてきぼりにして [;_ _])私のノスタルジーに重点をおいたセレクションとなり、近年(概ね10年以内)になって知った作品がラインナップに入ってくることもあろうが、概して、短くても30年、大体は40年以上のつき合いになる作品が主となる。その意味では、どれも「ノスタルジック」なのだが..今回から4回ほど続けて、なかでも「特に」ノスタルジックな作品たちを特集しようと思う。

 ..となると、必然的に、オディロン・ルドンと、ジョルジョ・デ・キリコということになる。1973年9月に、「オディロン・ルドン展」。同年、11月から12月にかけて、「デ・キリコによるデ・キリコ展」。中学3年生の秋に、いまは亡き「カマキン」(神奈川県立近代美術館 鎌倉)で開催され、観に行った、このふたつの展覧会が、私の人生(精神生活)の起点のひとつとなったからである。

 順番的には、ルドンが先なのだが、ルドンはもう、フェイヴァリット作品が多すぎて、また、方向性が多彩すぎて、なかなか絞りきれない。もう少しセレクトに時間をかけたい..そこで、今回はデ・キリコということになるのだが..ルドンとは別の意味で、選びきれないのだ。好きな作品はいくつもある。たとえば、実家の画集で親しんでいた「ヘクトルとアンドロマケーの別れ」や、中学校の美術の副読本に載っていたと記憶する「街の神秘と憂愁」など、本当に好きなのだが..「死ぬほど好きか」というと、そこまではいかない。「幻想美術選」の他の作品は、全て「死ぬほど好き」な作品であり、バランスが取れない。「接待セレクト」になってしまうのだ。[;^J^]

 要するに、「デ・キリコの作品世界」は、全体として(死ぬほど)好きなのだが、特定のこの作品が、というわけではないのだ。これは困った..となると、「あの展覧会(「デ・キリコによるデ・キリコ展」)」から選ぶしかない..というか、この「展覧会自体」を、選ぶしかない。これが、私の人生を変えたのだから。「死ぬほど好きな」展覧会だったのだから..

 ところが、なんとしたことか、記録がない。つまり、図録を買っていなかったのだ。中学生の身分では小遣いも足りなかったのだろうが、おそらくは品質に不満があった..早い話が、カラーページが少なくて不満だったのだろう。今でこそ、展覧会の図録といえば、カラー作品はカラーで掲載されるのが当たり前であるが、40年前にはそうではなかった。カラーページは相対的に少なく、カラーの作品も、大体はモノクロで掲載されていたのである。この展覧会(「デ・キリコによるデ・キリコ展」)では、何よりも、色彩が衝撃的であった。緑色と黄色で描かれた空..あり得ない風景..夢の風景..それがモノクロで収録されてしまっては、買う気が失せる..

 だから、どのような作品が来ていたのか..「死ぬほど好きだった」にも関わらず、今となっては「好きだった」「面白かった」「緑色と黄色の空気感(緑色の空)に衝撃を受けた」という記憶(というか印象)以外、何も残っていないのである..(あたかも、少年の日の友人の顔や名前のように..)

 それでも、なにか手がかりはないか、と、廃墟城を探し回ったら..とあるポケットファイルに、このパンフレットが保存されていたのだ! 残っていたのだ! 感動した! 折れているのは、中学校の美術の先生から手渡されたか、あるいは美術室においてあったパンフを、折って、鞄に入れたからだろう。そして、ご覧なさい、この、緑色と黄色! メインビジュアルに選ばれているぐらいだから、確かにこの展覧会の基調となるイメージだったのだ。

 この「夏の午後」が、デ・キリコの作品群全体のなかで、群を抜く傑作かというと、正直なところ、そうまでは言えない。デ・キリコの典型的なイメージのひとつではあるが、せっかくなら、遠景には、やはりデ・キリコを特徴づけるSL(とその煙)が配置されていれば、なおよかったとも思う。

 しかし..今となっては、あの展覧会の記録(そして記憶)は、これだけなのだ。状態はよくないとはいえ、この、たった1枚の図版から、あの日々の、あの展覧会の記憶がたちまち蘇ってくる..などという嘘は書かないが、(プルーストじゃあるまいし [;^J^]、)そうではなく、この絵の向こう側には、あの、夢のように消え去ってしまった展覧会の微かな記憶が..そしてその背後に果てしなく広がる、遙けき中学生時代の日々が、私のインナースペースの此岸と彼岸の間(あわい)で、ボーダーランドで、今まさに消えゆこうと、揺らめいている..それを掴まえることも、つなぎ止めることも、私には出来ない..私の生涯の宝物..

 (パンフの裏には、別の展示作品が複数(モノクロでサイズも小さいかも知れないが)掲載されているだろうに..などという、艶消しな発言を禁ずる [;^J^]。そういうことを平気で指摘できるあなたには、ポエジーが不足しているのだ。[;^.^])

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*2016年07月05日:こんなもんが出てきた [;^.^]


 昨日の日記に書いた「ポケットファイル」には、古い紙モノが、いろいろ入っていた [;^J^]。なかには、二度と見たくない、人に見られたら生き恥(死後に見られたら死に恥)モノもあるのだが、しかしそれを廃棄するわけにもいかない。数少ない、ティーンエイジャーから大学生時代にかけての、記録だからだ。(かくして私は、「恐怖」と同居しているのである..なんか、「百鬼夜行抄」(今市子)入ってしまいましたが。[;^J^])

 そんな中でも、実害が少ないものを、(今夜はネタもないことだし)ご紹介しておこう。

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 展覧会のチケット(の半券)である。今でこそ、このようなものを保存しておく習慣はないが、(今は、パンフレットは必ず確保しておくとして、それ以外は、1.図録か、さもなくば、2.作品リストと絵葉書のセットを、持ち帰ることにしている、)3〜40年前にはあったらしい。しかし、どうやら、飛び飛びである。たまに保存していただけだったのかな。これらの展覧会の開催年には、10年程度の開きがあるようだ。



 ちょっと面白いのは、「未使用」のものがあることだ。たまたまどちらも「エルンスト展」だが、方や招待券、方や前売り割引券が、3枚のうち1枚しかもぎられていない。残り2枚は、誰が使うはずだったんだろう..

 ..なんか、掘り下げても、ろくなことにならんような気が強くしてきたので、ここまでとする..[;_ _][;^.^]

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*2016年07月06日:ホジスン2冊


 ホジスンの有名な異次元を覗く家は、実は「ボーダーランド三部作」の一角をなしている。最近、残り2冊の邦訳が(ついに)刊行されたので、読んでみた。幽霊海賊(夏来健次訳、アトリエサード、ナイトランド叢書)と、<グレン・キャリグ号>のボート(野村芳夫訳、同)である。

 うーむ..古典的な怪奇談(海洋綺譚)が好きな人には、ご馳走だろう。私も、楽しませてもらった。明らかにこの世の(地球上の)ものではない、異様な怪物(存在)たちとの争闘..しかし、そこから大きく飛躍するわけではない。「異次元を覗く家」(私の感想文は、こちら → 「内宇宙への扉:異次元を覗く家」)との差は、想像以上に大きい。「異次元を覗く家」には、完全に「あっち側に行ってしまう」「時空の彼方まで幻視する」しかも「わけがわからん」[;^J^] という、幻想文学の濃密なエキスともいうべき感覚があったのだが、この2作には、それがない。「別の世界からの異形」たちが侵入してはくるが(そこが「ボーダーランド」というわけ)、事件は地上(この世)で完結している。

 古典怪奇小説を期待するのなら、間違いのない読書体験である。ちょっと高いが、無駄に分厚くなく、すぐに読み終えられるのも、美点。お暇なら、どうぞ。

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*2016年07月07日:今夜は徹夜になるな..


 ..と「諦めた」瞬間、無限の時間が手に入る..これ、多分、以前も書いてるな [;^J^]。推定、3千万人ぐらいが共感してくれたものと思う。こんなの、ただの錯覚なんだけどね。[;^.^]

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*2016年07月08日:いせしまこん 前日


 早朝、浜松西郵便局まで(不在連絡票が届いていた)合衆国から取り寄せた画集を引き取りに行く。遺憾ながら、大嫌いなアマゾンは便利である。事実は事実として認めざるを得ない。

 明日は雨らしい。イヤだなぁ。いせしまこん(日本SF大会)の初日だというのに..朝いちのこだまに乗る予定なのだが、始発バスだと間に合わないので、浜松駅まで1時間弱、歩かなければならないのに..まぁ、早朝は小雨で、本降りになるのは電車に乗ってから以降のようなのだが..

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*2016年07月09日:いせしまこん 第一日


 早朝、予報通りの雨 [/_;]。小雨と本降りの中間ぐらい。迷う..徒歩で発つなら、5:10には出たいのだが..

 5:10、やはり徒歩は無理と判断。(別に、歩けるのだが、足がぐしょぐしょになる。リュックも濡れる。)電話でタクシーを呼ぶが、今すぐ呼ぶなら、配車可能とのこと。いや、そこまで早くなくてもいいんですが [;^J^]、ちょうどいい30分後とかには、空き車がないらしい。考えてみれば当たり前だ。この時刻にタクシーを呼ぶ輩は(私どうよう)始発新幹線に乗るためなのだろうから、当然、バッティングするのである。[;^J^]

 というわけで、電話を切るやいなや(微妙に誇張 [;^.^])、5:15、遠鉄タクシー、自宅に到着。5:25、浜松駅着。だから、早過ぎるっつーに [;^.^]。1時間以上待たなくてはならないではないか。新幹線の改札口は開いてないので、その中の待合室の椅子に座れないし..[/_;]

 6:00に改札が開き、待合室でひと休み。6:32、下りこだま。名古屋で乗り換え。例によって新幹線名古屋駅ホームできしめんを食って、朝食とする。(朝いちで西に向かうときは、このパターンが多い。)。引き続きJR(7:43発の、みえ51号)で南下。9:46、鳥羽着。いせしまこんの会場は、駅の目の前の温泉旅館「戸田家」であるが、その前に..

 改札まで、鳥羽在住の(母方の)叔父夫妻に、車で迎えに来ていただいていた。お会いするのは、何年ぶりだろう? 母方の実家が、いせしまこんの会場から500メートルと離れていないので、久しぶりにお邪魔しようとあらかじめ連絡しておいたのだが、お宅ではなく、鳥羽国際ホテルに連れていっていただいた。あとから、従兄弟のMさんも合流し、計4人で、素晴らしいオーシャンビューのレストランで、美味しいランチをご馳走になった。どうもありがとうございました。[_ _][^J^]

 いせしまこんの受け付けは12:00からで、最初のプログラムは13:00から。ということで、12:30頃にホテルを発ち、12:40に会場の戸田家に送っていただいた。次に来れるのは、いつ頃になるかなぁ..(近いんですけどね。[;^J^])

 今年のSF大会は、けっして小規模ではないのだが、かなり高密度に圧縮されている。企画は、(広場的な場所で)常時進行中の「常設」のものを除けば、数え方にもよるが、分科会が、パラで17箇所ぐらいで、それぞれざっと7コマ。(13:00〜4:00まで。[;^.^])(ふたコマぶち抜きとか、企画のない時間帯のある会場(分科会部屋)もあるので、単純に、企画数=17×7、というわけではない。)翌日(4:00まで騒いだあと)は、9:00から11:00まで、クロージングである。つまり、実質、1日半ぐらいのスケール感である。

 あまりたくさんの企画を見て回れないのは確定しているので、ガツガツしない。まずは、一番大きな部屋(「花の舞/平安」)で13:00〜15:00まで開催された、「JAXAタウンミーティング in 鳥羽 “宇宙(そら)を観る、地球を診る”」。タイトルからわかるように、人工衛星(あるいは成層圏高度)からの観測を、防災(起こってからのアクションと、予報と、両方)に役立てる、という内容で、なかなか面白かったのだが..すみません、この時間帯、少しウトウトしていました。[;_ _]

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 このあと、ディーラーズルーム(というか、ディーラーズコーナー..わかりやすく言えば、マイクロコミケ [;^J^])をうろうろしたり、会場の構造の掌握に努めたり(難解なのよ、これが実に [;_ _][;^.^])する。左の写真は、SF大会恒例の、加藤直之の「ライブペインティング」

 うろうろしていたら、来年の日本SF大会が、再び静岡で開催される(ドンブラコンLL)ということがわかり、驚く。6年ぶりだ。あの会場(グランシップ)を、また使えるのか。さっそく予約したかったところだが、1年後の予定がまったく見えないので、申し込みはとりあえず先送り。[;^J^]

 さきほどのJAXA企画と同じ大部屋(「花の舞/平安」。今大会のメインホールとして機能していた)で、「星雲賞授与式」。結果は、こちらを参照。→「2016年 第47回星雲賞」右は、最後の集合写真。



 ここで、2時間ほど、食事タイム+宴会場そぞろ歩きとする。食事はバイキングだが、品数(種類)が多すぎて、コンセプトメイキング、大失敗 [;^.^]。パーツ毎には美味しいのだが、全体としては全く意味不明な食事をしてしまった。[;_ _](しかも、大量に。[;^.^])まぁ、後半は、酒のつまみなのだから、この混沌はアリなのだと、割り切りましたけどね [;^J^]。既に記憶が曖昧だが、確かこの時間帯に、慌ただしく風呂をいただいたのではなかったかなぁ。

 20:00から、やはり「花の舞/平安」で、「空想音楽大作戦2016 追悼・冨田勲」。これは面白かった! SF系、特撮系、アニメ系を中心に、あぁ、この曲も、この番組も、冨田勲だったか..と、何を今さらな感嘆の連続。好企画でした。[^J^]

 22:00からは、「翻訳酒場」。司会者はいない。(話をふったりゲストを紹介したりする担当はいるが。)翻訳家や、海外SF担当の編集者たちと、酒を飲みながら、だらだらと無駄話をするだけという、ゆる〜い企画 [;^J^]。こういうのが、合宿企画の醍醐味なのである。[^.^]

 0:00から4:00までの(ふたコマぶち抜きの)企画として、「プログレッシブ・ロックの部屋 追悼:冨田勲 キース・エマーソン 音楽でSFを表現した者達」。今大会ふたつめの、冨田勲がフィーチャーされている企画。(くどいようだけど、「フューチャーする」じゃないからね。辞書引こうね。ぐぐってすませてもいいからね、このさい。)物故者特集、というわけでもないようだが、おおむね、最初の1時間半が、キース・エマーソンと冨田勲。(ちなみに、「プログレッシブ・ロックの部屋」は、過去数年間おやすみしていたらしく、数年分の物故者の音源が用意されていたもよう。)

 残念ながら、この企画は微妙に満足できず、中座した。[_ _](そもそも、0:00から4:00まで起きていられるとも思っていなかったが。[;^.^])キース・エマーソンについては、SFつながりで「幻魔対戦」の(サントラではなく)アニメ映画の最終シーケンス(やや長め)の映像を流してくれたのは、よかった。問題は、冨田勲。ゲスト2人と、大会スタッフ1人の計3人で、トークというか紹介を進めるのだが、この大会スタッフが、少しトンチンカンというか(良く言えば)意余って力足りず。悪く言えば「頭でっかち」。冨田勲を、「シンセサイザーに歌わせようとした偉人」という「ドグマ」で捉え、その視点をもって「月の光」から入っていくのはいいとしても、そうなると、冨田勲は最後には「初音ミク」を起用したわけで、「(..ということは、)挫折した(という結論になる)の?」、と、ゲストも釈然としない風情。私も、切り口(着眼点)を完全に間違えていると思う。

 さらに、キース・エマーソンと冨田勲を、「モーグ・モジュラー」を使った、という共通点だけから、比較対照するのも無茶だし、しまいには、ゲストのひとり(K氏)が、「ステージにモーグ・モジュラーを持ち出したミュージシャンって、キースが最初で最後でしょ?」、などと、信じられないことを口走り、呆然。少したって、YMO(松武秀樹)を思い出してくれたので、致命傷 [;^.^] にはいたらなかったものの..それにしても、プログレオタクのくせに、ステージにモーグ・モジュラーを並べて3人で即興演奏を繰り広げた「タンジェリン・ドリーム」のタの字も出なかったとは..まぁ、歳と時刻のせいだということにしておこう [;_ _][;^.^]。このあと、クリス・スクワイアの音源まではつきあったが、そのあとのプログレは、私が知らない人(の、しかもあまり面白くないライブ)が中心になりそうな気配が漂ってきたので、2:00頃退散し、再び宴会場へ。

 適当に飲んだり(初対面の人たちと)くっちゃべったりして、部屋に引き上げたのは、4:00よりは前だったと思うが、3:00は確実に回っていたなぁ..

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*2016年07月10日:いせしまこん 第二日


 さすがに良く寝た [;^J^]。気がついたら8:30。慌てて朝食バイキング。荷物をまとめ、9:00から、「花の舞/平安」で、クロージング。終了は11:00だが、前半の「暗黒星雲賞」の発表だけ見て、後半は失礼して、クロージングは早退。ロビーに戻り、人数があつまり次第随時出発している「鳥羽湾クルージング」。10:25に出発。船遊びなど、久しぶりである。[^J^]

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 乗船したあと、いちいち船長のアナウンスをメモしていなかったので忘れたが、面白い小島や岩がたくさんある。右写真の連星のごとき岩は、TVや雑誌の撮影でも、よく使われているらしい。



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 しかし、何よりも面白かったのは、この小岩である。大きな髷(まげ)を結った、「大きな子ども(少年兵)」が、両手を前に投げ出して俯(うつむ)いているように見えない?



 11:05に波止場に戻る。戸田家のロビーに戻り、なんだかんだでまだ昨夜の疲れが残っているので [;_ _]、アイスコーヒーで一息つく。[;_ _][;^.^]

 11:25に戸田家を発ち、11:55鳥羽駅から近鉄に乗り、名古屋で乗り換えて、15:05、浜松着。バスで楽勝で帰れる時刻だが、昨夜の疲れが全く抜けきっていないので、タクシー..これが、外れといっては悪いが [;_ _] お話好きな、好感度が高い(と、普段なら素直に思ったであろう)運転手で..ずーっと、話しかけてくるんですよ..この時刻に、さほど遠くもない(バスでも行ける)場所までタクシーに乗る客=疲れている客、という推測ができるようになっていただきたいものである。[;_ _]

 15:15、自宅着。野暮用を片づけつつ、基本的には、ぐたーっと、クールダウン。[_ _][;^J^]

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 14 2016
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