*2016年05月23日:酒など全然..
*2016年05月24日:家が建つ [;^.^]
*2016年05月25日:幻想美術選「建築家の夢」トマス・コール
*2016年05月26日:人間ドック 2016/漫画人
*2016年05月27日:懇親会
*2016年05月28日:萩尾望都SF原画展/美の祝典 II
*2016年05月29日:「森羅万象を刻む」展
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*2016年05月23日:酒など全然..


 ..飲まずにいられるんだよな [^J^]。まぁ、人間ドックの直前対策というところに邪念を嗅ぎ取る読者もいるかもしれないが、それはあなたの人間性の問題だ。[^.^]

 毎晩のようにワインや梅酒をガブ飲みしていたのを、1週間前ほどから全面的に麦茶に切り替えたのであるが..別にこれでいいじゃん [;^J^]。単に、口寂しかっただけのことか。ウィークデイは家飲みをやめて、週末だけにするか。

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*2016年05月24日:家が建つ [;^.^]


 先週の日記(「2016年05月16日:建たない家」)で心配していた、棟上げ式をしたまま放置状態だった、自宅の前の空き地だが、なんというタイミングというべきか、あれを書いた翌日とは言わないが、ほとんど数日と空けずに、建築工事が始まったのである [;^J^]。いやぁ、良かった、よかった [;^J^]。建築主一家の経済状態を(本気で)心配していたよ。[^J^]

 (それに先週、ギリギリのタイミングでこの件を取りあげたことによって、廃墟通信2日分のネタになったわけで、いやぁ、本当に、良かった、よかった。[;^.^])

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*2016年05月25日:幻想美術選「建築家の夢」トマス・コール


 第13回である。(これまでのラインナップは、「幻想美術選」でご覧ください。)先週は、「奇想画」(カプリッチョ)なるジャンルの作品を紹介したのだが、やや素直でない(あくまでも私なりの解釈だが、単なる「奇想画」(想像によって構成された都市景観図)ではなく、その上に「ローマの本質」という「意味」を乗っけてきた)「奇想画」だったので、今回は、気持ちよく振り抜けた、どこからどう観ても、そのような「欧州的」で「知的」で(ある意味)「暗い」想念などとは無縁な、アッパラパーな「奇想画」を観ていただこう [^J^]。なにしろ、イギリス生まれとはいえ17歳でアメリカに移住した、(アッパラパーな)アメリカの画家の作品だからな!(← 大偏見。[;^.^])

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「建築家の夢」(トマス・コール、1840年)

 ..どーよ [^.^]。ぐぅの音(ね)も出まい。[^.^]

 トマス・コールは、19世紀アメリカの「ハドソン・リヴァー派」の創始者にしてリーダーである。わからん固有名詞は、適当にぐぐるかうぃきるかして欲しいが [;^J^]、「ハドソン・リヴァー派」とは、読んで字の如くというべきか、読んだ字面の印象を裏切らない流派 [;^J^]。要するに、ハドソン河畔の風景に代表されるアメリカの広大な大自然を、壮大な構想で描く風景画の一派である。(ハドソン・リヴァー派の画集は持っているのだが、どれもこれもやたらとスケール雄大な作品であって、そのスケール感を書籍の中で表現するために、片端から見開きバーン!..で、スキャンのしようが無いという、ありがた迷惑な..[;^.^]凸)

 もちろん、トマス・コールの作品は、風景画だけではない。歴史画、神話画。そして、このような「奇想画」..実のところ、これも、やや「外れた」奇想画ではある。(一般的なというか)もっともよくあるタイプの「奇想画」とは、都市の景観のなかに、「その角度からは見えるはずのないランドマーク」を描き込むものである。(例えば、新宿副都心の高層ビル群のアップ越しに富士山が見えている風景画の中に、スカイツリーが描き込まれているとかね。)それに対して、本作品は、「(巨大)建築の歴史」の図鑑の如くである。まさに、「建築家の夢」だ! しかしこれも、「想像によって構成された都市景観図」という定義からは一歩も外れていないので、「奇想画」であると、胸を張って主張してしまおう。

 実際、このような小難しい理屈など、いっさい不要。ただただ、この、馬鹿馬鹿しくも壮大な風景に酔いしれて(なんなら呆れて [^.^])いただきたい。(背後のピラミッド、高さ300メートルはくだるまい。)いかにもモニュメンタルな世界である分、生活感が欠如していることは否めないが、それでも私は、この世界の中で、一日中遊んでいられるね。[^J^]

 ..それにしても、前回も今回も「大建築」もの。別に、「奇想画」=「大建築幻想」というわけではないのだが..しかしこの流れでは、「究極の大建築」をお見せしないわけにも行くまい..(← まさかの「引き」? [;^.^])

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*2016年05月26日:人間ドック 2016/漫画人


 今日は有休。人間ドック。僅かにパラ雨。

 受け付け時刻は、受診者別に指定されている。以前はこうではなかった。朝の受付順に午後の結果説明が行われるので、早く行けば行くほど早く帰れる(一番乗りなら一番最初に帰れる)ということから、やたらと早朝から待ち行列ができるという傾向が年々顕著になってきたので、受診者によって受付時刻を分ける(要するに、それより早く来ても受け付けないよ=無駄だよ、という)ことにしたのだろう。正しい施策だと思う。(実は去年からこの方式だったらしいのだが、去年は私は「一泊ドック」というマイノリティ集団に属しており [;^J^]、他の人々とはまったく受付時刻が違っていたので、気がついていなかったのだ。)

 ..で、案内状によると、今年の私の受付時刻は7:20..調べてみたら、そもそもこの施設(聖隷予防検診センター)の開扉時刻が7:20ではないか。つまり、一番乗りを競うグループ 最初のグループ [;^.^] ..というわけで、自宅を6:00過ぎに出て、6:20(1時間前)に着く。もちろんだぁれも、影も形もなし。[;^J^]

 (中略)

 ..で、午後早く、一番に帰れた(解放された)のだが、結果は..勝ち負けで言うと、負け [;_ _]。断酒1週間強というのは、シャブ抜き期間としては短すぎて、科学 捜査 検査を回避できるものでは..[;_ _][;_ _][;_ _](← タイムリーな話題も放り込んでおります。[;^J^])でも、これで、いつでも断酒できることが実証できたので、その意味では、勝ちである。[^.^](← 見苦しいっ [;^.^])

 胃カメラと頭部MRIの結果は、あとから郵送されてくる。それと、再検査で大腸ファイバーすることになったので、松田病院に予約しないと..

 誰よりも早く、13:45に退出。自宅に直帰はせず、「漫画人」という「漫画喫茶」に寄ってみる。実は私もこの店の存在を知らなかったのだが、フェイスブック経由で紹介記事(「「日本一入りにくい漫画喫茶」は不器用すぎるマスターの漫画愛にあふれていた」)を読んで、興味をひかれましてね。

 14:10、到着。場所はわかりやすかった。しかしこれは、(前記リンク先の記事を読んでもらえるとわかると思うが)まさか営業している店とは思えんぞ、外見的には。[;^J^](せいぜいよく見て、倉庫どまり。[;^.^])

 (主として)漫画本、漫画雑誌の山のあいだの狭い通路をくぐり抜けると、カウンター席がある。両側から本の山に迫られているので、3席のみ。私が着いたときには、他にお客がいなかったが、あとからカップルが来て満席になった。(普通は、客など来ないらしい。[;^J^])

 「漫画喫茶」とはいうものの、前記リンク先の記事のとおりの有り様なので、手の届くところにある本を読むしかない [;^J^]。山の向こう側の壁には書架が並んでおり、そこに見えている本を読みたいと思っても、そこに辿り着くすべはない [;^J^]。まぁ、ある種の古本屋にはありがちな状況ではあるが..その意味では、「漫画喫茶」としての機能を満たしていないと言えるが、それ以前に、そもそも漫画を読んでいる暇がない。[;^J^]

 マスターの「しゃべり」が止まらなくて。[;^.^]

 人恋しくもあるのだろう。とにかく、話すネタはいくらでもあり、また、滅法、面白いのだ。失礼にならない程度に経歴などもさりげなく聞いたが、(ここに書いても差し障りのない範囲に留めるが)絵を描く仕事、出版業界関係の仕事にも携わっていたらしい。昔のことを知っているベテランでもあり、裏話(オフレコ話)もいろいろ出てくる。で、紆余曲折の末、喫茶店を開いたのだが、喫茶店(漫画喫茶)で食える時代でもなく、客足は減り、食っていくために本(主として漫画本)の売り買いを始めたら、どんどん在庫に浸食されて、店がこのようなありさまに..という経緯らしい。

 昔の常連も(歳を取って動けなくなったのか、鬼籍に入ったのか)徐々に減り、今ではほとんど客が来ない。だから、しゃべることがいくらでもある。とにかく、話す、話す..たまに「しゃべり」が止まるので、疲れたのかな、と、こちらも落ち着いて漫画を読みはじめていたら、裏から、売り物の古漫画雑誌を、私に読ませるために持ってきてたりする [;^J^]。それも、何冊も。

 基本的に、読みに行く店ではなく、マスターとの会話を楽しみに行く店である。先ほども書いたように、話は、非常に面白い。ただ、マスターの人柄はいいのだが、漫画家や漫画(アニメ)関係者、業界、等などに対する意見は、辛口(というか、しばしば辛辣)である。あなたがこの店に行ったとして、あなたが愛する漫画家やアニメ監督がディスられる確率は、極めて高い [;^J^]。概して、最近(ここ20年ぐらい)の漫画家に対しては手厳しいが、昔の大家は全肯定かというと、そうでもない。同じ作家でも、作品によって仕事によって、評価は違う。そして、先に述べたマスターの経歴からもおわかりかと思うが、その(厳しい)評価の「根拠(裏づけ)」が確立しているので、聞いていてイヤな気分になることはない。

 また、漫画が好きで漫画喫茶をはじめたぐらいだから、高評価の漫画家も、もちろんいるわけである。会話の中で出てきた何人かを挙げると、山岸凉子、山上たつひこ。そして特に、ながやす巧。

 特に若い人は、「ここ20年ぐらい」の漫画家しか知らないかも知れないので、誰に言及しても、けなされるとは言わないまでも軽く片づけられるかも知れない。ストレスが溜まるかもしれない。そんなときは、別の方向に話を振ってしまえばいいのである。亀の甲より年の功、ではないが、間口が広く、抽斗が多いのだ。私が特に突っ込んだのは、ヤフオクでの売り買いで生計を立てているという点。私の知人にもいるが、これは容易なことではないはずなのである。特に、商材が、漫画を中心とする古本のみ、ということになると、利益も知れたものではないだろうか。(そんなに「お宝」が、ゴロゴロ転がっているわけではないのだ。)いろいろ面白い話を聞けたが、ここには書かないことにする。[;^J^]

 なんにせよ、あなたが漫画ファンならば、自分が好きな漫画家にどのような評価が下されようとも会話を楽しめる、という、「鈍感力」というか「優雅なスルー力」というか、「器のサイズ」が問われる店である [;^J^]。場所はすぐにわかる。前記リンク先の記事内の住所を iPhone なり iPad なり Android なりに入力すれば、もう、着いたも同然である。(こんなとき、確かに「夢の21世紀」に生きているんだなぁ、と、実感する。)

 17:00に退出し、17:35に帰宅。

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*2016年05月27日:懇親会


 あまり詳しくは書けないのだが、今日は残業せずに、某懇親会。なぜ詳しく書けないかというと、参加メンバーを書くとコンプライアンス的に(..というほどのことはないのだが。[;^J^])

 浜松駅の南側の某ホテルの1F。「創作フレンチ マリポーサ」という店で、レストランエリア貸切で、着席パーティ(ただしケータリング形式なので、いくらか立食パーティー入ってる感じ)。会費は普通の水準なのだが、これは十分元が取れているというか、美味いと感じた。(大体、ケータリングって「外れ」が多いのだが、今回は「当たり」。)もちろん、飲み放題である。幹事に拍手。[^.^]

 問題は二次会だが..確か、2軒行ったはずである。1軒目は、はっきりと憶えている。1軒目は [;^.^]。2軒目も、店名とか店内の造作とか飲み食いしたものとか、そういうものの記憶が無いだけであるから、なんの問題もない。[;^J^]

 その証拠に、タクシーで(道順を指示しながら)ちゃんと(1:10に)帰宅できているのである。まったくなんの問題もないではないか。[;^.^]

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*2016年05月28日:萩尾望都SF原画展/美の祝典 II


 曇天。6:20に出て、7:19のひかりで上京。(前回の上京時の日記で書き忘れていたが、浜松駅構内(といっても、改札の外だが)の「遠州濱乃屋」が潰れて、スタバになっている [;-_-]凸。スタバのファンの方々には申し訳ないが [_ _]、これと互換性のある店などいくらでもあるというのに、朝7:00から、ちゃんとした和風の朝定食がリーズナブルな価格で食べられる店が..[;_ _][;-_-]凸

 9:25に、武蔵野市立吉祥寺美術館。開館35分前だが、建家の中には入れて、扉の前で待つことができ、座る場所もあるのは、大変ラッキーだった。10:00から、「萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく」の後期展示。5月29日(日)までだから、あなたがこれを読む頃には、もう終わっている。[_ _]

 40点ほど展示替えされているのかな? 基本構成は変わらないのだが、結構印象が違う。2回来る意味はあったと言える。やはり描線と色彩の美しさに、目を奪われる。SF作品限定、という縛りをつけたことによって、平均的な萩尾望都ファンの視界には入っていなかった可能性が高い、ハヤカワ文庫の表紙原画なども展示対象となり、これは確かに、企画のお手柄である。

 10:40に出て、11:45、国会図書館。サミット期間中ということもあり、入り口では警官が手荷物検査。当然のことであり、まったく文句はないが(なにしろ、国会議事堂の目と鼻の先)、それにしても、なんという腰の低い、ジェントルな手荷物検査であろうか。[;^J^]「書籍ですね。まったく問題ございません..あ、スマホ。はいはい、大丈夫でございます..どうもどうも、お手間を取らせまして、申し訳ございません..」..平和な国だ。[;^.^]

 吾妻ひでおリストの(とある作品の)データに間違いがあるのではないか、という疑問点を数週間前に発見し、それを確かめにきたのだが、大丈夫、間違ってはいなかった [;^J^]。12:50に退出し、有楽町へ。

 13:10、出光美術館。「開館50周年記念 美の祝典 II ― 水墨の壮美」(〜6月12日(日)まで)である。もちろん、3期に分けて全巻展示される「伴大納言絵巻」画像検索結果)が最大の目玉であり、今回も大いに感興をそそられたが(とにかく、表情の豊かさが尋常ではないのだ!)、それ以外にも、見所山盛りである!

 玉澗の「山市晴嵐図」画像検索結果)、能阿弥の「四季花鳥図屏風」画像検索結果)、長谷川等伯の「松に鴉・柳に白鷺図屏風」画像検索結果)、同じく「竹鶴図屏風」画像検索結果)。岡田半江の「春山閑居図」は、画像検索がうまくできなかったが、与謝蕪村の「山水図屏風」画像検索結果)。ほかにも、まだまだある。この展覧会、スルーすると損するよ。

  14:50に退出。新橋での待ち合わせ時刻までまだ少し時間があるので、東京駅へ。オアゾというか丸善。久しぶりにこの店の美術書コーナーと洋書コーナーを漁るが、どんぴしゃりのものは無し。

 新橋へ。16:40頃、Kさんと落ち合い、まずは18:40まで、立ち飲み。もともと浜松で自動車通勤をしていたKさんは、東京での(満員)電車通勤で、人生経験を豊かにした模様である [^J^]。いくつか例を挙げてくれたが、朝の満員電車での、バカップルの、いちゃいちゃ会話。女が「うちの会社、前から入れるの禁止なの」..凍りつく車内の空気を男はすぐに察して目を泳がせるが、気がついていない天然女はさらに、「だって、出すときにバックになるから危ないでしょ?」..

 ..普通のことを言ってるだけですよ、彼女。あなた(読者)は、いったいなんだと思ったのですか? [^.^][^.^][^.^](抜き打ち品性テストを仕掛けてしまった。すまん。[;_ _][;^.^])

 Kさんの地元の高円寺に河岸を変え、ちょっと街ブラ。古本屋。Kさんがなかなか面白い本をみつけたので、買わせる [;^J^]。20:10に、いつもの「How High The Moon」。途中から(仕事上がりの)Y君合流。この店のマスターというかウェイターのお兄さんたちは、大概のオタクネタが通じるのが楽しい。今夜は、先ほどKさんが買った本をネタに盛り上がる。ほか、小説の話をしていたような..えっと、思いだしたぞ。「ドグラ・マグラ」の眩惑感の秘密は、あの「部分部分の長さ」にある。「キチガイ地獄外道祭文」にせよ「胎児の夢」にせよ「空前絶後の遺言書」にせよ、何十頁も続く..そしてそもそもどういう文脈でこれらを読んでいたのか忘れた頃に、いきなり元のシチュエーションに戻るので、頭がクラクラする..しかしこういう小説作法には、前例がいくつもある。たとえば、「レ・ミゼラブル」。あれも、「牧師の日常」「ワーテルローの戦いにおけるナポレオンの作戦ミス」「パリの下水道」などなどについて述べた「大論文」が、何度も何度も差し挟まれ、それがあの大長編のかなりの部分を占めているのであるが、それらの途中で音をあげて読み飛ばしたりすると、その最終頁(どころか最後の行)に、決定的に重要な伏線が仕込まれていたりする(つまり、これらの「大論文」を読み飛ばすことはできない)のである..などなど。[;^J^]

 あと、これは毎度のことであるが、KさんとY君(ともども既婚者)に、「子どもは作れ、結婚はするな!」、と、真摯に説諭される [;^J^]。(受け取りようによっては、なかなか鬼畜外道でありますが [;^J^]、これは私の言葉ではなく、KさんとY君の言葉(主張)なので、そこのところ、取り違えないでくださいませ、女性読者の皆様。[;_ _][;^.^])

 0:15に散会。例によって水道橋のラクーアに総武線で向かうが、ものの見事に寝過ごして御茶ノ水で降り [;^J^]、タクシーでラクーアへ。1:10着。(タクシー代820円だすだけで、歩かなくてすんだんだから、これで正解だよ、うん。[;^.^])

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*2016年05月29日:「森羅万象を刻む」展


 7:55にラクーアを発ち、町田へ。9:00過ぎに着き、ジョナサンでモーニングセット。この町に来るときの、いつものパターンである。時間調整をしてから、開館時刻の10:00ジャストに、町田市立国際版画美術館。「森羅万象を刻む―デューラーから柄澤齊へ」(〜6月19日(日)まで)である。

 これは、「版画展」というよりは、「ビュラン展」である。ビュランというのは、ざっくり言えば彫刻刀の一種であり、これで銅板を直接刻んだものが、「エングレーヴィング(直刻銅版画)」、固い木を刻んだものが、「木口木版画」であり、その両者の歴史と(歴史的な)名作を紹介している。

 ひとことでまとめよう。「超絶技巧練習曲」ならぬ、「超絶技巧展覧会」である! もう、ほとんど信じられない..人間業ではない..これは実物を見ていただかないと、本当に、伝えられない..会期は残り僅かだし、首都圏から遠い人は、訪れるのも難しいかとは思うが..(でも、新横浜から町田までは、意外に近いんだよ。)

 といって、何も紹介しないわけにもいくまい。図録から4点、スキャンしてみた。

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 エングレーヴィングを2点。左図は、アルブレヒト・デューラーの「騎士と死と悪魔」。彼の代表的な傑作(=世界版画史上の代表的な傑作)であるので、贅言は無用だろう。

 驚くべきは、右図。クロード・メランの「聖顔」で、不覚にも初めて見る作品なのだが..ブラウザで、限界まで拡大してみて欲しい。(jpgファイルなので、細部の滲みは免れ得ていないが..)これ、たった1本の線しか彫られていないのである! 鼻の頭からスタートする螺旋状の刻みの深さと幅を調節しているだけ! 人間業ではない..

 ..なぜ、ここまでの超絶技巧を駆使しなければならなかったのか。それは、この題材故である。十字架を担うキリストの顔をぬぐった聖女ヴェロニカの布に、その顔(聖顔)が浮かび上がったという奇跡..それを表現するためには、「奇跡的な業」が必要だったのである..



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 柄澤齊の小口木版画を2点。といっても、いずれも複合技を駆使した作品で、コラージュした上で、墨と不透明水彩が施されている。左図は、「クロノスの盃」。右図は、「この星の名は苦艾(にがよもぎ)といふ」。にがよもぎと言えばアブサン酒を思い出す人の方が多いのかも知れないが、私が反射的に想起するのは、ヨハネ黙示録である。(幻想系の人間(何それ [;^J^])は、皆、そのはずだ。)この作品、どう見ても後者を想定しているとしか思えない。



 11:50に、堪能して退出。このあと、東京国立博物館の「黄金のアフガニスタン−守りぬかれたシルクロードの秘宝−」(〜6月19日(日)まで)に回る予定だったのだが、昨夜も遅かったし [;_ _]、ちょっと疲労が溜まっている [;_ _]。会期ぎりぎりだが、6月19日までに、もう1回、上京できるはずである..つか、意地でも上京する [;^J^]。先送り決定。

 13:22、新横浜発のひかりで、14:32、浜松着。EKIMACHIの中の店でちょっとだけ飲み食いしてから(何しろ、昼飯抜いてるし)、18:00、帰宅。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jun 4 2016
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