*2010年05月10日:人間ドック 2010
*2010年05月11日:ゴミ袋とレジ袋
*2010年05月12日:島田荘司を2冊
*2010年05月13日:久々の悪夢
*2010年05月14日:CoCo壱番屋ベストテン
*2010年05月15日:高速を使うかなぁ..
*2010年05月16日:「映画のシュルレアリスム」
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*2010年05月10日:人間ドック 2010


 年に一度の、楽しい楽しい人間ドック [;^J^]。基本、「想定内のペースで」いろいろ悪化しているのだが、いささか想定外だったのが、尿酸値である。完全な危険領域ではないものの、標準レンジから大きく外れている..痛風はごめんである。これは少し、まじめに考えないと..

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*2010年05月11日:ゴミ袋とレジ袋


 浜松ではこの4月から、レジ袋を可燃ゴミ用のゴミ袋として用いてはならないことになったので、わざわざゴミ袋を買わなければならないのであるが、まぁ、それはそれで仕方がない。そこで、近場の百均(「100円ハウスレモン」富塚店)で、半年分ほど買い込むわけであるが..それはレジ袋に入れられて渡されるのである。マクロに見てもミクロに見ても、どうにも釈然としない。[;^J^]

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*2010年05月12日:島田荘司を2冊


 ここ1〜2日で、島田荘司の初期作の積読を、さらに2冊片付けた。

 「夜は千の鈴を鳴らす」(1988、光文社文庫)- どちらかと言えば苦手な時刻表トリックなのであるが、キーになる駅が、浜松、名古屋、幸田、と、土地勘が働くところばかりなので、楽であった [;^J^]。寝台特急の、犯人が近づき得ない状況の密室殺人のトリックは、まぁこんなところかと思うが、過去の事件との絡めかたがうまい。結果として関係者が全員死んでしまい、真相は推測するばかり、というのも、余情があって良い。

 「幽体離脱殺人事件」(1989、光文社文庫)- 主要舞台のひとつが鳥羽であり、ここは母の実家のあるところ。ここ最近は数年に一度しか訪れないとはいえ、「夜は千の鈴を鳴らす」に続く“土地勘がきくシリーズ”である [;^J^]。確かに、土産物屋しかない町なんだよなぁ..前半の、延々と続く(いささか困った女の)僻み話には辟易したが、後半の、主人公の“幽体離脱体験”の幻想性は、なかなか良い。その種明かしも、まずは納得できるもの。

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*2010年05月13日:久々の悪夢


 今週は、やや肌寒い日が続く。今日も朝から快晴だが、とても爽やかな涼しさである。[;^J^]

 久々の悪夢。正確に言うと、「記憶している」悪夢としては久々、ということである。昨夜(というかほとんど今朝)就寝したのが2時半頃で、起床は4時頃。疲れはとれないは強烈にレムってるはで、まったく、悪夢を見るためにコンディショニングしたようなものである。[;^.^]

 悪夢に限らず、私の夢(及び、覚醒時の幻視)の基本パターンであるところの、「回転体/変貌」パターンである。高さ1〜2メートル程度の(あるいは空間の中で全く大きさ不明の)なんらかの物体が、毎秒1〜2回転のスピードで回転を続ける。(地球の自転を黄道面から見ているシチュエーションを想像していただきたい。)そして、回転しながら、連続的にどんどんフォルムが変貌していく..大体1回転のあいだに、2〜3種類の「なんとも表現のしようのない」形状に変化する。「なんとも表現のしようがない」とはどういう形状か表現せよ、と、論理的に不可能な突っ込みをされているような気がするが [;^J^]、強いて言えば、諸星大二郎のオブジェが、一番近いかな..

 この回転/変貌パターンは、必ずしも「悪夢的」とは限らないのだが、今朝は、その「一連の形状」が、まさに理由はわからねど、それはそれは「恐ろしい」ものだったのである。(「恐ろしい形状」という記憶しかなく、これ以上は説明のしようがない。)それも、最初から最後まで一様に恐ろしいのではなく、「徐々に恐怖度が増す形状に」変貌し続けるのである。長く見ていれば見ているほど、恐い目に合う、というわけだ。

 もちろん、レム睡眠ということもあって、上記の夢を見ているあいだ、「これは夢だ」とはっきりと認識し続けているのだが、この認識は、夢の中では、なんの救いにもならないんだよなぁ..[;^J^]

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*2010年05月14日:CoCo壱番屋ベストテン


 今夜の晩飯はココイチ(CoCo壱番屋)である。例によって、手仕込チキンカツカレーの1辛 + ガーリック×2 + 半熟卵。以前は、チキン煮込みカレーの1辛 + ガーリック×2 + 半熟卵、だったのだが、期間限定(確か5月末まで)で手仕込みチキンカツカレーがある間は、こちらにシフトしている。だって、ほんとに美味いんだもん。

 そういえば、先日(5月10日)の「お試しかっ!」の舞台はココイチであった。ゲームの経緯とか全部すっ飛ばして、結果(ココイチのベストテン)だけを備忘までに書いておくと、

1位 ロースカツカレー
2位 手仕込チキンカツカレー
3位 やさいカレー
4位 チキンカツカレー
5位 ヤサイサラダ
6位 ポークカレー
7位 プチエビフライサラダ
8位 ビーフカレー
9位 豚しゃぶカレー
10位 メンチカツカレー

 ..という結果であった。チキン煮込みカレーが21位というのはやや納得がいかないが [;^J^]、手仕込チキンカツカレーの2位は、我が意を得たりである。

 ちなみに、(ドリンクを除く全72品から)10位以内にランクインされるメニューを7人のメンバーが(注文しつつ食べつつ)順に当てていくゲームなのであるが、博多大吉が、自分の順番が回ってきた4回とも的中させた(1位、9位、4位、7位の順に当てた)のは、圧巻であった。いわば、パーフェクトゲームであるが、これは番組始まって以来のことなのではあるまいか。

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*2010年05月15日:高速を使うかなぁ..


 10:30に出て、例によって青空きっどで早めの昼食(ブランチと昼食のあいだぐらい [;^J^])を取ってから、11:20から13:20まで、湯風景しおり。ちなみに今年は日光浴に際して、(去年、顔を黒くし過ぎてしまったという反省を踏まえて [;_ _])顔にタオルをかけている。タオルの色は一定していないが、たとえば今日のように白い場合、それは死体のポーズである。[-人-][-人-][-人-][;^.^]

 「第9地区」、ぐずぐずしていたら、浜松ザザシティのトーホーシネマでも浜北サンストリートのトーホーシネマでも終わっていた。(あるいは、そもそもかかっていなかった?)調べたところ、もっとも近いところでは磐田ララポートのトーホーシネマで、少なくともあと1週間はやっているようである。ただし夜の回のみで、もっぱら20:10から。今日は21:10からで、ちょっと遅すぎ、観に行こうにも腰が重い。来週平日に出向くかなぁ..

 しかし地図をどう眺めても、会社から直行する場合、東名を使うのが一番素直である。(浜松西ICで乗り、磐田ICで降りる..なにしろ、磐田ICの直近にあるのである。)それはそれで構わないが、車をスリッパがわりにしか使わない(車で旅行することはしない)私が、前回高速道路に乗ったのは..記憶にないほど昔のことである。どんなに近くても10年以上。もしかすると20年近いかも知れない。

 だからもちろん、いーてぃーしーとかいうのは、備え付けていないのである。割高になるのは構わないが..いまどき、いーてぃーしーも付けずに高速に乗る車なんか、あるのだろうか。料金所で苛められないだろうか。差別されないだろうか。後ろ指差されて嗤われるんじゃあるまいか..[/_;][/_;][/_;][;^.^]

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*2010年05月16日:「映画のシュルレアリスム」


 快晴。11時から15時半まで、湯風景しおりで焼きながら..というか、焦がしながら、読書。[;^.^]

 「映画のシュルレアリスム」(Ado Kyrou、飯島耕一訳、フィルムアート社)- これは随分昔(中学生か高校生の頃だから、35年前後昔)、確か横浜の有隣堂書店(あるいは栄松堂書店)で、少しだけ立ち読みしていたのではないかと思う。一部のスチール写真と文章に、明らかに記憶がある。

 タイトルの印象とは異なり、著者は芸術的な(あるいは、いわば純文学的な)映画を否定して(というか「下に見て」)、大衆的映画を偏愛している。一般に、映画の特性はシュルレアリスムの特性と相性が良いとする。「私は映画の最初の観客たちが、はじめて省略や、モンタージュや、フラッシュバックを受け取った時の恐怖を想像する。/ブルジョワ生活をかきまわす映画的ショックは、シュルレアリスムの与えるショックと同じものをもっているゆえに、もっとも有効なショックである」(25頁)。もっとも大きく扱われている映画監督は、ブニュエルである。

 SF映画にもきちんと目配りされているのは、嬉しい。記憶にとどめてよい作品として、「宇宙水爆戦」「禁断の惑星」「渚にて」「世界と肉体と悪魔」「大アマゾンの半魚人」「地獄の民」「原子人間」「地球の静止する日」が挙げられており、それぞれへの短評は的確である。1952年出版/1963年改訂の本であるから、もちろん、「2001年宇宙の旅」には間に合っていない。著者はこれをどう評価したであろうか。(ケチョンケチョンにけなされたのではないかという気もする。[;^J^])

 やや目立つのは、ジャン・コクトーへの敵意である。なにか恨みでもあるのか [;^J^]、繰り返し繰り返し拒絶しているのだが、たとえ否定的にでも「オルフェ」に言及しないというのは、いかがなものか。ディズニーやダリに対しても、ネガティヴである。

 それやこれやで「ニュートラルな視点からの映画史」とはとても言えないが、著者の論の立脚点はいっさいブレていないので、記述内容には信頼がおける。使える本である。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 20 2010
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