2004年04月26日:浜松市民吹奏楽団のサポート 2004年04月27日:魂の暗黒 2004年04月28日:「未来のイヴ」 2004年04月29日:風光明媚なバーベキュー 2004年04月30日:リアワイパーの謎 2004年05月01日:例によって国会図書館 2004年05月02日:GW雑感目次へ戻る 先週へ 次週へ
残業せずに、「青年婦人会館」のホールへ。ここに来るのは15年ぶりくらい?とはいえ、大通りに面している、それなりに目立つランドマークではあるし、地図の上では場所を確認しているし、まぁ迷うことは無いだろう..と思っていたのだが、(あなたの期待どおり)一発では辿り着けませんでした [;^J^]。門の前を通り過ぎてしまった。しかしこれは、私のせいではないぞ。門の表札の施設の名称が、いつのまにか変わっていたのだからね。[;^J^]
でもまぁ、約束の19:30には楽勝で間に合った。何しに行ったのかと言うと..浜松市民吹奏楽団の団員のT君から、シンセのサポートを(昨日、メールで)頼まれて、早速、本日の練習会に(Fantom−Sをかついで)駆けつけた、というわけ。シンセパート、及び、シンセで代奏したいパートがあるのだが、(弾ける奏者はいるが)シンセのセッティングを出来る人がいない、という事情らしい。
それは別に構わないのだが..本番は5/16なのである [;^J^]。昨日に至るまで、これらのパートをどうするか、考えていなかったのか? [;^J^] さらに言うと、本日、練習会場入りするまで、どういう曲でどういう音が求められているのか、聞かされていなかったんですが。[;^.^]凸
シンセが必要になるのは、どうやら2曲。1曲は「Lord of the Rings」の挿入曲で、ハープとストリングスとピアノ。もう1曲で必要なのは、(これを書いている時点では曲名を忘れているが..「Truth」だったかな?)シンセ・リード。「シンセ・リード」といっても色々ございまして [;^J^] この曲を聴いたことが無いのでどういう音が合うのかさっぱり判らない。本日のところは色々音出しして、どうやら(一部の団員のイメージに)近そうな奴で間に合わせたが、本番では(というか次回以降の練習会では)そうも行くまい..ということで、CDを借りた。
問題は、アンプとスピーカー。本日、私が持参したのは、練習会ではなんとか我慢できるか..という程度の音量しか出ない小型のものであり、もとより、吹奏楽の中で音が届くようなパワーは無い。練習用(チューニング用)の小型アンプがあったので、そちらの方がいくらか(というか大分)マシなので、本日のところはこれで間に合わせたが..本番では、これでも小さすぎるはず。別途、手配してもらわなくては。
ハープの音が指揮者のイメージと合わないらしく、これは(現場ではすぐには無理だったので)自宅で仕込みなおす必要あり。ピアノ音はそもそもこのスピーカーでは全く届かない(無理をするとすぐに歪む)のだが、まぁ、全強奏の部分だから、どうせ聴こえやしないので、無理するには及ばない。それよりもストリングスが問題で..音色の問題ではなく、ダイナミクスの調整。ボリュームペダルが無い上に、微妙な音量調整(クレッシェンド/ディクレッシェンドによる表情付け)をしたい個所では奏者の両手がふさがっているので、私が横からボリューム調整したのだが..FCLAのオフならともかく、演奏会の本番でこんなことをするわけにはいかない。奏者が自分で調整しなくてはならない。ボリュームペダルを買っておかないと..それよりも、アフタータッチによる音量調整が効きやすくしておこうか。これはこれで慣れないとコントロールしにくいのだが。本番当日のリハの際に、十分、音量合わせしておかないとなぁ..頭痛い..
この指揮者の指揮を見るのは初めてだったのだが、やはりというかなんというか、演奏中に、シンセ(というか、ハープ、ストリングス)に対して、「大きすぎる」あるいは「小さすぎる」という指示を、出してくれないのである。通し終わってから、「聞こえなかった」、と言うのである。これは、奏者が自分で自分の音量を掌握しがたい電子楽器の特性を、わかっていないからだと思う。アコースティック楽器なら、指揮者が指示を出さずとも、合奏の中で自分の音量がどの程度のものであるか、大体わかるのだが..
目次へ戻るネタがないので、読書記録を読み返した。荒俣宏の「帝都物語」を取りあげる。
まぁ、荒俣宏の(確か)小説第一作であるし、若書きというか、いろいろ不出来な作品ではある。特に目立つのが、至るところ書き込み不足でさっさかさっさかストーリーが進行してしまい、コクが無い点である..が、短所は長所の裏返しでもある。間を持たせられない作者は、手持ちのカード(材料)をビシバシ切りまくる以外の方法では物語を進行させられないのだが、それによって結果的にもたらされる、この快速感は、こんにちの(無意味な)大長編群のウジウジした進行に比べて実に快適であり、少なくとも、飽きている暇が無い。
前半の巻に、西村真琴が発明した(実在の)「学天則」というロボットが登場する。「ロボット」といっても、こんにち的に言えば、限りなく「ガジェット」に近いものであり、とにかく、なんら「人工知能」的なものは持たない「機械人形」である。これが印象に残っているのは、このロボットに付せられた「魂の暗黒」という形容詞故にである。(もしかすると、この「魂の暗黒」なる言葉は、本作中ではなく、本作の書評で使われていた言葉だったかも知れないが..)人間的な意味での「知能」も「思考」も持たない「ロボット」の、偽りの「“人工”知能」を、「魂の暗黒」と喝破した、その表現力故にである。
1980年代に大流行した「AI(人工知能)」は、やがてさほど画期的な(少なくとも「人工知能」という言葉が夢見させるような)成果を生み出せないままに、(というか、この方向性ではそういう(幻想的な)成果は生み出せそうもない、と見限られて、)すみやかに退潮し、その後は「AIカナ漢字変換」とか「AI電子レンジ」などまで“身を落とし”(すみません [;^.^])、辛酸を舐め尽くした末に、「AIBO」などと共に、再び脚光を浴びつつあるように見えるのだが..(「AIBO」は、それ自体、なんの実用性も持たなかったが故に、より「AI」に相応しかったと(逆説的に)言えるのだが、)その内実はどうなのであろうか。個数は知らないが「ノイマン型の組込用CPU」を使っている限り、そこに居るのは(例えどれほど愛らしく、また、その愛しさ故に「飼い主」の寵愛を受けようとも)「魂の暗黒」であることに違いはあるまい。(SONYの次世代の「CELL」が、どういう世界を狙っているのかは知らないが。)
誤解しないでいただきたいのだが、私は、この「魂の暗黒」を、“素晴らしいもの”として認識しているのである。「魂の暗黒」とは、つまりは、人間(や動物)の思考方式とは根本的に異なるアルゴリズムで「思考(というか思考結果)」を真似している状態を指し、例えて言えば、筋肉も骨格も内蔵も持たないゼンマイと歯車仕掛けの「茶運び人形」が、少なくともある側面から見る限り、人間そっくりに振る舞っている(といえる)状態を指す。
私は、これに興じる。人間の「思考」を(「地球シミュレーター」のような、超弩級のスーパーコンピュータで)シミュレーションするよりも、面白いと思う。「人間は、どこまで騙されるか」「騙しを受け入れるか」という実験として。
..となると、当然、「ELIZA」である。この、今から40年も前に作られた「対話プログラム」については、ネット上で検索しても、簡潔な解説がなかなか見当たらない。お暇な方には、
http://www.ycf.nanet.co.jp/~skato/muno/eliza.html
http://www.hotwired.co.jp/news/print/20000907204.html
..あたりを眺めていただくとして..確か(元もとは)僅か4つのルールしか持たない、「オウム返しシステム」なのである。サンプルを、以下に示す。ここでは被験者(クライエント)は、壁越しに(あるいはタイプライターで)ELIZAと「対話」しており、ELIZAが人間でないことは知らされていないのだが..
−前略−−以下省略−
クライエント 私のボーイフレンドは私をここに来させたわ。 ELIZA あなたのボーイフレンドは、あなたをここに来させたんですね。 クライエント 彼は、私がよく落ち込んでいる、って言うの。 ELIZA 落ち込んでいらっしゃるとは、お気の毒ですね。 クライエント 私が不幸だっていうのは、本当なんです。 ELIZA あなたは、ここに来ることが、不幸じゃなくなることの助けになると思います?
..驚くべきことに、かなり多くの被験者が、ELIZAが人間ではないということに気がつかなかった、というのである。(「ちょっと鈍い」、とか、「トンチンカンである」、という印象は受けたようだが。)私は、レトリックでもなんでもなく、ここにこそ、「人工知能」の未来があると思っているのである。
以下、全くの余談。
ELIZAの手頃な解説がネットでなかなか見つからないので、ハードディスクの中の「世界大百科事典(日立デジタル平凡社)」で全文検索したのだが..「ELIZA」でも「イライザ」でも「エリザ」でもヒットしない。業を煮やして「人工知能」で検索したら..「コンピューターゲーム」「CAI」「思考」「状況意味論」「情報科学」等などの項目にはさまれて、「信濃毎日新聞」がヒットした。なんじゃこりゃ?と読んでみたら..面白いので、下記に引用する。
長野県の代表的日刊紙。長野,松本の2本社制。1873年7月《長野新報》の題号で創刊されたが,その後《長野毎週新聞》《長野新聞》《長野日日新聞》《信濃日報》と改題,81年から現題号になった。1880年代に一時,帝政党の機関紙となったが,86年ごろ脱却,90年株式会社に組織を変更,小坂善之助が実権を握り不偏不党を宣言した。99年,山路愛山を主筆に迎え,このとき〈社長といえども編集に容喙(ようかい)せず〉の方針を明らかにし,以後編集の独立が社風として確立された。(中略)とくにファシズム勃興期の33年主筆桐生悠々が〈関東防空大演習を嗤(わら)う〉の社説で軍を批判し,圧迫をうけた事件は有名である。42年戦時新聞統合で県内各紙を吸収合併して長野県の代表紙に成長した。50年長野市のほか松本市にも本社を設置,70年両本社をファクシミリで結んで全紙面,両本社同時印刷発行を実現した。60年ごろから製作過程の全面的近代化にのり出し,79年には全ページ出力の電算機写植システムによる紙面製作に移行,翌80年には太陽熱利用の省エネルギー工場を完成,さらに91年には AI(人工知能)を使った自動組版システムを完成するなど,その経営,製作体制は新聞界の先端をきっている。朝刊発行部数は約44万7000部(1996)。(春原 昭彦)(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.
..全然、知りませんでした、そんなこと。[;^J^]
目次へ戻る昨夜の続き。「初期人工知能」とくれば、やはり、ヴィリエ・ド・リラダンである。「未來のイヴ」(1886、齋藤磯雄訳、創元ライブラリ)である。
トマス・エディソンは、美しいが精神的に空虚な恋人であるアリシア・クラリーに絶望して自殺すら考えている旧友エワルド卿のために、人造人間=ハダリーを作る。「彼女」はアリシアに欠けていた「高貴な心」を持っていた..
人造人間製造の物理的側面と心理的側面に関する説明(とディスカッション)が延々と続く(というか、それが本書の大部分を占める)のだが、全く退屈しない。それは、アトム(とAIBO)の時代の問題意識の先取りとして、極めてこんにち的であるからである。
例えば、「高貴な心」と上述したが、ハダリーは、こんにち的な意味での高度な人工知能などは持たない。実際のところ、彼女の「会話」ときたら、「テープを再生している」だけなのである。では、なぜそれが「高貴な心」として、(その仕組み=トリックを知っている)エワルド卿を感動させることができるのか。
「あなたがあの女の中で愛していらつしゃるもの、そしたあなたにとつて、それだけが、その實在であるものは、その通りすがりの女性の裡にあらわれてゐるものではなくて、實はあなたの「願望」の實體なのです」(146頁)。これこそが、人が玩具に人格を認めて愛することが出来る理由なのである。人間に対してすら、自分の願望の投影を観てとってそれを愛しているのだから、人造人間に対してそれが出来ないわけがないのである。271頁からは、決まりきった(録音された)受け答えをしなければならないという「自由の無い」状態は、しかし決して愛を阻害しないことを実証している。なぜなら、対話もそもそも「自身」の投影だからである。
しかし、もっとも恐ろしく決定的な宣告は..「斷じて心變りは致しません。心を持たないからです。ですから、あなたの爲すべき義務は、死に臨んでこれを破壊するにあります」(320頁)..
..以下、余談。
上記引用文でおわかりのとおり、本書(創元ライブラリ版)は旧訳の復刻である。従って、タイトルは「未来のイヴ」ではなく「未來のイヴ」なのであるが..「原文・原典主義」とやらで、いい気になって旧字でデータベースに入力していたりすると、「未来のイヴ」で検索できず、自縄自縛に陥るばかりなのであった。[;^J^](とてもわかりやすくてタメになる、「廃墟通信」の教訓コーナーでした。[;^.^])
目次へ戻る部署の有志でバーベキュー。参加者は(最終的には)20名弱。11時に細江工場前のBELL21の駐車場に集合して、そこから車で30分弱の山奥へ向かう。私は駐車場に車を乗り捨て、M君の車に同乗させてもらって現地に向かう。帰りは再びここまで送ってもらって、ここから代行運転で帰宅しようという腹である。
奥山方面。といっても山の上には登らず、(既に地名は忘れているが [;^J^])川のほとりへ。実に風光明媚な、良いロケーションである。(水泳可。)
肉がまた、実にうまい。多からず少なからず適量の酒を愛でつつ、午後一杯、ゴロゴロする。極楽である。山菜採りも試みる。時期はずれでもあり、収穫はほとんど無かったが、なかなか面白かった。途中、バランスを逸して手をついたら、そこに栗のイガが [;>.<]。指が剣山になってしまった。[/_;][;^.^]
夕方になって、お開き。撤収。BELL21の駐車場まで送ってもらい、そこから代行運転で帰宅。(備忘:「スター代行」は、営業開始が19時。多分、どこの業者も似たようなものだろう。)
目次へ戻るずっと以前から不思議に思っていたことがある。どうして、4ドアセダン(というか、要するに、リアウィンドウが立っておらず“寝ている”車)には、リアワイパーが設置されていない(ことが多い)のだろう? 私がこれまで乗ってきた「シティ」「カルタス」「マーチ」は、いずれもリアが“立っている”車であるが、これらには全てリアワイパーが装備されているのだが..
普通に考えると、立っているよりも寝ている方が、リアウィンドウは汚れやすい筈なので、むしろ“寝ている”方がリアワイパーの必要性が高いと思うんだけど..デザイン上の問題? それとも機構上の問題?
目次へ戻る今日から帰省。例によって7:20のひかり。9時過ぎに国会図書館着。
収穫は、
怪盗「金三角」−私の友−(エッセイとカット):2:大法輪:67/06 大思考・アトム的未来論(座談会)(高校生、9人)(東京12チャンネル「君はどう考える」75/06/15 放映分):38:「ぼくアホやし」(一光社):76/06/15
..など。「大法輪」については、従来、「1970年」という資料を掴んでいたので、なかなか発見できていなかったのだが、つい最近「1967年」説を発見し、それの裏を取ったところ、見事に発見できた、という次第。「ぼくアホやし」は、例によって、ヤフオク出品情報で見つけていたんじゃなかったかな。
備忘。「PENTHOUSE 日本版」1984年11月号の「ADULT COUNSEL」というページに、吾妻ひでおの「イラスト」2枚有り。かなり「漫画」に近いので迷ったが、一応、リストの収録対象外としておく。
現代マンガ図書館に寄って、国会図書館で調べきれなかった(あるいは欠本していた)資料の拾遺。さらに神保町を歩き抜けてから、横浜の実家へ。
目次へ戻る「GW」を「ゴールデン・ウィーク」ではなく「ゲートウェイ」と読んでしまう、というのは、古く哀しいジョークである。「古く」というのは、これが少なくとも15年以上前の、「ゲートウェイ」というパソコンメーカーなどまだ存在していなかった時代のジョークだからであり、「哀しい」というのは、従ってここでいう「ゲートウェイ」というのはパソコンのことではなく、「2つのマシンやソフトウェア、プロトコルなどを相互に変換してインターフェイスを取るもの」(アスキーデジタル用語辞典)であり、端的に言えば、一般社員や学生・教職員ではなく「システム管理者」が管理するハードウェアを指しているのであって、つまり、「ゴールデン・ウィーク」&「ゲートウェイ」という連想は、「ゴールデン・ウィークにゲートウェイがトラブルを起こして行楽先から呼び戻されたシステム管理者」あるいは「ゲートウェイのお守りで(今年も)ゴールデン・ウィークに帰省できないシステム管理者」を想起させるからなのであった。(まぁ、こんにちでも、「ゴールデン・ウィークに(家族サービスもせずに)ゲートウェイのパソコンのセットアップ&チューニングにかまけていた結果、妻だけ実家に帰ってしまう」などの状況を愛でることは可能であろうが。)
さらに言うと、当時は「ゴールデン・ウィーク」「ゲートウェイ」に加えて「グリーン・ウッド」説もあったと思うが、これはもう、知らない人に説明しても仕方が無いので説明しない。[;^J^]
さらに余談。私は、「Gateway」を(「ゲイトウェイ」ではなく)「ゲートウェイ」と表記するのは好きではないのだが、システムとしての「Gateway」も、社名としての「Gateway Japan」も、「ゲートウェイ」であり「日本ゲートウェイ」であるようである。「ゲイトウェイ」と書くと、ほとんど一意にフレデリック・ポールの長編SFを指してしまうのではなかろうか。
(ここまで、「『日本ゲートウェイ』は、3年も前に日本から撤退してるじゃねーか!」、と、突っ込みたくて突っ込みたくてうずうずしていた良い子の皆さんに告げる。そのまま最後まで、うずうずしていなさい。[;^.^])
重ねて余談。この「ー」のことを、なんていったかなぁ、「長..なんとか..」だっけ、「なんとか引き」だったっけ? ..と、大辞泉であたりをつけていたのだが..
C:\>daijisen ぼうびき ぼう‐びき【棒引き】 [名]スル〔1〕線を引くこと。特に、線を引いて帳簿などの記載を消すこと。 棒消し。〔2〕貸借関係を終わりにすること。帳消し。「借金を―する」〔3〕 長音を表す書き方。「ああ」を「あー」と書く類。音引き。 C:\>daijisen おんびき おん‐びき【音引き】 〔1〕辞書で、語や漢字を発音によって引くこと。また、そのように編集された 辞書。→画引(かくび)き〔2〕俗に、長音符「ー」のこと。 C:\>daijisen ちょうおんぷ ちょうおん‐ぷ【長音符】チヤウオン‐ 音符のうち、比較的長くのばす音を示すもの。二分音符・全音符など。
..対称律が破綻してるじゃねーか、おい、こらっ! [;^.^]凸
目次へ戻る 先週へ 次週へLast Updated: May 5 2004
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