[好きな現代音楽 9]

「身を慎み目を覚ましておれ(ファウスト・カンタータ)」シュニトケ



 マニアのアイドル、シュニトケ登場。

 「シュニトケ」と来れば「多様式主義」である。私もこの程度の認識しかないし、そもそも多様式主義の定義も正確には知らないのだが、この水準の条件反射だけでも、ライナーノートやレコードレビューは書けるらしい。

 手元に資料もないので適当に書くが(この開き直りが心地好い)、要するに多様式主義とは、過去の遺産の食いつぶしなのであろう。文学や美術の世界では100年以上も前から観察されている現象であり、常に「最も遅れている芸術」である音楽も、ようやくその段階に達したということか。無論、多様式主義的な作品は20世紀の後半を待たずとも、マーラーにもベルリオーズにもある。しかし「作品」自体ではなく「様式」自体が問題になったのは、近年のことではあるまいか。(意地悪く言えば、「作品」が「様式」に負けているのである。)

 この「食いつぶし」を、しかし私は、非難する気にはなれない。現代の作曲家(に限らず、芸術家/創作家)は、先輩たちに対して膨大なハンディを負っている。大概のアイデアは「実施済みである」というどうしようもない現実がひとつ。さらに、過去の遺産が単調増加の勢いで増えつづけている(テクノロジーの進歩によって、ちっとやそっとでは失われなくなったばかりでなく、失われた筈の作品が、続々と墓場から蘇ってくる有り様だ)、というさらに厳しい現実がひとつ。

 しかし、多様式主義に関する考察はここまでである。何故なら、今回紹介する「ファウスト・カンタータ」は、多様式主義の作品ではないからである。(この、いかにもはた迷惑で気粉れな文章の流れがまた、多様式主義的ではある。)

 これはロマン派の音楽作品である。題材がファウストなのだからさもありなん、と思われる方も多いだろうが、これはゲーテ版に依ってはいない。1587年、フランクフルト・アム・マインの出版者、ヨーハン・シュピースによって世に出された、史上初のまとまったファウスト物、「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」の一部をテクストとしている。

 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」は、洛陽の紙価を高からしめた大ベストセラーであり、ファウスト伝説の基本的な要素を、しばしば素朴で粗削りな筆致ながらも一通り押さえており、ゲーテに与えた影響も極めて大きい。基本的な要素とは、知の探求に行き詰まった学者による悪魔の召喚と、魂の売り渡し。悪魔との哲学的対話と、悪魔をこき使う様々な魔法譚(児戯に類するものから、世界/宇宙/地獄への旅行というスケールの大きなものまで)。そして悪魔による「とり殺し」。

 シュニトケがテクストとしたのは、本書の最終章、ファウストの最期の夜をはさむ一両日である。


 “…すると夜中の12時と1時のあいだごろ、物凄い大風が吹き付けてきて家をすっから巻き込むと、なにもかも吹き飛ばし、家を木端微塵にしようという勢いで荒れまくる。学生たち、もう駄目だ、と思いそうになって、飛び起きると互いに力づけあいながら部屋を出ないでいる。亭主は家を飛び出して隣へかけこんだ。

 学生たちはファウスト博士のいる部屋の近くに寝ていたのだが、ヒューヒュー、シューシューとすさまじい音がきこえてきた。まるで家じゅう蛇やら蝮やらの恐ろしい這う獣で一杯になったような様子である。そのうちファウスト博士の部屋の扉が開いたと思うと、人殺し、助けてくれ、と叫び声がしだす。ほとんど押し殺したような声だった。まもなく博士の声はもう聞こえなくなる。

 一晩中まんじりともせずにいた学生たち、朝になるとファウスト博士のいた部屋に行ってみた。しかしファウストの姿はもはやなく、部屋じゅう血だらけになっている。壁には脳髄がひっついていた。悪魔に壁から壁へ叩きつけられたのだった。ふたつの目玉と、歯も何本か転がっていた。おぞましくもむごたらしい光景である。学生たちは博士のこんな最期を泣いて嘆きながら、そこらじゅう博士を探した。やっと博士の身体が見つかったのは肥やしのところだった。見るも無惨、頭も手足もガタガタになっていた。…”

(「ファウスト博士」松浦純訳、国書刊行会)

 ゲーテ版の、気のいい紳士的な、結局は神に(理不尽にも)獲物をかっさらわれてしまう悪魔に馴染んでこられた方には、ショッキングではあるまいか。しかしファウストを錬金術師とみなす立場から見ると、この酸鼻を極める描写は、実験の失敗による「爆死」ではないか、ということになる。

 それにしても想起せざるを得ないのが、わが上田秋成の「雨月物語」所収の「吉備津の釜」の幕切れである。経緯は略すが、鬼に襲われた男の末路、


 “いかになりつるやと、あるひは異(あや)しみ、或は恐る恐る、ともし火を挑(かか)げてここかしこを見廻るに、明(あけ)たる戸脇の壁に腥々(なまなま)しき血灌(そそ)ぎ流れて地につたふ。されど屍も骨も見えず、月あかりに見れば、軒の端(つま)にものあり。ともし火を捧げて照し見るに、男の髪の髻(もとどり)ばかりかかりて、外には露ばかりのものもなし。浅ましくもおそろしさは筆につくすべうもあらずなん。夜も明けてちかき野山を探しもとむれども、つひに其跡さへなくてやみぬ”

(「雨月物語」上田秋成、旺文社文庫)

 何か恐ろしい運命が男を見舞ったのだが、何が起ったのかは本当にはわからない。ただ、壁に血糊、軒の端に髻、それだけが残された。1768年に現れた、世界に誇るべき恐怖文学の傑作「雨月物語」は、さすがに200年ほども前にヨーロッパで出版された泥臭い伝承物語よりも、格段と洗練されていると言うほかはない。

 シュニトケの音楽にさく紙幅がなくなった。「テクストの素晴らしさの邪魔をしない音楽」に徹していると言えようか。暗鬱な定常リズムが印象的である。今世紀も終り間際になって作られる必然性はないが、確かに先人たちの仕事の“穴”ではあった。誰かが、この恐ろしいテクストに、このような恐ろしい音楽を付ける必要があったのである。

P.S.

 「マニアのアイドル」とは、SF評論家の水鏡子が、英国のSF作家、バリントン・ベイリーに与えた称号である。私は、この傑物作家と傑物作曲家に、「作風」と「人気」の切り口から、一脈合い通ずるものを感ずる。

*BIS KKCC-2068


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 13 1995 
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