1998年03月09日:「えふくら−しすおぺ」御乱心 1998年03月10日:集中力について 1998年03月11日:爽やかな朝、不快な夜 1998年03月12日:いろいろ発注 1998年03月13日:「ルンナ姫放浪記」 1998年03月14日:「ルンナ姫放浪記」調査 1998年03月15日:処分本の復讐目次へ戻る 先週へ 次週へ
「クラシックCDコレクション」の「クラシック音楽掲示板」に現われた「えふくら−しすおぺ」(ニフティのFCLAのシスオペの贋物)が、(案の定)暴走した。
M氏、O氏、それに私などが、彼が「贋物」であることを指摘し始めた時点で、「えふくら−しすおぺ」は現われなくなった。そのかわりに、「Mシェ」「Mショ」(いずれも、M氏のハンドル名を、悪意を持ってもじったものなので、一部伏せ字とする)という者が現われ、M氏や私に対する、稚拙な攻撃を開始したのである。M氏のフリをして書き込む、ということすら、した。もちろん、バレバレである。
そして「Mシェ」「Mショ」は「えふくら−しすおぺ」の変名であるということが、誰の目にも明らかであるにも関わらず、あれ(「えふくら−しすおぺ」)は俺じゃない、俺の「舎弟」だ、と言い張り、“俺らヤクザに喧嘩を売るような、身の程知らずのお前らには、けじめをつけなくちゃならん。既に手配は完了した。手加減するように言っといたから、そう怖がらんでもいい”(以上ダブルクォート内は大意の要約。原文は下手な関西弁もどき)、と、威勢のいいことを書き込んでくれたのだが、その数時間後に、この騒動に関わる全発言が、掲示板の管理者によって削除されてしまったのである。惜しいなぁ。クラシック音楽に関する、真面目で楽しい話題を書き込むべき場であるのだから、管理者の措置は当然とはいえ、この大馬鹿者を、もっと長期間、晒し者にしておきたかったのだが。(正直に書くが、私はとても楽しんでいたのである。)
もちろん、彼の言葉どおりに、恐い連中がやってくるはずがない。私は本当に不思議で仕方が無いのだが、私やM氏が、一瞬でも“びびる”と、本気で考えたのだろうか?
ヒットマンを「本当に」寄越すのであれば、予告する馬鹿はいない。大体、この不況下に(景気が良くても同じことだが)、全く一文の稼ぎにもならない、交通費を自腹で切る分、持ち出しにしかならない“仕事”を、どこの世界のヤクザが引き受けるか。とことん、世間を知らないのだ、この「えふくら−しすおぺ」は。(断言するが、20代前半の、蒼白くて、貧弱な坊やに決まっている。)
ちなみに、彼が“誰”であるか、M氏にも私にも、ほぼ特定出来てしまった。
FCLAのシスオペを装って他者を誹謗することによって、FCLAのシスオペの人格を貶めようとした彼は、言うまでもなく、FCLAのシスオペに恨みを持っている。加えて、M氏と私にも、明確な悪意を抱いている。ハンドル名を変えれば別人格になりすませると(あさはかにも)思いこんでいる。キレると下手な関西弁になる..これらの特徴は、数ヶ月前、FCLAの「喫茶室」(など)において、馬鹿で不誠実なことを散々やらかして、結局は退散した男を、疑念の余地無く想起させるのだ。(退散に追い込まれる過程において、FCLAのシスオペとM氏と私を“逆恨み”するに至った、と、判断できる理由がある。)彼は、「喫茶室」には“潔く非を認め、当分のあいだ謹慎させていただく”旨、書き込んでいたが、どこの世界の謹慎なんだか。
無論、その男の名前は出さなかった。確信はしているが、証拠が無いからである。また、この経緯を掲示板に書くこともしなかった。そうでなくても大迷惑を被ってイライラしている、掲示板の常連たちに、「FCLAのトラブルを持ち込むんじゃないっ!」と叱られたら、返す言葉が無いからである。[;^J^]
ま、この話はここまで。掲示板も常態に戻ったし。(それにしても、この掲示板のフォーマットは、時系列に読むのが実に面倒である。ログを取るのも難しい。そういう発想は、根底から無いのであろう。)
Mさん(上記M氏とは別人)から、「少年ブック」誌の1966年1月号の付録(「ビッグX」(手塚治虫)所収)と、唐沢なをきの単行本6冊(「八戒の大冒険」(徳間書店)「近未来馬鹿」(青林堂)「ぞろぞろ」(青林堂)「脳天気教養図鑑」(青林堂)「百億萬円」(扶桑社)「夕刊赤富士 第1巻」(扶桑社))、その他が届く。これらは以前、貸していただく約束をしていたものなのである。
言うまでもなく、雑誌の付録漫画は、大図書館にも古書店にも滅多に無く、貴重なもの。また、上記の唐沢なをきの単行本は、全て絶版、版元品切れ。これで唐沢なをきの未読の単行本は、「なをき・よしこのパソコン夫婦バンザイ」(光栄)だけになった。
唐沢なをきで困るのは、公式ウェブ「からまん」に、自ら初出誌リストを掲載していることである。とり・みきもそうだが、この手のオタク系漫画家は、オタクの仕事を奪う傾向がある。[;^J^]
いきつけの居酒屋は、最近はほぼ、2軒に絞り込まれている。いきつけになる条件は、ふたつ。リブで書き物するスペースを確保できることと、可愛い女の子がいることである。このところ贔屓にしているのは、ややオタク入っている女の子がいるT八である。(大変繁盛していて、なかなか彼女と話をする暇は無いのだが。)この店で、早速荷物をひも解き、「八戒の大冒険」を通読、「百億萬円」を途中まで読む。「百億萬円」の前半には、窒息・呼吸困難モノの大傑作(「それゆけ栄光 −激闘!左手編−」「刑事なひとびと」等)が濃密充填されており、これは人前で読むべき本ではなかった。[;^J^]
(「夕刊赤富士」、と、鉛筆で走り書きしていて気が付いたが、“夕刊”という字をいい加減に書くと、“タモリ”になってしまう。これって、有名な話?)
目次へ戻る昔のアニメは、たまに映像と音声がずれていた。こんにちでは考えられないことであるが、そう珍しいことでも無かったのだ。時には5分以上も、音声が“先行”したりしていた。物語(映像)は、まだCM前の前半なのに、音声は既にクライマックスなのである。
思い出しても不思議なのだが、そういう状態でも、ちゃんと“鑑賞”できていたのである。先行する音声を“バッファ(ディレイライン)”に入れ、あとから追いついて来る映像と同期させつつ..
今では、こんなことは到底出来ない。気力(集中力)が保たない。他にこれといった娯楽もなく、真剣勝負でアニメに相対していたからこそ、できたことなのであろう。
目次へ戻る私は、“朝シャン”というか“朝シャワー”してから出社することが多い。爽やかな気分で一日を始められるというメリットは言うまでもないが、実は“時間の節約”にもなるのである。というのは、寝る前に洗髪すると、完全に乾かすまで寝られないが、(それはそれで、ニフでRTしたり、ログを読んだり、読書したりしながら乾かすことも、出来るのではあるが、)朝、出かける前に洗髪した場合は、タオルとドライヤーで、ざっと水気を取っただけのナマ乾き状態で、出動できるからだ。
そう、車通勤しているので、会社に着くまでの3〜40分、窓を全開にしておけばいいのである。自然の風でブロウがかかる。夏は最高だが、冬場は寒いのが難点ではある。
..と、今日も爽やかに始まったのであるが、晩のT八で、実に爽やかでない気分になった。
カウンターで隣に座った、高卒とおぼしき(何故か、女子大生には見えない)女の子の二人連れが、穏やかでない話題を.. 友達が示談にするとかしないとか.. 相手は12人、ひとり5万で示談する? 60万なんか廉すぎる.. 600万でも.. そんなら相手を全員刑務所に入れる..?
..最初は、女性に対する集団暴行かと聞こえ、ドキッとしたが..どうやら被害者は男らしい..
男ならいい、という問題では無い。フクロにした全員が、返り血を浴びるほどの重体だとか.. 彼女らは、どちらかと言うと加害者の集団の友人のようだが.. どうも、彼女らも含めて全員、ろくな友人付き合いではないようだ。既に“入った”経験が、あるとかないとか.. 鑑別所じゃすまないとか.. A君は初犯だ、B君は再犯だ、既に傷害で.. 刺青が..(別に、聞き耳を立てていたわけではない。とにかく隣で、耳がつんざけるほどの金切り声で、叫び合っていたのである。[;^J^])
目次へ戻る名古屋の古書店組合から、恒例の古書展のカタログが届く。小栗虫太郎を中心に、数点発注する。
帰途、いつもの書店で「まんだらけ」の20号が発売されているのを発見、購入、居酒屋で通読する。70年から71年にかけての「少年チャンピオン」誌のうち、「ラ,バンバ」「エイト・ビート」(共に、吾妻ひでお)掲載で未見の号、及び、「やけっぱちのマリア」(手塚治虫)掲載の号を、絨毯爆撃で十数冊発注。しかし、「名古屋」はともかく「まんだらけ」の方は、例によって、ほぼ玉砕であろう。全国誌なので、倍率が高すぎるのだ。(いまだに、1冊も当選したことが無い。)
目次へ戻る「ルンナ姫放浪記」(横山えいじ、早川書房)を買う。月刊誌(SFマガジン)に毎月2頁(1頁×2エピソード)の連載だったので、単行本にまとまるまで、足掛け9年もかかっている。これほどの長期連載であるにも関わらず、一定の品質(しかも、極めて高水準)を維持しているのは、さすがである。キャラクタの顔も等身も体型も変わっていないし。[;^J^]
..が、私が好きな、「ススム君」(鉄人28号顔&小学生身長の謎の寡黙ロボット)が「アキラ化」(というか「鉄雄化」、つまり、超物理法則的巨大化)するエピソードが、見当たらない。単行本化に際して、カットされたのか? 何故?
目次へ戻るSFマガジンを9年分読み返し、「ルンナ姫放浪記」を調査するが、カットされたエピソードは無い。「ススム君」巨大化エピソードは、どこで読んだんだ? 「ルンナ姫」じゃなかったのか?(作者は、このキャラクタをいくつかの漫画で起用している。)「宇宙大雑貨」(早川書房)を読み直すが、これにも掲載されていないし。
まぁ火急の用件ではないので、ゆっくり調査しよう。しかし、おっかしいなぁ..(せっかく調べたのだから、「ルンナ姫放浪記」初出誌リストを掲載しておく。→ )
目次へ戻る調べてみたら、この思い出話を、まだ書いていなかった。昔々、週刊文春か何かで読んだ、井上ひさしのエッセイの紹介である。
書籍を大事にするとかしないとか言う話題であった。彼は、世のいわゆる“愛書家”とは全く異なり、本を買ったら、まず函を捨てる。次にカバーも捨てる。そうして極力、裸にして書棚に並べる。すると虚飾が削ぎ落とされ、その本の実力・本質が見えてくる..とかいう話が“掴み”である。
そこから発展して、本を売ることについての話になった。無論、先に引用したような次第であるから、彼は本を売り飛ばすことに、何の逡巡も痛痒も感じてはいない。
さらに話は進んで、本を買う段になった。ある本を古書店で買ったところ、傍線が一杯、引かれていた。それは別に構わないのだが、その傍線が、やたらと“見当違い”である。どうでもいい、つまらない箇所に、重々しく引かれ、大事な、本質的な文章には引かれておらず..
「馬っ鹿じゃないか? この本を売った奴。なーんにも、わかっちゃいない」
ところが、その先の、ある頁をめくったら、「ひょっこりひょうたん島」のテーマソングの、歌詞の“草稿”の“メモ”が、落ちてきた..!
そう、この本は、彼が売却したものだったのである..!!
井上ひさしは、つくづく反省した。俺はこの本に復讐された。単に、同じ本を売って買い戻す、という、金銭的な損害(当然、買価は売価よりも高いのだから)を被っただけでは無い。この本は、俺に、自分自身を「馬鹿だ」と言わせたのである..
..いい話でしょ? [^J^]
目次へ戻る 先週へ 次週へLast Updated: Mar 19 1998
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