24.ヒッチハイク

 合わない靴が、ついに足を苛みはじめた頃、後方から来た小型トラックが止まって、運転手が、乗っていけと声をかけてくれた。やれ嬉しや。

 この付近の農家のおやじさんである。斜里まで行く訳ではないが、バス停までは乗せてってあげよう、この先当分、バス停なんかないよ、と。

 歩道まで含めて良く整備されていた綺麗な海岸道路だったが、ほどなく歩道はなくなり、狭くなり、舗装の状態も悪くなる。海岸から少し内陸に入り、周囲はどこまでも、畑と林が続く。集落は見当たらない。快晴。栽培されている野菜の種類や、樹木の名前などを教えてもらう。

 「今夜はどこに泊るんだね?」という質問に、「そんな先のことは知りません」と答えつづけてきたこの旅行、誰もがこの答えに羨ましそうな顔をする。確かに、とても贅沢なことをしているのだ。その無計画さ故に、行けたはずのスポットはいくつも逃がしたし、移動費用も割高についているのだが、損をしたとは思わない。社会人には、なかなか出来ないことでもある。

「お兄さん、歳はいくつだね?」

「何歳に見えます?」

「27歳」




25.知床を歩く(2)

 20分後、とあるバス停の前でトラックから降りた。おやじさんのご好意に感謝。

 しかし実を言うと、乗せていただいた前と、本質的には状況は変わっていないのであった。つまり、ここにバス停はあるが、次第に強く冷たくなって来た風を避ける場所も、座る場所も、ないのである。

 再び、歩く。ここから先は、やはり人家は僅かに点在しているだけだが、道は、海岸沿いの時と違って、農業/牧畜業/林業地域の中を通っている。バス停の存在確率は、遥かに高い。バス停とバス停の間で、最終バスに追い越されてしまう危険は、ほぼなくなった(と思う)。

 例によって、道の前を見ても後ろを見ても、歩行者などいない。果てしなく続く、畑と林の中を、とぼとぼと歩いてゆく。青空も次第に陰り、気温が下がってきたが、歩き続けているので寒くはない。汗をかくと危ないかも知れないが。

 進行方向左手(つまり内陸側)の畑は、中景の彼方で、量感のある山の麓となっており、そのあたりは牧場のようだ。山はそれほど高くはないが、その中腹から頂上までは雲に覆われており、全貌が見えない。またかと思われるかも知れないが、大ブリューゲルだ。彼の偉大な作品群を想起しないでいることは、ほとんど不可能である。

 私はブリューゲルの絵画世界の中に登場する“旅人”となって、広々とした田舎の風景のなかを、どこまでも歩き続ける。畑、林、農夫、家畜..




26.日没

 さほどの距離を歩いたわけではないが、両足から、ここら辺までだというサインが届いた。疲労は無いのだが、両足の薬指が妙に痛い。次のバス停で最終バスの時刻を確認。16時35分。今は15時過ぎだ。あと1時間半、この何もない道端で休んでいればいいのである。

 時刻はまだ早いが、すでに夕闇が迫ってきている。西の空を流れる雲。風がかなり強くなって来た。バス停からほど遠くないところに、農業機器を収めていると思われる、やや大きな倉庫があり、そこで風を避けることにする..のだが、四方向、どこの壁に張り付いても、風は自在に回りこむ。また、残照を浴びて暖を取りたいのだが、西側が一番風が強い。手がかじかみ、時間をつぶすために本を読むことも出来ない。

 装備は、ついにタイプCである。5枚。半袖の下着+Yシャツ+毛糸のチョッキ+ブレザー+スキーウェア(に使えるジャンパー)。最後のジャンパーは、ここに至るまで出番がなく、単なる荷物でしかなかったのだ。足が冷たくなってきた。体の震えが止まらない。時間の進み方が、次第に遅くなる..

 陽光がオレンジ色に、そしてさらに赤みを帯び、天頂は青から藍色へ、やがて紺色へ。東の空には、14日目位の月が浮かび、雲は相変わらず、山の頂上を隠している。道路の彼方から現われては通り過ぎてゆく、ヘッドライト。畑にはトラクター。点在する農家の窓に、灯がともりはじめる。

 知床大地の日没。




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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 16 1995 
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