21.恐怖について

 そうだ、このあたりはヒグマの生息地だったのだ。ここ(知床自然センター)から、15分ほど林と野原の中を歩いていくと、海に流れ落ちるフレペの滝に至るのだが、この通り道は、まさにヒグマのテリトリーのど真ん中なのである。

 ヒグマに注意!というポスターを読むと、

「ゴミに餌付けされたヒグマは、大変危険です。絶対にゴミを捨てないでください」
「単独行動は避けてください」

 ...

 さすがに心配になった私は、インフォメーションの女性に、

「ご覧の通りのひとり旅ですが、大丈夫でしょうか? フレペの滝に向かうのは、やめておく方がいいでしょうか?」

「大丈夫ですよ、先程もひとりで行かれた方がいらっしゃいますし」

 それは理由になっていない。

「その人は、帰ってきましたか?」




22.フレペの滝

 ヒグマだって人間が恐いのだから、人間が接近していることを判らせればよろしい(出会いがしらの−双方の−狼狽が、事故をうむのである)、例えば鈴を身に付けて音を鳴らしながら行くのもいいでしょう、とのこと。

 そんな結構なものを持っていない私は、歌いながら歩くことにする。フレペの滝に通ずる林の中の道へ踏み込みながら、まずは発声練習から..

 ほどなく、若い女性とすれ違う。インフォメーションの女性が言っていた人だろう。何事もなかったようで、なにより。しかし彼女の目は明らかに、ヒグマよりも、林の彼方から、シベリウスの交響曲の口ジャミメドレーを歌いながら接近してくるハイバリトンを、警戒していた。無理もない。恐がらせてすまなかった。m[_ _]m これがブルックナーだった日には、どうなっていたことやら。

 15分後、フレペの滝につく。別名、乙女の涙。その名のとおり、水量の少ない可憐な滝で、海に向かって、崖の中程から湧き出して流れ落ちている。風が強い。私のほかは、見渡す限り、誰一人としていない。

 再び(マタイのバスソロなどを)歌いながら、知床自然センターへ帰る。今度は誰にも会わなかった。

 ヒグマにもだ。ほっとしたことは言うまでもないが、安全圏まで帰って来ると、ヒグマと対面できなかったことを少し残念に思う、困った性格のわたるであった。

 せっかくだから、シアターで観光映画を観ていくことにするが、確かに半端な大きさではない大画面であった。内容は平凡だが、画面の巨大さに圧倒されてしまった。

 さて、帰路だ。同じ道を、ウトロまで1時間強、歩く。道中、突然歩道の脇から、大きな動物が飛び出して逃げて行くので驚いたが、雌の鹿であった。私以外には歩行者などいない道なので、意表をつかれたのかも知れない。カメラのためにポーズを取ってくれるが、もう少し近づいてくれると嬉しいんだが..

 ウトロに着く。先程オロンコ岩に行く途中で、気がついて目をつけていた店に入る。クリオネを見せてくれるのである。(自然センターの、例のホワイトボードにも、「ウトロの**という店では、クリオネが見られます」と紹介されていた。)御存知の方も多いだろう、流氷の下の天使、などと呼ばれている小さな生物で、両手?を懸命に?羽ばたかせて?泳ぐ姿は、確かに天使の幼年期といったところである。(天使の実物には、まだお目にかかったことはないが。)こういう勝手な擬人化も、たまにはいいだろう。

 民宿「太陽」に13時前に戻り、荷物を持って、13時7分、目の前のバスステーションを発つ、斜里に戻るバスに乗る。この民宿は、お薦めである。次に知床に来る時も、ここに泊ることになるだろう。




23.知床を歩く(1)

 10分後、オシンコシンの滝で降りる。オホーツク海沿いの道路のすぐ脇にある、美しい滝。

 美しい滝ではあるが、30分しか、間が持たなかった。次のバスは2時間半後である。ここにも全く何もない。喫茶店とは言わないが、せめて椅子があって(ある程度)風をしのげて、望ましくは景色のいい展望台などあれば、この位待つのは苦にならないのだが、そんなにうまい話は、ない。

 歩く。こういうケースでは、私は必ず歩く。バスは次かあるいはもっと先のバス停でつかまえればよい。それまでの待ち時間を、同じ場所で飽きるまで待っているよりは、移動して情報を得る。都会でも、田舎でも。

 海岸沿いの観光道路である。海は、遠景の青、中景の緑、近景の白(クリーミイに泡立つ波)、と、見事に三色に塗り分けられ、基本的には青く晴れた空の下を、(恐らくはかなりの降雨量を伴う)雨雲が移動していく。素晴らしい風と、それに乗って道路まで飛んで来る、波しぶき。例によって、この自動車道を歩いている人間は、私以外に唯のひとりもいない..

 ふと気がついたのだが。

 バス停の存在理由は何か。

 それは、その場所に目的のある人を降ろすことと、そこにいる必然性のある人を乗せることだろう。オシンコシンの滝から南下しているのだが、ここから斜里に至るまで、観光スポットは、ない。人家も、ほとんど無い。つまり、降りる人も乗る人もいないのだ。従って、バス停もない。

 全く無い訳ではないだろうが、ここは既に観光スポットから外れているので、持参しているガイドブックには、地図も載っていない。前夜のバスの中での様子(料金ディスプレイの更新され具合など)から推測して、次のバス停が10キロ以上先であっても不思議はない、と、考えられた。これは、2時間半後の最終バスに追い越される可能性のある数字である。

 この窮状には、実に簡単な解決策があった。オシンコシンの滝まで戻って、そこで待っていればいいのだ。しかし既に1キロ以上歩いて来てしまっていた。

 迷った時の私の行動原理は、シンプルで明快で力強い。目的地の方向へ、行けるところまで行く。晴れ渡ったオホーツク海から吹き付ける風の中、次第に重さを増す荷物を両手にぶら下げて、私は、いつ辿りつけるとも知れぬバス停を求めて、歩き続けた..




*目次へ戻る *第24章へ

*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 16 1995 
Copyright (C) 1995 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]