7.大湿原

 早朝6時20分にチェックアウトし、地下鉄すすきの駅へ。学生どもが大勢しゃがみ(へたり)こんでいるが、なんじゃこりゃ? 繁華街なりの朝の風物詩かも知れないが、それにしては、同時刻の歌舞伎町に比べて、雰囲気が健全過ぎる。まぁすすきののその手のスポットには立ち寄らなかったので、本当のところは判らない。次回に期す。

 札幌7時20分発の、おおぞら1号。この特急は千歳線で南千歳へ、そこから石勝線に入って釧路へ向かう。釧路到着は12時過ぎである。札幌駅のホームで朝食として買った駅弁は、実にうまい。

 素晴らしい鉄道旅行。“廃墟”や“枯れ山水”が、たまらなく好きな私にとって、枯れ木の森や林や平原が、延々とどこまでも続く続く車窓風景は、最高である。この贅沢な時間が午前中で終ってしまうのが残念でならない。車内を見回すと、子供のように窓にしがみついているのは私ぐらいのもので、地元の人たちも旅行者も、みな退屈そうに眠っている..

 12時23分、釧路着。

 釧路湿原は釧路の北側に広がっており、その中心部はもちろん立ち入り禁止であって、外側から望遠することになるが、西側から狙うか東側から狙うか。子細は省くが、半日(翌日の午前中まで入れても1日)で、西からと東からの両側から湿原を見はるかすことは不可能である。公共交通機関の本数があまりにも少なく、連絡が悪い。結局、湿原の東側を北上する、釧網本線(釧路から知床半島の根元を経て網走に至る)のルートに乗ることにした。ここまで絞っても、東側にいくつかあるスポットのうち、高々2箇所(結果的には1箇所)しか訪れることは出来ない。これが冬場の北海道だ。

 釧路駅構内の食堂で食事をして、13時1分発に乗る。1両編成のワンマン車である。無論、単線。途中駅はほぼ全て無人である。

 素晴らしい光景だ。水と枯れ木の国。ほとんど気持ち悪いほどに、どこまでも枯れ野原が広がっている。車窓からは、鳥の姿も見えない..

 ..この大湿原から私がイメージしたのは、しかし静的な枯れ山水のイメージではない。それは「震える大地」(Trembling Earth)という短篇SF。作者はAllen M. Steele。SFマガジンの93年8月臨時増刊号に訳載された作品なので、ほとんどの人は御存知あるまい。

 化石から抽出されたDNAパターンによって現代に蘇った恐竜が、合衆国内の動物保護区で放し飼いにされており、そこを訪れた人間たちが、事故(陰謀)によって恐竜の居留区内に置き去りにされ..

 ..おいおい、それはジュラシックパークじゃないのかい? 違うのである。発表は90年11月であり、映画ジュラシックパークの原作小説と、ほとんど同時期。どちらかが相手に影響されているかどうか、不明であるが、恐らく全く独立して構想されたのだと思う。こういうずば抜けたアイデアは、同時多発的に多くの(才能ある)作家が、いっせいに思い付くものなのだ。

 しかし、「震える大地」と、小説「ジュラシックパーク」とは、独立して構想されたものだとしても、映画「ジュラシックパーク」には、明らかに影響を及ぼしていると思う。「震える大地」は、「ジュラシックパーク」の小説版よりも、映画版の方に、遥かに似ているからである。とはいえ、映画のシナリオが書かれた時期も、近接してはいるのだが..

 映画で人間を襲うのは、ヴェロキラプトル。「震える大地」では、ディノニクス。子細は省くが、これらは同類(ディノニクスの方が祖先にあたる)同タイプの恐竜である。無論「震える大地」でも、その頭の良さと動作の機敏さ、攻撃力の凄さ、連携プレーなどが、強調されている。

 映画でも「震える大地」でも、恐竜は3頭。うち1頭がなんらかの形で退治され、最終的に人間を襲撃するのは2頭という点も、同じ..

 「震える大地」の舞台は、果てしなく広がる「湿原」である。私は、釧路湿原の枯れ木と草むらをかき分けて、ディノニクスが突進してくる幻影に、心地好く身を浸らせていた..




8.ザルボ展望台

 13時37分、塘路(とうろ)着。無人駅である。ここには塘路湖、ザルボ展望台、標茶町郷土館と、3つのスポットがある。塘路湖はタンチョウの営巣地。粘り強く待っていれば会うこともできたのかも知れないが、駆け足旅行ではないとはいえ、ここにフォーカスしていたわけでもないので、待ち伏せはしない。塘路湖を右手に眺めながら、ザルボ展望台まで歩く。

 国道添いに20分。そこから山道を20分。この山道が..[;_;] ひどく急峻なのは、よしとしよう。しかしこれは山肌を浅く引っ掻いただけの道であり、ちょいと重心を外側に移せば、落ちることが出来る。足場は劣悪で、枯葉が降り積もっており、最下層は腐葉土と化している。登山靴でも滑落しかねない道を、おろしたての革靴で登る。強風。荷物が重いのが、むしろ(飛ばされないための)重しになって嬉しい位の、倒錯的状況であった。

 高所恐怖症の私は、半べそをかきながら、頂上の展望台にたどりつく。まったくなんの芸もない、風雨をしのげるだけのコンクリの建家があるだけ。眺望は素晴らしい。塘路湖の他、南側に点在する釧路湿原東部の湖沼群を見渡せる。タイプA(下着込みで3枚)の装備だったのだが、汗をかくのを恐れて、ブレザーを脱ぐ。そのくらいの気候であった。

 ここには休憩を兼ねて15分ほどいたが、私のあとから3グループ来た。理由は判らないが、全て、女性(多分、学生)の二人連れである。写真を撮ってあげたり、撮ってもらったりする。




9.博物館にて

 ザルボ展望台から降りて、駅の方向に戻り、標茶(しべちゃ)町郷土館へ。これは塘路湖畔にある施設で、すぐ目の前にはキャンプ場と、そのセンターとなっているのであろうロッジ(カヌーの発着場付き)もあり、シーズン中にはさぞや賑わうのであろうと思われる。今は全く閑散としたものだ。

 ここが素晴らしかった。この博物館(郷土館)が、今回の釧路での最大の収穫であった。

 その建家こそ歴史的で風情があるが、一見なんということもない、田舎の博物館だ。全く期待せずに休憩ついでに立ち寄り、最初の展示室に入ったら、(例によって)いきなり「地元で発掘された縄文土器」の展示である。もうガックリ。帰ろうかと思ったが、ふと、その土器の隣を見ると、「Aさん宅で昭和40年まで使われていた鍋」が展示されている。

 これで、おや?と思って観て回ったら..まさに理想の博物館だったのである。

 こじんまりとした建物であり、展示面積も狭いものだが、その内容のバランスが見事である。文明開化以前から現代にいたる生活用品の数々。丸木舟、鉄砲、馬具、蓑、時計、熊用トラバサミ、和文タイプライター。アイヌの習俗。そして、夥しい数の剥製とホルマリン漬け。鳥類、哺乳類、爬虫類、魚類。昆虫標本。

 大都市の大博物館と比べたら、質も量も貧相なものである。展示/保存技術にも問題があり、トンボの標本の一部は、胴体が折れたりしている。しかしそんなことは全く些事に過ぎないと痛感させられるのは、この施設が、雄大な自然の懐に抱かれた小さな町に、しっかりと根をはやしているからだ。ここに展示されている自然と人事のことごとくが、この町と周囲の山と湿原から産み出されたものなのだ。その途方もない豊かさに、眩暈すら覚える。

 そして(別に順路もないが)最後の部屋には、徒刑囚によって切り開かれたこの町の小史(囚人たちの哀史)を語る、文書と写真..

 私は感動した。心の底から感動した。これは、博物学者を育てられる博物館だ。標茶町は、いずれ必ず、偉大な博物学者を生み出すであろう。




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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 16 1995 
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