1.白い窓枠

 大体、旅行の2日前になって革靴を新調する方がどうかしているのだが、長年愛用した安物の革靴の爪先に穴が開いていることが判明してしまったんだから、仕方が無い。穴開き靴で北海道の雪道を歩く気にはなれない。

 11月2日、朝9時。8時10分に新千歳空港に降り立った私は、札幌へ向かうエアポート87号車内で、僅かにサイズの小さい、固い靴に悪態をついていた。快晴。意外なことに、寒くない。羽田を早朝6時47分に発つ飛行機に乗るために、浜松を1時3分に発つ上り人民列車に乗ったのだが、浜松駅構内の待合室の方が、はるかに寒かった。半袖シャツ+長袖ワイシャツ+ブレザーの3枚構成であり、以後便宜上、この組合せを「タイプA」と呼ぶ。

 はじめての北海道である。車窓風景で強く印象づけられたものがふたつ。ひとつは、枯れ木の群れ。こんなものは冬場になれば日本全国どこでも見られるものだが、どこか違う印象を受ける。恐らくは樹木の種類が違うからなのだが、植物の種類に暗い私には、それを言語化して表現するすべがなく、じれったい思いをする。

 もうひとつは、車窓に現われては消えるさまざまな建物が、共通した雰囲気をもっていること。窓だ。窓枠が実にくっきりとしている。白い太い窓枠の家が、非常に多い。恐らく二重窓なのであろう、それらが良く似た作りになっている。

 札幌に近づくにつれて雲が増え、雨模様になる。しかし気温がさほど低くないので、みぞれにはならない。雨量もたかが知れている。浜松で手頃な手袋が入手できず、北海道入りしてから買うつもりだったのだが、この分なら、まだ買う必要はなさそうだ。

 札幌駅から北大のトロロ氏に電話をかけ、北大までの道順を確認。最初のターゲットは、クラーク像である。




2.北海道大学

 クラーク像は、*はずれ*である。どこに観光的意義があるのか、本気で悩む。北大構内は「広いですよ〜」とトロロ氏に釘をさされていたので、クラーク像だけチェックして、市内に向かうつもりだったのだが、予定変更。これだけで北大から引き上げたら馬鹿みたいである。

 決して軽装ではない、中荷物よりは大荷物に近い、という程度の荷物を持って、構内の中央道路を北上する。(北大の正門は南東の外れにあり、クラーク像はその西、構内の南端に近い。)

 ポプラ並木。樹齢の限界だとかで危険なので立ち入り禁止だが、老いたる樹木の柱廊は実に風情がある。残念ながら、私のコンパクトカメラには収めきれない。

 美しい大学だ。それは並木や庭園故ではなく(それもあるが)、建築のバラエティーが「いい」のである。構内の南部には煉瓦作り、あるいは煉瓦作り風の外装の建物が多いが、北上するにつれて、もっと近代的な、あるいは遥かに古い様式の建物が、次々と現われる。こういう雑木林的な雰囲気が、好きだ。

 さて、北端の獣医学部。これは、北大でも屈指の、つまらない建物であった。[;^J^]ただの鉄筋コンクリート4階だて。大学によくあるタイプの建築ではある。私の出身大学もそうだった。隣に、もう少し近代的な作りの、北海道大学動物病院。ここに菱沼がいるのだ。

 イチョウ並木の写真など撮りながら、中央道路を南下。次の目的地は近代美術館であり、これは北大の南西方向にある。地図をみたら、構内南西端に通用口がありそうである。そこで、両手に荷物を下げて、旧図書館、旧昆虫学教室などの雅やかな建物を通り過ぎ、堂々たる農学部校舎の南を回って南西端に向かったのだが..




3.「背信の塔」

 南西端には出口はなかった。地図の読みかたが甘かった。約500メートル東に戻り、正門(か、その直前にある南門)から出なくてはならない。さすがに軽い疲労を覚えつつ踵を返した私は、50メートルほど歩いたところで、思わず立ちすくんだ..

 ..南側に出口がある。交通量の多い、北8条通の歩道に通じている。しかしそれは封鎖されている。使われなくなった通用門だ。その封鎖の仕方たるや、実に中途半端で、わずか数本の鎖を張っているだけ。単純にまたぐことは不可能で、間をくぐりぬける必要があるが(ボクシングやプロレスのリングのロープ位の間隔である)、そこから出ることは可能である。

 問題は、その出口の位置である。見通しの良い細い通路を、南にまっすぐ100メートル行った先にある。走らなければならない。この荷物をもって走れるだろうか? 20秒..無理だ、25秒。あの鎖を抜けるのに、10秒。計35秒。間に合わない。狙撃される。

 完全に逃亡囚人モードだが、そうとしか思えないのである。何故なら、状況が見事にチェスタトン的だからだ。図を見ていただこう。(fig.1)

    (fig.1)

           |                       || A |
           |         農学部        ||   |
           +-----------------------+|   |
    --------------------------------+   +-----------------------
    D ← 行き止まり    C              B                  → 正門
    -------------------++---------------------------------------
                       ||
                       ||
                       ||
                       ||
                       ||
                       ||
                       ||
    -------------------++---------------------------------------
                       E 門

                    北8条通
    ------------------------------------------------------------

 私は、A→B→C→D→Cと移動して、二度めにCに辿りついたところで、C→Eの通路に気がついたのだ。C→E間が、約100メートル。

 問題は、農学部の校舎である。この古い煉瓦作りの、堂々たる4階だての建家の窓には、全く人間の気配がなく、不気味なことこの上ない。これに背を向けて門まで走れば..窓から銃弾だ。

 私は、チェスタトンの、奇蹟のように美しい珠玉の佳品「背信の塔」(「奇商クラブ」(創元推理文庫)所収)を想起し、夢の弾丸が私の背中に撃ちこまれる幻想に身を震わせて、ある「意志」を持って聳えたつ煉瓦の校舎から、いかにも不自然に直角に伸びた細い通路の先に、誘うがごとく「緩く封鎖された」自由への扉を、そぼ降る小雨の中、傘をさすことも忘れて、陶然と見つめつづけていたのであった..




*目次へ戻る *第4章へ

*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 16 1995 
Copyright (C) 1995 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]