*1998年07月06日:映画とマンガ
*1998年07月07日:血液型について
*1998年07月08日:カーナビについて
*1998年07月09日:今週のコミックモーニング
*1998年07月10日:煙について
*1998年07月11日:分別収集の用意
*1998年07月12日:参議院選挙/「未発掘の玉手箱 手塚治虫」
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*1998年07月06日:映画とマンガ


 日本映画とアメリカ映画を比較すること、あるいは、日本の漫画・劇画・アニメ文化とアメコミ文化を比較することは、ナンセンスであるらしい。日本文化において漫画の占めている位置は、アメリカ文化においては映画が占めている、というのだ。

 言われてみれば、腑に落ちる。その価格(アメリカで映画1本観る値段は、日本でコミック1冊買う位ではなかろうか)といい、質をともなう膨大な量といい(無論、駄作も山ほどあるわけだ)、その多様性といい..

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*1998年07月07日:血液型について


 血液型性格診断なるものについての、科学的議論・検証を、この場で行なうつもりはない。単に、個人的な体験を書く。

 実際、私の血液型を“的中”させることができる人が存在するのには、驚くばかりである。私が「AB型である」と「告白」すると、誰かが必ず「やっぱりーっ!」と、得意満面。「A型である」と「告白」すると、別の誰かが「思ったとおり!」。「B型である」と「告白」しても、「O型である」と「告白」しても、以下同文。

 人間の性格というのは複雑なもので、大抵の人間は、「その類の本でA型的とされている性質」と「その類の本でB型的とされている性質」と「その類の本でO型的とされている性質」と「その類の本でAB型的とされている性質」を、併せ持っているのである。それらは多くの場合は、複数組み合わされて同時に、あるいは局面ごとに個別に発現しているのだ。

 だから、どういう血液型のレッテルを貼られても、必ず“的中”しているのである..

 ..という話を、女の子の前でしてはいけない。極めて高い確率で、不幸な結果を招くであろう。

問1:それが判っていながら、正論を取り下げることが出来ないのは、何型か?

問2:女のためなら、魂も正論も売り飛ばすのは、何型か?

問3:という状況になるであろう、と、メタな判断から一歩も進めないのは、何型か?

問4:これを書いている私は、何型か?


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*1998年07月08日:カーナビについて


 1998年と言えば、(いちいち各種「未来史年表」をひもとくことはしないが)多くのSFの時代設定を過ぎてしまっている。それら過去のSF作品に描かれていた未来技術の多くが、いまなお手の届かない夢であることは、言うまでもない。

 ロボット、宇宙旅行、海底都市。エアカーすら実現していない。(ホバークラフトは、エアカーとは言えない。)コンピューターも、知性を持つにはいたっていない。

 昔のSF作家が、ほとんど全く予想もしていなかったのに、20世紀中に実現してしまった技術の典型例が、インターネットであろうが、この話題も、あまりにもお約束というかパターンなので、今日はやめておく。

 極めて早いペースで「未来に届いてしまった」と思えるもの。それは、カーナビである。

 無論、昔のSFでは、カーナビどころか全自動運転が実現されているのであって、これに比べればまだまだ原始的。しかし、ほんの10数年前までは、ここまで精密で高性能なカーナビシステムが実現できるとは、ほとんど予想されていなかったと思う。

 確か..ランドサットからの連想であろうが、衛星からの情報のみでナビゲーションされることになると予想されていたのではなかったか。その前提で、精度がとれるか、情報のバンド幅は確保できるか、という議論になっていたと記憶する。

 まさか、主要交差点で「放送」される、位置情報と交通情報を利用するとか、CD−ROMで供給される地図情報を併用する(すなわち、ある程度以上スタティックな情報は、ローカルに持って、通信しない)とかいうことは、予想されていなかったのだ。システムとしては美しくない、がちゃがちゃした印象を与えるが、必要十分に動く。夢を実現している。

 こういうものを見ていると、浮世離れした学者やSF作家は、現実に追いつけないのだな、と、実感してしまう。メーカーの実行(実現)能力は、強くて泥臭いものだ。

 私自身は、カーナビを使っていないのだが、先輩社員の車に同乗したとき、これは役に立つ、と、感心したのが、「パン屑機能(命名:倉田)」であった。一度通った経路を、地図上にプロットして行く。戻るときは、そのマークを逆に辿ればいいのだ。私は、初めての(一度だけ通った)道を、逆向きに走る、ということがほとんど出来ないので、これは欲しいと、感嘆したものだ。

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*1998年07月09日:今週のコミックモーニング


 「デビルマン レディー」(永井豪)。

 やっぱそうきたかー。[;^.^] しゃーないなー。[;^.^] ふつー、そーもってくのはたしかだがなー。[;^.^]

 ま、めーつぶりましょ。不問に処す。来週号から頑張って頂戴。[;^o^]

 「始皇」(鄭問(チェンウエン))。

 この作者の下手な面が、早くも露呈されている。つまり..ギャグやドタバタが不器用なのである。

 無論、こういう「ユーモア」の感覚は、極めて属人的なものであるし、国民性の違いだってあるであろう。しかし、毒ムカデに貼り付かれた武将が、狼狽のあまり、空中を「クロールのフォームで」泳ぐシーンには、違和感を覚えて仕方がない。

 確か、かなり大きな漫画賞(手塚治虫文化賞だったかも知れない)に、候補として登ったものの、画力は素晴らしいが漫画表現にまだ難あり、というような理由で落選したと記憶しているが、これのことかも知れない。

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*1998年07月10日:煙について


 禁煙席などない居酒屋であると承知の上で入るのだから、煙草を吸わない私であるが、煙にクレームを付けることなどしない。

 しかし、つくづく不思議に思うのは..あの人たちは、焚火の煙の風下に回ったとき、むせたり、目をしばたいたりはしないのだろうか?

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*1998年07月11日:分別収集の用意


 午後から休日出勤。来週から勤務先の工場で、全面的な分別収集の試行が始まるのだが、作業部会のメンバーである私は、そのための収集箱群や掲示やお知らせメールなどを、準備しなくてはならないわけだ。

 無論、本格運用が始まったら、収集箱(コンテナ)などは総務で一括して購入したものを用いるのだが(多分)、今のところは、どんな種類の資源がどれだけ、どういう頻度で出るか、全く読めないので、必要となるコンテナの数もわからない。だから試行期間というわけだが、この間は、ありあわせのダンボール箱等で収集して、計量するのである。

 20種類以上に分別するのである。それでも、ま、1時間もあればできるでしょ、と思っていたら、結局、6時間もかかってしまった。

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*1998年07月12日:参議院選挙/「未発掘の玉手箱 手塚治虫」


 昨日は、勤務先の分別収集の準備作業。今日は、自宅の地域の資源回収日..だと思っていたら、あらまぁ、今月に限って、第2日曜日じゃない。25日とのこと。参ったなー、この、もはや洒落にならない量の、缶ビールのアルミ缶を、なんとかしたいのだが、あと半月。(私が缶ビールをまとめ買いしている店では、回収をしておらず、近所の酒屋でも、しているところがない。会社に持ち込んで捨てるなどという悪事は、立場上出来ない。[;^J^])

 参議院投票日。朝から天気が良いが、投票率はどうか? 朝方から午前中は雨で、午後は曇り、というのが、もっとも投票率が高いパターンらしい。ちょっと考えてみれば、理由は自明だが..これって、投票者を凄く舐めている(日曜日には、投票よりも遊びに行きたい、という行動原理で説明する)モデルだと思うのだが、現実がこれで近似できるとあっては、腹たてるわけにもいかんしなぁ。

 立風書房のムック「未発掘の玉手箱 手塚治虫」を、チェックする。どちらかと言えば小冊子であり、ビブリオグラフィ的には、新発見はほとんど無かったが、イラスト系カラー図版の、比較的珍しいものが、かなり収録されている。

 夜になって、涼しくなる。エアコンを入れている場合ではない。窓を半開。気持ちの良い風が通る。雨もふる。やはり自然の風にまさるものはない。気持ち良く読書をしつつ、眠る。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 16 1998 
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