*1996年05月06日:「ユニコ」について
*1996年05月07日:ある偉大なミステリの追憶
*1996年05月08日:「日本探偵小説全集」など
*1996年05月09日:車がまっすぐ走らない
*1996年05月10日:この世で最も難しい技術について
*1996年05月11日:耳鼻科にかかる
*1996年05月12日:「“手塚治虫漫画全集”解説総目録」を登録する
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*1996年05月06日:「ユニコ」について


 今日で連休も終わり。午前中に実家を発ち、現代マンガ図書館に寄ってから浜松に帰る。現代マンガ図書館では、ユニコの初出誌、リリカを30冊ほどチェックする。しばしば休載、かつ全集には(特に後半の)エピソードの順番が、大幅に入れ替えられて収められている。これは連載開始号と連載終了号の範囲指定しかしていない初出情報からは判らないことであり、チェックのしがいもあるというものである。描きなおしも結構ある。

 この「ユニコ」は、手塚治虫の最高傑作のひとつではないだろうか? これほど残酷な設定も珍しく、しかもそれは神話世界の出来事なのであるから、なんの違和感もない。そしてエピソードをつないで行く、壮麗な西風の幻想。

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*1996年05月07日:ある偉大なミステリの追憶


 ミステリのネタバラシは、本当に頭の痛い問題である。何よりも困るのは、ある作品が別の作品のパクリだった場合で、しかもこういう場合、99%、パクられた作品の方が面白いのである。(パクったことを認めた上で「しかし、俺の方が面白い!」と喝破してのけたアレクサンドル・デュマの伝説は、それ(パクった方が面白いこと)が稀であればこそ、今に語り伝えられているのであろう。)

 推理小説をパクっているミステリ漫画は、数多くある。考えの浅い子供の頃には、そういうこと(パクリ)をした場合は、「**の翻案です」とか、欄外に書いて欲しいと思ったこともあるが、良く考えたら、こういうことを書かれてしまうと、原作を読んでない人にとっては、却ってネタバレになってしまうのである。

 パクリ漫画に関する、未だに(恐らくは生涯)忘れられない経験をしている。

 男性にも人気の高い(ミステリ漫画のジャンルでも評価の高い)少女漫画家の、あるシリアスなミステリ作品を、高校生の頃に読んだ。のちに就職してから、日本におけるミステリ受容史上、非常に有名なエピソードで知られる、ある名作海外ミステリを読み始めて、「あ、あれだ!」

 幸い、犯人もトリックも、まだ、思い出さない。思い出す前に読み終えなければ! 時間との戦いである。なんたる偶然か、このミステリもまた、「時間との戦いパターン」だった。作品の呼吸と、それを読む呼吸とが、完全に一致し、しかも、いつ犯人を思い出すかも知れないという恐怖に駆り立てられる!

 ..そして間に合った。私が(かつてパクられネタバラシをされた)犯人とトリックを思い出したのは、まさに、その小説中でそれが明かされる瞬間であった。これほどリアルで真剣な読書体験は、他にはほとんど記憶がない。稀に見る傑作の、幸福な読書体験ではあった。

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*1996年05月08日:「日本探偵小説全集」など


 創元推理文庫の「日本探偵小説全集」の、最後に残された第11巻「名作集 1」が、ついに今月下旬に刊行されると、ネットニュースで知る。この前の巻が発行されたのが、89年2月(第12巻「名作集 2」)である。まずはめでたい。

 久しぶりに声楽のレッスン(わたるのボイトレ日記参照)。風邪で1回抜けていたのであった。見事に勘が鈍っている。

 手塚治虫の原稿は、もはや完全にスランプである。一行も書けない。

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*1996年05月09日:車がまっすぐ走らない


 少し前からそういう傾向があったのだが、車のハンドルが取られやすくなってきた。制御を失うほどではないが、カクッとハンドルの芯が外れるような感覚である。気持ち悪いので、ディーラーに検査依頼の電話を入れるが、代車がなく、しばらく先になりそうである。

 そのいまいちまっすぐ走らない車を転がして、終業後に研究所まで。ローランド・インターネット研究会のスタッフミーティングである。クラブ名にも URL にも社名が入っているので誤解されやすいが、これは会社の設備を借りているだけの、プライベートな団体でありページである。物理的には社内(研究所)にホストを置いてあるのだが、ファイアーウォールの外側である。

 部員数は急増しており、それに見合わない回線数の少なさと回線の細さが、悩みのタネである。ともかくISDN化して回線数を倍にすることにする。

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*1996年05月10日:この世で最も難しい技術について


 この世で最も難しい技術、それは、パソコン通信あるいはインターネットに接続することである。今は昔の話なのかも知れない。また私は、MacやWin95のことは知らない。(Win3.1ユーザーなのだ。)今やそれらでスイスイスイとつなげられるのかも知れないが、約6年前に、DOSマシンでNIFTY-Serveに接続するのに、本当に苦労したのだ。

 何が最悪かといって、少なくとも4階層のコマンドを、同時に覚えなくてはならないのである。

 まず最低層に、モデムのATコマンドがある。これが文字通り最低である。モデムのマニュアルは人間用に書かれていない。そして「標準」という名に騙された愚かなユーザーが直面するのは、モデム毎にコマンドが異なり、全然互換性が無いという事態である。

 その上に、DOSのコマンドラインがある。ここで通信ソフトのコマンド名をタイプする。

 さらにその上に、通信ソフト自体のコマンド群がある。これらを駆使してNIFTY-Serveに接続しなくてはならない。

 そして最後に控えているのが、NIFTY-Serve自体のコマンドラインとコマンド群である。これらを全部“同時に”覚えなくてはならないのだ。こんなことを人間にやらせていいと思っているのか。

 これは自動車に例えて言えば、内燃機関の動作原理と、ハンドル/アクセル/ブレーキの操作方法と、道路交通法と、(例えばファッションとしての)自動車文化の文脈、これら全てを同時に覚えさせられるようなものである。さらに最悪なことには、(当時の)パソコン通信の場合、階層間のジャンプがしばしばあった。典型的なのはファイルのダウンロードで、NIFTYのコマンドでダウンロードを選んだあと、通信ソフトのコマンドラインにエスケープし、そこからさらにDOSコマンドを起動して、ハンドシェイクプロトコルを確立させたのである。3段落ちである。当時までに10年以上パソコンを触ってきた、素人とは到底言いがたい私でも、混乱したのだ。

 しかし、何よりも驚くべきことには、当時、既に(公称)100万人のオーダーの、パソコン通信ユーザーがいたことである。多分、当時からワープロ通信の方が多数派で、恐らくワープロには、使い易い接続ソフトが搭載されていたのだろうと想像されるが、それにしても恐るべき数である。これだけ大勢の人間が、この壁を突破していたのだ。

 最終的に打ちのめされたのは、自他共に許す機械音痴の新井素子が、なんと自力でパソコン通信に成功したというエッセイ(ひでおと素子の愛の交換メール)を読んだ時である。これは実は誰にでも使いこなせる技術だったのだ。私の技術水準が、既に世間に追い付いていなかっただけなのである..

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*1996年05月11日:耳鼻科にかかる


 物心ついて以来の持病である、軽い鼻炎?(要するに鼻が詰まる)を治療するために、会社の近くの大きな総合病院(聖隷病院)の耳鼻科に赴く。鼻炎というにはかなり軽度で、別に鼻で呼吸は出来るのであるが、痰が喉に常時絡んでいる感じで、気にすると不快である。気にしなければどうということもないので、今日まで放置してきたのであるが、歌を始めたので、問題になってきた。喉に引っ掛かっている痰が共鳴してしまうのである。

 しかし診療はまるで頼りないものであった。レントゲンも取ったが、副鼻腔にも骨の形状にも全く異常はなく(強いて言えば骨の向きが、僅かにおかしい)、症状としても鼻詰まりには至っていないわけで、つまりこの程度では病気の範疇に入らないようなのだ。従って、打つ手がないのである。まぁ試してみましょうということで、痰を切る薬と抗生剤を2週間分、もらう。

 「廃墟通信」(あなたが今読んでいる、これである)を、立ち上げる。言うまでもなく、手塚治虫の原稿が進まないための逃避行動。要は公開日記なのだが、遡って4月1日分から開始することにする。手早く追い付かなくては。ここにはまた、ホームページの目次に一項を設けるには至らない規模の、短い(あるいは軽い)エッセイの類も収録しようと思う。これで、私の書く文章の置き場所が、種別によらずほとんど確保できたことになる。今後2年間はかかるであろうと思われる手塚治虫プロジェクトと合わせて、ホームページの基本設計が終了したと言える。それはそれとして、手塚治虫の原稿が..

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*1996年05月12日:「“手塚治虫漫画全集”解説総目録」を登録する


 もう仕方が無い、これ以上引き延ばす訳にはいかない(既にホームページの更新が、40日間ストップしている)。解説は10巻分しか用意できなかったが、「“手塚治虫漫画全集”解説総目録」を登録し、これに合わせてホームページを更新した。解説の“出来ばえ”は、75点乃至80点というところである。65点まで基準を下げれば、もっと手早く書けるのだが、それは自殺行為というもの(読者に見放される)。逆に85点ないし90点の水準にまで持ち上げようとすれば、今の3倍の時間がかかるであろう。この辺のタイムパフォーマンスが、落としどころだ。あとは着実に更新していくこと。

 Intenet OfficeのAIR Mailを使っているのだが、これが突然、送信しなくなった。アプリケーションエラーとなる。まぁ自宅から発信できなくても、会社にファイルを持っていって業務時間外に会社から発信、という手は使えるので、致命的ではないのだが、原因がわからん。原因不明と言えば、実は受信時にもトラブルは起きていて、いくつかの特定のメールだけ、取り込むことができないのである。(それらは直接スプールファイルから切り出して、別途保存している。)インターフェースも決して使い良くはないし、ここらが見切り時か..(インストールしなおすなどして原因を究明する、という根性が、根本的になくなってしまっている。金で解決できることは、金で解決するのさ。フッ)

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 12 1996 
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