31.辺境からの脱出

 そう、飛行機である!

 網走から20分の女満別(めまんべつ)には、空港がある。女満別への乗車券くらいは、手持ちの現金で買える。いくらなんでも、航空券はカードで買えるだろう。時刻表で女満別→新千歳の発着時刻を確認。女満別を9時20分だ。新千歳空港発の羽田便は18時40分であり、これに間に合わせるだけならば、女満別を16時15分に発つ便でもいいのだが、陸路札幌入りするという当初の案では、午後には札幌で初日には回れなかったスポットを訪れる予定であったのであり、いきなり新千歳空港に届く手段を得たからといって、札幌再訪をキャンセルする理由は、ない。朝いちの便に乗ろう。ひと安心して、睡眠をとる。

 翌朝7時25分、チェックアウト。網走川上の橋からの眺めは、やはり夜の魔力を失っていた。7時46分、網走発。右手に広がる網走湖が、美しい。8時4分、女満別着。

 ..空港は、駅前には無いのである。

 女満別は(またしても)無人駅であり、駅前にはバス停もタクシー乗り場も無い。この調子なら女満別空港も、無人空港なんじゃないの?と、理不尽に当たり散らしながら、道行く学生を呼び止めて、空港の所在地を訊く。

「結構遠いですよ..あちらの方向に、5キロ位かなぁ..」

 まだ朝も早いせいか、タクシーは全く走っていない。私が取ったアクションは、そう、あなたの想像した通りである。目的地の方向に向かって、歩けるだけ歩く。

 悪運強く、300メートルと歩かぬうちに、ハイヤー会社の営業所があった。車庫にも事務所にもひとけがなかったが、うろうろと覗きこむなど不審人物していたら、朝食中だったと思しき運転手が、「すみません、待ちましたか?」と、2階から駆け降りてきた。女満別空港まで1300円。残金2000円+小銭少々で、空港着。

 9時20分の便は、キャンセル待ちである。平日のこの時刻に満員とは意外だったが、靖国神社参拝の団体が入っていたようだ。じたばたしても仕方がないので、小さな空港ロビーを散策。この小さな空港には、もちろんCD機は、無い。TVで映画「不滅の恋」の予告編を流していたが、これ、ベートーヴェンの伝記映画(というか、挿話映画)なのだが、なんか、やたらと爆発シーンが多いんだが、これはいったいなんなのさ。[;^J^]

 9時10分、キャンセル待ちに当選。チケットをカードで購入。

 9時22分、JAS022便、離陸。私の叡智の勝利であった。




32.再び、札幌にて

 10時3分、新札幌千歳空港着陸、10時55分、エアポート103号で、札幌着。確かに、陸路、オホーツク2号(または4号)で札幌入りするよりも、数千円高くはついた。しかし、オホーツク2号だと、札幌着は11時39分だったのだ。私はその差額で、44分という時間を買ったことになる。やれやれ。

 地下鉄経由で大通に向かい、CD機で現金を多めに下ろしてから、マルサデパートへ。昼食は、初日に続いて、mtoyo氏御推薦の店から選ぶ。南仏料理のモン・レーヴである。11時半から1時間、ゆっくりと食事。特にオードブルの、スウェーデン産のマリネが、実に美味であった。

 18時40分の羽田便に乗るためには、札幌駅を17時台でいい。午後に、もうひとつかふたつ、メニューをこなせる。北海道開拓の村などの選択肢もあったが、今日は、初日と異なり、雲ひとつない快晴。藻岩山からの眺望を味わうには絶好の日和だ。

 路面電車とロープウェイを使うのが定石らしいが、面倒なので、地下鉄澄川駅から、タクシーで、藻岩山頂上の展望台へ。タクシー代+有料道路料金で3000円強。

 頂上で45分ほど、眺望を堪能する。ここもまた夜景が素晴らしいそうだが、確かにそうだろう、パンフレットの写真を見なくても想像がつく。またいずれ来るさ..

 今日はたいして歩いてもいないのに、もうすっかりくたびれてしまった。もちろん、4泊5日の最終日、疲労の蓄積だ。特に前述したように、両足の薬指を理不尽に痛めつけていたのであって、薬指自体は手当して、もう少しも痛くないのだが、薬指をかばう不自然な歩きかたをしていたらしく、これによる(と思われる)疲労がこたえている。やれやれ既に、若くはない。

 下山にはロープウェイを使う。14時。疲れはてたるわたるの思考パターンは、実にシンプルで明快で力強い。客待ちのタクシーに乗り込んで、

「サッポロビール園へ!」




33.乾杯!

 14時半、サッポロビール園着。歴史的建造物の見学コースもあるようだったが、そんなことをしている場合ではないので、さっさと地階のクラシックホールへ。(別に音楽堂ではない。ビアホールである。)

 さすがに平日の午後、天井の高い、広々としたホールはすいているが、本場ドイツの行進曲やら舞踏曲やら学生歌のメドレーを延々と続ける、楽隊音楽のBGMが、沸き立つような雰囲気を盛り上げている。

 陶製の中ジョッキを傾けながら大学ノートを開き、今日一日の移動の記録(時刻や場所のメモ)を手帳から書き写し、また、前日までの記録を読み返して、旅行記の構想を練りはじめる。(携帯電子文房具を持っていないので、大学ノートに筆記している。お恥ずかしい限りのローテクぶりだが、パンフやチケット、レシートや包装紙など、同じページに記念や証拠の品をなんでも貼りこんでおける便利さは、捨てがたい。)

 ..どこから書きはじめようか..いまさら浜松でも羽田でもあるまい..北海道に着いてからだ..どこを省略して、どこをふくらませるか..足の痛みが、今回の旅のライトモチーフのひとつだった..書き出しは、これだな..それにしても、結局、雪はおろか霜すら踏まなかった..雨には何度も降られたが、水たまりに足を突っ込むことはなかった..足の皮のごとく馴染んでいた、古い穴あき靴でなんの問題もなかったのだ..

 美人タイプではないが、なかなか可愛い年増のウェイトレスに、料理を注文する。敢えてソーセージは外し、海産物から。

 ..タイトルは、そうだ、「北海道無軌道紀行」で行こう! 意味的にもぴったりだし、

HOKKAIDOU MUKIDOU KIKOU

と、同じ母音の繰り返しで、しかも二段階に縮小していくリズムの心地好さ!

 牡蠣のチーズ焼きが美味しいのと、素敵なタイトルを思い付いたのとで、すっかり嬉しくなってしまった私は、15時から、2時間制限のビール飲み放題に切り替えた。17時半までに札幌駅に着けば、飛行機には間に合う。楽勝である。

 ..無駄の多い旅だった。大枚はたいて北海道に渡ったあげく、何の変哲もない、ただの田園風景の夕暮れの中で、寒さに震えながら1時間半もバスを待っていたりしたのだ。つまり、それほどまでに、贅沢で豊かな旅だったのだ。

 オランダ製のストリートオルガンの演奏が始まった。これは大型の屋台ほどもある大きさのもので、後ろに回った奏者が手回しで演奏する、オルゴールの原理による巨大な自動演奏機械であり、パイプだけでなく、シンバルや太鼓も仕込まれている。うきうきする酒と音楽のあまりの楽しさに、気分はもうクラクラ! 最高だ!

 音楽に乾杯! 美味い酒に乾杯! 美味い料理に乾杯! 北海道の風景に乾杯! 靴ずれに乾杯! 釧路の枯れ野原に乾杯! 摩周湖の南方に広がる大平原に乾杯! チェスタトンに乾杯! ボルヘスに乾杯! 標茶町郷土館に乾杯! 民宿「太陽」に乾杯! オホーツク海に乾杯! 知床の月に乾杯! ビールに乾杯! トロロに乾杯! MARCHEに乾杯! 可愛いウェイトレスのウェイトレスのまわる笑顔に乾杯! 回回転回転する天井に(完)




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MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Dec 16 1995 
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