木の芽アラビアの前線で心臓の冠状動脈の直近に弾丸を打ち込まれた患者が連れ込まれたが、彼はアナフィラキシー(過敏症。麻酔が効かない病気)であった。電気麻酔法で手術を敢行し、見事に弾を取り除いたブラック・ジャック。しかしその夜、患者はアナフィラキシー症状で急死する。彼を連れ込んだ父親はブラック・ジャックに復讐すべく、沼に追い詰めるが、実は息子は麻酔薬を注射して自殺したのであった。誇り高き軍人の家系に生まれついた彼は、もうこれ以上、人を殺したくなかったのである。
人を殺すために死線から救出された患者の、自らの運命に絶望しての自殺。ブラック・ジャックで何度も扱われている、生に向かうベクトルと死に向かうベクトルのすれ違いを描いた作品。
コルシカの兄弟綿ふき病に似ているが、「綿」のかわりに「木の芽」が生えて来る少年。この秘密を知っているのは彼の兄だけであり、兄はブラック・ジャックを呼ぶ。放課後、医務室で手術をしようと段取りをつけたが、その日になって急激に木の芽が吹き出し始め、また、「医者にみせるな」という声が、弟の心の中で響き始める。夜の医務室で、全身に葉を生やして(私は、ウルトラマンの「ケロニア」を思い出した)兄を襲う、弟。既に精神を乗っ取られているのだ。間一髪かけつけたブラックジャックは弟を麻酔で眠らせ、心臓のすぐ横に寄生していたサボテンを抜き出した。このサボテンは、かつてメキシコに住んでいた彼ら家族が大事に育てていたもの。日本に帰国する時に、まだ生まれたばかりだった弟の体の中に入り込んで、ついてきたのではなかろうか..
ブラック・ジャックにいくつかある、架空の奇病パターンと、SFパターンと、怪奇パターンを、コンパクトに合体させたもの。サボテンが人間を慕って、日本にまでついてくるというネタは、10年後に別の作品(一応タイトルは伏せる)で、再度取り上げられている。
夜明けのできごとサーカスの人気者の一卵性双生児。ひとりが事故で大怪我をするが、その時もうひとりも体の同じ部位に大きなミミズ腫れが現われ、苦しむ。このふたりは、とある占師に、同じ星の元に生れており、一方が苦しめばもう一方も苦しみ、一方が死ねばもう一方も死ぬ、と、告げられていたのだ。
ブラック・ジャックが開腹手術を始めると、健康な方の少年の腹にも、メスの傷がミミズ腫れとなって現われ、のたうちまわる。手を焼いたブラック・ジャックは、その少年に、お前たちのミミズ腫れや痛みは、暗示の結果に過ぎない、その証拠に、お前たちは実は三つ子だったんだ、三人めは既に死んでいる、なぜお前たちはまだ生きているんだ!と、告げ、三人めの幼い頃の写真を見せる。暗示が解けた少年の腹から、ミミズ腫れが消える。実は三人めの兄弟は存在しなかった。その写真は、とうの少年の幼い頃の写真だったのだ。
心理的原因による病気を、心理的に解決する、無駄のない構成。
きたるべきチャンス夜明けの町をフラフラ歩いていた少年が工事現場に落ち、大怪我をした。救急病院でブラック・ジャックが手術をし、一命をとりとめるが、両親は手術代一千万円を払わない。そんな金があるわけないだろう、大体、今回のできごとは学校が宿題を出し過ぎるからだ。学校にかけあうブラック・ジャック。確かにうちは詰め込み教育で宿題も多すぎるだろうが、それは一流校に入れるためでもあるし、あの成績の良くない少年の両親に強要されてという、側面もある。ブラック・ジャックはバカバカしくなる。少年の両親が、裏口入学金一千万円を、一流校の理事に払っている現場を見てしまえば、なおさらである。少年は、宿題ばかりの生活はいやだから、なおりたくない、という。彼の友人たちが見舞いに来て、少し宿題を減らしてもらうよう、直訴したよ、と。彼らの友情に免じて、手術代をチャラにする、ブラック・ジャック。
身近なテーマを、素描のごときタッチで扱った作品。
あつい夜ブラック・ジャックに、食道癌に冒されている綿引博士の診察を、極秘で依頼した妹。彼は癌の特効薬でノーベル医学賞を受賞したばかりであり、そのプライドから癌の治療を受けることを拒む。表沙汰にしたくないのである。ブラック・ジャックは、綿引博士が癌に罹患しているという特ダネをマスコミに売り込む。怒る博士。症状が悪化して彼は倒れるが、ブラック・ジャックの手術で一命をとりとめる。
一年後、綿引博士は再びノーベル医学賞を受賞した。昨年は受賞を辞退したのだが、その後、さらに高性能な癌の特効薬を開発したのであった。
惜しい。練り足りない話である。ブラック・ジャックは金次第で秘密を守るという、(この作中でも語られている)大前提と、うまくマッチしていないのである。一年後の成果との結び付きも希薄だ。
猫上家の人々ハワイの農場主、ダグラスは、またしても狙撃され、致命傷を負ったが、またしてもブラック・ジャックが駆けつけ、一命をとりとめた。これで3回目である。犯人は、ダグラスの主治医、ベトナム人のゴ・ウィンであった。ダグラスはベトナム戦争で、ゴ・ウィンの家族を殺していたのである。業をにやしたゴ・ウィンはブラック・ジャックを睡眠薬で眠らせると、ダグラスを射殺して逃亡し、善良な市民を殺害した犯人として、家族の墓の前で警官隊に射殺される。
ここでは生と死のルールは、今も終わらない戦争によって決められており、ブラック・ジャックは全く手も足もでない、ただの傍観者に過ぎない。
台風一過手術代を取り立てに、猫上家を訪れたブラック・ジャック。かつてこの家の当主を、整形手術していたのだ。この屋敷には悪い噂がある。夜になるとフランケンシュタインの怪物のごとき化け物が徘徊するという。それも一年前までのこと。今はピタリと出なくなったらしい。
ブラック・ジャックは、古井戸の中から手記を発見した。それによると誰かが土蔵の中に閉じ込められているようだ。彼は土蔵の隠し部屋を発見し、その壁には、末端肥大症の白骨が塗りこめられていた。これが猫上氏だったのであり、言うまでもなく、怪物の正体である。ブラック・ジャックが整形手術したのは、この家を乗っ取りに来た、赤の他人だったのである。
本当の黒幕は、猫上家の(本物の)当主の夫人であった。彼女は浮気がばれて財産をもらえなくなってしまっていたのである。彼女は今の(贋物の)当主を射殺し、ブラックジャックも殺そうとするが、彼のメスが宙を飛ぶ!
「わたしは手術料さえもらえば、あとは用はないんだ……。帰りがけに駐在所へ声をかけていこうか? それともこのまま血だまりの中でくたばってしまっていいかい?」ブラック・ジャックが、医者としてはほとんど活躍しないタイプの、言わば傍系のエピソードのひとつであるが、悪くない。こういう、正史・乱歩・ポー系列の話には、つい、点が甘くなってしまう。
B・Jそっくり台風の夜、ブラック・ジャックは、あるアイドル歌手の手術を引き受けざるを得ない状況に追い込まれていた。15歳で妊娠してしまっていたのである。しかも子宮外妊娠。もちろん極秘。家が心配だから、後日にしてくれと去りかけたところで、出血が始まり、放置できなくなってしまった。
嵐と停電の中、無事に出産は終り、母子ともに命をとりとめたが、彼女が出産したというゴシップは広がりはじめていた。彼女の命よりもゴシップの方を気にするマネージャーは、ビタ一文、払おうとしない。帰宅したブラック・ジャックは、ほとんど完全に破壊された自宅を、それでも必死に守っていたピノコが、無事だったのを見出す。
「ブラック・ジャックのただ働き(あるいは災難)とピノコの愛情」パターンである。
オペの順番自殺未遂の小学生の少女。彼女の絶望の原因は、植物人間状態の祖母の延命治療に莫大な費用がかかり、入院費用を払いきれずに自宅治療に切り替えた老婆の世話に疲れ果てた母親も倒れるなど、家庭が破滅しかかっていることであった。担当医師は、内科の名医師で金の亡者、黒松。ブラック・ジャックは無意味としか思えない延命治療に抗議するが..
「これでは生きていても、まるで生きたシカバネだっ」
「ふざけなさんな! シカバネだって? ことばに気をつけろ。これは死体じゃない生きとるんだぞ。もちろん…今は植物人間さ。だが生きながらえただけ幸いなのだ!! いつかきっと意識ももどしてみせるぞ。文句あるまい? あと十年…いや、七、八年のうちに、きっと意識をもどす。私には自信があるんだぞ」
「それでおまえさんは満足だろうさ!! だがね! あと十年だぜっ 家族はどうなるんだい!」
………
「ほオー、家族があわれか。ブラック・ジャックともあろう男がバカに情にもろいもんだな。何度もいうようだが入院は金がかかるぞ。承知なら入院させる。だが一年間一千万円だ。払えるかな…フフフフ。断っとくがブラック・ジャック先生。こんなセリフはあんたのオハコだろう?」ブラック・ジャックには返す言葉がなく、また自分に生き写しの医者の言動の憎々しさに直面して、したたかに衝撃を受ける。自己を否定せずに要求(老婆の入院)を通すために、ブラック・ジャックは卑怯な [;^J^]手段に訴える。すなわち、自殺未遂の少女の遺書による恐喝 [;^J^]である。逆上してブラック・ジャックを追う黒松医師は事故に会い、一度は植物人間となるが、ブラック・ジャックの手術で回復し、後日、老婆を再入院させる。
ブラック・ジャックと黒松医師の対決シーンは、非常に重要である。同様に生か死かの議論が繰り返される、ドクター・キリコ・シリーズでは、ブラック・ジャックはむしろ単純に、死の否定を繰り返し続けるが、ここでは植物人間の無意味な延命という事態に直面して、立場が逆転しているのだ。実際、黒松医師をブラック・ジャックに、ブラック・ジャックをドクター・キリコに置き換えても、このシーンは成立してしまうのである。
これは単純で判りやすい答を出せる問題ではなく(だからこそ、ドクター・キリコ・シリーズは、何度も何度も書かれているのだ)、ここでも作者は、クリアな解を示せていない。それでいいのだと思う。かけがえのない人命を、家族の生活と健康と将来と引き換えにしてでも救うべきか、という、ギリギリの設問は、読者が考え続けるべきなのだから。
西表(イリオモテ)島から本土に戻る観光船の中で、事故は起こった。密猟者の持ち込んだ荷物の中で、イリオモテヤマネコが麻酔が切れて暴れだして飛び出し、動転した密猟者が乱射した銃弾で、イリオモテヤマネコと、イリオモテ島の開発を進める代議士と、赤ん坊が、怪我をする。ブラックジャックは、イリオモテヤマネコ、赤ん坊、代議士の順に治療をし、憤った代議士は彼を告訴する。ブラックジャックは法廷で、傷が重い順に手当をしたまでだと述べ、代議士に、彼が癌に罹患しているという診断書を渡し、手術できるのは自分位のものだ、と、告げる。代議士は、イリオモテ島の開発の撤回、並びに告訴の取り下げと引き換えに、ブラック・ジャックに手術を依頼する。
どうも後味が良くないのだが。[;^J^] 結局、難病を抱えたものは、ブラック・ジャックの突きつける条件を全てのまざるを得ない、という、このシリーズの(ある意味での)暗黒面が、このエピソードでは妙に目立つように思う。
(文中、引用は本書より)
Last Updated: May 16 1996
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