ACT.48(第6巻 ACT.2)今夜は、縁起でもない客だ。刑務所の前で、囚人服の男を乗せたのだ。脱獄囚ではないようだが、行先の指示が変っている。あそこに光っている大きな星をめざして走れ、と言うのだ。
彼は、おふくろのおかげで出られたのだ、と、語り出した..おかしな癖を持つ母親だった。紙の切れ端と米粒を唾でこねて、ちいさな繭玉のようなものをつくり、それに十字架を鉛筆で書いて、紐を通してネックレスの様にする。これを神様のお守りだと言って、いろいろな人にかけてやるのだ。
彼も母親に感化されて、なんとなくお守りを作る癖がついたのだ。刑務所に入ってからも、毎日いくつもお守りを作っては、他の死刑囚に配り、そして彼らはそれを首にかけて、死刑台に上がっていったのだ。その数、およそ200人。
昨夜のこと。彼の目の前に白い光が現れた! 長い間、大勢の死に行く人間に救いを与え続けた彼の労に報い(あのネックレスだ!)、望みをひとつ叶えてあげよう、と言うのだ。無論、彼は、刑務所から出してもらうことを望んだ。深夜タクシーの運転手を襲って、殺人を繰り返して来たが、まともな人生をやり直すのだ。
そして気が付いたら、いつのまにか刑務所の外に出ていたのである..これも、隠れキリシタンの子孫である母親のおかげだ..
しかし、星を追って走り続けるタクシーの中で、しゃべり続ける彼の身体に、徐々に異変が生じていた。彼は..徐々に若返って行くのだ! 肌は次第に瑞々しくなり、髪の毛も量が増え、黒くなり..! そして鉄橋の下、目標の星の真下に来た頃には、彼は子どもに戻っていた!
車を止め、後部座席を驚愕して凝視するミッドナイトの目の前で、彼は、幼児へ、新生児へ、そして胎児へと縮み続け、ついに消滅してしまった! 悲鳴を上げて、狂ったようにその場から車で逃げ去るミッドナイト! ふと気が付くと、あの刑務所の前。時計を見ると、時間が進んでいない..
看守に聞くと、つい先ほど、タクシー強盗殺人犯の死刑が執行されたのだ。悪い夢を見たな..と、ラーメン軒に着いたミッドナイトに、タクシー仲間が..あんたが、鉄橋の下に車をとめてさわいでいたのを見たぞ。化け物ーって叫んだだろう? まるで悪魔に出くわしたよーな悲鳴だったぜ..
夢オチ、あるいは、死に行く魂が近場の人間に憑いて旅をするパターンと見せかけて、もうひと捻り。“星”を目指す動機づけがなされていない点が、惜しい。佳作。
ACT.49(第6巻 ACT.3)ある老ヴァイオリン製作者の物語である。
心臓病で病床に伏せっていた彼は、今日が4月1日であると聞いて、飛び起きる。約束の日なのだ。世界的ヴァイオリニスト・ウィルムスに製品を渡すための。ウィルムスは、この日のために、わざわざパリから来日し、この名匠の新作のヴァイオリンで演奏会を開くのだ。しかしまだ、ヴァイオリンは出来ていない。仕上げは私がやりますから、という息子の言葉などはねつけて、作業に取り掛かり、発作を起こして運び込まれたベッドからも抜け出して作業を続け..そしてついに会心のヴァイオリンが出来上がった!
しかしウィルムスの演奏会まで、あと3時間。ミッドナイトが呼ばれる。心臓が危ないので、絶対に振動させずに、3時間以内に会場まで、という約束でだ。時間に間に合わせたら何でも好きなものをやる、という老人に、ミッドナイトは、一度も揺れずに3時間で着いたら、そのヴァイオリンをいただこう、と要求する。
ミッドナイトは、最高のドライビングテクニックを駆使して、見事に約束を守った。ヴァイオリンをいただく、という理不尽な要求は、エイプリル・フールだったのだ。
開演時刻ギリギリである。ステージに走り込んだ老人は、ウィルムスに約束のヴァイオリンを手渡す。それは素晴らしい名器だった。ウィルムスの演奏を舞台袖で聴きながら、老人は力尽きて、眠るように死ぬ。会場の外で、その報せを聞いたミッドナイトは、さっきまでピンピンしていたんだ、いまさらエイプリル・フールはごめんだよ、と、走り去って行った..
命と引き換えに約束を守る、というパターン。ミッドナイトも、プロとして約束を守る。振動させてはいかん、というところで、「恐怖の報酬」パターンになるのかと思ったが、その方向には発展しなかったので、物語として綺麗にまとまった。作り立てほやほやのヴァイオリンが、まともに“鳴る”わけはないのだが、これは本質的ではない、あら探し。
SCENE 4(第6巻 ACT.4)日本に潜入した某国のスパイ、85号が裏切った。明日、最後のファイルを連絡員に渡したあと、アメリカに亡命するのだ。その情報をキャッチした組織は、ヒットマンを送り込む。大勢の裏切り者を射殺してきた、ベテランの37号。彼は85号の父親だ。
その夜、ミッドナイトは、どこか胡散臭い客を拾った。その客は桟橋で降りて行き、迎えに来た船から降りてきた男に、撃たれた! その客が85号。撃ったのが37号だ。
85号は、ヘドロに突っ込んで立ち往生していたミッドナイトの車に飛び乗り、逃走を命じるが、ミッドナイトは運転を誤り、ふたりは逃げ損なう。彼らの前に立ちはだかった37号と彼の助手。37号は、息子=85号の亡命を見逃してやる、と、助手を射殺し、そして、安心して隠れ場所から姿を現した85号をも、射殺する。おびき出すための作戦だったのだ。怒ったミッドナイトは、息子に恥ずかしくないのか!と、37号を車で海にはね落とし、這い上がってきた37号は自害する。最初から、息子を殺して自分も死ぬつもりだったのだ。85号は、父を憎んではいないから、一緒のところに埋めてくれ、と言い残して、息をひきとる。
良くまとまっているが、アクションのスケールに比べて、どこか小ぶりな印象を受ける。
SCENE 6(第6巻 ACT.5)一家四人を乗せたミッドナイト。別れ話がまとまったところらしい。行く先は妻の実家。幼い兄妹も、夫妻に別々に引き取られていくのだ。まだ見苦しく痴話喧嘩を続ける夫婦..
ミッドナイトの車は、踏み切りの上で止まった。エンストだ。窓ガラスも開かない。叩き割ろうにも工具はトランクの中だ。手も足も出ない。このままでは窒息する..いや、それ以前に、電車が来る! なんとかして踏み切りから出なければ!
時刻表によれば、10分後に上り、20分後に下りが通過するのだ。一家心中させる気か!と、ミッドナイトに詰め寄る夫に、力を貸してもらえれば、脱出できるかも、と、ミッドナイト。地面が僅かに傾斜しているので、全員が力を合わせて一緒に車を揺すれば、動くかも知れない。
ほとんど不可能としか思えないが、車の中で、力を合わせて押したり引いたりしているうちに、車は少しずつ転がり始め、間一髪、上り電車が通過する直前に、上り線路から転がり出た。しかし10分後には、今度は下り電車が来る。下り線路からも出なければならない。
再び、懸命の共同作業を始める、一家とミッドナイト。夫も妻もへとへとだが、子どもたちを死なせるわけにはいかない。しかしもう間に合わない..!
その時、ミッドナイトはアクセルを踏み込み、車は踏み切りから脱出した。喜び抱き合う一家だが..
「お前はおれたちをだましたのかッ エンストだなんて…おどかして!!」
「へッへッ ほんのジョークでね」
「ジョークたァなんだ おれたちをなぜこんなひどい目にあわせた!?」
「なァに…… あんた方が仲のいいところを一目見たかったんでね」そして夫婦は、実家行きを取りやめた。
派手なところはないが、良い話である。冒頭の夫婦の痴話喧嘩の、あまりの下らなさが、漫画的に、いい味を出している。
SCENE 5(第6巻 ACT.6)毎度おなじみの幽霊譚だ。三ヶ月前に人がはね殺されたカーブの塀の上に、人魂が飛ぶのだそうだ。塀の向こうは(もちろん)墓地である。
笑い飛ばしたものの、内心気分の良くないミッドナイトは、よりによって妙な客を拾う。その人魂が出る現場へ、やってくれ、と言うのだ。彼は、超自然現象研究者。人魂なるものはほとんどが錯覚によるもの。同様に幽霊が実在するか否かも疑わしい。幽霊がいたところで、自分が幽霊だと信じているのかな? ワシがその人魂の正体を見破ってやる!
問題のカーブ。確かに..人魂が塀の上を走っている! 驚き怪しむミッドナイトは、その塀に登ってみる。塀の上には、泥棒よけのガラスの破片が、ずらりと植えられていた。
それが人魂の正体だ、と、種明かしをしてみせる客。カーブで車が向きを変えると、塀の上のガラス片が、次々とライトを反射し、それが雨の夜だと光がぼやけ、順次光っていくのが、連続した動きに見えるのだった。
この40年間調べてきた人魂事件や幽霊事件は、みんなこういう科学現象じゃった、と、したり顔の客に、ミッドナイトは、そうは言っても、深夜タクシーをやっていると、理屈で割り切れない奇妙な話もあるんですよ、と、言うだけ言って走り去ろうとするが、はずみで、その客をはね飛ばしてしまう! そしてはね飛ばされた客は、塀に激突して姿を消した! そこは、例の死亡事故の現場!
動転して走り去るミッドナイトの車の後部座席に、血まみれの客が姿を現す。とっくに死んでいたことに気がつかなかったよ。君の言うとおりだ、幽霊というのは実在するんだなぁ..そして彼は、人魂となって消え去る..
定型どおりの怪談だが、上出来とは言い難い。人魂ネタを幽霊ネタに“すりかえる”手続きが、実にぎこちないのだ。客の言葉(「同様に幽霊が実在するか否かも」云々)が、全く唐突なのである。
ACT.15(第6巻 ACT.7)検問だ。手配写真は坊主頭の男。モグリタクシーのミッドナイトは検問を突破し、そしてついでに、ヒゲヅラにサングラスの客に、バレバレですよ、と、カツラと付け髭を取らせる。その下から現れたのは、坊主頭。
指名手配の大詐欺師だ。坊主姿で、寺の宝を売ると偽って、数億円をかせいできたのだ。
由緒正しい山寺の住職の子であったが、寺が没落し、父が死んでから、彼は安物の仏像を、秘宝と偽って檀家に売り始めたのだった。かくしてたちまち、一人前の詐欺師に成り下がった、という次第。
その彼がタクシーを向かわせている楢崎村は、彼の故郷で、実は既にダムの底。しかしこの夏の異常渇水で、ダムはほとんど干上がっていた。そう、彼は実家の寺の廃虚を、訪れようとしていたのである。懐旧の情では、ない。持ち出しそこなった、二束三文の仏像の山を持ち出すためだ。商売のためなのだ。
しかしミッドナイトのタクシーが楢崎村の跡地(干上がったダム)に着いた時、そこには数百人の“村人”たちが集まってきていた。(寺から密かに仏像を運び出すどころではない。)みな、望郷の念に駆られてやってきたのだ。詐欺師の旧友たちも来ていた。彼が、今は詐欺師に身を落としているとは知らない友人たちに囲まれて、時ならぬクラス会が始まった。
心に染み入る恩師のスピーチ。懐かしさに涙を流す詐欺師の肩を叩いたのは、幼馴染みの松井。今は警官だ。自首をすすめる松井に、詐欺師は、クラス会が終わるまで待ってくれと頼み、松井もそれには異存はない。
恩師の指揮で「ふるさと」の合唱が始まり、ミッドナイトはそれを聞きながら、俺も一度、くにに帰るかな、と、走り去る。
全く文句のつけようのない、見事な短編。
ACT.41(第6巻 ACT.8)今夜の客は、硬派な学生だ。彼は、磯木少年の家の前で降りると、少年を呼び出して、制裁パンチを浴びせ始める。
ふたりは洪陵高校野球部の先輩と後輩。関東地方大会で優勝していながら、甲子園出場を辞退させられ、廃部に追い込まれたのは、野球部のエースである磯木のしでかした不祥事、ウィスキーをがぶ飲みして酔いつぶれ、入院した事件が原因だったのだ。
殴り続ける先輩を制止するミッドナイト。磯木少年が酒を飲むような不良じゃないことは、ひとめで判る。誰に飲まされた? ボクが好きで飲んだんだッ と、少年は強情である。誰かをかばっているのだ..それは、私です。と、父親が出てきた。
すまじきものは、宮仕え。優勝した夜に、少年と父親は、会社の部長に料理屋でごちそうされたのだが、飲むと人が変るタイプの、この部長。飲めない体質の父親に酒を強要し、見るに見かねた少年が、代わりに飲み干して..急性アルコール中毒で病院に運びこまれたのだ。そしてスキャンダルに。しかしその部長は、何も憶えていないのだった。
そういうことなら、息子さんの汚名をはらしましょうや、と、ミッドナイトが一肌脱ぐ。その料理屋の仲居さんに、ひとりぐらい、一部始終を聞いていた者がいるはずだ。彼女らは、意外と記憶がいいんだ。いれば、新聞社に連れてゆき、真相を記事にさせる。新聞は、こういうスクープに飢えているのさ!
先輩を乗せて、深夜の街中を走り回るミッドナイト。寝込みを襲われた仲居さんらの怒声を浴びつつも、ついに、その夜のことを憶えている仲居さんに辿り着く。先輩と彼女を乗せて新聞社に急行するミッドナイトは、実は洪陵高校のファンなのであった。
しかし、真相が明らかになればなったで、この少年の父親が会社で苛められると思うのだが、ま、いっか。(こういう意地の悪い読み方をしてしまうのは、私自身、高校野球に同情的でないからでは、ある。)
ACT.22(第6巻 ACT.9)スーパーでミッドナイトが、ふと垣間みた、小さな三角関係。客の少年に片想いしている、彼の幼馴染みのレジの少女。しかし少年が懸想しているのは、別の女性なのだ..
少年を、恋人のマンションまで乗せていったミッドナイト。それから巡り合わせで、彼は少年を恋人宅に送ることが多くなったが、しかしある夜、ミッドナイトは別の客から、少年の通う部屋に住む女性は、5ヶ月前に死んでいる、と聞かされた。そしてレジの少女からは、少年の恋人は、何かの理由で料理出来ないのではないか、なぜなら最近、少年は、料理の材料ではなく出来合いのパックを買っていくからだ、という証言を得た。
のぞきは好かねえが..と言いつつ、いつもどおり [;^J^] 少年のあとをつけて、彼の恋人の部屋を覗いたミッドナイト。少年は、写真に向かって、ひとりで食事をしていた..
数日後、恋人宅が、空き巣に荒らされた。恋人を誘拐された!と、騒ぐ少年。故買商経由で空き巣を捕まえたミッドナイトは、空き巣に、部屋に女などいなかった、と、白状させる。事ここにいたって、少年も涙ながらに認める。彼女はとっくに死んでいたのだ、と。
ミッドナイトと少年が、彼女の部屋に帰ってきたとき、ふたりを出迎えたのは、レジの少女だった。少年のために、食事を作って待っていたのだ。彼女を追い出そうとする少年を、ミッドナイトはどやしつける。食べて、過去を振り切れ、と。
えっと、結果オーライだからいいようなものの、家宅不法侵入なのですが。レジの少女君。[;^J^]
後半が冗長。少年の想い人が実は死んでいた、という“意外な真相”が明らかになったところで、急転直下、終わらせるべきだったのではなかろうか。
魔のカーブ。そこに聳え立つケヤキに、吸い込まれるようにぶつかって行く車が、あとを絶たない。そして、事故車の数をカウントする、ケヤキの地所の地主..
このケヤキを切れば、事故はなくなる。しかし、地主は首を縦に振らないのだ。ミッドナイトは地主とかけあうが、地主は頑なであり、この木は決して切らない、と、譲らない。何故か。
彼は昔、自動車に家族をはね殺されていたのだ。あのケヤキの前で。
彼はドライバーへの報復として、このケヤキにぶつかりやすいよう、私道を設計したのだ。この道路とケヤキは、彼の、ドライバーへの無差別報復の手段だったのである。あの木には、家族の怨念がこもっているのだ。あれから25年。既に80人が死んだ。家族の霊を弔うために、もっともっと殺してやる!
ミッドナイトは、例によって、植物人間状態となっても頑張っている、彼の恋人を引き合いにだす。どんなことがあっても、交通事故は防ぐ、と。彼には、あのケヤキも、ケヤキを守る男も気に入らない。果たし合いだ。車をぶつけてへし折れれば、ミッドナイトの勝ち。負ければ..死ぬだけだ。
入念な作戦を立てて練習を重ねたミッドナイトは、ある夜、ケヤキに挑戦し、見事にそれをへし折る。気が抜けて泣き崩れた男も、数日後には目からうろこが落ちて、木の根を掘り起こすのだった。
なんとも、気の抜けたような作品。物語の論理に無理が多く、その“無理”をカバーするだけの推進力も無い。
(文中、引用は本書より)
Last Updated: Apr 23 1997
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