ミッドナイト 3

*ACT.18(第3巻 ACT.1)

 花火大会の夜、ミッドナイトはひとりの老人を乗せる。花火なんてどれも似たりよったり、とミッドナイト。ではどんな花火なら..と老人。ミッドナイトの、四角い花火の提案に興じる老人は、盲目の花火師だった。眼など見えなくても、音と火薬の匂いで、出来具合は判るのだという。彼は河原で大荷物を下ろして、誰かを待つ。

 やがてもう一台の車がやってきた。弟子たちを連れた老花火師。久しぶりの再会を喜び合う二人は、少年時代の弟子仲間だった。盲目の方が奥沢君平、弟子を連れた方が三田村剛三。彼の弟子たちは、実は跡継ぎの息子たちである。

 かつて奥沢は三田村を置いてきぼりにして、めきめき腕を上げ、賞を取り、師匠の娘と婚約まで結んだが、ある日、花火の爆発事故で眼をやられ、病院から失踪したのだ。代わって三田村が師匠の娘を娶り、花火工場をついで、いまや世界に日本の花火の極めつけを輸出するまでになったのだった。

 何十年かぶりに三田村に連絡した奥沢の用件は、この河原での花火勝負である。三田村も無論、受けてたつ。彼の今の最高の技術を注ぎ込んだ花火だ。審査員は、ミッドナイト。

 まず三田村の、見事な花火。盲目の奥沢にも、その素晴らしさは判る。次に奥沢が花火を打ち上げる前に、彼は三田村に確認する。あの暴発事故は、あんたが仕組んだな?(彼は四十年かけて、証人を探し当てたのだ。)三田村は正直に告白し、謝罪する。彼は、この長い年月、そのことがずっと心の傷になっていたのだ。奥沢は許す。もしも三田村がごまかしたり嘘をついたりしたら、自分の花火を暴発させて、道連れにして死ぬつもりだったのだ。彼は気が済み、その極めつけの花火を打ち上げる。

 それは神品としか言いようのない、大輪の薔薇のごとき花火であった。三田村は、負けを認める。が、ミッドナイトは、奥沢の負けだと判定する。車の中で言ったでしょう、私は四角い花火を見たいんだ。出直してきたらどうです?

 何十年かかってでも、あんたをグウと言わせる奴を作ってやるわい、と、憤然として歩き去る奥沢。どうして、あれほど見事な花火をけなしたんだね?と尋ねる三田村に、ミッドナイトは答える。奥沢は自殺するつもりだったんですぜ。これで彼には、次の花火を作るまで生き続ける理由ができたでしょう。

 思い残すことのなくなった、言わば人生を完結させた人物を、さらに生きよと叱咤激励するパターン。良く考えてみると、大きなお世話のような気も..[;^J^]

*ACT.25(第3巻 ACT.2)

 恋人が植物人間状態で眠り続ける病院へ、ミッドナイトは駆けつける。容態の急変の報せを受けたからだ。心臓が止まったのだ! うろたえ騒ぐ彼は、しかし治療の邪魔になるばかり..深夜になって、彼女は持ち直したが..

 医者がミッドナイトに言うには、一瞬、脳波計が動いたという報告書を読んだが、あれを書いたブラック・ジャックは、モグリの医者なので信用できない。今、学会で来日している、アメリカのリーゼンバーグ教授は、世界的な脳死の研究者だから、彼に見てもらえれば本当のところが判る。しかし5〜6万ドル(1000万円)はかかるだろう..

 「車に相談してこよう」と、車に戻るミッドナイト。しかし、車が無い! 慌てていたので、キーを挿したままだった。盗まれた! 警察に届けなさいという声に、あれは俺の分身だ!人に触られるのがたまらないんだ!俺が探し出さないと!(..彼は、ヤドカリなのだ。あの車は、彼にとって、ヤドカリの殻、自身の家であり城であり体の一部なのであり、だからこそ自分に合うように、徹底的に改造しているのだ..と、医者は診たてる。)

 ミッドナイトは街中へ、車を捜しに出かける。どうやら盗んだのは、シンナー中毒の不良少年どもである。林の中で車を発見したが、密閉された車の中では、3人の不良が窒息で死にかけていた。この車のドアは、ミッドナイトの声でなければ開かないからだ。こともあろうに、シンナーで俺の車を汚したドロボウたちめ、死ね!

 ..しかし見殺しにすることは出来ず、ドアを開けて彼らを救出すると、病院に放り込んだが..

 なんと、あの不良たちの親が、シンナー中毒死をまぬがれたお礼として、1000万円置いていったのだ。これで、あの偉いアメリカの先生に診てもらえる。お前、診察代を稼ぎに行ったんだな?と、車に語りかけるミッドナイト..

 後続作品のために伏線を張るだけの、全く自立していないエピソードであり、出来の良し悪しを云々する対象では、無い。強引に1000万円を作るエピソード(しかも、この礼金は、全く唐突であり、ついでに言うと時間的にも辻褄が合わず、リアリティが完全に欠如している)は、すぐ次のエピソードへの伏線。ミッドナイトの車依存症についての考察は、もう少し射程距離の長い伏線である。

*ACT.26(第3巻 ACT.3)

 リーゼンバーグ教授をホテルのロビーでつかまえるミッドナイト。しかし教授にはとりつくしまもない。まず、診察ではなく学会のために来日していること。次に、日本人が嫌いであること。ミッドナイトが提示した診察料、1000万円も、はねつける。

 諦めきれないミッドナイトは、他の学会参加者(一見、タワシ警部であるが、実はボブ・バトルの“意地悪爺さん”がモデルである)から、リーゼンバーグが日本人を嫌っている理由を、聞き出す..

 何十年も前、日本に留学していたリーゼンバーグは、日本人の娘と愛し合い、結婚の許しを得るために、彼女の実家を訪れた。しかし旧弊な一族に認められず、そればかりか、彼女にも裏切られたのだ。すなわち、帰りの駅で、彼女の実家にトランクを置き忘れてきたのに気が付いたのだが、彼女はそれを取りに帰り..それっきり、列車の発車時刻まで、帰ってこなかったのだ。こうして、全ての日本人に裏切られたリーゼンバーグは、日本人が嫌いになり、何十年もたって、世界的な大脳医学の権威になった今でも、その憎しみは消えないのだ..

 ミッドナイトは、彼から、かつてリーゼンバーグを裏切った娘の実家のある駅名を聞き出すと、車を飛ばす..

 翌晩、ホテルで再びリーゼンバーグをつかまえたミッドナイトは、彼に、かつて日本で失くしたトランクを見せる。そして、そのトランクをずっと保管していた、年老いた女性を..

 リーゼンバーグの愛した女だ。彼女が駅に戻らなかったのは、実家で足止めをくわされ、列車の発車時刻に間に合わなかったからだ。彼を裏切ったのでは、なかったのである。それ以来、ずっと、いつか彼に会えると信じて、誰とも結婚せずにトランクを守り、彼を探して、ひとりで生きてきたのだ。彼女の人生をすり減らしてしまったことを、涙ながらに詫びるリーゼンバーグ。彼の日本人への憎しみは、溶けた。そしてミッドナイトに感謝すると、彼の恋人を診察することを約束するのだった..

 これもまた、次に流れていくエピソードだが、これはこれで完結している。ペールギュントの帰りを待ち続けるソルヴェーグのごとく、人生を棒に振る(そしてそのことを全く、悔いはしない)女性の物語。こういう話に、私は弱い。

*ACT.27(第3巻 ACT.4)

 リーゼンバーグ教授を、恋人が植物人間状態で眠る病院に連れてきた、ミッドナイト。病院側は、世界的な権威を迎えて熱烈歓迎をし、物陰からは、顔じゅう傷だらけの不気味な男が、教授を注視している。

 診察を始めたリーゼンバーグは、脳波が止まって2ヶ月もたつのに、まだ脳死と判定していないことに驚く。(普通は、半日で脳死と判定されるのだ。)その理由として、1ヶ月前に、一瞬だけ脳波が出たことを聞いて、重ねて驚く。(ほとんどありえない奇跡であるから。)脳波計のミスを疑うが、検査をしたのがブラック・ジャックだと聞いて、(彼の診断や検査が、いい加減なものであろうはずがないので)本腰を入れて取り組む。

 その頃、傷痕の男はミッドナイトに、リーゼンバーグはこの写真の男か?と聞いていた。遥かに若い写真だ。しかし似ている。傷痕の男の頼みで、病室に入ってリーゼンバーグに、「ドクター・リンゲ?」と声をかけたミッドナイト。リーゼンバーグの反応は、彼がリンゲその人であることを、示していた。

 そのことを確かめた傷痕の男は、病室に乗り込み、リーゼンバーグ=リンゲと対峙する。彼の名はドビンスキー。42年前、ポーランドの強制収容所にいた囚人であり、ナチの医師、リンゲの生体実験の材料となって、ズタズタに切り刻まれた男だ。

 検査が終わるまで、待ってくれと、必死なミッドナイト。診察が終われば言いなりになる、というリーゼンバーグの言葉に、ドビンスキーは5時間の猶予を与える。その5時間に加えて、さらに医師たちの芝居(「リーゼンバーグ先生が姿を消した!」)でドビンスキーを病院から追い出して(実は逃げていないリーゼンバーグの追跡に飛び出させて)時間をかせぎ、必死に検査を続ける..

「誠意あるね先生。そんなあなたなのに、どうして生体実験なんかやったんです!?」
「わたしはきっと狂ってたんだ。あの戦争が…わたしを狂わせたんだろう」

 そしてついに、眠る彼女が、一瞬、脳波を出したのを計測する! リーゼンバーグと医師団の歓声! 脳死を免れたとはいえ、ずっと植物人間かも知れない。しかしとにかく生きている。奇跡だ!

 リーゼンバーグをホテルに送るために車に乗せるが、その運転席で待ち構えていたドビンスキー! 車を発進させたドビンスキーは、車中でリーゼンバーグにナイフを振りかざし、運転を誤って、壁に激突! 処刑する者とされる者は、共に死んだ。

 かつてナチの悪魔の医師として、大勢の人間を殺し、不具にしたリンゲは、リーゼンバーグの名で人道的な医師となって、恐らくは大勢の人間を救ってきたのだ。その最後のひとりが、ミッドナイトの眠り続ける恋人だ。

 彼の罪業の深さと、営々と積み重ねてきた償いの深さ。しかし最終的には、自らの死でしか償えなかったのである..

*ACT.28(第3巻 ACT.5)

 成田まで急ぐ、片言の日本語を話す女性。例によって、道交法も物理法則も [;^J^] 無視して、成田への渋滞をショートカットするミッドナイト。

 聞けば、彼女は中国残留孤児で、里帰りするのだ。養い親が危篤だからだ。今夜8時の便に乗れば、親の死に目に会えるのだ..

 空港反対派の妨害(燃え上がるタイヤの山)と機動隊の警備を突破して、空港に駆けつけたが..結局、過激派の妨害によって、今夜は飛行機は飛ばないのだ。彼女は落胆し、悲嘆にくれる。

 ミッドナイトはNHKの報道局に電話をし、女性を連れてNHKに急行する。NHKは中国電視台(中国国営テレビ局)を動かして、翌朝6時、NHKはスタジオの彼女を、中国電視台は病室の母親を、それぞれニュースに写し、対面させた。彼女は死に目に間に合ったのだ..

 ブラック・ジャックにも、新幹線脇の住宅で手術をするために、国鉄(当時)が、新幹線を数十分にわたってストップさせる、というエピソードがあった。それに通ずるところがある。

*ACT.29(第3巻 ACT.6)

 ミッドナイトの今夜の客は、彼のドッペルゲンガーである。自分の影を見ても驚きもしないミッドナイトは、影が指示するままに、故郷の尻軽村へ向かう。今夜は、彼の過去への旅なのだ..

 影はミッドナイトを引き回す。まずは彼の親父(三戸仙吉)の墓。誰ひとり手入れをしない、朽ち果てた墓。

 次に、荒廃した彼の生家。酒乱の父(ヒゲオヤジ)の追憶。物心つく前に母親を失っていた息子(三戸真也(しんや=ミッドナイト))も、父親に感化されてグレた。真也が図書館から借りてきた「プルターク英雄伝」を、つまんねーもの読むな!ガキは教科書だけ読んでいろ!と、火に投げ込む、教養皆無の父。読めもしないくせに、偉そうなことを、と、真也は父をののしる。

 数年後、真也は家に鍵をかけ、隣村の悪友の家で徹夜麻雀をしていた。夜明けには大雪となり..父の凍死の報せが届いた。悔やみもせず、死体をひきとりもせず、彼はそのまま村を出奔した..

 影は最後に、ミッドナイトを、父の行き付けの飲み屋に連れてゆく。そこのおかみは、父の形見をミッドナイトに渡した。「プルターク英雄伝」だ。父が彼の金で、おかみに買わせたのだ。学問は無いが、なんとか読み通すためだ。せがれに馬鹿にされてたまるか!

 それから毎日、ムキになって少しずつ読み通し、そしてついに読み上げた晩、これで真也にいばれると、大喜びで家に帰った晩、鍵がかかっていて入れず..家の戸を叩き続けて、夜明けに大雪の中で、彼は死んだのだった..

 俺が殺したも同然ではないか..俺のために本を読み上げたのに..わだかまりの溶けたミッドナイトは、近いうちに骨を引き取りに来るから、安心して待っていろ、と、父の墓前に「プルターク英雄伝」を帰す..

 ..そこで彼は、夢から覚めた。影は、最初からいなかったのだ。もう夜が明けるが、ミッドナイトは尻軽村へ車を走らせる。大事な客を乗せて帰るために..

 スマートな夢オチである。最初から予告されている(ドッペルゲンガーの出現に驚かない)ので、少しも不自然ではない。

 最低の下衆が、彼にとっては難しい書物を一途に読み上げることにより、世俗的な罪業から救われ、昇華される。ヒゲオヤジの数多の名演の中でも、印象に残る作品のひとつ。(毎晩、飲み屋で本を読んで行く飲んだくれって..オレのことじゃないよな。[;^J^])

*ACT.30(第3巻 ACT.7)

 ミッドナイトは、乞食のようにみすぼらしい身なりをした老人(お茶の水博士)が、亡妻の着物を質屋へ運ぶのを、手伝ってやる。

 質屋は、死んだ奥さんの形見を質入れしちゃ、だめだよ!と、思いとどまらせようとする。老人は、大病の夫人を長いこと献身的に看病し、そのために全財産をなくしたのだった。老人曰く、家内は、大事なことでお金が必要になったら、私の物はどうか売ってくれ、と言い残したのだ。家内は許してくれとる..10万円の融資を受けた老人は、明晩、迎えに来てくれ、と、ミッドナイトの車を予約する。

 翌晩、待ち合わせの場所に現れたのは、綺麗に散髪し、ダークスーツをピシッと決めた、立派な姿の老人だった。見違えて驚くミッドナイト。あの10万円でおしゃれをしたのだ。行先はエンプレス・ホテル。そこでは神田博士の、ノーベル物理学賞受賞祝賀パーティが開かれている。彼は老人の小学校時代の教え子だったのだ。老人は、総理大臣も招かれている今夜の大パーティの、メインゲストだったのである。

 盛大なパーティ。(お茶の水博士の教え子である神田博士夫妻は、無論、アトムとウランの成人版(「盗まれたアトムの巻」に登場)である。)お茶の水は、科学が嫌いだった神田少年に、なんとかして理科に興味をもってもらおうと苦心したエピソードを語る。それは感動的なスピーチだった。

 パーティは終わり、お茶の水を自宅の近くまで送り届けるミッドナイト。

「ワシにとって………………またとない夜じゃった………………………………。一生に二度とあるまい」

 彼を下ろしたあと、気になってあとをつけるミッドナイト。(またか。[;^J^])

 ..そのバラックの中には、ほとんど家具もなく、老人はボロをかぶって新聞紙の上に寝ていた。満足に食事をした形跡もない。極貧の暮らしだったのだ。あの10万は衣裳代に消え、会場でも食事には手をつけなかったのだ。

「あんた…ワシは招待状をもろうた時、教え子の教師として彼が恥をかかないようにしてやりたかった。ノーベル賞の受賞者の先生ともあろう者が、ボロを着とったり、いやしそうにガツガツ食ったりできるか…できるものか!」
「それはね先生、ヤセがまんというもんだよっ」
「なにを言うか! ワシにもプライドはあるぞ。一文なしになろうと、心だけは落ちぶれん!!」

 そこへ、出版社から、仕事の依頼が来た! パーティでのスピーチに感動した。ひとつ教育論を書いていただけないかと..

 ミッドナイト全編中でも、特に感動的な物語のひとつであり、そして、特にリアルな一編でもある。それもそのはず、この誇り高いお茶の水博士には、モデルがいるのだ(と、私は確信している)。それは、酒井七馬氏である。「新宝島」の原作者であり、手塚治虫が世に出るきっかけを作ってくれた、大先輩である。

 ところで、ぼくとコンビを組んでいた酒井七馬氏だが、「新宝島」のあと、たいへんな密画の絵物語を数冊出したきり、ブームに乗ろうともせず引きさがってしまったのである。聞けば、あまりに凝りに凝った画風のために、時流に乗った多作ができず、やがて新人達に押し流されてしまったのであろうという。

 ぼくが東京へ居を移してからは、全然音信が絶えていたが、二十年近くたった昭和四十三年の春、久し振りでお目にかかった。いつものごとく瀟洒な服をりゅうと着こなし、長老然として磊落に世間話などをする氏に接し、ああ、老いてなお健在だなと思った。それから一年もたたないある日、とつぜん、氏が肺結核で亡くなったという知らせがはいった。なんでも、入院費も治療費もなく、バラックの自宅にたったひとり、寝たきりのままコーラだけを飲み、スタンドの灯で暖をとっているのを人が発見した。が、そのときはすでに手遅れだったそうである。生活はよほど困っていたらしいが、仲間に会うときには、きちんと背広を着、胸ポケットからハンカチをのぞかせて出席するだけのプライドをまだ持っていたので、誰一人、氏のからだが病魔に蝕まれていることに気づかなかったという。漫画家の孤独と宿命を背負った最期だった。

(「手塚治虫自伝(原題 ぼくはマンガ家)」手塚治虫漫画全集 383、71〜72頁より)

 「(仕事を)やるかやらないかは先生の自由ですぜ」という、ミッドナイトの去り際の言葉。新たな仕事、新たな未来の可能性を、押し付けるのではなく、自ら掴み取らせようとする彼の言葉は、手塚治虫の、大恩人への、優しく厳しい鎮魂の辞なのであろう。

*ACT.31,32(第3巻 ACT.8)

 前をノロノロ走っているデカトラに苛々するミッドナイト。抜こうとしたら、幅寄せされるわ、かわされるわで、もうプッツンである。ドライブインで、そのトラック(カササギ運輸)の運転者をつかまえてみたら..意外にも、みかけは可愛い女の子であった。が、実ははねっかえり。も少しまともな運転をしろ、と詰め寄るミッドナイトに、北陽の三下がなめんじゃねぇ!と、ビンタとケリを入れて、走り去って行く。

 毒気を抜かれてドライブインの喫茶店に帰ってきたミッドナイト。腹をたてても仕方がない。あの娘、突っ張ってはいても、実は怖がっていた。危なっかしい運転も、トラックのドシロウトだからフラフラしていたのかも..そこへ、電話が入った。カササギ運輸の運転手が事故に会う、殺される、引き止めてくれ!という報せだ!

 カササギ運輸の、たったひとりの社員からの連絡である。聞けば、あのはねっかえり娘は、先代の社長のひとり娘のカエデ。老舗のカササギ運輸に対抗する新興の北陽急便が、暴力団や政治家を抱き込んで、カササギ運輸を潰しにかかっているのだ。社員は次々に引き抜かれ、先代は事故で変死した。これも奴等の仕業に違いない。現社長のカエデにも、いやがらせが続いている。(だから、あんなに無理して突っ張っているのか..)つまりミッドナイトは、北陽の手先と勘違いされたのである。

 カエデをトラックごと始末しようというたくらみを、その社員はキャッチしたのだ。峠道の崖沿いの路肩の舗装の下の土を、ごっそり削り取ったのだ。カエデのトラックは、あと10分でそこに差し掛かる! ミッドナイトは全速力で追跡し、崖の直前で追いつくと強引に追い越して、身代わりに道路を車で踏み抜いて、崖下に転落する。

 カエデはトラックを急停止させて事無きを得、ミッドナイトへの誤解を解く。崖下にかけおりて、ミッドナイトの車の外で、突っ張りの仮面を外して女らしく涙を流すカエデを、怪我はしたものの命に別状無かったミッドナイトは励まして、走り去る。

 カエデを始末しそこなった北陽は、次の刺客を送り込む。刑事に化けた殺し屋はカエデに接近し、あんたが狙われているという連絡を受けた、保護しよう、署まで同行願えないか..

 その頃、ミッドナイトは、カササギ運輸に電話して、社長を助けた代わりに怪我もしたし車にも傷が付いた。少し位、弁償してくれ、とかけあうが、逆にと言うか、30万で仕事を引き受ける。刺客に狙われているカエデの保護だ。今ごろ、羽田の宅急便集配所に着いている頃だ。金に目が眩んだ [;^J^] ミッドナイトは羽田に向かいながら、

「あんなはねっかえりは、お呼びじゃねーな。
 だが、30万円の報酬ともなりゃァ別だ。
 ヒモツキになるか…そうかヒモツキか! あいつにヒモつけりゃあ逃げ出しても引きもどせらあ」

 同時刻、集配所。殺し屋はカエデに催眠術をかけている。まず遺言書。そして30分後に目撃者の前で廃ビルから飛び降りる、という後催眠だ。

 到着したミッドナイトは、カエデにこっそりとヒモをつける。後催眠の時刻になったカエデは、フラフラとビルに登って飛び降りるが、ヒモが命綱となって地上には落ちず、一命を取りとめる。刑事に化けて、ミッドナイトに“投身自殺”を目撃させようとした殺し屋は動転して、射殺しようと銃を取り出すが、ミッドナイトに阻止されて運河に叩き込まれ、銃声でかけつけた警察に逮捕される。あいつは黒幕をゲロするだろう。これで当分、カササギ運輸は安泰だ..

 鵲(かささぎ)カエデシリーズの、最初の一編。このエピソードで、どうにも苦しいのが、カエデにヒモをつけるくだりである。わざわざ引用しておいたが、このミッドナイトの発想は、不自然というかシュールというか。[;^J^]


*手塚治虫漫画全集 356

(文中、引用は本書、および「手塚治虫漫画全集 383」より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 2 1997 
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