ミッドナイト 2

*ACT.10(第2巻 ACT.1)

 怪談である。ワセダ大学の裏通りに、タクシーに飛び込んできては(はねたはずなのに)姿を消す、老婆が出没するという。

 その夜、たまたまワセダ大学の裏通りに入り込んでしまったミッドナイトの車を、幽鬼のごとき老婆が止める..老婆は墓地で降り..首を吊った。気になってあとをつけてきたミッドナイト(こ、このパターンが多い。こいつには尾行癖があるのか? [;^J^])が介抱して、息を吹き返したが..

 また死に損なった..どうしてそんなに死にたいのか? 自慢の一人息子を死なせたのである。一流商社の社員として、中近東に出張した彼は、現地でゲリラに誘拐されて消息を絶ち..血のついた上着だけが、帰って来たのである..

 生きがいを失った彼女は、毎晩、死ぬためにさまよい歩いた。車に飛び込んでもだめ。当たり所がいいのか、ちっとも死ねない。(例の幽霊の正体は、彼女だったのだ。)ガスもだめ、薬もだめ。この上は、と、ミッドナイトの目の前で川に飛び込むが、やはり死ねない。こうも死ねないというのは、まだその時期じゃないのだろうさ、と、ミッドナイトは自分の恋人の話をする。植物人間になって、医者も見放したが、万が一の奇跡を信じている..老婆は元気づけられる。息子が帰ってくる、という奇跡を信じよう、その日まで生き延びよう、と。

 後日、中近東で消息を絶った商社マンが、無事に帰国したというニュースを見て、それがあの老婆の息子であると知ったミッドナイトは、彼女の家へ、お祝いにかけつけるが..老婆は亡くなっていた。帰ってきた息子を抱いたまま、気がゆるんで、こときれてしまったのである。ミッドナイトは老婆の息子から、彼に送られた老婆の貯金、500万円を受け取る。ミッドナイトの恋人を助けるために、使ってくれ..と。

 もっともブラック・ジャック的なエピソードのひとつであり、次のエピソードへの伏線ともなっている。

*ACT.11(第2巻 ACT.2)

 彼女の心臓は一ヶ月以上も動いているではないか? なのにどうして、死んでいると言うのか!? 脳は死んでいるのだ。今の医学では、1億円積まれても、脳を生き返らせることは、出来ないのだ..

 医者の言葉に納得出来ないミッドナイトは、植物人間状態の恋人を“金次第でなんでもやってくれる医者”の元へ、運ぶ。

「金でなんでもやってくれる先生って、あんたですか」
「金さえ積みゃ、なんでもなおしてくれると思い込んでるバカは、お前さんかい」

 (私は、この、ミッドナイトとブラック・ジャックの初対面の挨拶が、大好きである。[;^J^])早速、患者を運び込むが..500万円積まれたものの、脳波が止まっていることを確認したブラック・ジャックは、死人に用は無いから、持ってかえれ、と、冷たく言い放つ。無論、ミッドナイトは反発する。この2ページほどの押し問答の間に、メタというか、登場人物による楽屋裏ネタ的な台詞が、ポンポン出てくる。例えば、

「そんなことはマンガだからできるんだ。手塚治虫というバカがかくんだからこっちは責任はない」
 ………
「お前さんと私とは、なんか似た所があるようだ。これも作者が同じせいかもしれないな」

という、ブラック・ジャックの台詞である。後者の理由(“どこか似ている”)により、彼は引き受けることにするが、

「ただし条件がある。もし失敗して女が死んだら、死体をよこせ。心臓や腎臓は移植用に高く売れるからな。フフフ」

 (来た来た来たっ[;^J^] ブラック・ジャックはこうでなくっちゃ。[;^J^])彼はミッドナイトを、夜明けに戻ってこい、と追い返し、脳死を直すという、不可能に近い仕事に取りかかる。

 頭骨を切開するブラック・ジャック。確かに脳波は出ていないのだが..脳組織はネクローゼを起こしていない(つまり、腐っていない)!

 夜が明け、飛び帰って来たミッドナイトに、手術は無駄だったね、と、冷徹に宣告するブラック・ジャック。逆上したミッドナイトは、こんな家、ぶっ壊してやるとばかりに、彼の車を、家に繰り返しぶつける。その大地震の様な振動の中で、一瞬、脳波が出たのである!

「もういい、実験は終わりだっ」

 つまり、ミッドナイトを怒らせ、彼に車をぶつけさせて、事故のショックを再現してみることが、ブラック・ジャックのプランだったのである。彼女はまだ、死んでいない! あとはどこの病院でも引き取るだろう..

 「ミッドナイト」にブラック・ジャックが“特別出演”することに引っかかる人も、いると思う。手塚治虫の、少年チャンピオンでの連載作品の系譜を振り返ってみると、「ザ・クレーター」「やけっぱちのマリア」「アラバスター」「ミクロイドS」と、“中の中”程度の人気の作品が続いたあと、最高傑作のひとつである「ブラック・ジャック」で、大ブレイク。この長期連載の直後の「ドン・ドラキュラ」は、作者はノリまくって描いていたらしいが、人気は伴わず、「七色いんこ」も、私は傑作だと思うが、「ブラック・ジャック」に比較すると小粒であることは否めず、あとは「プライム・ローズ」「ブッキラによろしく!」「ゴブリン公爵」と、次第に水準が低下し..そして最後の連載作品、「ミッドナイト」。

 銭の取れる往年の大スターの人気に、すがっている、と、読めないことは無い。しかし、「ミッドナイト」のこの設定では、名医中の名医が登場する必然性が、ある。手塚治虫のスターシステムの中で、ブラック・ジャック以上の適任者がいるだろうか?

 引用したブラック・ジャックの台詞で、いみじくも指摘されているように、ブラック・ジャックとミッドナイトの性格は、かなり近い。不用意に“特別出演”させると、互いに個性を殺しあってしまう。この、記念すべき第一回の顔合わせでは、作者は見事な手綱さばきを見せている。

*ACT.14(第2巻 ACT.3)

 今夜の客は、南の島から来た、片言の日本語を話す純朴な感じの男である。彼はロブ・ローといい、「アシガラ・ヤマ・ノ・キンタ・ロー」という人を捜しているのである。戦争中に彼の故郷の島を占領した日本軍の兵士が、彼の母親を見そめたのだ。そして彼は、憶え育った「足柄山の金太郎」の歌を手がかりとして、日本に、父「キンタ・ロー」を捜しにやって来たのだった。

 しかし、誰に聞いても、父の名前を出すだけで笑われる。いい加減な日本兵にからかわれたんだろう、と、忠告してくれる人は、マシな方で、金太郎飴を売りつけられたり、暴力バー「金太郎」で大金を巻き上げられたり..もう明朝には離日しなければならない。父さんを捜しだしたかった..

 落胆しているロブ・ローに、ミッドナイトは、俺もひとり、金太郎を知っているのだが、会ってみるかね? 彼は馴染みの「ラーメン軒」に電話をする。そこの親父の名前も「金太郎」なのだ。1時間ほど、親のフリをしてやってくれないか?

 ラーメン軒で、ロブ・ローと金太郎を引き合わせたミッドナイト。金太郎は、ロブ・ローの島に戦争中に行ったこともあるし、子どもを作ったこともある、と言い、彼を父と確信したロブ・ローは感激して、母の写真や形見を渡す。ロブ・ローの心情に打たれた金太郎は、演技を越えて意気投合し、彼の父として一晩飲み明かす。

 翌朝、ロブ・ローを成田に送ったミッドナイトに、ロブ・ローは..あなたのことは忘れない。私を慰めるために、彼を父親に仕立てたことは判っていたが、あなたたちの親切さが嬉しくて、芝居に合わせていたのだ。あなたたちに合わなければ、日本と日本人が嫌いになっていたでしょう..彼はそう言い残して、機上の人となった。ミッドナイトは、金太郎にねぎらいの電話を入れたが..その頃、金太郎は、写真を見て戦争中のことを思い出していた。その島に駐留して現地の娘との間に子どもを作ったのだ、あれはワシの息子だ..!

 どちらかと言えば平凡な作品だが、ロブ・ローの素朴さが印象的である。

*ACT.16(第2巻 ACT.4)

 夜の海岸に、子どもがひとり。何をしているんだ? おかあちゃんとヒロシを待っているんだ..そして少年は、やって来た母や弟のヒロシと遊ぶのだが、実はそんなふたりは、ミッドナイトの目には見えないのである。少年は、延々と一人芝居を続ける..

 このあたりのタクシー仲間によると、1年前にも、あの少年は、同じ場所で“一人芝居”をしていたという。ミッドナイトには、少年はからかっているのでも、頭がおかしいのでもない、と、思えた。

 次の晩も、同じ場所に少年はいた。彼の話によると、毎年今ごろになると、母と弟が“海から”やって来るのである..その時、海上に真っ赤な流れ星が落ちる。それが、少年の母と弟がやって来るしるしなのだ。やがて訪れたふたりを前に、邪魔するなとミッドナイトを追い返す少年。ミッドナイトには、やはり少年しか見えないのだが..

 ミッドナイトは、3年前、この海上で乗客全員死亡の大惨事となった航空機事故があったことを知った。その飛行機は、真っ赤な流れ星のような火の玉となって、海に落ちていったのだった。その犠牲者の中に、あの少年の母と弟がいたとすると..毎年、夏に会いに来るのか..

 翌日、新聞社で記録を調べたミッドナイトは、事故処理がまだ終わっておらず、補償金も支払われておらず、遺体すら全員分は見つかっていないことを知った。その夜、大きな地震が! 震源地が近い! 津波が来る!

 少年は、その夜も海辺で遊んでいた。迫り来る津波の中、ミッドナイトの車は、波打ち際からほとんど海中にまで飛び込んで、間一髪、波に飲まれた少年を救出するが..少年は、後部座席でドロドロに腐敗し、骨も残さずに溶けてしまった..!!

 後日、ミッドナイトは、あの航空機事故の犠牲者の中に、母子3人づれがいたことを、母スミ子と弟ヒロシの遺体は見つかったが、兄タツミだけがまだ行方不明であることを知ったのである..

 幽霊と出会う少年もまた幽霊であるという、怪異譚。ミッドナイトも目撃する(“しるし”としての)赤い流れ星のことなど、全く理屈に合わないのだが、こういう程々の不合理(超論理)が、怪談を味わい深くするのである。

*ACT.17(第2巻 ACT.5)

 夜明けも近いのに、松本へ行こうとする客は、そんな遠くへは、と渋るミッドナイトを、“今から掘り出す何千万円もの財宝の10分の1をやるから”と説得した。

 彼の父の唯一の遺産である松本の山林。それを売り払ったあとになってから、そこに宝物を埋めた、という父の遺書と地図が発見されたのだ。確かにあの土地は不動産屋のものだが、宝物までは売っていない。それは僕のものだ。明日の早朝には造成工事が始まる。掘り返されたら終わりだ..

 その財宝は、昭和19年、父がまだ少年だった頃、脱走兵に託されたものだった。この世にふたつとない、何十万円もの値打ちのあるもの。少年はそれを山林に埋めたのだった。今なら何千万円もするだろう..

 松本の山林に着き、ミッドナイトにも手伝わせて捜索し、そしてついに地図に記された地点から包みを掘り出した時、青年は、ミッドナイトを背後から殴り倒して、埋めてしまった。分け前の10分の1を与えるのも惜しかったのだ。最初からそのつもりだったのだ。個人タクシーを使ったのも、足がつきにくいからだ。

 ミッドナイトの車に乗り込んで、やけに軽い包みを(不安になって)開けてみたら..中は腐りかかった紙の束である。楽譜の走り書き。こんなものになんの値打ちがあろう! 人殺しまでしたのに..激情してそれを破り捨てた時、ミッドナイトの車は、勝手に走り出し、彼を埋めた場所で止まった。掘り起こせ、ということだ。

 意気消沈した青年は、ミッドナイトを掘り起こす。命に別状は無かったのだ。青年は震える手で、ミッドナイトに、破り捨てた楽譜に添えられていた手紙を見せた。

これは あの 世界てきに有名なバイオリニスト ヤッシャ・ハイフェッツが 日本へ 大正12年に 来たとき 私の父がとくにたのんで 作曲してもらった子守唄です 私にとって かけがえのない 宝ものです いや、日本人、世界の人人の宝でしょう 心ない人間がこれをやぶりすてる前に これをあなたに托します。 お願いします。 脱走兵 有村より

 手塚治虫には、細部の仕上げ(あるいは論理的整合性)はガタガタだが、読後感は抜群にいい、という作品がいくつかある。これもそのひとつ。この青年にはミッドナイトを殺すほどの動機は無いし、殺したあとに足がつかないと考えるのは全く不可解である。ミッドナイトの車が山林の中を自力で走れるのはいいとして、ミッドナイトが何事もなかったかのごとく掘り返されるのも、ちょっと。しかし、この(物理的には、まことに)ささやかな宝物の正体と、結局、心無い人間に破り捨てられてしまった、という、その運命は、胸を打つ。

*ACT.9(第2巻 ACT.6)

 マサを追って上京して来たサリー。彼女はマサが、3年間も呼んでくれなかったので、待ちきれなくなったのだ。彼はミッドナイトの車の中で、サリーに事情を話す..いや、事情を話さずに、このまま故郷へ帰れ、と言う。俺も、2〜3日中にケリをつけて、帰るから..

 なぜ? 彼はボクサーになるという夢を抱いて、故郷を旅立ったのではないか? 3年間、目が出なかったとはいえ、くじけずにがんばってきたのではないか? ..俺はジムをやめた。もう東京では暮らせない。俺のアパートには近寄らずに、このまま帰れ、すぐに!

 そう言い捨てて、マサは車から降りて行ってしまった。諦めきれないサリーは、彼のアパートのアドレスをミッドナイトに渡す。マサと東京で暮らしたかったのに..

 しかしそこでサリーを待っていたのは、暴漢たちだった。彼女が拉致されたのを目撃したミッドナイトは、マサがアパートに戻ってくるのを待った。

 マサは帰ってきた。そこに残されていたのは、彼を呼び出すジムからの置き手紙。ミッドナイトにジムまで走らせながら、マサは事情を話す。ジムの実態は暴力団であり、八百長試合でアブク銭をかせいでいるのだが、一週間前、組長が(以前から八百長に逆らっていた)先輩ボクサーを殺した現場に出くわしてしまったのだ。俺は逃げた。もう、あそこにはいられない。そんな時に、サリーから、上京する、という電報が届いたんだ..!!

 待ち伏せられていることが判っていながら、ミッドナイトの制止を振り切って、サリーを救うためにジムに飛び込むマサ。銃弾の雨! そこにミッドナイトの車が暴れ込むが、時既に遅く、サリーはマサの死体にすがって泣き崩れる..

 一週間後、サリーはミッドナイトの車に乗る。故郷へは帰らず、当分、マサのアパートに住むのである。

「そんなに東京に魅力が?」
「マサオを殺した東京に、かたきをうつために住むのよ!」
「……どうやってかたきをうつんです?」
「悪ーい女になって、うんと迷惑かけてやるわ!」

 夜は悪を生む。その悪の一つがいま消えさり、いま生まれる。
 そして夜は明けていく。

 私は、このエンディングが、痺れるほど好きである。客観的には、彼女は、東京という怪物に飲み込まれて行くことになるのだろうが..主観的には、これでかたきを討つことになるのだ。作品名は伏せるが、主人公が、強大過ぎる敵であるCIAへの復讐の道程の末、ついにはCIAの長官になってしまう、という名作劇画があるのだが、それに通ずるところがある。

*ACT.21(第2巻 ACT.7)

 その女の客は、最初から様子がおかしかった。涙を流し、買い物篭をさすり..そして車から降りると、反対方向に戻るタクシーを拾って、去っていってしまったのだ。買い物篭を車内に置き忘れて..その中から赤ん坊の泣き声! 捨て子だったのだ!

 ピンチである。交番か病院に届けようにも、彼はモグリのタクシードライバー。捨て場を求めて走り回るが、踏み切りの手前で赤ん坊が大声で泣きはじめ、あまりのうるささに思わずブレーキを踏んでどなりつけたら..目の前の“遮断機の下りていない”踏み切りを、電車が通過して行った! 故障していたのだ..もしも止まっていなかったら?

 いつものラーメン軒に電話するミッドナイト。俺は警察に届けられないから、親父が届けてくれ。その頃、ラーメン軒では、男の客がやけ酒をあおっていた。病気の家内を見舞いに行かなければならないのだが、とても会いにいけない事情があるのだと言う..

 都内に向かうミッドナイト。トンネルの手前で、赤ん坊が今度はシートに粗相を。ぼやきながら路肩に車を止め、掃除をしている間に、トンネルの中では多重衝突の大事故が起きていた! 止まっていなければ巻き込まれていたところだった..

 ミッドナイトと赤ん坊は、ラーメン軒に着き、そこでやけ酒を飲んでいた男は、その子が彼の妻にそっくりであることに驚く。彼の妻は一ヶ月前に出産したのだが、産後の肥立ちが悪く、重態に陥った。彼女が生死のふちをさまよっている間に、赤ん坊は死んだ。そのことを知らずに子どもは元気だと信じている妻。ようやく回復して来た彼女に、赤ん坊を見せなければならない..この子を私にください! 家内にそっくりだなんて、奇跡だ。この子は大事に大事に育てます..

 ちょっと内容が分裂気味だが(ミッドナイトが二度にわたって命拾いする話は、別のエピソードにまとめる方が、座りがよい)、捨てられた赤ん坊が、ふたつの涙(捨てる母親の悲しみの涙と、拾う父親の喜びの涙)をつなぐ、心地よい物語。もしや、この赤ん坊に超能力が!?という方向には向かわなかったので、ほっとした。[;^J^]

*ACT.23(第2巻 ACT.8)

 午前5時。ごみ箱をあさっているのは..野良犬ではなく、タヌキの親子(母と2匹の子ども)である..と、見物している間に、タヌキは姿を消し、ミッドナイトの車の窓を、タヌキそっくりに顔を汚した清掃婦が叩く。もうしんどいから早引けして帰る、と。

「お客さん、顔がよごれてますね」
「そりゃね、ゴミの中にいれば、よごれるのはあたりまえだろ」
「ゴミ。お客さん、今そこにタヌキが」
「よくご存じね、わたしゃタヌキですよ」
「(ゲ)冗談じゃないですよ… 今そこにいるのを見たばっかりなのに」
「えーそーよ、毎朝ここらに来るんです」
「(既に腰がひけている)子どもさん……………二人いますか?」
「おやよくご存じね。娘が二人いますよ」

 完全にタヌキである。料金のお札は、木の葉にはならなかったが..

 一ヶ月後、ふと気まぐれを起こして、ミッドナイトは、化かされた現場に行ってみると..いた! あの清掃婦が通せんぼをしている! この先の道の上で、タヌキの親子が餌を食べているから、回り道をしてくれ、というのだ。

「おばはんもタヌキだろ!? 前にそう名乗ったぜ」
「からかわないでッ あたしゃ人間ですよ! 田月っていうんだよ」

 彼女は、近くの立ち腐れの空きビルの中に巣を構えている、タヌキの親子に餌をやっていたのだ。すっかり彼女になついている。とんだタヌキ騒ぎの真相が判明して引き上げるミッドナイトだが..今、化かされているのかも、知れない..

 数日後、あの空きビルは老朽化していて、いつ崩れるか判らない、と知ったミッドナイトは、車を飛ばす! その頃、ビルの中では、タヌキの母親が、清掃婦のオバサンをビルの入口から追い出そうとするかのごとく吠え掛かり、さらに駆けつけてきたミッドナイトの車の前に飛び出して、はねられてしまう! 駆け寄るオバサンと子ダヌキたち。その時、ビルが崩壊し、間一髪、彼らは下敷きを免れる。母タヌキは、ビルが崩れることを知っていて、オバサンをビルから遠ざけるために、わざとはねられたのだ..

 一ヶ月後、ミッドナイトの車を止めた、二人の女性。

「いつぞやは母がお世話になりました。
 あたしたち、二人の子どもです。
 あなたには、お会いできると思ってましたわ。
 母が亡くなったんで、わたしたち遺骨を持って、
 山へ帰ることにしたんです」
 ………
「ウーンちょっと待ってくださいよ…
 お客さんはなんて名前でしたっけ」
「あたしたち、タヌキというんです」

 彼女らが田月の娘だったのか、そうでなかったのかは、とうとう聞けずじまいに終わる。

 動物の親子の情愛と人間の親子の情愛のダブルイメージに、ビルの崩壊→母タヌキの死、という悲劇を織り込み、全編をリドル・ストーリーとしてまとめあげた、間然するところのない傑作。

*ACT.19(第2巻 ACT.9)

 毎晩、キヌタ公園でジョギングをしている若い女性。どうして真夜中にこんなヘンピな公園で?と、ミッドナイトは気にしていた。

 時差があるから、と、彼女は言う。目標はサンディエゴ国際マラソン。ジョギングどころではない。16時間も時差のあるサンディエゴに、あさって出発するのだ。国内では認められている彼女が、世界に通用するかトライするチャンス。そのために、今から生活時間を合わせているのだ。

 もっと都心で走ればいいのに? 神宮外苑で走っていたけど、暴走族にからまれるから..頭を紫に染めている男に..ミッドナイトには心当たりがあった。パープルのシゲという札付きだ。こいつはしつこい。キヌタ公園に練習場所を変えた位では..ミッドナイトは危惧しながらも、彼女にひとつ、お守りを渡す。ある女の子の心臓の音がはいっている、カセットテープである..

 その次の晩、出発前夜、彼女は暴漢に襲われる! 夕べのタクシー運転手にそっくりの男にだ。ミッドナイトが駆けつけた時は既に遅く、彼女は彼を見て悲鳴をあげる。

 ミッドナイトは、暴行魔を追う! 暴行魔のバイクは細い防波堤をウィリー走法で逃げるが、ミッドナイトの車も、5つ目の車輪を車体の真下から伸ばして、一輪車走法で追跡し、暴行魔を海に叩き落とす。やはり、パープルのシゲだ。ミッドナイトに化けて彼女を襲ったのだ。彼女はミッドナイトに襲われたと信じている。彼女に合わせる顔がない..

 ミッドナイトは彼女に電話をし..怒り泣く彼女に、確かにオレが犯人だ..警察に突き出してもいい..しかし、マラソン大会にだけは、出てくれ、諦めないでくれ..テープを聞いてくれたかい? あれはおれのダチ公が、事故で死にかけて、ずっと危篤のまま打ち続けている心臓の音なんだ..絶望から這い上がろうと努力している音なんだ..

 電話を切ってから、彼女はテープを聞き..そして翌日、サンディエゴへと旅立って行った..

 どうにも、後味の悪い話である。テープを聞いて、絶望を希望へと切り替えてゆく、という結末はいいのだが、ミッドナイトが、暴行魔という最低の汚名を着せられたまま、(不可能ではないのに)それを晴らそうとしないのが、納得出来ない。作者(物語)の都合により、登場人物が理不尽な目に合わされる、という、悪いサンプルのように思える。


*手塚治虫漫画全集 355

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Mar 31 1997 
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