*2019年08月26日:入院/左眼手術
*2019年08月27日:入院生活
*2019年08月28日:「危険なヴィジョン」
*2019年08月29日:右眼手術
*2019年08月30日:見落としてた
*2019年08月31日:退院
*2019年09月01日:「世界って、こんなに..
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*2019年08月26日:入院/左眼手術


 快晴。7:15に、4キロほど先の海谷眼科まで徒歩で発つ。今週いっぱい、白内障の手術のための入院である。当然のことではあるが「車では来るな」と言われておりましてね。バスを乗り継ぐのもタクシーを呼ぶのも牛刀で、結局、歩くことにしたという次第。リュックが微妙に重くてしんどかったが、その原因は、本とCD(とポータブルCDプレーヤー)であるという、教科書的に鮮やかな自業自得。[;^.^]

 8:05に着いて、即、入院手続き。手術前の検査。昼食。

 15:00頃に呼ばれ、抗生物質の点滴をしつつ、心電図もとりつつ、左眼の水晶体を取り除いて人工眼内レンズを入れる手術、開始である。もちろん、左眼だけの局所麻酔である。

 当たり前だが、瞼(まぶた)を閉じられない。器具で開いたままに固定して、乾燥しないように、ときどき液体(純水?)を流し込む。この、「目を閉じられない」=「瞼が無くなってしまったかのごとくである」という状況から、ただちにレグルス(※1)を想起して、無意味な恐怖に自沈する..まったく我ながらなんとかならんかこのTPOを弁えぬ無駄な教養。[;^.^][;^.^][;^.^]


※1

 レグルスとは、ポエニ戦争でカルタゴ軍に敗れて捕らえられたローマの将軍である。宣誓の上、釈放された彼は、和を講ずるためにローマに送られたが、敵の条件をのまぬようにと元老院に進言し、その後、宣誓を破棄するように勧められるもそれを拒否して(カルタゴ人との約束を守って)カルタゴに(再び捕らえられるために)戻り、そして、凄惨な拷問を受けて死んだ。ローマの軍人の鑑と称えられたのも当然であるが、その拷問というのが、暗い地下牢に閉じ込められ、両瞼を切り取られた上で牢獄から引きずり出され、眩いばかりの陽光に晒されて失明する..という、物凄いものである。

Picture

 レグルスが最後に視た光景を「彼の主観映像で(!)」絵画化したターナーの傑作を、私は、2013年のターナー展(東京都美術館)で観ている。そのときに購入した図録からスキャンした画像を添付しておくが、実物の迫力は、こんなものではない。黄色い「輝き」というか「ぎらめき」が、まさに観客の目に突き刺さってくる、もの凄い色彩なのであるが、管見の及ぶ限り、この作品を収録しているどの画集/図録も、実物の色彩を再現できていない。

 (画集によっては、この作品は、レグルスがカルタゴへの帰路につくところを描いている、と、解説している。ターナーの真意は調べてみないとわからないが、今は、その時間が取れない [;_ _]。いずれにせよ、「レグルスが視させられた最後の光景」という解釈の方が、圧倒的にロマンティックで面白いので、私はもちろん、こちらを採る。[^.^])



 閑話休題。

 当然、痛くはないのだが、圧迫感はある。「あぁ、いま、水晶体を破壊して引きずり出しているのだな..」とか想像できてしまったりする [;^J^]。映像的には、なんとも表現の難しいホラー体験である。

 16:15に手術が終わって病室(4人部屋)に戻り、17:15まで安静。左眼には眼帯。その上から眼鏡をかけて右眼で見るのだが、眼帯の厚みがあるのでぴったりフィットせず、どうにもピントを合わせづらい。

 17:10、夕食。ベッドで読書。21:00、消灯。こんな時刻から眠れるわけがないので、ベッドサイドライトで読書を続行。しかし(先述のとおり)眼鏡をきちんとかけられていないので、疲れる。読書は中断して、持ち込んだCDのうち1枚を、同じく持ち込んだコンパクトCDプレーヤーとヘッドフォンで聴く。(カーテンを隔てた隣のベッドまで音が届かないように、かなり気を使った。)聴き終えてから、無理やり就寝..

 ..案の定、2:00前に起きてしまった [;_ _][;^J^]。仕方がないので今度は「ファウストの劫罰」を聴き始め、寝落ちするかと思っていたら2枚組を聴き終えてしまい [;_ _]、もう今さら仕方がないので、朝まで眠らずもんもんと。[;_ _]

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*2019年08月27日:入院生活


 6:00前に、看護師さんに、左眼の眼帯を外される。焦点距離30cmの単焦点レンズである。なるほど、その前後の距離は、裸眼で鮮やかに見える。しかし以前は、非常に細かい(小さい)ものを(大きく)見るために、距離5cmぐらいまで目を近づけてピントを合わせることができたのだが、それはできなくなった。今後は、拡大鏡が必要だ。

 もちろん、中遠景はぼやけている。退院したらすぐにメガネを新調しないと、車の運転はおろか、壁の時計を見ることも困難だ。これでも視力は大幅に(図式的に言えば0.01ぐらいから0.1ぐらいに)改善しているので、これまでの眼鏡は、度が強すぎて使えないのだ。(このあと、眼帯を装着し直した。)

 今回持ち込んだCDは、主としてベルリオーズ。比較的最近購入したまま未開封だったものを、適当にひっつかんでリュックに詰め込んできたのだが、改めて確認してみて驚いた。全部で6セットあるのだが、「幻想交響曲」「イタリアのハロルド & 夏の夜」「ファウストの劫罰」「ロメオとジュリエット」「キリストの幼時」「死者のための大ミサ曲」..ものの見事に、ひとつもダブっていない [;^.^]。「テ・デウム」や「葬送と勝利の交響曲」が無いのが、不思議なほどである。[;^.^](これらプラス、ももクロなど数枚。)

 7:00過ぎから診察。8:20から9:35まで、抗生剤の点滴。終わったら、すぐにまた診察が始まり、10:20に終わる。読書とCD。

 12:00、昼食。13:10から14:00まで、診察。

 左眼で見ると、ものの周囲にボワンとゴーストが見えて、面白い。散瞳薬による、一時的な現象らしい。

 14:55、生活説明会。入院中は、目薬のタイミングや眼帯のつけ外しは看護師さんが管理してくれるが、退院したあとも引き続きそれらによるメンテが必要になるので、その手順とか、洗顔や洗髪はいつから再開していいか、とか。

 手術後、視力が安定するまで1ヶ月ほどかかるので、眼鏡はそれから作るように..と言われても困る。仮でもいいからすぐに作らないと、生活が不自由である。

 夕方から、激しい雨。

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*2019年08月28日:「危険なヴィジョン」


 6:00、朝食。6:45、診察。11:20、診察。12:00、食事。17:00、食事。

 ..まぁ、これだけですませるわけにもいかないだろう [;^J^]。本日、「危険なヴィジョン 完全版」(ハーラン・エリスン編、ハヤカワ文庫)の「」を読了したので、既読の「」「」とあわせて、トータル33編の中からピックアップしておこう。

 「」の収録作からは、「夕べの祈り」(レスター・デル・レイ)−神と人間の力関係の逆転。「蠅」(ロバート・シルヴァーバーグ)−異星人に良心を(その削除も含めて)弄ばれる。「火星人が来た日の翌日」(フレデリック・ポール)−公衆の(無知)無関心。「マレイ・システム」(ミリアム・アレン・ディフォード)−“精神的刑罰”もの。「ジュリエットのおもちゃ」(ロバート・ブロック)−タイムマシンで過去の人間をさらってきては凌辱し惨殺している娘が、切り裂きジャックをさらってきてしまった。「世界の縁にたつ都市をさまよう者」(ハーラン・エリスン)−その続編。未来都市は切り裂きジャックを永遠の俘囚とする。「すべての時間が噴きでた夜」(ブライアン・W.オールディス)−時間資源を未熟な技術で取り扱おうとして失敗し、破局に至る。

 「」の収録作からは、「月へ二度行った男」(ハワード・ロドマン)−表層的なレベルではとても解りやすい寓話であるが、よく読むと、最初はありえない夢物語、2回目は誰も顧みない過去の夢物語。「父祖の信仰」(フィリップ・K.ディック)−「高い城の男」的並行世界と、幻覚で人類を操る「神」。「ジグソー・マン」(ラリイ・ニーヴン)−死刑囚の臓器が有効活用される(ので死刑が廃止されない)未来社会。「骨のダイスを転がそう」(フリッツ・ライバー)−これは昔から大好きな、雰囲気抜群の傑作。要は魔女もの。「わが子、主ランディ」(ジョー・L.ヘンズリー)−これもまた「神」もの。 「理想郷」(ポール・アンダースン)−価値観の転変もの。オチのゲイネタは、当時は「危険」だったのかな? 「性器および/またはミスター・モリスン」(キャロル・エムシュウィラー)−初読時には意味がわからなかった。珍しいテーマ(かも)。「最後の審判」(デーモン・ナイト)−今となっては珍しくはない、人類が勝手に滅亡してしまい、最後の審判を間に合わせられなかった(無用の)神の話。

 「」の収録作からは、「男がみんな兄弟なら、そのひとりに妹を嫁がせるか?」(シオドア・スタージョン)−その星の近親相姦文化が忌み嫌われ、交易すれば大変な利益をもたらすにもかかわらず、全宇宙社会から無視/差別されている。絶対のタブーとして描かれているのだが、現代ではどうだろうか? 「代用品」(ヘンリイ・スレッサー)−ショートショート自体も悪くはないが、それより作者あとがきの「もっとも危険なヴィジョンとは、薔薇色の楽天的なヴィジョンである」が印象的。「幸福な種族」(ジョン・スラデック)−マシーンが全てを心地よく完璧に管理して人間をスポイルする、天国的なデストピア。「俺たちはみんなちゃんとした仕事をしてたし、みんな賢かった。ずっと昔は。今じゃみんな馬鹿になってしまった。このざまだ」−21世紀の現実が、見事に予見されている。

 「ユダ」(ジョン・ブラナー)−神(実はロボット)を作ってしまった科学者(技術者)が、その「神」を破壊しにくるが、うっかり聖書の記述(3日目の復活)をなぞることになってしまい、神話(宗教)の強化に手を貸してしまう。「破壊試験」(キース・ローマー)−精神攻撃による拷問の極致..というわりには、肉体的苦痛に終始している。最後に(拷問を受けている)主人公の妻子を出現させるのだが、要するに焼くだけであって、レイプして彼に精神的苦痛を与えるわけではない。このあたり、まだまだ生温いのだが、そこまでは思いつかなかったのか、時代故の作者か編者の自粛か。耐え抜いた主人公は強大な力を手に入れ、今度は抑圧者(拷問する側)に回る。「カーシノーマ・エンジェルス」(ノーマン・スピンラッド)−基本的にはバカSFだが、どんどん汚い大金持ちになっていく前半が、意外に面白い [;^.^]。あとがきに考えさせられる。この時代には、癌は梅毒なみに、汚い/忌み嫌われる/恐怖の対象である/病気・病名だったということか。それを題材として取り上げるだけでも、「危険なヴィジョン」たり得たということか。

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*2019年08月29日:右眼手術


 6:00、食事。7:00、診察。11:15、右眼の手術の準備開始。11:25、点滴開始。手術を開始した時刻については、時計を見ることができなかった。

 左眼で経験済みなので、前回ほどには緊張しなかった。手術中に「見える」映像が、左眼のときと微妙に違うのは、面白い。

 12:05、手術を終えて病室に戻った。抗生剤の点滴は12:45に終わり、それから昼食。これまで書いてこなかったが、食事のメニューは、別に面白くもなんともないので、特に触れない [;^J^]。同時期に別の病院に別の病気で入院していた会社の同僚の場合は、献立自体に意味があり、毎回フェイスブックに投稿されるその写真は、なかなか興味深いものであったのだが、こちらの場合、そういうのが全然ありませんでしてね。[;^J^]

 17:00に夕食。21:00に消灯..だから、無理だって [;_ _]。今夜も、23:30に起きてしまったではないか。ベッドの中でゴロゴロするが、眠れる見込みがないので、3:30頃からベッドサイドライトで読書。

 雨、降り始める。雷も鳴り始める。

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*2019年08月30日:見落としてた


 6:00、食事。7:00までに診察終了。8:10から8:40まで、また診察。9:00から9:40まで、点滴。

 10:05から、20分ほど検査。12:30から30分ほど検査。17:00、食事。(いちいち書いてこなかったが、空き時間は読書かCD観賞。ほかにやることがない。[;^J^])

 8〜9月の展覧会観覧予定を(8月16日の日記に)アップ済みであるが、見落としがあることに気がついた。

*東京藝術大学大学美術館
 「円山応挙から近代京都画壇へ
 後期:9月3日(火)〜9月29日(日)まで

*国立民族学博物館
 「特別展「驚異と怪異」
 〜11月26日(火)まで

 東京藝術大学大学美術館については、見落としというよりは、前期に行ける可能性が無かったので、やさぐれて外していたんだろう、たぶん [;^J^]。後期には行く時間を取れそうなので、すねてないで行こうかなぁ。[;^.^]

 国立民族学博物館は、万博公園にある、あそこだな。ずいぶん昔に行ったことがあるっきり、ご無沙汰である。こちらは会期に余裕があるので、大阪に行く用事があれば、それと相乗りさせればいいか..(などと油断してると、危ないのだが。[;^J^])

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*2019年08月31日:退院


 6:20、食事。7:10から8:10まで診察。あとは最後の視力検査と会計なのだが、本日の退院者が多いので、処理に時間がかかっている。11:15、ようやく視力検査。看護師さんに、すぐにでも(仮の)眼鏡を作りたい、と訴えたら、もちろん、病院内には眼鏡屋の出張オフィスがあるのであって、12:10から、そこで眼鏡作りの検査をし、処方箋を作ってもらえた。

 12:45に会計をすませ、隣接している(海谷眼科内に出張している)眼鏡屋に処方箋をもっていって、眼鏡を作ってもらう。本来、遠近両用が必要なのだが、まだ視力が安定していないので、近視対応のみのレンズ。これで中遠景の視力は1.2、確保できているので、車の運転もできる。ただし、手元は見づらい。30cmの距離でもピントが合うことは合うのだが、なんというか、緊張感が伴う。疲れる。1ヶ月後には落ち着いているはずなので、改めて作り直すことになる。それまでは、近距離は裸眼で対応する。

 13:05、眼鏡屋を退出。自宅まで徒歩で帰る途上の中華料理屋(店名失念)で、餃子ランチ。

 朝は晴れていたのだが、時折ポツポツ雨。折り畳み傘の出番である。14:50、帰宅。

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*2019年09月01日:「世界って、こんなに..


 ..明るかったんだ!」


 ..と、ラノベのヒロインのコスプレをして叫ばなければならないらしい [;_ _]。白内障の手術をした者は..[;_ _][;_ _]

 ..辱(はずかし)めである..[;_ _][;_ _][;_ _][;^.^]

 今回、私は、そこまで症状が酷くなる前に(視界が狭まったり、ほとんど見えなくなってしまう前に)手を打ったので、術前/術後で、そこまで大きな差はない。ただし、当たり前だが「カスミ」が完全に消えたので、「黒」がいつでも「黒」として見えるようになり、視界のダイナミックレンジは、確かに大きくなった。[^J^]

 眼内レンズを入れたあとからだと思うのだが、目がときどき軽く痙攣するというか、視界の外周あたりでフクフクフクフクッと、「トレモロ」が発生する。明度や見え方には影響がなく、特に不都合は無いのだが、原因は知っておきたい。来週早々、フォローの診察があるので、そのときに相談することにしよう。

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Sep 6 2019
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