*2004年01月26日:意外に使えん富塚のツタヤ
*2004年01月27日:引きこもる
*2004年01月28日:幻想的撃墜法
*2004年01月29日:KANのインプレ
*2004年01月30日:凍る教室
*2004年01月31日:甘酒など
*2004年02月01日:研修第一日
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*2004年01月26日:意外に使えん富塚のツタヤ


 帰宅時、富塚のツタヤに寄って、友人からメールで推薦されていた(J−POPの)CDを探すが..見付からない。大江千里は1枚しか在庫が無く、これは推薦されていたものではない。今井美樹は10枚以上あったが、同様に対象外。KANもベスト盤が1枚あっただけだが、KANについては「どれを聴いてもいい」、ということであったので、これのみレンタル。7泊8日。

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*2004年01月27日:引きこもる


 心身不調。ここはスパッと休むべきであろう、と、有給休暇を取る。(本日中に私が処理しなければならない案件は無いはずである。遅れは、明日の午前中に取り戻せばよい。)

 昼過ぎまでフトンの中。流石に腹が減る余地がなく、結局、三食抜いた。

 深夜少し前に、友人が来る。心身ともに復調する。

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*2004年01月28日:幻想的撃墜法


 友人と夕食。藤田屋(金指街道、三方原、100円ショップ「レモン」の向かい)で、つけ麺。私は、なかなか美味いと思ったが..スープは温かいのに麺は(氷で)冷やしている点が、いまいち理解できなかった。つけ麺って、こういうものだったっけ? 最初のうちはいいのだが、どんどんスープが冷めていってしまうのだ。私は、食べる速度が遅い(時間がかかる)タイプなので、終わり頃には、ぬるいスープに冷たい麺をつけて食べることになってしまって、いまいちであった。このメニュー、食べる速さによって、相当印象が異なるのでは。

 「内田百けん集成 11 タンタルス」(ちくま文庫)の中に、素敵なエッセイを見つけたよ。「舞踏や映画が時間の上に拡がると云う点で、空間芸術の絵画よりも、時間の芸術である音楽に近いと云う様な考え方からすると、飛んでいる飛行機も音楽の一種であるかも知れない」..という、実に素晴らしい文章からはじまる、「飛行機と箏」である。

 飛行機と箏(の演奏)をこよなく愛する百けんは、飛行機の操縦と箏の演奏との、ある共通点を指摘する。そして、敵国の飛行機の空襲に思いを巡らせ、「高射砲の射撃や空中戦で相手の飛行機を落とすと云う事は、直接の手段であって、有効であるには違いないが、考え方としては幼稚であり原始的であって、どうも分別が足りない様に思われる」、として、ある、飛んでもない「撃墜方法」を呈示してみせるのである。ヒントは、「目羅博士の不思議な犯罪」(江戸川乱歩)、または「蜘蛛」(エーヴェルス)、または「見えない眼」(エルクマン=シャトリアン)である。

 わけわからんでしょ、知りたいでしょ [;^J^]。しかしこの奇想は、やはり百けんの原文で読んで(味わって)頂きたいものである。[^J^]

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*2004年01月29日:KANのインプレ


 月曜日にツタヤで借りてきたのは、「TREASURE CLLECTION KAN BEST」(POCH−9015)である。簡単なインプレを書いておく。

 もちろん、昔からKANぐらいは知っている。但し、「愛は勝つ」と、あと1〜2曲しか知らなかったわけであり、今回初めて、10曲以上、まとめて聴いたのである。

 特にうまい歌手だとは思わないが、どこか「誠実な感じ」のする歌い方であり、それと歌詞がうまくマッチした時に、良い結果が出ているように思える。つまり、どちらかと言えば他愛ない、素直な歌詞の曲が良い(と思う)。

 印象に残ったのは、「だいじょうぶ I’M ALL RIGHT」「言えずの I LOVE YOU」「東京ライフ」「プロポーズ」「まゆみ」「すべての悲しみにさよならするために」あたりかな。そしてやはり、「愛は勝つ」が、(ちょっと気恥ずかしいほどに俗っぽくはあるが、)際だった名曲だと思う。

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*2004年01月30日:凍る教室


 ネタが無い日は、想い出話。30年以上前の、中学二年生時分の、とある授業風景である。

 当時の私は、クラスの中で“いくらか”孤独であった。自他共に認める優等生であり、私の“同類”(成績が良くて、大人しい子)の中には、いくらか親しい連中もいたのだが、なにしろ“大人しい”活発ではない連中であって、特に積極的に付き合う気にはなれなかった。(向こうも、そう思っていたであろう。)そして、「勉強はあまり良くできないが、活発で元気」な多数派からは、敬して遠ざけられていたと自覚する。(但し、イジメの対象にはならなかった。そもそも、こんにち的な意味でのイジメは、ほとんど無かったように思う。少なくとも私は、目撃したことがない。)休憩時間や放課後には、クラスの中には特に話し相手になる友人もいなかったので、ブラバン(吹奏楽部)の部室に“逃げ込んで”、そこで(わたしの主観的には)知的な会話を交わすなどして、知的な渇を癒していた..と、記憶する。(以上、背景説明、終わり。)

 さて、ある日、国語の先生が休まれたので、授業が自習になった。国語に限らず「自習」と言えば、個人作業になるのが普通であろうが、その日は何故か、通常の授業のように、「教科書の読み合わせ(輪読)」が行われたのである。テキストを席順に回しながら読んでいく、アレである。「自習風景」としては、いかにも不自然なものであるので、もしかすると副担任か誰かがそれを行うように指示して、座を外した(教室から出ていった)のかも知れない。(数分ないし数十分後には、進行状況をチェックしに戻る、という前提で。)

 さて、この時の「読み合わせ」方法であるが..「つっかえたら、次の人に回す」、という方法が採られた。いまとなっては全くおぼろげな記憶なのだが、まぁ大体、3〜5行くらいで回っていったのではないかと思う。国語の苦手な(成績のあまり良くない)生徒は、1行と保たないし、優等生になると、半ページくらいは読んでしまう。

 そして私に回ってきた。

 ここで問題が生じた。

 中学二年生時分の私にとって、中学二年生の国語の教科書の「難易度」などチャンチャラおかしいものであって..つまり、読んでも読んでも、全っ然、つっかえないのである。[;^J^](時間が許せば、1冊まるごと一度もつっかえずに読みあげてしまったはずである。)

 次の人に回らない..全然つっかえないばかりではなく、「つっかえるかも知れないなどという気配を全く感じさせぬ、完璧に安定した語り口で」、既に数ページ以上..

 教室内の空気は次第に冷え、雰囲気は僅かずつ(無音・無言だが)悪化して行く..[;_ _][;^.^]..内心、私も焦りがつのる一方である。早く、次の人に回したいのだが..止める方法が存在しないのである [;^J^]。「わざとつっかえる」ことは理論的には可能であるが、現実には不可能だ。不自然すぎる。ここまで楽々クリアしてきた私が、なんでもない平易な文章や漢字でつっかえるのはおかしい。それをやったら、誰にでも、「わざと止めた」ということが判ってしまう。そんなことはできない。それは、「一生懸命読んだのに、結局つっかえてしまった」級友たちに対する、侮辱以外の何物でもない..(「へへーん、えらいよ。次の人に回してくれるよ恵んでくれるよ。いったい、なにさまのつもりなんだよ..」)

 先生(あるいは副担任)がいれば、介入して、この場を救ってくれたろうが..私は全く為す術もなくスラスラと読みあげ続け、そして空気は、徐々に凍り付いてゆく..

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*2004年01月31日:甘酒など


 午前、浜松市立中央図書館で、1冊借りてくる。

 午後、いつもの友人が甘酒持参で来訪してくれたので、チンして飲む。

 KANのCDをツタヤに返却。ツタヤと山本書店で漫画本を5冊買う。

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*2004年02月01日:研修第一日


 午前中、軽く休日出勤。出荷目前の某製品のチェックである。

 昼前、11時には退社して、浜名湖畔の「カリアック」という施設に向かう。今日の午後から二泊三日の研修である。(数年に一度は、ここでなんらかの研修を受けている。)

 まず、大食堂で昼食。なるほど、和洋折衷か。ご飯と味噌汁に、おかずはスパゲッティとポテトグラタンである [;^J^]。これは、先手を取られたね。[;^.^]

 研修の内容は、企業機密ではないはずなので、ま、差し障りが無い程度に。要するに各人のマネージメントスキルの「掌握」である。(「向上」ではない。)設定されたさまざまな状況の中で、どのように振る舞うか。

 前回もやった「インバスケット演習」では、新任の管理職として、着任したばかりの部署の問題点に2時間で対処する。土曜日に(ひとりで)休日出勤しているという状況設定で、前任者が未処理のまま残した20件以上の案件(メールやFAX等)から、この部署に何が起こっているかを推察し、各案件を処理(返信など)していく。

 今回の設定では、とある開発プロジェクトの末期で、比較的順調に推移しているチームと、遅れていて残業・休出に追いまくられているチームの反目、自分勝手に設計仕様の変更をするメンバー、クライアントの要求をちゃんと聞いてこなかった営業、現場の事情を知らない上司、等々、崩壊寸前・一触即発の状態にあるのだが..ま、私くらい長年開発をやってると、今回の課題とほぼ相似のケースは経験しているわけで [;^J^]、それを当てはめてみる [;^J^]。また、この課題に登場する、自分勝手なプログラマ、不平たらたらのプログラマ、全体が見えていないマイペースのプログラマ、優柔不断で決断力のないチーフプログラマ、等々、ほぼ相似の実在の(中略)てみると、リアリティがグググッ、と増すわけである。[;^.^]

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*解説


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 5 2004 
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