捜索 (1942)


 本短編集の悼尾を飾る「捜索」こそ、極上の名品である。どこが名作なのかと問われても、実は説明に困るのだが。

 主人公は、2週間の記憶を失った、セールスマンのドレイク。病院で目を覚ました彼は記憶を取り戻すために、倒れていて発見された現場の、とあるローカル線沿線に向かった。彼はそこで旧知のケリーに出会う。ケリーは2週間前にドレイクが何に巻き込まれたのかを、(発端だけ)知っていた。

 それは、不思議な親子連れ−若い娘とその父である老人だった。セラニーという名の娘は、父が作った不思議な道具を、このローカル線の車中でひとつ1ドルで売っていたのだ。それは例えば「あらゆる色のインクを、無尽蔵に吹き出す万年筆」であり「様々な色の清涼飲料水を(空中の気体を原料として生成して)満たすコップ」であった。しかし別の老人があらわれてセラニーの売った物品を壊し、セラニーを、ケリーの言葉によれば「世の中でもっとも手きびしい販売課長が最高に不機嫌になってるとこの顔を一箇所に集めたみたいなつら」で睨みつけると、セラニーは顔面蒼白となって逃げていった。それをドレイクが追った。これが2週間前に、このローカル線で起きた事件。

 この事件のあとを追って、ドレイクは同じ駅で降りた。彼は2週間前、ここで降りて、娘のあとを追ったのだった。目撃者たちの証言によると、彼は森の奥へ、親子連れ(娘と父のこと)を追ってゆき、そこで世にも奇妙なトレーラーを見出したのだった。それは巨大で不思議な流線型をしていて、その内部は豪奢を究め、その中に忍び込んだドレイクは、様々な不思議な道具(商品)を、その中に見つけた。そこに娘が帰ってきて……そして、トレーラーの中に忍び込んでいたドレイクと、何かすったもんだがあった挙げ句、トレーラーごと“消滅”してしまったのだという。

 2週間前に自分の身に何が起こったのか、混乱するばかりのドレイクは、調査行の帰りに、例の“目つきの厳しい”老人に出会い、そして気がついた時には−−巨大な空間を有する部屋に寝ていた。巨大な丸天井のドーム。高さ60メートル、幅90メートルというとてつもないドームで、長さ方向は、遥か彼方まで果てが見えなかった。


 えんえんと続く廊下は果てしがないのだ。前後にその廊下は伸びて行き、その果ては灰色の大理石と灰色の光の塊りとなって霞の中に没してしまう。二階、三階、四階と張り出した歩廊があり、各階に手摺りで仕切った脇廊下が見える。廊下には無数のきらきら光るドアが並び、所々にさらに分れて廊下があって、それぞれがこの化物のように巨大な建物の広がりを示していた。

 あの老人は、何故ドレイクをこんな(地球上にはあり得ない)建物に連れてきたのか?

 この不思議な巨大な建物は、霧に包まれていた。ドレイクはここから脱出しようと、霧の中に踏み出したが、数歩とゆかぬうちに、階段も地面もない、底無しの霧の塊の中に足を踏みいれてしまい、慌てて戻ったのである。

 果てしない廊下に戻ったドレイクは、手当たり次第の部屋に入り込んで、書類を読む。そのなかには、「能力者キングストン・クレイグ報告書適用」という書類がいくつもあった。どうやら能力者とはタイムトラベラーであり、彼らの仕事とは、歴史の改変のようなのだが、ドレイクにはまだそれが明確には認識できない。そしてクレイグとはどうやら、ドレイクのことのようなのだ。ふと気がついた時、彼は豪華な寝台に寝ており、隣には女がいた。慌てるドレイク。しかし女は落ち着いた声で、“いつ地球に行くのか?”と問う。混乱の極地のドレイク。ふと、人の気配に気がついたドレイクはドアから飛び出し、あの果てしない無人の廊下に、人波が満ち溢れているのを目撃する。

 プライスという男がドレイクの前に現われ、事態を説明する。要するに、人気のない廃墟だった廊下と、人が満ち溢れる廊下とは、パラレルワールド(「蓋然性の異なる世界」)の関係であったのである。ここは<不死宮>。能力者(タイムトラベラー)の拠点。能力者の総数は3000人位のもの。<能力者>の出生地は極度に偏っており、それはドレイクの出生地と重なっていたし、<能力者>の身体の著しい特徴−左右反転しており、心臓が右側にある−もまた、ドレイクのそれと一致していた。つまりドレイクは、<能力者>の一族だったのである。

 ベッドの隣で寝ていた女は(まだ子供だった頃からは想像もできないほど成熟していたが)セラニーであり、ドレイクの妻だった。以降、彼女から事態が説明される。彼女の父は、娘共々、時間旅行能力を有していたが、<能力者>たちの思い上がりを不快に思い、彼らによる(善意の)歴史改変を妨害しようとしていたのであった。その彼の時間旅行能力を奪ったのがドレイクであり、彼の妨害によって、3人は17世紀のアメリカに“座礁”する。父を懸命に説得したふたりは..

 ..申しわけない、ここからあと、最後の3ページの説明と顛末が、何度読んでも理解できないのである。[;^J^] 要するに、物語の発端であった、トレーラー(とドレイク)の消失事件がおこり、結果として2週間の記憶喪失症となったドレイクの、記憶を探し求める物語が始まるのであるが..


 結局何が起こったのか良く判らない、これは、著者の(特に)長編で極めてしばしば見られる現象であり、そしてそれは欠点であるどころか、むしろ輝くばかりの魅力なのである。この特徴は、中短篇ではむしろ余り見られない(訳のわからぬ展開に至る前に、終わってしまうのであろう)のであるが、この作品では、わけのわからなさという特徴が、存分に発揮されている。解決されない伏線群も、そのことになんの不都合があるのだと言わんばかりに、放り投げられている。

 何よりも、<不死宮>。最初に訪れたときには、広大な空間が全く無人であり、そこをさ迷った挙げ句、逃げ出そうと外の霧の中に走りこめば、“底無し霧”であり……そして目覚めた時には、隣に女。<不死宮>に帰れば、そこを埋め尽くす群集...

 この、漂うように流れるシーンの連続に、私はとことん痺れた。単に夢のロジックの精確な描写だというだけではなく、「最初は無人、のちには雑踏」の廊下に、筆舌に尽くしがたいSF的センス・オブ・ワンダーを感じたのである。このシーンを、何度夢に見たか判らない。ロジックでは解明できない、濃密な夢の原形質で構成されたヴァン・ヴォークトの宇宙が、これだ。


(文中、引用は本書より)


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MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 28 1996 
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