魔法の村 (1950)


 火星の砂漠に不時着した宇宙飛行士、ジェナー。飢えと渇きで遭難死するばかりだった彼は、無人の村に辿りつく。口笛のような、かん高くて耳障りな音が聞こえて来る、小さな集落だった。

 そこには食糧になるようなものは、何もなかった。ある部屋で眠り込んだ彼は、翌朝、例の不愉快な音と、毒液の噴霧を浴びて、飛び起きた。自動装置だったのだ。遠い昔に死滅した火星人にとっては心地好い音楽であるに違いない、かん高い音。彼らにとっては快適だったに違いない、シャワー。他の部屋に入ってみると、異形の生物のための食料が壁から出てきた。ここは旅人のためのオアシスなのだ。ただし地球人にとっては何の役にも立たず、逆に有害で危険である。

 しかしここで水と食糧を得なければ、彼は死ぬ。彼は村の自動装置の原理を必死に調べる。なんとこの村は、土台の上に建っていない、まったくの砂上楼閣であった。この小さな村の建家と観葉植物は、砂漠の物質を分解・再構成して、直接そこから“生えて”いたのだ。提供される食糧もシャワーの原料も、砂漠の物質から作られているのだった。

 この村は旅人に“適応”し、旅人が必要とする物品を模倣して、提供する能力があるようだった。彼は食べ残しの食糧の破片、水筒の底の水の一滴などを、村に見せ、その貧弱な(しかし、村が精一杯努力して創りあげた)イミテーション、不味い食糧と水(のようなもの)で、数日間の命をつなぐ。しかしこの砂漠の中で、どれほどの水の原料が得られるというのか? さらに、砂や岩石から原料を抽出出来ない物品を作り出そうとする時、村は、自らの構成物件の一部を分解するのだった。

 村の誠意は疑うべくもない。しかし、原料の不足は絶望的かつ決定的である。この小さな村が、仮に自らを完全に分解して奉仕したとしても、彼の命をそう長くは持たせることは出来まい..

 ..ある朝、彼は甘美なバイオリンの音に目覚めた。あのひゅうひゅういう不愉快な音が、この音楽に変化したのだ−−村が音楽を彼に合わせてくれたのだ!


 いそいそと斜面を這い降りたジェナーは、近くの溝のある仕切りに向かった。鼻を床にすりつけて這って行くと、溝の中が湯気を立てた食物で一杯になる。何ともいえず豊かな芳香がし、ジェナーは顔を突っ込むとがつがつとむさぼり食う。濃い肉スープの味で、唇にも口内にもしみ込むような暖かさ。全部平らげたが、初めて水を飲まずに我慢できる。
「勝ったぞ!」とジェナーは思う。「ついに村が方法を見つけてくれたのだ」
 しばらくしてふと思い出し、浴室に這って行った。天井を見守りながらシャワー室に慎重にそっと尻から入って行く。黄色いスプレーが降りかかり、涼しく実に良い気持。
 無我夢中でジェナーは4フィートの尾を振り回し、長いくちばしをもたげると、鋭い歯にこびりついた食物のかすを、ひたひたと降り注ぐ液体で洗い流す。
 それからよちよちと戸外に這い出したジェナーは、こころゆくまで陽光を浴びながら、時を知らぬ音楽の調べに耳を傾けるのだった。(終)

 そう、彼はついに“適応”したのである。


 実に素朴なワン・アイデアの、しかし不思議に印象に残る短篇である。もちろん、生化学的にはまるであり得ない急激な変態なのだが、そんなことは問題にならない。この不可能性を意味付けようとして、「観念的/主観的な変身である」とか「寓話である」とかいう理屈をこねまわす必要は、ない。ただこれだけの物語なのだ。

 この、魔法のごとく便利だが、地球人にとっては全く役に立たないどころか、有害極まりない“村”における、シンプルな変身譚を、そのまま楽しめば良いのである。


(文中、引用は本書より)


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MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 23 1996 
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