休眠中 (1949)


 その巨岩は、太平洋上の小さな島の湾岸で、波に洗われていた。1941年に日本軍が発見したまま顧みられず、1946年に、ほど遠からぬビキニ環礁で核爆発実験が行われたのち、1950年、米軍の調査隊がやってきた。これが悪夢の始まりだった。

 彼らはすぐに異状に気がついた。9年前の日本軍の写真と、岩の場所が違うのである。長さ130メートル、幅30メートル、重量は推定200万トンはあろうかという巨岩が、小山の中腹を400メートルも移動して、高さ120メートルの位置にあったのである。調査隊のひとりは、その岩に触れて、手首から先が焼け落ちてしまった。これはただの岩では、ない。

 以下、事件の推移が、人間側の視点と“岩の視点”から、交互に述べられてゆく。そう、この“岩”には、意識があったのである。

 その岩の名は、イーラ。数億年もの昔より、この場所で眠り続けていたのだが、数年前にビキニ環礁から流れ込んできたエネルギー波が、彼を目覚めさせたのである。彼には何か役割があったはずなのだが、余りにも長く眠り過ぎていた彼には、それを思い出すことが出来ない。彼が山に登ったのは、エネルギーの流れ来った源を見たかったからだ。地球がまだ熱く煮えたぎっていた頃に飛来した彼は、高エネルギー生物であり、彼の感覚ではここは生命のかけらもない、死の世界なのだった。彼は人間の存在を知覚しなかった。1950年にやって来た駆逐艦は、イーラの主観によれば、死の世界に現われた異生物であった。駆逐艦の動力源がどこにあるのか、イーラは知りたがり、最初の質問を思考波に乗せて駆逐艦に発した。爆発と放射能症で、34人が死んだ。

 非常事態である。原子力委員会が統括する調査団と資材が、続々と島に投入され、巨岩を調べるために、それを囲う塀が建設されるが、そこここの相手(ヘリコプターやトラック)に向かって発せられるイーラの思考波は、深刻な被害を広げていった。

 ついに(イーラには、その存在を認識すらされていなかった)人間たちは、愚かな決断を下した。イーラを砲撃で細かく砕こうというのである。攻撃を受けたイーラは、最初はこれが何かの信号であるのではないかと興奮するが、やがてそれが意志疎通の試みではないことを知ると、自己修復しつつ、この鬱陶しい砲撃を止めさせるために、動きまわる。時速10キロメートルで這いまわる巨岩は、駆逐艦とトラック群を、317人の人命ごと潰してしまった。

 生き残った人間たちは、全員島を退去し、48時間後、無人爆撃機が飛来した。イーラの思考波の照射を浴びた無人機は墜落するが、爆弾は誤たずに投下した。そして核爆発!

 猛烈なエネルギー照射を浴びたイーラは、ついに自らの仕事を思い出した。イーラは、恒星間戦争のただ中にここに送られてきたのだ。そしてその戦争は、今もなお続いているらしい。イーラはこの惑星に配置されたのち、たちまち敵にその能力を封じられ、長い長い眠りについていたのであった。今こそ、仕事にかかる時だ。


 イーラは太陽とレーダー信号の到達範囲内にある全部の惑星に照準を合わせた。それからきちんと定められた一定のプロセスに従い、体内の全遮蔽装置を解消する作業に取りかかる。圧力を高めてゆき、正確に計算された瞬間に重要元素を激突させるクライマックスのひと押しへと……
 一箇の惑星を軌道からはじき飛ばす大爆発だった。その震動は地球上の全地震計に記録された。が、地球が太陽へと落ち込みつつあることに天文学者が気づくまでには、まだしばらく時が必要である。そして太陽が新星の明るさに燃え上がり、太陽系全部を焼きつくしたあげく、G級のうす暗い星へと徐々に冷却して戻ってゆくのを生きて目撃する人類は一人も無い。
 百億世紀もの大昔、天地をゆるがしたあの戦争とはもう違う時代にいるのだと、かりにイーラが気がついたにせよ、イーラにはこうするほかになかったのである。
 ロボット原子爆弾は、自分で心を決める能力は持っていないのだから。(終)

 この無慈悲な力強さ、狂暴な美しさ、凶々しくも輝かしいビジョンを、見よ! これぞ、真のSFである。

 ここで作者は、超遠過去の宇宙戦争の生き残りを登場させて、このロボット原子爆弾と人間の物語に絡ませるなどの、「舞台を広げる」作業を、行なっていない。それをすると、全体のスケールは大きくなるであろうが、その変わりに衝撃力は弱まったであろう。ここでは、ただただ、ロボット原子爆弾は、無慈悲に無意味にプログラム通りに爆発してしまうだけなのだ。このシンプル極まりないストーリーの圧倒的な力強さは、あまたのSF短篇中でも、屈指のものである。


(文中、引用は本書より)


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MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: May 21 1996 
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