ジャック・マクデヴィット「クリプティック」(1983)


 SETI(地球外文明探査 Search for Extraterrestrial Inteligence)を扱った力作。(SETIとは、電波望遠鏡で、宇宙からのメッセージを捉えようとする試みである。)

 SETIプロジェクトが数年前に放棄された、とある天文台で、新任の所長は、かつて(その急死と共に挫折した)SETIプロジェクトを精力的に切り回していた、先任所長が金庫に封じていた、一連の記録を見つける。それはプロキオンからの電波であり、明らかに自然のものではない、なんらかの信号が記録されていた!

 あれほどSETIに入れこんでいた男が、何故、その重大な証拠(成果)を、握り潰したのか?

 短いながらも、第一級のSFミステリである。

 問題は、その信号の性質にあった。そこからは61種もの文字が読み取れ、かつ、それらの出現頻度が一定なのだ。加えて、信号の流れには、始めも終りもなく、絶え間なく流れ続けている..自然現象でないことは明らかなのだが、言語としてもまた、極めて不自然なのである..

 現所長が真相(先任所長が、この記録を封じた理由)を見出したのは、このプロキオンの記録よりも数年間違う時期に、全く同じ性質の信号が記録されているのを発見したからであった。それは、プロキオンではなく、シリウスからの電波だったのである!

 そう、数光年以上隔てているふたつの星系に、同じ文明が存在する。そしてその「不必要に多数の文字からなり、文字の出現頻度が一定であり、始めも終りもなく流れ続ける信号」は、「暗号」なのではないか!? つまり、このふたつの星系は、戦争状態(あるいはそれに準ずる、(少なくとも暗号通信を必要とするような)高度の緊張状態)にあったのである! 先任所長は、地球が宇宙戦争に巻き込まれることを恐れたのであった。

 これに、先任所長が愛読したギボン(「ローマ帝国衰亡史」)が絡められ、また映像的には、夜の砂漠で、星からの電波に耳を澄ませる巨大なアンテナ群の「絵」が素晴らしく、まさに短篇SFの最高水準を行く傑作と言えよう。

 砂漠から星空を見上げ、ついに見出した宇宙文明が、相互に交戦状態にあった..このビジョンに触れて、「遥けき想い」に心を馳せることのない人は、所詮、(宇宙)SFに対する受容体が無いのであろう。



 暗号関連で補足しておく。始めも終りもなく流し続けていることが、暗号であることの傍証となるのは、「有事に際して突然通信量が増えることによって、傍受者が(例え解読できなくても)変事の発生を知る」ことを防げるからである。つまり、通信すべき情報がない時は、たんなるノイズを(意味ありげに)流し続けるのである。

 もう一点、61種類もの文字は「多すぎる」が故に、暗号にエンコードされたものであろうとする推理。これにはやはり違和感を覚える。一応好意的に、「母音と子音が総計61では多すぎる」と言っているのだろうと、解釈は出来るが、ここで問題にしているのは発音の複雑さなどではなく、純粋に信号路上の文字コードの種類なのであるから、数千種以上の文字コードを日常的に通信に用いている(地球人の)言語の存在を、ど忘れしてしまったのであろうと考えざるを得ない。まぁ瑕疵ではある。

 (もうひとつおまけ。「わたしが知っていた人間で、これ(「ローマ帝国衰亡史」)をほんとに読んでいたのはエドだけだ」とは、安心させてくれるじゃないか。御他聞に洩れず、私もいまだに積読のままである。[;^J^])


(文中、引用は本書より)


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MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Apr 3 1996 
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