[嫌いな現代音楽 10]

「創造神の眼」新実徳英



 1994年度、レコード・アカデミー賞・日本人作品部門受賞。

 事情通、あるいは広くさまざまなCD/レコード/実演に接している人にとっては、「レコード・アカデミー賞受賞」は品質保証マークでもなんでもない、ということは常識であろうが、一般の人にはそうはいかない。ことに、馴染みの無い現代音楽を聴いてみようかと思い立った時、麗々しく「受賞!」印付きで、山積みにされているこのCDは、頼りがいがある。タイトルもキャッチーだし、ジャケットもアニメ(の背景)風で親しみやすい。これを購入する現代音楽の初心者は、決して少なくないはずだ。

 やめろと言いたい。このCDは受賞するべきではなかった。

 連載第6回で、好きな現代音楽として、同じ作曲者の「交響曲 第2番」を取り上げた。このポップで判りやすい作品の美点の多くを失い、見え隠れしていた弱点をさらけ出してしまった作品が、「創造神の眼」である。失った美点とは、生気あるリズムと、美しい響き。さらけ出してしまった弱点とは、アイデア(霊感)の乏しさと、構築力の欠如。


 “この曲では、地球史・人類史のごく一部、地球が地球となりつつある時のガス状の混沌、人類と文明の発生、その展開の始まり、そして人類が知ることのできない未来の混沌、これら四つのシーンを音楽の自律的な展開と対応させることとした。”

 こういうSF的なプランは好きである。ただ、こういう構想の元に“判りやすい”音楽を書くと、もろにB級SFアニメのサントラになってしまうことが、ままある。この作品もその例に漏れないが、これ自体は別に欠点とは言えない。

 とにかく霊感に乏しい。驚くほど乏しいのだ。10分位たってから現われるピアノのフレーズなど、何度聴き直しても、ただでたらめに音を並べただけとしか思えない。執拗に繰り返される全音音階の走句、弦楽器の無調的な“ヒュルヒュル”フレーズ、金属系の“キラキラ”オブリガードなどなど、お約束の“スペイシーサウンド”の材料のオンパレード。常套句を使うことは、もちろん構わない。それらを組合わせて常套的ならざる作品を作り上げられるのであれば。残念ながら、ここで聴かれるのは、同案多数の“未来サウンド”でしかない。

 併録されている「ヘテロリズミクス」「アンラサージュI」の方が、まだ聴ける。が、いずれも、わざわざ金と時間を投下するほどの作品ではない。

*Fontec FOCD2513 “創造神の眼 … 新実徳英 管弦楽作品集”


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 13 1995 
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