私がボイストレーニングを始めるに至った動機は、今はちょっと書く心境ではないので、またいずれ。
つてを辿って紹介していただいたT先生のお宅は、私の自宅から徒歩30分位。軽い運動も兼ねて歩いて通えば良さそうなものだが、丁度季節の変わり目で、風邪を引きたくないという理由で、車で通う。われながら堕落したものである。
レッスンの回数は、おおよそ二週間に一度。1回約30分である。
レッスン初日。今日は具体的な発声練習に先立つ、理論の勉強である。人体解剖図を見ながら、どの筋肉を使うのか、息がどこを通っていくのか、横隔膜がいかに大切か、を教わる。
“声”というのは、決して喉を振り絞って張り上げるものではなく、全身を使って体の底の方から通ってきた“息”に、乗せるものであること。(従って“喉が涸れる”としたら、正しい発声をしていないことになる。)
ポイントは三つ。1.呼吸法。2.声帯とそのまわりの筋肉。3.共鳴。
何よりも大切なのが呼吸法であり、口と鼻の両方から一杯に息を吸い込み、腹の底に蓄える。これが声の原材料になる。次に、これを体の芯にそって、素直に流しだす。ここが肝要であって、単に吐くだけでは駄目。下腹の筋肉と横隔膜を使って流量をコントロールしつつ、“最適な”通路を通すのである。この“最適な”通路がどういう通路であるのかが、まだ良く判らない。最も抵抗の少ない(エネルギーをロスしない)通路であると考えていいのだろうか? 共鳴。下から吹きあがってきた呼気を震わせ、声にする。その時喉仏を下げ、上顎を上げ、広い空間を作る。どの音域の音を(身体の)どこで響かせるかなどは、まだまだ先のこと。声帯の直接音自体は、ごく微小な音であるが、響かせることによって、大ホールを震わせるほどの声になる。
練習の練習みたいな形で、先生のピアノにあわせて声を出す。単純な音型を、ピッチをあげながら繰り返し、また降りて来る。面白いと思ったのは「息の流れを目で追うこと」であり、それの補助として、片手を手前から遠くへ、渦巻くように回す。その指先が、息の先端である。そこを意識する。これとは別に、両手をクロスさせて(ラジオ体操みたいな要領で)回しながらの発声も行なう。
息は下腹(中途半端な下腹ではなく、ほとんど脚の付け根)の筋肉を絞って体の底から喉の方へ流し上げる。その時、横隔膜がプクンと膨れる。腰を軽く前に押し出して、背後からも息を押し上げる。手を回す運動は、下半身のこの一連の動きの補助(手を回すと、例えば腰を動かしやすくなる)、及び、上半身の力を抜き、息の回りをよくするためであるようだ。
横隔膜の動きが、ままならぬ。最初から出来るわけではないと諭されるのだが、この動き(下腹を引っ込めるとみぞおちが前に飛び出す)は、筋肉の自然な運動の逆ではあるまいか?
下腹を引っ込め、背筋と腹斜筋(脚の付け根を斜めに走っている筋肉)を強化する練習として、“猫体操”というのを教えていただく。軽くよつんばいになり(肩も両膝もあまり開かない)、息を吐きながら、腰を丸くして持ち上げる。ほとんど背中を突き上げる感覚である。猫の伸びのポーズ。こうすると下腹が引っ込む。結構疲れるんだ、これが。体の固さを指摘される。
今日はここまで。声が変わる(良い声になる)まで、2年はかかるとのこと。だから、もっと早く結果を出したいのなら、他にもボイストレーニングの先生はいるのだから、そちらに行くようにと。私はプロになる訳ではないし、急ぐ理由もない。
目次へ戻るさて、レッスン2回めにして、あまりよくない兆候。すなわち、前回は初日であったので、ピアノにあわせての発声練習は、あくまでも“練習の練習”的位置付けだったと思うのだが、今日から始まった“本番の”練習で、「とても経験が無いとは思えない」と誉められたのである。
私は、自分という人間を良く知っている。まだ努力らしい努力もしないうちにこういう評価(もちろん“誉め伸ばし”であろうが)をいただいてしまうと、いきなりサボり癖がついてしまうのである。思えば中学高校時代を通じて、定期試験なんぞは一夜漬けの必要すらなく、一朝漬けで3時間ほども教科書を読むだけで楽々とトップクラスの成績をとれたが故に、努力する癖が付かなかったことがのちに禍根を..なんの話だ。[;^J^]
手を手前から遠くに渦を(半回転)回して、その指先を目で追って発声。両手をクロスさせて大きく回して発声。それを歩きながら行なって発声。
なお、今は息を吸うとき、背中(というか腰の裏側)を背後に突き出すようにしている。こうすると、吸った瞬間、猫背になる。これは本来望ましい姿勢の逆である。肺に空気を貯めるためには、胸を張り、胸を膨らませるべきなのだが、“腰で空気の流れを作る”練習をするために、今の段階では、敢えて、吸う瞬間に腰を背後に突き出す姿勢を取る由。(先生の追加コメント:息を下にしっかり取る練習のため、敢えて逆にしている。本当は胸を高く張り、第5胸骨までを楽器として保ちながら、肺の下部に吸い込む。)
高い音を出す時には、空気が沢山必要。高い音を出す時には、上に向かって息を吹き上げる。高い音を出す時には、口も大きく開けて、笑うように。
他の人の練習を見学している間に、横隔膜の運動(下腹を絞った時にみぞおちが飛び出すというか、プクンと膨れるように)の練習を繰り返すが、腹の筋肉がひきつりそうである。が、ごくたまに、その方向に動く瞬間がある様な気がする。が、何をどうすればそうなったのか判らず、その時の筋肉の動きを追試/定着できない。追試/定着しようとじたばたしているうちに、また筋肉がひきつる。[;_ _]
以下、先生の追加コメント:
肺の底部に丼をやや後ろにかたむけたような横隔膜があり、これが収縮すると、肺の下部に空気が流入し、弛緩すると、圧迫されていた胃や腸の反発力で呼気が行われる。
腹部の筋肉は、外側から順に、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋、と重なっており、外腹斜筋以降を呼気筋という。いわゆる腹筋運動で鍛える腹直筋は、発声にはそれほど関係しない。
背筋をしっかり張って立つ。背筋が弱くて前屈みになると、どうしても、吸気筋の横隔膜と呼気筋の腹筋群とのバランスが崩れ、その負荷は全部、喉にかかる。(話す時や歌う時は、通常の呼気の5〜50倍もの時間をかけて、ゆっくり吐くわけだから、それを吸気筋と呼気筋のバランスで行なわなければ、全て出口を狭くして調整する以外になくなってしまう。)
目次へ戻る今日は調子がいまいちであった。別に前回誉められたからといって、慢心した訳ではない。単純に練習不足なのだ。練習場所と練習時間が取れない。
アパートに帰れるのは夜も遅くなってからであり、室内で声を出す気には、ちょっとなれない。かといって深夜の公園で発声練習などしていたら、これは不審尋問、あるいは逮捕ではあるまいか。
そこで思い付いた解決作が“車の中”であった。自家用車通勤をしており、朝晩30分ずつ、走る密室内の時間を確保できる。姿勢はいまいちだが、呼吸の練習は座っていてもできる。
実行した。口と鼻からゆっくり空気を吸い込み、下腹を膨らませ、次に下腹を絞り上げるようにして空気を喉を通して外に出るように、徐々に送り出す..ということをしながら、運転するのである。姿勢の関係から、腰で呼気を送り出す練習はしずらいが、やむをえない。呼吸法の練習だけでは物足りないので、呼気に声を乗せる練習もする..
..ふと気がつくと、口の周囲が痺れている。[;^J^]それだけならばともかく、腹の筋肉が引きつっており、身動きというか姿勢を変えることが出来なくなってしまった。[;^J^]珍しい筋肉を珍しい姿勢で使ったことが原因であろうが、このままでは危険が危ない。[;^J^]運転中の練習は、体が馴染むまで、しばらく中止。
..という経緯もあり、練習不足。声が固い。レッスンの後半になって調子をやや取り戻したが、要するに練習が足りないことの証拠である。もっと真剣に場所と時間を確保しないと。
下腹と横隔膜のコンビネーションが、依然、謎であるが、下腹を絞ったときに横隔膜がプクンと飛び出すというのは、もしかするとシャックリの要領ではないかと、思い付いた。しゃっくりをした時に下腹(の内部)が受ける「衝撃」を再現してみると、横隔膜がそのように動いている気がする。この感じでいいのだろうか? 脚の付け根からはじめて下腹の筋肉を上にむかって絞り上げ、最後に反作用として?みぞおちが飛び出す感じ。
目次へ戻る運転席で呼吸法の練習と発声をしても、下半身が引きつらなくなったので [;^J^] この空間での練習を再開することにした。
相変わらず体が固い。また、練習の前半では声が惚けているのも前回と同じ。手を手元から遠くに向かって、大きな円弧を描いてゆっくりと回し、その指先を見る(その指先に流れ出た息の先端を感じる)のは、あくまでも手段であって、目的ではない。この動作に神経を取られて固くなってしまっては、本末転倒である。
これに比べると、両手をラジオ体操式に大きく内から外に向かって回しながら発声する方が、よほど伸びやかに声が出せるような気がする。単純に動作が大きいこともあろうが、きっと欠伸の要領だからだ。欠伸のつもりで、と、前回も前々回も注意されている。力も抜けるし、喉仏が下がって口が大きく開く。それにこの動作だと、腰をいくらか使い易い。
リラックス。リラックス。
今日は、腹筋を小刻みに使う「ホッホッホッ」の練習もする。下腹を切れ味良く引っ込めることに神経を取られ、何が目的で何が手段なのか判らなくなってしまう。[;^J^]
そうでなくても前回位から小脳の処理能力が飽和気味で、
「下腹を引っ込めつつ、横隔膜は張り出させつつ、腰は前にだしつつ、喉仏 は下げ、上顎は上げ、低音では口の開け方を小さく高音では大きく、息は鼻と口から同時に吸い、吸った瞬間は下腹を出し、肩の力は抜き、……」
というミッションを処理しきれず、大脳がその支援に狩り出され、結果として体は固くなり、しかも結局、同時に10近くの制御はできないぞ、という状態に落ち込んでいるのだ。[;^J^]一度に全部やろうったって無理だから、と、指導される。
さて、「ホッホッホッ」だが、これをすると声が裏返ることがある。腹筋の勢いに乗って飛び上がって来た呼気に押されて、喉仏が上がるからだとのこと。なるほど、喉仏をわざと上に上げたまま発声してみると、喉がつまり、うわずった裏返り気味の声になる。
喉仏を下げておくことの大切さ。しかしこれに気を取られて…という訳でもなかろうが、喉仏を下げる筋肉?かどうかは判らないが、喉の「外側」がいささか痛くなってきたことに気がついた。声が涸れるのではなく、喉の「外側」の疲労である。これはこれで構わないのか、次回に聞くことにしょう。確かに欠伸をする時位しか、ここに力を入れることはないのだが..
目次へ戻るまず前回の疑問から。喉の外側の筋肉が痛くなるのは、やはり駄目。力をいれてはいけない。欠伸の要領。喉仏を下げればいいんだとばかりに、引っ張り過ぎているのでは? 何事も5段階の1と5は駄目。2から4の間で調節すること。
今日の発声練習は「オ」から始めるが、すぐに止められ、前舌母音と後舌母音の説明を受ける。「ア」が真ん中で、「エ」と「イ」が前者、「オ」と「ウ」は後者である。後舌母音は喉の奥の深いところで音になるので、引きこもりがちで、母音が曖昧になる。これらの音は、唇でしっかりと形を作って、母音にすること。要は私の「オ」は、中途半端な口の開け方をしていたのだ。
で、「オ」の形をしっかりと作って発声練習をすると、あはは、唇が痙攣する痙攣する。[;^o^]ナチュラルビブラート … などと面白がっている場合ではない。使い慣れない筋肉を使ったからであって、じきに震えなくなるとのこと。で、補助として両手を唇の両側から平行に添えて、発声。また今度は、両手首の内側を合わせて直角を作り、これを顎の下から三角に添えて、発声。… 何か新しい動作をしたり体勢を取ったりするたびに、体が凝固する。[;_ _]力を抜くこと。
息の出口。物理的にはもちろん口だが、イメージ的には、高い音ほど頭頂付近から抜けていくこと。
「コンコーネ50番」という練習曲集を今日から使う。今日は(小手調べ的に)まず2番をさらってみるが、その前に、
「楽譜は読めますか?」「(^_^;)」。
さてこれを歌ってみていまさらながら気がついたことは、ブレスをまともにしていないことである。下腹を膨らませることに神経を取られて、息を吸うことがおろそかになっていた。すばやく吸おうとしているからのようだ。1拍かけてゆっくりと吸ってみる。
私の声は、バリトンにしてはやや高い。といって中声部ともいいきれない。しばらくはコンコーネ50番の「低声用」でレッスンして、低域の発声をまとめつつ、高音部への伸びかたの様子をみて、あるいは「中声用」に切り替えることになるかも知れない。
次回も、コンコーネ50番の2番。
目次へ戻る腹を膨らませて息を吸うのはいいのだが、100%吸いきってはいけない。力が入り、体が固まり、次のアクションを(スムーズに)取れなくなる。腹八分目で。
ブレスが終わる頃から、息を吸いながら声を出しはじめる感覚。吸って→止めて→吐いて、と、メリハリをつけ過ぎると、力が入り、息がつまり、アタックが濁る。
ここでまたひとつ、補助運動を覚える。両手で大きな輪ゴムを持って、これを左右に引っ張り伸ばすイメージ。真横に引っ張ると、体が固くなりがちとのことで、左下方向と右上方向に、斜めに引っ張る。これは横隔膜を張る補助運動である。
ここらで、下顎の裏側が、多少痛くなってきた。力を込めて顎を下に引っ張って、無理矢理喉を開いている証拠であり、これでは、いけない。口の開け方は、力を入れずに重力にまかせて、顎を外すように。
コンコーネの第2番。息を、ゆっくりたっぷり、1拍かけて吸うことに留意して..中音域は、常時ではないが、時々いい響きになると(自分では)思うのだが、高音域になると、いかにも狭いパイプをくぐりぬけてきたような響きになると(自分でも)思う。
喉が閉じている。喉チンコのあたりを、後方斜め上、後頭部に向けて引く。すると、喉の奥がスースーして、このスースーした感覚が、胸の底まで通る。喉の奥に、空気の柱が立った感じになる。これが呼気の通り道であり、空気がここを通って喉を通過する時に、声が乗るのだ。この通路を閉じないように。
このことに気をつけて歌ってみると、確かに高音域が出しやすくなったように思う。
気持ちをおおらかにして歌うこと。体が楽器なのであり、体の状態は気持ちの影響を受ける。はやりのマインドコントロールを、自分にかける。体が柔らかくなったイメージ。力が抜けたイメージ。
次回はコンコーネの1番。2番を先にやったのは、1番の方が難しいから。跳躍があることもだが、低、中、高の音域で歌い分ける必要があるから。それぞれの音域で、声(の塊)の場所、息の出ていく高さが違う..そういうイメージを持って歌うよう、予習しておくこと。
目次へ戻る横隔膜を張る補助運動である、両手で大きな輪ゴムを左右に引っ張り伸ばすイメージ運動を、さらに発展させる。前回は右手は斜め上に、左手は斜め下に引っ張っていたのだが、これを逆にしてみる。(やりにくい。)さらに頭上というか頭の側方で、前後に。(ちょっと、弓を引く格好に似ている。)
繰り返すようだが、補助運動自体は、目的ではない。体をしなやかに動かして、空気の通り道を作り、そこに息を通す練習である。そのことを忘れると、ついつい、肩から先だけで腕を振ってしまう。これでは意味が無い。腰から動かすこと。また、腰だけでもだめだ。必ず背筋を使って、背中からも呼気を送り出すこと。そうせずに、背中が棒立ち状態になっていると、喉が詰まるだけである。
しなやかに、しなやかに、バレエを踊っているイメージで。伸びやかに、伸びやかに、空の方向に胸と体を膨らませて。
コンコーネ1番を、以上のことに留意してさらうが、何度か繰り返しているうちに、ようやくまとまってくる。要は自然に体を伸ばせばいいのだ(と思う)。体の広げかたに規則があるわけではない。あるとすれば、曲想に相応しく、閉じたり開いたりすることだけだ(と思う)。それを忘れて、腕の振り方自体に気を取られていると、ポーズというか流れが決まらずに、(腕のやりばに困って)じたばたすることになる。[;^J^]
息の吸いかた。
必要なだけ吸うこと。必要以上に吸わないこと。音域によって必要な息の量は異なる。高音域の方が、息がたくさん必要。ピアノ→フォルテ→ピアノ、と、ふくらむようなフレーズの場合、最初は呼気はほとんど必要ない。ここで息をはき過ぎると、フォルテのところで息が足りなくなる。必要なだけ吐くこと。必要以上に吐かないこと。呼気のペース配分。
急激に吸わないこと。それだけで力が入り、結果的に必要な量を吸えない。おおらかに、ゆっくりと、薔薇の香りをかぐように。
息が足りないと、その分、喉で無理に「押す」ことになる。この、喉で無理矢理「押し出す」という表現は、実に言いえて妙だと思う。もちろん悪い例であり、こういうことをしてはいけない。
力が入る癖が、なかなか抜けない。車の中では、力を入れずに口を大きく開けることを、実施できているつもりなのだが(その証拠に、口を下に引っ張る筋肉が、痛くならない)、先生宅のレッスンでは(最初よりは余程軽くなったが、まだ)痛くなりがちである。ちゃんと起立して歌う練習が必要なのだろう。
次回もコンコーネ1番。年末年始をはさむので、一ヶ月後の1月10日である。今日覚えたことを、雑煮とお屠蘇で洗い流してしまわないように。
最後に、猫体操について、もう一度姿勢を指導してもらう。
Last Updated: May 19 1996
Copyright (C) 1996 倉田わたる Mail [KurataWataru@gmail.com] Home [http://www.kurata-wataru.com/]