ブラック・ジャック 7

*赤ちゃんのバラード

 誰も気が付かない、誰にも手の届かないところで、ひとりの赤ん坊が死にかかっている..

 ブラック・ジャックは、スケ番グループに関わりができた。(ピノコが因縁をつけられたのだ。)スケ番のマギーは、彼の名刺を入手し、グループの別のメンバーは、若いOLからコインロッカーの鍵をカツ上げして来た。スケ番たちがそのロッカーを開けてみたら..そこには、赤ん坊が捨てられていた。まだ生きている。どうしようもないので、彼女らは見なかったことにして、コインロッカーの扉を閉め直し、その場を去ってしまった。

 マギーは、ビヤホールで、「子どもが死のうが生きようがおかまいなし…………。あたしの親だってそうだもんね。フフフフ……」。帰宅しても、両親は不在。父は地方遊説。母はテレビ出演だ。赤ん坊の姿がちらつくマギーは、こっそりミルクを作ると、コインロッカーへ。そして赤ん坊にミルクを飲ませると、ブラック・ジャックの医院へ連れていった。クル病だ。生まれてから日光にあたらず、新鮮な空気にもめぐまれず、満足に食べ物も与えられなかったのである。

 病院に連れて行け、と、マギーは追い返されたが、病院に連れていける位なら、ブラック・ジャックを頼ったりはしないのである。赤ん坊をコインロッカーに戻し、ここでこっそり育てる他はない。駅に届け出たら、自分たちの盗みや脅しがばれてしまうからだ。後を付けてきたブラック・ジャックは、このままでは、いずれその赤ん坊は死ぬぞ..

 結局、ブラック・ジャックは手術をするが、治療は長くかかるだろう..

 一ヶ月後。毎晩、コインロッカーから赤ん坊を取りだして、ブラック・ジャックのもとで治療を受けさせていたマギーだが、ブラック・ジャックに治療代を払おうと、家の金庫を開けたのがまずかった。今さらながら、娘がスケ番グループに入っていることに気が付いた両親に、外出を差し止められてしまったのだ。赤ちゃんがコインロッカーの中で死ぬ..!!

 しかし彼女はニュースで、赤ん坊がコインロッカーから救出されたことを知った。不思議なことに、しばらく育てた形跡と、手術や治療の跡がある赤ん坊が..ブラック・ジャックが駅に電話したのだった。

 親に省みられない赤ん坊と、マギーの姿ををだぶらせる。ブラック・ジャックが、もっと早く電話をしなかったのは、マギーのきまぐれ(心情)につきあったということか。コインロッカーに赤ん坊が捨てられる事件が続発し、社会問題化した頃の作品。

*ネコと庄造と

 子どもが鉛筆を飲み込んだ!と、急患電話。それはごく貧しげな家であった。その男・庄造は、ノラ猫親子を妻子だと思いこんでいたのである。母猫を「洋子」と呼び、子猫の「マモル」を診察してくれと言うのだが..猫を猫と呼んだブラック・ジャックは、侮辱するなと叩き出されてしまった。

 近所の医師の話によると、猫を(人間の)家族と思いこんでいる以外は、日常生活は普通とかわりはないのだ。崖崩れの事故で一家を失い、自身も頭を打って精神がおかしくなってしまったのだ。新しい家で、家族が帰るのを待ち続け、そしてある日やって来て棲みついた野良猫一家が、家族に見えてしまったのだ。

 そして脳底に、事故の後遺症の脳血腫。しかもどんどん大きくなっている。手術は困難だが、ブラック・ジャックは土地会社から2500万円請求することにして、手術に取り組むことにした。庄造の「息子」の「マモル」を手術する、と偽って、彼らを病院に呼び出すと、庄造に麻酔をかけた。(当人の承諾を得ない手術は法的に問題が..て、法的にどうこういう前提ではありませんでしたね、この作品は。[;^J^])

 庄造の手術のあいだ中、猫の「洋子」は心配そうにしていたが..手術は成功し、庄造は、記憶と正気を取り戻し..そして、自分の家族がみんな死んだことを、初めて知ったのだった。回復した彼に、猫の「洋子」はじゃれつくが、こんな薄汚い猫は知らないっと、庄造は追い出す。訳が分からず悲しむ「洋子」。

 悲しい想い出のある土地から立ち去る庄造の後を、悲しい表情で着いてくる「洋子」一家。鬱陶しがる庄造だか、やがてついに、猫を振り返って、「おいで、洋子」。

*宝島

 ブラック・ジャックは、悪漢たちに誘い出されて監禁された。彼らの狙いは、ブラック・ジャックが稼ぎ貯めたはずの巨額の財産、ざっと百億ドルだ。世界中の銀行を調べたが、ほんの二〜三百万円しか預けられていない。一体、どこに隠してあるのだ? 「五條ミナ」という名前をつきとめたが、何物だ? 彼女に預けてあるのか? 彼女は、ある島にいるらしいが、その島の名は?

 口を割らないブラック・ジャックは拷問に耐えるが、ピノコに手を出すと聞いて陥落し、その島にへの案内を強いられる。沖縄の中の小さな島だ。悪漢たちにとっては、まさに宝島だ。五條ミナとは、8年前に死んだ、ブラック・ジャックをかわいがってくれた看護婦であり、この島に埋葬したのだった。

 その墓が金の隠し場所であろうと邪推した悪漢たちは、墓を爆破しようとしたが、ハブに噛まれてしまった。ブラック・ジャックは、こういう時のために医療具を持ってきていたのだが、船の上で、凶器にされてはたまらない、と、捨てられてしまっていたので、彼にも治療は出来ないし、また、そのつもりもなかったのだ。

 この島には、金なんかなかったのだ。ブラック・ジャックは、この島に金を隠したのではなく、その金で、この島を買い取ったのだ。こんなにも美しい自然の残っている島は、珍しい。永遠にこの自然を残そうと、彼はあちこちの島を買っていた。ここもそのひとつだったのだ。

 ブラック・ジャックは、死にかけている悪漢たちを、置き去りにする。


「死ね! この空と海と大自然の美しさのわからんやつは−−−−、生きる値打ちなどない!!」

 ブラック・ジャックの資産運用の実態が明らかになる、その意味では重要なエピソード。ブラック・ジャックが、明確に、ストレートに、「死ね!」、と叫ぶのは、珍しい。

 「生きる値打ちがない」のは、「自然の美しさが判らない」「悪人」だからであって、単に自然の美しさが判らないだけで、それ以外にはこれといった欠点のない人間には、生きる値打ちはあるのではないかと思いますけど。[;^J^]

*病院ジャック

 とある大病院で、ブラック・ジャックが手術をしている最中に、ハイジャックならぬ「病院ジャック」が侵入してきた。彼らはブラック・ジャックの手術を中止させると、このままの状態で、あとどのくらい患者が保つか、確かめる。1時間。そこで犯人たちは1時間と時限を切って、政府に要求をつきつけたのである。その時間内に要求を呑まなければ、手術中の患者は死ぬ!

 見張りに銃を突きつけられながらも、医師と看護婦たちは善後策を相談するが、ブラック・ジャックは、その話し合いに加わらない。ただひたすら、患者を見つめている。犯人たちに刃向かった医者に暴力が振るわれても、微動だにしない。まるで、上の空だ..

 45分後。政府が要求を呑み、もうすぐ人質は解放されるだろう、と伝えられて、思わず気を緩めた見張り。その隙をついて反撃する医師。しかしその反撃は封じられ、そこに政府の裏切り行為によって、計画が失敗した、報復処置として、この病院の電源を爆破する!という、犯人グループの首魁からの通告! 停電! 見張りが脱出したのち、手術室の自動ドアも開かなくなった。絶体絶命である。外では、機動隊と犯人グループの銃撃戦が始まった..

 ここに至って、ようやく、ブラック・ジャックが動き出した。なんと、暗闇の中で手術を再開したのである。さっきから1時間、万一の時を思って、患部だけをずっと見つめ続けていたのだ。だから今、暗闇の中でも、患部の細部まで判るのだ..そして、手探りで器具を受け取りながら、暗闇の中で手術を終えた時に、電気が回復した。完全な手術だった。

 しかし、あの停電で、重症患者が5人死んだのである。ブラック・ジャックは、ひとり助けるだけで、精一杯だった..

 ブラック・ジャックのプロフェショナリズムが際だつエピソードのひとつ。

*ピノコ西へいく

 新幹線と地方在来線を乗り継いで、ひとり旅をするピノコと、尾行するハム・エッグ..

 ピノコは、ブラック・ジャックの潜伏先に向かっていたのだ。一年前、クル病の患者が、ブラック・ジャックの医院に連れてこられたのだ。その父親は、しろうとのクセに読み囓った医療知識をひけらかすので、(子を思う親心には違いないのだが、)ブラック・ジャックは機嫌が悪く、とやかく口を出さないでいただこう、という条件で、手術を引き受けたのだが..一年たっても治らず、彼はブラック・ジャックを警察に訴えたのである。任意出頭せよ、という電話を受けて、ブラック・ジャックは高飛びした。いずれ告訴は取り下げられるだろうが、それまでちょっと身を隠す..そして、足手まといだとして留守をまかされたピノコは、ブラック・ジャックの言いつけを聞かず、彼に聞いていた住所に向かっていたのだ。それは、兵庫県の北の遠阪峠にある山小屋だった..

 電車から降りて、バスと徒歩で山の中の雪道を行くピノコと、その後を付けるハム・エッグ。彼は、ブラック・ジャックの潜伏場所を掴んだところで、署に電話を入れた。彼は、警視庁の捜査二課の者であり、手配中のブラック・ジャックの行方を探していたのだ。ところが、その電話で、ハム・エッグが驚いたことには..

 近道を通ってピノコを追い抜き、先に山小屋に着いたハム・エッグは、ブラック・ジャックに、彼への告訴が取り下げられたことを伝えた。患者が治ったのだ。両親は、はやまった告訴を大変悔やんでいる。逆に名誉毀損で訴えることもできますが..そんなことはしませんよ、と、ブラック・ジャック。

 疲労困憊して山小屋に辿り着いたピノコは、山小屋を発ったブラック・ジャックと、危うくすれ違いかけた。家で待っていろといったろ! お前はずっと刑事につけられていたのを知らないのか! という、叱責は叱責として、ブラック・ジャックはピノコを思いやって、ふたりで山を下りる。

 「“悪役”としての“刑事”」というのは、ハム・エッグにとっては、「“持ち味を発揮できる”儲け役」として、多分最高のものであり、また、実に見事な「はまり役」でもあった。

*あるスターの死

 往年の大映画スター、マリリン・スワンソン。その人気に目を付けて、映画に引っぱり出そうと考えた映画会社の連中は、見る影もなく老いさらばえたマリリンの姿に腰を抜かす。とはいえ、彼女の名前が欲しい彼らは、(突っ立っているだけの)女王役を提案するが、私の名前が欲しいだけなんでしょっ、私に恥をかかせる気かっ、と彼女に喝破されて、追い出される。

 しかし彼女は、本当は出たかったのだ。若返りたい..もう一度だけ、大スクリーンで、お客にため息をつかせたい..そして、屋敷を処分して金を作ると、ブラック・ジャックを訪れたのだった。

 せめてもう一度だけ、30年前の姿になりたい。「魔法のちからがほしいの、奇跡がほしいの…………。いいわ、お笑いなさい、たんと」。全財産500万ドルを積まれたが、いくら金を積まれようとも、この手術は無理。あなたは年をとりすぎた、と、ブラック・ジャックに断られたマリリンは、銃で自傷した。これで手術台に運んでもらえる..呆れたブラック・ジャックは、いくら若い皮膚を移植しても、生理機能が衰えているから保つのは一年かそこらであり、またすぐもとのシワクチャに戻ってしまう、と説明するが、それでも構わない、その僅かな時間だけでも、撮影に間に合えば..

 彼女の執念に負けたブラック・ジャックは、新鮮な死体を入手すると、大手術を敢行する。両足の骨を継ぎ足し、筋肉と脂肪を入れ、全身の皮膚を張り替え..しかし彼女は死なず、持ちこたえた。まさに執念だ。そして彼女は映画会社に出演承諾の電話を入れるが..その映画に出演する前に、自動車事故に遭った。

 ブラック・ジャックが呼ばれたが、一足違いで死んでしまっていた。30年前の姿で..死んでしまっては、もう、医者の出る幕ではないが..死んでも映画に出たい、という、彼女の遺言のカセットを聴いたブラック・ジャックは、ロス警察の肉付けの名人を呼ぶと、きれいに漂白した彼女の骨に、肉付けさせ、生前の姿を復元させたのだ。

 完成した映画には、若く美しい彼女が出演していた。立っているだけの役だが、さすが大女優の貫禄だ。まるでつくりものみたいだが..「いや、あれはほんものですぜ。永遠の美女なのさ……」、と、ブラック・ジャックは呟く。

 ロス警察に500万で仕事させたのだが、いいのかな、こんな副業をさせて。

 ブラック・ジャック・シリーズでも、指折りのグロテスクな話ではあるまいか。特に、マリリン・スワンソンの肉も内臓も全て削いで、骨を漂白するに至っては..! 奇跡的な手術によって、老婆の身体を若い女性の身体に(皮膚どころか、骨、脂肪、筋肉にいたるまで)作り替えたのちのことなので、この「骸骨化」は、なおのこと猟奇的である。(ブラック・ジャックの手術は、(両足の骨の継ぎ足しを除いて)完全な無駄に終わったわけだ。)

*しめくくり

 相模刑事対、悪漢・ゾーリンジャーの、アリーナでの最後の戦い..それは、入院中の作家・井中大海の人気小説「未知の世紀」の、中断箇所だ。ここで彼は病に倒れたのだ。多くのファンが、再開を願っているのだが..

 その井中大海を治せるのは、ブラック・ジャックしかいない..と頼られたものの、膵体ガンで、しかも手遅れだ。井中は、もう見込みが無いのは判っているが、せめて小説の結末だけはつけたい、と言う。なぜ、結末を書く前に筆をおいたのか。それは逃れられぬ死に直面した主人公の、心の中を描けなかったからだ。自分が死ぬ気持ちを体験しないことには..自分はもう死から逃れられないが、手術のあと、せめて一晩、生かしておいて欲しい..

 しかしブラック・ジャックは、無駄な手術をするつもりは無い。途中で死ぬ危険があるから、手術はしない、と通告しておいて、「未知の世紀」を読み始める..

 それは、こんな物語だった..子どものころに両親を爆死させられて、自分も大怪我を負った相模は、犯人を探し出すことに執念をもやして、ついに刑事になる。そして、爆発の原因は、巨大な国際的な犯罪組織のしわざだったことを突き止めるが、その組織からの魔の手は容赦なく襲いかかり、彼の妻子の命も奪われ、彼のゆくところ、必ず大災害がおこるので、声援していた人々もいつしか離れ、孤立無援となりながらも、最後の対決に赴き..そしてそこで、中断しているのだった。

 これはなんとしても、続きを書いてもらわないと、という気になったブラック・ジャックは、手術を引き受けた。手術は成功したが、生き延びられるのは、あと二〜三週間。それを聞いた井中は、それだあれば十分だ、生き延びられることは素晴らしい、この感動は無駄にしない、と、感謝して..そして病床で「未知の世紀」を書き上げて、死んだ。それは、こういう結末だった。

 死を目前にして、刺客たちの待っているスタジアムに入った相模。彼はスタジアムに細工して、換気口からスタジアム内の空気を吸い出させた。ゾーリンジャー自身が(相模を逃がさぬために)ドアを密閉したのが裏目に出て、数分後、ゾーリンジャーも刺客たちも、火星のように稀薄になった屋内の大気の中で、倒れていた。相模は、何ヶ月もヒマラヤの頂上近くにすみついて、高山病に体を慣らしていたのだった。相模が死ぬのではないか、という、日本中の読者の予想は覆された。相模は生き延びた。「生きているということはすばらしい!」と呟いて。

 日本全国、5千万の読者を熱狂させた作品だが、井中自身の設定には、なんの背景もないのが、いっそ清々しい。彼にとっては、純然たるフィクションなのだ。ブラック・ジャックの個人的体験には触れるところがあり、それが手術に踏み切るきっかけになったようだが、この部分が、いわば動機が「不純」で、ちょっと惜しい。

(今、気が付いたが、井中の死を伝えるテレビニュースで、ここまで大々的に、人気小説のネタバラシをやっていいのかよ。[;^.^])

*もらい水

 「朝顔に つるべとられて もらい水」(加賀 千代女)

 手瀬間胃腸病院の院長の母は、また、居室(実は入院患者のための病室)から追い出された。入院患者を入れるためだ。今度は三日くらいで、また空くはずだが..息子である院長は、内心、面目無いとは思っているのだが、何しろ繁忙してやり、部屋数が足りないのだ。だから、部屋が足りない時は、知りあいの家に泊まりに行ってもらっているのだ。と言って、老人ホームに入ってもらう気は、無い。高いこともあるが、やはり別居はしたく無いのである。

 息子に気を使わせないようにしている母親だが、友人宅を泊まり歩くのが、楽しいわけでも嬉しいわけでもない。また、どの知りあいにも敬遠されて、居留守を使われてしまうのだ。

 ブラック・ジャックの車を拾って、山小屋まで送ってもらうと、そのあばら屋の中で、空腹を抱えて眠る。ブラック・ジャックは、町の旅館に泊まったが、親不孝な息子の存在に、機嫌が悪い。

 翌朝、大地震が発生した。山小屋は崩壊し、手瀬間の母親は、その下敷きになっていた。ブラック・ジャックは彼女を救出すると、患者でごったがえしている手瀬間病院に連れて行く。さすがに驚いて優先的に手術をしようとする彼から、ブラック・ジャックは、彼女を取りあげる。私が手術をする。患者は平等だろう? でもそれは母です。「母です」か聞いてあきれらァ。彼女が(友人宅ではなく)掘っ建て小屋に泊まっていたことを、手瀬間は、初めて知ったのだった。

 手瀬間は、とことん親不孝な(冷たい)息子なのではなく、(親不孝を気にしてはいるらしい)煮え切らない性格として描かれている。母親の夢をみて、うなされたりするのである。

*復しゅうこそわが命

 南米の、とある農場。ラブロ家の一家団欒を、爆弾が破壊した。テロ組織が手違いで、ラブロ家の父親の鞄の中に、爆弾を入れてしまったのだ。直前に、鞄を開けてはいけない、開けると爆発する、と警告してきたその電話の主は、「ブラック・ジ……」と名乗りかけたが、その時、鞄が開けられてしまったのだ。

 ラブロ家の長女が気が付いたときには、ベッドの中であった。目も見えず、話すこともできない。重傷で全身の植皮手術をしたばかりであり、医者は、彼女の腹に指で字を書いて、状況を知らせたのだ。彼女は、自分たちをこんな目に会わせた爆弾犯人に対する復讐を誓う。

 やがて彼女は、ここが「ブラック・ジャック」の医院だと知った。爆弾犯人だ!

 彼女の家族は全員即死していた、と告げて、ブラック・ジャックは、彼女の顔の植皮(整形)手術を始めた。もとの写真も無いので、別人のようになるかも知れないが、そこは我慢しなさい..彼の声は電話の主に似ている。あなたの声を電話で聞いたという彼女に、ブラック・ジャックは、電話などしたおぼえはない..嘘だ。ミスで私の家族を殺して、それから私をどうする気だ。私は、治ったら、あなたを爆弾犯人として警察に訴える!

 彼女の運動機能を回復させるために、海岸の砂浜で、特訓する。無理に歩かせるのだ。歩けない。他人の手足のようだ。そのとおり、手も足も他人のものをつないだのだ。彼女をピノコにまかせてうっちゃって帰るブラック・ジャック。自分も(ブラック・ジャックも)動けなかったのだ、と、ピノコにハッパをかけられて、なんとか石が握れるようになった彼女は、(ブラック・ジャックの医院に帰ってから)メスを握って、ブラック・ジャックを狙うが、なんなく取り押さえられる。復讐してやる! 私を狙うのなら、全快してからにしろ。その目は視神経が切れているので、無理だろうが。目と家族を返してくれ、と、悔し涙を流しながら神に祈る彼女。

 ピノコは、爆弾犯人ではないのに、どうして誤解を解かないのかが解らない。治ったら、殺されるかもしれないのに。ブラック・ジャックは、家族を失って生きる力を失いかけている彼女を支えているのは、復讐の念なのだ、と説明する。自分もかつてはそうだったように。

 かれこれ半年後。彼女の顔の包帯が取れた。自分では鏡を見ることもできないが、美人になったというピノコの言葉に、嬉し涙を流す。そして、彼女の復讐心は、もう薄らいでいた。いまさら殺せない。ブラック・ジャックのおかげで元気になれたのに..

 全快した彼女は、ブラック・ジャックに連れられて、帰宅した。家は再建されていた。ある人が建て直してくれたのだ。そして、ブラック・ジャックは真相を話し始めた。

 ブラック・ジャックを突然呼び出したのは、爆弾犯人だった。手違いにより、ある家族を爆弾の犠牲にしてしまった。自分たちの本来のターゲットは、政府要人や金持ち特権階級であり、いままでも彼らだけを目標にしていた。今回、はじめてミスをおかした。このままでは、ただの殺人魔だ。だから、生き残りの女の子の命は救わなければならない。偽善者といわばいえ。ミスはミスではっきりと責任をとるのだ..

 そして、ブラック・ジャックは、今話したことは、一切、他言無用という条件で、雇われたのだった。この家も、彼らが建て直したのだ。去り際にブラック・ジャックは、あなたの家族はあなたとともにいる。骨から腕から内臓まで、家族のからだで使えるところは、全部移植したのだ。だからあなたはひとりぼっちではない、と告げた..

 不自由な目ながらも、ひとりぐらしを始めた彼女は、ある日、ラジオニュースで、爆弾グループのアジトが発見され、警官隊との銃撃戦の末、全員射殺されたことを知った。主犯の名前は、ブラック・ジェード..

 そして、ラブロ家の一家団欒。一人で食事をしながらも、彼女は、腕に、顔の骨に、内臓に、話しかける。そこに家族がいるのだ。彼女の見えない目には、テーブルを囲む、一家の平和な団欒が見えるのである..

 憎むべき犯人が射殺されたいうニュースをきいた時の、彼女の涙。その涙は、憎悪でも癒しでもあるだろう。幻想の家族の姿が現れるラストシーンは、特に印象的である。「火星年代記」(ブラッドベリ)の中に、こんな話があったような気がする。


*手塚治虫漫画全集 157

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 16 2000 
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