ブラック・ジャック 4

*ふたりの黒い医者

 ドクター・キリコ、登場。偶然、行き会わせたブラック・ジャックに、「また人を殺すんだな?」と問い詰められるが、「おまえは金しだいでいのちを助ける。おれは金しだいで安楽死をとげさせてやる……。似たようなもんさ」、と切り返して、立ち去る。

 キリコの今回の「患者」は、事故で全身不随となった女性である。もう一生、身動きできない。そんな自分を、収入のほとんど全てを注ぎ込んで入院させ、看病してくれる子どもたちが不憫である。「一生子どもたちに苦労をかけるより、こんな役立たず、ひとおもいに死んでしまったほうがいいのです……。先生、おねがいです。そっと死なせてくださいまし。子どもたちは悲しむでしょうけれど、すぐあきらめてくれますわ……」。キリコに用意した安楽死代は、生命保険から百万円。

 その一方で、彼女の子どもたちはブラック・ジャックに、母親の手術を依頼していた。二年間つとめてかせいだ百万円。キリコの決行日とブラック・ジャックの手術日は、偶然にも一致していた。

 鉢合わせたふたり。キリコの安楽死の施術を、取りあえず中止させたブラック・ジャックは、自分の手術が失敗したら持って行け、と、百万円を賭け..そしてブラック・ジャックの手術は成功し、キリコは退散する。喜び合う兄妹。数日後、ブラック・ジャックと再会したキリコは、


「おれはべつだん、きみにカブトをぬいだつもりはない。これからも、たのまれれば、いくらでも死なせて歩くぜ。… 生きものは、死ぬ時には自然に死ぬもんだ……。それを人間だけが…………、無理に生きさせようとする。どっちが正しいかね、ブラック・ジャック」

 そこに、あの患者が、親子共々交通事故で死んだ、という知らせが! 手術は、無駄に終わったのだ。悔しがるブラック・ジャック。高笑いするキリコ。ブラック・ジャックは、「それでも私は、人をなおすんだっ 自分が生きるために!!」..

 この、全く必然性も脈絡もない、突然の破局のエンディングは、しかしこのエピソードにおいては、極めて効果的である。生と死の不条理を、「生かし続けようとするブラック・ジャック」の意志とも、「安楽死させようとするドクター・キリコ」の意志とも無関係に、いきなり、全然異なる理由で、親子共々殺してしまうことにより、強烈にアピールする。

 キリコの高笑いは、だから「勝利の笑い」ではない。どのみち、全く偶然の事故死だったのであり、これはキリコが「誇れる」成り行きではないのだ。予知していたとも、言えない。彼はただ、命を救うことに汲々としているブラック・ジャックの努力が、全く理不尽な、彼の努力とは無関係な「成り行き」によって無効化されたことを、笑っているのである。

 最後のブラック・ジャックの強がりは、だから筋が通っていない。ブラック・ジャックの「生き甲斐」が、ここで出てくるいわれがないのだ。

*人形と警官

 事故防止のための、警官人形。悪戯され虐められている、その警官人形に感情移入して、世話を焼く警官。彼の母親は、ひとめを気にして、それよりも早く結婚相手を見つけて、お母さんを安心させておくれ..と言うが、俺はものごとにうるさすぎて、ナマミの人間とはつきあえないんだよ。ましてや女の子なんか..

 実際、ものごとにうるさいのである。人形のことを気にしながら交通整理をしているさなかも、ブラック・ジャックの軽微な違反に容赦なく突っ込むし、ブラック・ジャックの、「大目に見てくれたら、おまわりさんが転んだときぐらいは、なおしてあげますぜ」、に対して、それは買収だ、犯罪だ!

 人形に対する悪戯は続く。ある日、悪戯の犯行現場を目撃した彼は、犯人たちを追跡したあげく、車にはねられて重傷を負う。ポケットにブラック・ジャックの名前と住所があったところから、彼のもとに連絡が届き、例の約束をした警官だと知ったブラック・ジャックは、無料で手術をするはめになる。

 手術は無事に終わり..入院中、看護婦といい雰囲気になった警官。あの人形を直してやってくれ、という、うわごとで、彼の優しさが伝わったのだ。

 退院して、彼女と一緒に人形の様子を見に行ったら、そこにはブラック・ジャックがいた。人形はきれいに直っている。手術は無料だが、(それにしても、この取引は大損でしたな、)人形の修理代の実費15万円は、払ってもらうよ。この人形に引き合わせられたんだから、恩返しくらいしなさい。どうせ結婚するんでしょ? ご祝儀が集まるんだから、15万円くらい、安い安い。

 看護婦の登場が、実に唐突であるが..女の子とつきあえない、という伏線自体は、一応最初から張ってはありました。これも、(立場によっては)身につまされる話ですな。

 「愛のさかあがり」(とり・みき)をご存知の方なら、「ご近所のレプリカント」シリーズの、最終話を想起せずに読むことは、ほとんど不可能であろう。それによると、1986年11月現在、警察官人形は既に作られておらず、東京(警視庁)では、全部取り外したそうである。

 但し、10年くらい前の記録では、違反者がガタ減りしたという報告が出ている、とのこと。この「人形と警官」が発表されたのは、1978年5月15日号。今の目で見ると、なんとも古色蒼然とした素材だが、実はまさに、旬のオブジェ(レプリカント)だったのである。

*座頭医師

 盲目の、流しのハリ師、琵琶丸。治療代もとらずに、病気のにおいを嗅ぎつけては、(一方的に)鍼を打って去って行く、謎の男である。彼にハリを打たれた患者は、すっきりと治ってしまうのだ。

 ブラック・ジャックとすれ違った琵琶丸は、血とメスのにおいを嗅いで、手術だの薬だのくだらないこった、鳥や獣をみな、病気になっても手術なんかせず、自分の力で治しているじゃないか、と、憎まれ口を叩くのである。

 やがて琵琶丸は、ブラック・ジャックが手術をする予定だった子どもの、病のにおいに気が付くと、ハリを刺した。その知らせに驚いたブラック・ジャックは、去り際の琵琶丸をつかまえると、彼を引っ張って、子どもの所に駆けつけた。その子は痙攣を起こしていた。ハリを見ると酷い恐怖感に襲われる子どもだったのだ。だからブラック・ジャックも、注射はいっさい避けて、薬だけで治療していたのである。琵琶丸の初めての失敗だった。

 その夜、琵琶丸は、ブラック・ジャック宅に押し入ると、借りを返すためさ、と、足のツボにハリを刺し、腸が弱いだろう、これで一生、腸は大丈夫だよ、と言って、去って行った。

 ドクター・キリコとは対照的な、ブラック・ジャックのライバルのひとり、琵琶丸登場。この緒戦では、判定はノーゲームといったところか。どちらかと言えば、ブラック・ジャックが押され気味に見える。

*海は恋のかおり

 若くて乱暴な船員が、ブラック・ジャックを訪ねてきた。全身のイレズミを綺麗にとり去ってくれ、と言うのだ。話にならん、と、ブラック・ジャックは突っぱねるが、なんと、如月先生からの紹介状を持ってきていた。(まだ16歳の)その少年は、乱暴者だが気だては良い。悪い大人に騙されてイレズミを彫ってしまったが、まじめな生活に戻りたいと言っている。頼みを聞いてやってはくれまいか、と。

 かつての恋人であった如月..ブラック・ジャックは、「彼女」の頼みを聞くことにしたが..しかし皮膚を提供してくれる親切な人か、あるいは新鮮な死体が手に入るまでは、待たなくてはならない。ブラック・ジャックは、少年が乗ってきた船の船員たちにかけあいに行くが..あんなチンピラに、誰が皮膚をくれてやるかっ、という返答ばかり。

 そしてブラック・ジャックは、少年がイレズミを消したがっている理由を知った。なんと、如月に恋をしていたのである。もはや恋人ではないとはいえ、複雑な心境のブラック・ジャックは、帰宅してから少年を問い詰め、少年は、まだ打ち明けていないが結婚したい、だから、このイレズミを消したいのだ、と、告白した。

 「イキがったり、イレズミをおとすくらいで結婚できると思うのか。じょうだんじゃない! どうどうと男らしい仕事をやってのけることが、一人前のおとななんだ! よーく考えて一人前の男になってみろ! 結婚はそれからだっ」と諭したブラック・ジャックに対して、少年は、やかましいやい!!、と、飛び出して行ってしまった。

 二〜三週間のち、停泊中の大型タンカーが火災を起こした。重傷者のひとりは、あの少年で、もうひとりの重傷者を救出し、船長室から書類棚を運び出しているうちに、全身に大火傷を負ったのだ。ブラック・ジャックは病院にかけつけたが、もはや手遅れだ..もうひとりの重傷者は、既に死亡していたが、火傷はしていなかった。ブラック・ジャックは、死体から少年へ、全身の植皮手術をし、意識を取り戻した少年に、イレズミの取れた体を鏡でみせる。「よくがんばったぞ、おまえはもうりっぱなおとなだ!」。そして少年は死んだ。ブラック・ジャックは彼の船員帽を、海に放った。「如月先生に会いに行ってきな……」

*鬼子母神の息子

 子ども専門の誘拐団が暗躍していた。その手口は残虐で、身代金の支払いが遅れると、指を切って送りつけてくるのだ。大きな屋敷に母親と二人暮らしの伊佐男少年。彼は知らなかったが、その母親が、誘拐団の首領だったのだ。子煩悩な母親だが、商品(誘拐した子どもたち)の取り扱いとなると、情け容赦もなかった。

 彼女は警察に疑われていた。そこでカモフラージュのために、伊佐男を狂言誘拐することにしたのだが..さらわれてきた伊佐男は、マスクで顔を隠していた首領に、隠し持っていたナイフで切りつけた。腕に傷跡が残ったら..伊佐男に、正体がばれる..

 追いつめられた彼女は、傷跡を綺麗に消してしまうために、ブラック・ジャックに手術させたが..ブラック・ジャックは、顔の整形手術までしてしまった。そして、包帯で顔を包まれた首領に、いずれ、私に感謝することになる。もうすぐにな! と謎めいたセリフを吐く..

 帰宅した彼女は、その場で逮捕された。芝居は、警察には通用しなかったのだ。救出された伊佐男が帰ってきたとき、そこには、遠くに長いこと旅行する、という、母の置き手紙だけがあった。テレビに映った首領の顔は..伊佐男の母とは、似ても似つかない顔だった。刑期を終えて帰ってきたら、元の顔に戻してやる、と、ブラック・ジャック..

 論理的に詰めて行くと、大穴がボコボコ開いているエピソード。これだけアラが目立つ作品も、珍しい。「鬼子母神の息子」である伊佐男少年に、むごい現実を伏せるために、ブラック・ジャックをはじめとする周囲の人々が動く話であって、自分の母親が、憎むべき誘拐団の首領である、という事実を知らせないために、ブラック・ジャックは手術をし、(作品中では明確には描かれてはいないが、)警察も、伊佐男に知らせない、という点で協力したのだが..今後の報道に、実名(と、手術前の顔)が出ない筈がない。また、彼女の刑期は、非常に長くなるはずであって..多分、判決は無期で、模範囚として出所できるとしても、数十年はかかるだろう。今は、少年というより幼児に近い伊佐男なので、気が付かないかも知れないが、これからの(長い)人生の中で、真相に気が付かないわけがない。

 また、伊佐男を狂言誘拐したときに、覆面をしていたとはいえ、どうして、首領(母親)が伊佐男に接近するという、危険を冒す必要があったのか。(顔だけ隠しても、匂いや体型で母親とばれてしまう可能性は、非常に高い。)そして、整形手術を施したブラック・ジャックは、どうして、彼女が誘拐団の首領であって、幼い子どもがいる、ということを知っていたのか。

 さらに細かいことを言うと、時間的には、大いに(徹底的に)辻褄が合わない。狂言誘拐の被害者として、身代金を銀行から引き出して来るという名目で(警部の疑惑の視線を背に受けながら)自宅を出てから、伊佐男に刺され、ブラック・ジャックに腕の手当と顔の整形手術を受けて帰宅するまで、高々半日なのである。さらにその数時間後には、包帯を外して、人相の悪くなった「素顔」を、テレビカメラに晒す..

 ..などなど、これだけ欠陥が多い話であるにも関わらず、しかし不思議と「駄作」とは思えない。むしろ、印象的なエピソードに分類されると思う。

 それは恐らく、犯罪者である肉親(母親)を持つ子どもの運命(負い目=十字架を背負った人生)に対する、読者の思いやりと、それを整形手術によって救おうとする、ブラック・ジャックの動機(目的)の「正しさ」に対する、感情移入によるものだ。

 作品の価値(あるいは「印象深さ」)は、論理的整合性の完璧さや矛盾の無さと、イコールではない、という、格好のサンプルと言えよう。

*えらばれたマスク

 ブラック・ジャックに、「父」からの電話。マカオから、「妻」の蓮花を連れて来日したのだ。電話を切ろうとするブラック・ジャックに、彼女の手術をして欲しい、と、頼む父。

 懐かしい想いと、許せず、二度と会いたくない想いとに引き裂かれながら、結局、ブラック・ジャックは、父の泊まっているホテルを訪れる。

 許せない男であった。ブラック・ジャックの母が病床で苦しんでいたとき、父は、海外出張したまま愛人と逃げて、母を捨てたのである。(その時の愛人が、蓮花だ。)黒男少年は、子供心に復讐心の固まりとなったが、母は、お父さんを許してあげましょう、といって死んだのであった。

 マカオで成功した(元)父は、この過去のいきさつを、今回の手術で水に流したいのであった。なぜなら、蓮花はハンセン氏病にかかり、これ自体は治ったものの、醜い跡が顔に残り、そしてこれを治すべくブラック・ジャックを呼んだのであったが、彼女は、既に子どもを生めない体にもなっていたのだ。彼の築きあげた財産をうけつぐものがいないのだ。マカオに来て欲しい..

 ブラック・ジャックは、その話には乗らず、ただ手術だけを引き受ける。父の要求した、世界一の美女にする、という条件を飲んで..手術中、ブラック・ジャックは、父に確認した。今でも少しは母を愛しているかと..父は答えた。すまないとは思っているが、いまでは愛していない、と..

 一ヶ月後、蓮花の顔の包帯が取れた。そこに現れたのは..ブラック・ジャックの母の(つまり、父の元の妻の)顔であった。驚き、ブラック・ジャックを責める父。しかしブラック・ジャックの答えは、自分にとって、母こそ世界一の美女であった..もしもあなたが、ひとことでも、今でも愛していると答えていれば、別の顔にするつもりだったのだ..これから一生、いやでも母の顔と向き合って暮らすのだ。これがブラック・ジャックの与えた、罰だったのである。

 幼くして母と死別した子どもにとって、「母」が「世界一の美女」として刷り込まれるのは、普遍的な現象。長く一緒に暮らせば暮らすほど、格下げされるわけである。[;^J^]

*盗難

 ギッデオン伯爵が、ブラック・ジャックを呼び出した。かつて、ブラック・ジャックが伯爵夫人に作ってやった義手・義足を、もう一度作って欲しい。なぜならそれは、盗まれてしまったからだ、と。しかも、伯爵夫人は、盗難届けを出して探す必要はない、と言っているというのである。

 あれだけのものが二度と作れるか、私に払う金で探偵を百人雇えるでしょう、と、ブラック・ジャックは断って、市(いち)へ出かける。通称、どろぼう市。そこで彼は、彼が作った義手・義足のケースを見つけた。しかし何故、盗難届けを出さない? もしや、夫人が自分で売っぱらったのか?

 ブラック・ジャックは伯爵家を訪れて、夫人に会った。

 日本へのハネムーン旅行中の事故で、両腕・両足を切断した彼女に、ブラック・ジャックは精巧な義手・義足を作ったのだ。そして彼女が(せめて車椅子を動かしたり、字を書いたりできる程度までに)それを使いこなせるように、ブラック・ジャックが手取り足取り特訓した..その過程で、彼女はブラック・ジャックに淡い恋心を抱き..それを察知した伯爵は、(彼女を、いわばブラック・ジャックから引き離す形で)無理矢理帰国したのだった..

 何故、盗難届を出さないのか、夫人はブラック・ジャックにも明かさない。ブラック・ジャックは裏社会に入り込み、盗人連中から、ケースの中味を奪い返した。金目のものではなかったので、埋められていたのだ。義手・義足と..そして写真と(未投函の)手紙と..それは、ブラック・ジャックの写真と、彼への熱烈な恋文だった。それらが、ケースに隠されていたのだ。だから、夫人は探させなかったのだ。ブラック・ジャックは彼女に、(彼女の体の一部である)義手と義足を返し..そして、恥じらう夫人に、手紙と写真は処分した、と告げて去った。

*お医者さんごっこ

 小学校。女の子にもてるキートンをいじめる、同級生のガキ大将の三太郎。キートンは演技がうまく、それがイジメのネタになるのだ。三太郎の妹のチャコは、難しい病気だ。ずっと寝込んで、抗生剤も飲んでいるのだが、喀血が止まらない。手塚医師も、困惑している。チャコは、ブラック・ジャックを呼んでくれ、と兄に頼むが、そんなことは無理だ..しかし彼は、妹に約束する。

 その一方で、手塚医師はブラック・ジャックに電話で依頼するが、はかばかしくない。金になりそうな病気ではないからだ。

 さて、どうしてもブラック・ジャックの手がかりが掴めない三太郎は、キートンに、ブラック・ジャックの演技をしてくれ、と頼む。もういじめないから。フリだけでいい。本当になおすのは、本物の医者だから。ブラック・ジャックが来た、というだけで、妹は元気を出すに違いないから..

 そして、ブラック・ジャックに化けたキートンをつれて、三太郎はチャコの病室へ。喜ぶ彼女に、贋ブラック・ジャックのキートンは、診察する真似をして、もっともらしい口上を述べる。そして彼の「診察」は、何日かに及ぶが..手術してくれ、と、ねだられて、(まさか演技で手術は出来ないので)、私の手術は一億円はするぞ、それだけ払えなければ手術してやらないぞ、医者なんて偉そうに見えるが、がめつい人間がいっぱいいるんだ!と諭した背後に、手塚医師に伴われた、本物のブラック・ジャックが到着していた。今のセリフが身にしみた、というブラック・ジャックは、タダみたいな料金でチャコの手術をすることにしたのだった。

 (さて、チャコは、キートン演ずる贋ブラック・ジャックの正体に、気が付いていたのか、いなかったのか..)

*鳥たちと野郎ども

 南イタリアの、とある村に呼ばれたブラック・ジャック。閉め切ったその家は、ほとんど、鳥屋敷となっていた。ブラック・ジャックを呼んだのは、その家の中で、鳥たちに囲まれて銃で武装していた男。彼が、治療代の代わりに提供するという300エーカーの土地が、干潟だとわかったブラック・ジャックは、馬鹿馬鹿しい、と帰ろうとするが..

 頼まれて、診察だけはすることにした。患者は、その男の孫のトニオである。ガス壊疽だ。銃創だ。ここまで放っていたのは、この土地の大親分のエレルモを怖がって、医者が来たがらないからだ。やっかいごとに巻き込まれるのはごめんだ、と、ブラック・ジャックは再び帰ろうとするが..鳥たちが邪魔をするので、車を出せない。(まるで、ヒッチコックの「鳥」である。)干潟の鳥たちだ。トニオに心からなついていて、心配しているのだ。やむを得ず、手術をするブラック・ジャック。左腕は、切断だ。

 今夜のうちに入院させないと、結局死ぬ。ブラック・ジャックの車で町まで運んでいくことになった。エレルモに払うくらいなら、と、早速ブラック・ジャックへの支払いの契約書を作る男。なにやら事情があるらしい..

 ここはもともと、彼の先祖代々の土地。どんどん沈下して、いまは干潟になってしまったが、手放す気はない。なぜ、エレルモの手下にトニオが撃たれたのかというと..この干潟の下に、油田があることに気が付いたからだ。この土地を、奪おうというのだ..

 そこへ銃声! 老人は撃ち殺され、家に火も放たれた。エレルモの配下だ。ブラック・ジャックはトニオを連れて脱出する。干潟の中を逃げ回るふたりの頭上に、トニオを心配する鳥たちの群れがついてきて、それがエレルモたちにとっては目印になっている。着いて来ないで!というトニオの声が聞こえたのか、鳥たちは別の場所に群れをなし、撃たれながらも、エレルモたちを引きつけつつ、離れて行き..そして、ブラック・ジャックとトニオは脱出に成功した。

 傷ついて逃げられない子どもを敵から救うために、親鳥が、わざと姿をさらして敵をひきつけ、子どもを救う、という、鳥の習性を応用(適用)したエピソード。

*三者三様

 高校受験に失敗して、飛び降り自殺をしようとしていた中学生を、日雇い労務者の加藤清正が引き留めた。朝飯をおごる加藤。医者になるために(と言っても、それは親の意志なのだが)一流校をめざす少年とは全く異なる世界に生きる加藤は、少年の「生きるか死ぬか」の受験戦争、という言葉を聞きとがめる。滅多にそんな言葉を使うもんじゃない! 加藤は、斡旋所で今日の仕事(メシ)にありつくと、少年と別れた。

 そのころ、ブラック・ジャックは、警察のビルの中で、無免許医療の取り調べを受けていたが、そのビルの前で爆発事故が起きた。無免許行為には目をつぶるから、と、警部に頼まれたブラック・ジャックは、現場にかけつける。手足がもげた労務者の名は、加藤清正。駅の待合室で、ニュースでその名を聞いた少年は、病院にかけつけ、ブラック・ジャックのはからいで、手術の見学をすることになる。「生きるか死ぬか」の怪我人の手術の。

 ブラック・ジャックは、無罪放免と引き替えに、この手術を引き受けたのだ。彼は少年に、自分も子どもの頃、こんなにバラバラになる目にあったが、助かった。それが医者になるきっかけだったのだ、と話してきかせる。三時間以上に及ぶ手術は成功し、加藤の手足が元通りつながったことに感動した少年は、「生きるか死ぬか」とは、こういうことだったのか、と、死ぬ気をすっかりなくしてしまったのだった。


*手塚治虫漫画全集 154

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Feb 9 2000 
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