ブラック・ジャック 1

*報復

 日本医師連盟に呼び出されたブラック・ジャック。無免許開業の上のべらぼうな報酬は目に余る、医師国家試験を受けて医師連盟に加わり、正規の料金だけ受け取れ! という警告。しかし、ブラック・ジャックは相手にせず..結局、警視庁に逮捕される。

 獄中のブラック・ジャックに、イタリーの億万長者ボッケリーニ氏が面会する。孫の難病を手術してもらおうと来日したのに、こんなところで会うとは! ボッケリーニは医師連盟会長に掛け合うが、彼は買収にも応じず(「金など腐るほどある」)、日本政府を動かそうとしたボッケリーニの機先も征する。(総理大臣「つまりなんですなァ……ハハハハ。日本医師連盟は総理大臣よりも強いのですわ」)諦めたボッケリーニは、医師連盟の軍門に降るが..彼らの用意した最高の医療でも、ボッケリーニの孫の命を救うことは出来なかった。獄中のブラック・ジャックに、ボッケリーニからの伝言。孫は死んだ。残念きわまる、と。

 そして、医師連盟会長の息子が狙撃された。ボッケリーニの報復だ。彼はマフィアのゴッドファーザーだったのである。致命傷を負った息子を救えるのは、ブラック・ジャックしかいない。獄中のブラック・ジャックに医師免許を持参して頭を下げた会長の目の前で、ブラック・ジャックは、それを破り捨てる。

 ボッケリーニとブラック・ジャックの、それぞれの報復。ちょっと、後味が良くない。医師連盟会長の息子には、なんの罪も落ち度も無いからである。まぁ、「たのむ……、わしのむすこを救ってくだされ……!」、と、涙ながらに訴える会長を、ブラック・ジャックが冷ややかに見返しているラストシーンの、そのあとで、何が起こったか(例えば、結局、手術が行われたかも知れない..)を想像するのは、読者の自由であるが..

*シャチの詩

 小さな美しい入り江には、無数の真珠やサンゴが沈んでいた。それらはみな、ブラック・ジャックの友人のものだったのである。彼はピノコに、昔話をする。それは5年前のこと..

 この海辺の丘の上に家を建てて、開業したばかりのブラック・ジャックを訪れる人とてなく、彼は孤独だった。彼の腕前を知らず、顔や体の傷を見て気味悪がった人々は皆、彼を避けたのである。そんな彼に、顔の傷跡などを全然気にしない友人が出来たのだ。シャチである。重傷を負ったシャチが、この入り江に流れ着いてきたのだ。

 患者第一号である。噛み傷だった。数日後、お礼のつもりか、シャチは真珠を持ってきた。仲良しになったブラック・ジャックとシャチ。さらに数日後、今度は打撲傷。治療したブラック・ジャックに、またしても真珠を持ってきたシャチ。その後も、十日に一回は怪我をしては逃げ込んで来、治療代として真珠やサンゴや古い金貨を置いていくのだった。

 やがてブラック・ジャックは、トリトンという名をつけたそのシャチが、漁場荒らしをしていることを知った。近所の漁場は、大被害を受けていたのだ。モリで刺しても、数日たつとケロッと治ってくる、タフなシャチに..真相を知ったブラック・ジャックはトリトンに、大海原に去れ、漁場にいると、いずれ殺されるぞ、と、忠告するが..ついにトリトンは決定的な事件を引き起こした。子どもを3人、食い殺したのである。

 大がかりなシャチ狩りが行われ、シャチに半死半生の深手を負わせた。そして、ブラック・ジャックの(帰ってくるな、という)願いも虚しく、トリトンは、治療してもらうために、入り江に帰ってきた。ブラック・ジャックは、もはや彼を治療するわけにはいかない。どんなに真珠を持って来られても。血塗れのトリトンは、毎日毎日真珠を持ってきて、ブラック・ジャックは見て見ぬふりをし続け..そして数日後、トリトンは、キラキラ光る真珠の粒に囲まれて、死んだのである..

 シャチが漁場を(そしてエサとして人間を)襲うのは、これは本能であって、悪事でもなんでもない。しかし人間が生き延びるためには、このシャチを殺さなくてはならないのだ。

 戦争末期、餓死させることが決定したが、エサをもらうために(死ぬまで)ひたすら芸を続けた、象の話を思い出した。

*閉ざされた三人

 デパートの陥没事故。地震か? いや恐らくは、冷房のために地下水を汲み上げ過ぎて、デパートが傾いたのだ。親子連れとブラック・ジャック、計3人は、地下のエレベーターの中に閉じこめられしまう。父親は重傷だ。

 もって4時間。注射器と僅かな薬しか持っていないブラック・ジャックは、取りあえず鎮痛剤を打つが..3時間後、鎮痛剤が切れかけている父親だけでなく、息子とブラック・ジャックの命も、危機に瀕していた。酸欠だ。地下の完全密室なのだ。どうせ手遅れだから自分を死なせて、その分の酸素を息子に..という父親の懇願を受け、制止する息子をふりきって、ブラック・ジャックは父親に注射をする。彼は、呼吸を止めた。ブラック・ジャックを人殺し、となじる息子。これは賭けだ、あと1〜2時間で救われなければ、自分たちも死ぬのだ、と、ブラック・ジャック。

 窒息死しかかっている二人の耳に、救いの音が! 救助隊がドアを焼き切り、救出された息子は、ブラック・ジャックが父親を殺した!と告発するが..ブラック・ジャックが注射したのは毒ではなく、大量のインシュリンだった。ほとんど呼吸をさせないために、仮死状態にしただけだったのだ。

 限定された舞台と、無駄のない構成。きっちりと引き締まった佳作である。

*ときには真珠のように

 ブラック・ジャックのもとに届けられた、不思議な小荷物。奇妙な石の殻に納められた、メスである。送り主は、J.H。それが命の恩人、本間丈太郎のことであると漸く思いついたブラック・ジャックは、何かわけがあるらしい、と、本間医師のもとを訪れた。

 本間医師は、老衰で寝たきりになっていた。小包に手紙を同封し忘れた彼は、ブラック・ジャックに昔話をした。それは、彼の懺悔だった。

 まだ子どもだったブラック・ジャック(黒男)、全身滅茶苦茶だった少年を、奇跡的な手術で救った本間医師は、しかし大きなミスを犯していたのだ。メスを、肝臓の下に置き忘れたまま、縫い込んでしまったのだ! いまさら手術をし直して取り出すか? とんだ恥さらしだ..そして決心の付かぬまま..勇気を奮い起こせぬまま..彼は、黒男を退院させてしまったのである。腹の中に、いつ命を奪うか判らない、時限爆弾のメスを残したまま..

 それから毎晩、黒男の内臓にメスが突き刺さって大出血を起こす悪夢に苛まれた本間医師は、7年後、ようやく、検査の名目で再手術をする機会を得た。なぜ、7年間も、メスは内臓に突き刺さらなかったのか?

 彼が肝臓の下から取りだしたのは..石の棒だった。その中にメスが! なんとメスは、カルシウムの鞘につつまれていたのだ。7年間かけて、カルシウムが少しずつ染み出して、メスにかぶさっていったのである。ちょうど、真珠貝が、自分の体の中に入った砂のかけらを、真珠質で包んでいくように。ブラック・ジャックの体は、神秘的な力で精一杯、命を守っていたのである。


「…な なあ ど どんな医学だって せ 生命のふしぎさには…かなわん…。に 人間が い 生きものの生き死にを じ 自由に し しようなんて、おこがましいとは お お 思わんかね…」

 告白を終えた本間医師は、危篤に陥る。脳出血だ。すぐに近くの病院に運ばれて、ブラック・ジャック自ら執刀したが..救えなかった。天命だったのか? ミスのない、完全な手術をしたはずなのに? 打ちひしがれるブラック・ジャックの耳に、本間医師の最後の言葉が、エコーする..


「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね…………………」

 「ブラック・ジャック」は、ある意味で、「挫折」の物語である。そうならざるを得ないのだ。彼がいかに天才的な手術を行い、あるいはその瞬間の、その怪我・その病気からは、患者を救えようとも..最後の敵である「死」との戦いには、いつかは、必ず敗れる。無論、「死を目前とした最後の日々を、いかに人間的に有意義に過ごせるようにするか」というのも、現代医学の重大なテーマであり、ブラック・ジャック・シリーズにも、これに類するエピソードはあるのだが、しかしブラック・ジャックの生き甲斐は、あくまでも「手術」であって、直接的に人命を救うことなのである。そしてこの戦いは、決算期には、必ず赤字で終わるのだ。

 敗北が運命づけられている(どこか北欧神話にも似ている)ブラック・ジャック世界を、典型的に象徴するエピソード。

*からだが石に…

 イタリアの教会にて。患者は体が硬化しつつあった。筋肉の部分が骨に変わっていく奇病なのである。やけ酒を浴びる父。神にすがる母。そして彼女は、身ごもっていた。

 ブラック・ジャックも、一応、見放した。が、可能性はある。筋肉を全部取り除くことが出来ないのなら..脳神経を別の体に移植することだ。90%死ぬことを覚悟した上での手術になるが..ブラック・ジャックは、今までに何度か、脳の移し換えに成功しているのだ。難問はふたつ。脳と体と、ふたりの神経がつながるかどうか。もうひとつは、死体の拒否反応。ま、死体待ちだな..と、ブラック・ジャック。

 誰か村の子どもが死ねばいい..と、悪魔のような(しかし無理もない)考えを抱く父親。誰でもいい、早く死んでくれ!と、トラックで子どもたちをひき殺そうとする父親は、それを制止した母親をはねてしまう。後悔する父親。母親は一命を取り留めたが、ショックで生まれた子どもの息は止まってしまった。その肉体を使うブラック・ジャック。無論、脳は頭蓋に収まらないのだが、ピノコ方式の人工頭蓋を使えば..血のつながりのあるふたりだ、成功する見込みはある。この赤ん坊は、このために生まれたんだ..

 いくつかある脳髄移植ものの中では、格別の傑作とは言えない。それは、「体が石になる」という素材と、「生まれたばかりの弟の体に脳を移植する」という素材が、うまく調和していないからである。(それぞれ個別に、短編一本起こせるネタなのだ。)

*はるかなる国から

 A大の板台教授を頼って、スウェーデンから来日したイングリッド嬢。教授は、心臓外科の世界的権威なのだ。全国区のニュースとなり、板台教授はイングリッド嬢を特別室にいれるが、その一方で、同じ病気に苦しんでいる貧乏な山田家の娘は、門前払いにしてしまう。名もない患者だからだ。世界の目は、イングリッドに向いているからだ。国際的な名声を受けるチャンスなのに、名もない患者など、相手にしている暇は無い。

 落胆した山田は、回り回ってブラック・ジャックに辿り着いたのだが..彼にも断られてしまう。他の医者のおこぼれの患者など、引き受けられるか。それに自信もない。その娘は十中八九、手術しても無駄だよ、と。しかし、イングリッドの手術前の記者会見で、ブラック・ジャックの名など知らん、とにかくわし以外にこの手術に手を出すものは、身の程知らずだ、と嘯く板台教授の姿に、競争意欲を煽られたブラック・ジャックは、病院と手術室を確保すると、板台教授の手術開始と同時に、山田の娘の手術を同じ術式で開始する。山田親娘への同情からではない。板台教授に対する、同業者としての意地からなのだ。

 イングリッド嬢は、板台教授の手術のかいなく、死んだ。そして三ヶ月後、板台教授は、山田に手を引かれて、元気に東京見物をする彼の娘の姿を見て、肝を潰す。治ったのか!? 誰に手術してもらったのだ!? しかし山田はブラック・ジャックとの約束を守り、彼の名は出さずに、娘の手を引いて去って行く。プライドを叩きつぶされ、打ちひしがれる板台教授。

 一見、有名医師の「名誉欲」を風刺する(咎める)内容に思えるが..板台教授の鼻っ柱をへし折ったのは、ブラック・ジャックの「意地」(自己への名誉欲)なのである。結局、患者そっちのけのエピソードであった。[;^J^]

*幸運な男

 間違いなく、「ブラック・ジャック」シリーズ全編中の、最高傑作である。

 イランの油田で大爆発事故。日本人技師も、大勢死んだ。運良く助かった、スラム街出身の貧乏なイラン人の青年は、上役の日本人、天堂一郎技師の死体を発見した。天堂は大金持ちの御曹司だったのだ。彼のパスポートと大金の入った財布を持ち去り..そして天堂の遺体は炎に包まれ、ついに発見されることは無かった..

 しばらくしてから、ブラック・ジャックを訪ねた彼は、大金を積んで、パスポートの顔、すなわち天堂の顔に、整形手術してもらう。写真を見たブラック・ジャックは、一応「やめておけ」、と忠告はしたのだが..

 完璧な整形手術を施して去ったブラック・ジャック。半年後、天堂一郎になりすましたイラン人の青年は、(日本語も満足にしゃべれず、天堂の家族関係も把握していないので)記憶喪失を装って、(それ故、半年間もあちこちを彷徨っていたことにして、)日本に「帰国」した。彼を迎えた「母親」は、何故か彼が贋物であることを見抜けず、贋一郎はほっとしたのだが..それも束の間、大金持ちのはずだった天堂家は、爆発事故と石油ショックで会社が破産して、一文無しになってしまっていたのである。彼を待っていたのは、「母親」との二人暮らしの極貧の生活だ。呆然とする贋一郎。ブラック・ジャックを訪れて、こんな顔になったがために、酷い目に遭うことになった。元の顔に戻してくれ、と頼み込むが..ブラック・ジャックの答えは、お前なんか知らんが、整形手術をしてもらいたければ金を積みな!というものであった。金があれば苦労はしないのだ。グレた贋一郎は、「母親」に八つ当たりした。彼女は精一杯、世話を焼いてくれるのだが..

 ..彼は、子どもの頃から、鬼のような生母に虐待されてきたのだ。子どもを道具のようにこき使い、稼ぎの全てを取り上げて、酒を浴びる..彼は、母親の愛情など知らず、母親など一切信用しない、と、心に決めていたのだ。食うために見つけた仕事の稼ぎも、一切、彼女には渡さず、酒を飲む..

 ..ある日、「母」が、生活費をかせぐために街角で衣服を売っていたところ、ショバ代払え、と、地回りのヤクザに袋叩きにされているのを目撃し..そしてその夜も、怪我をしつつも、何事もなかったかのように夜なべ仕事を続けている彼女の姿に..彼の頑なな心も、ついに解けた。彼女に足袋をプレゼントすると、初めて日本語を発した。「ママ」、と。

 酒をやめた彼は、「母」に楽をさせるために、懸命に働く。母親に恵まれなかった彼は、ついに、理想の母親を手に入れたのである。彼女と散歩をしつつ、しかしこんなにいい人をだましているなんて、俺はなんという悪人なんだ、という、罪の意識にも苛まれるのだが..

 ある日、彼は、「母親」の「入れ歯」を見つけた。妙だ。彼女には、歯が生えているではないか? それを訊かれて、なぜか真っ青になって家を飛び出してしまった「母」。この寒空に! 公園のベンチで震えていた彼女は..既に手遅れだった。彼は彼女を病院に入れたが、重傷の肺炎にかかっていたのだ。肺血栓を併発。おふくろを助けてくれ!と、彼はブラック・ジャックに救いを求めるが、ブラック・ジャックは断った。内科の診療は専門ではないし、立派な内科病院の診療に割り込んでいく気もない。(そして、次のコマが、この作品のキーとなるのだ。)


「あんた、うまくいってたか?」
「え?」
「つまり…おふくろさんといっしょのくらし、満足したかね?」
「もちろんだ!!」
「じゃあ幸運を祈る」

 もう、助けられない、と、医師たちに告げられた彼は、これ以上隠すことは出来ない、と、自分が息子ではないことを告白しようとしたが..先に告白したのは、彼女であった。彼女は、一郎の本当の母親では、なかったのだ!

 一郎がイランに行っている留守中に、一郎の母が亡くなった。その機会に、天堂家の財産目当てに、彼女はすり替わったのである。しかしそのとたん、石油ショックで会社が潰れ、一文無しになり..いまさら天堂夫人ではないとも言えずに、「ひとり息子」の一郎が、海外から帰ってくるのを待つ他なかったのだ。「息子」が帰って来たとき、贋物とばれるのではないかと心配したが、あなたは気が付かなかった。それどころか、本当に良い息子だった。私はこれまで、我が子というものの経験を知らなかったのだ。一緒に暮らすうちに、ほんとうの息子のように思えてきて..だましていたことは、許して欲しい。しかしこんなに幸せな経験はなかった..

 そして彼が、自分の告白をする間もなく、息を引き取ってしまったのだ。最後の瞬間まで「ママ!」と呼びかける、「息子」の声を聴きながら、幸せに..彼女が天堂夫人の顔をしていたのは、ブラック・ジャックに整形手術をしてもらっていたからだった..

 とにもかくにも、構造が美しい。

 どれほど完璧な整形手術を施されようとも、(例えそれがブラック・ジャックによるものであろうとも、)立ち居振る舞い、無くて七癖、そして知識と情報。絶対に肉親を騙しきれるわけがないのに、何故、贋の息子であるということが、ばれないのか? という謎と、その鮮やかな解明。

 ふたりとも贋物であったが故に、お互いの(本物を真似する上での)欠陥に気が付かない、という、構成の妙と、そのふたりの整形手術を、いずれもブラック・ジャックが手掛けていた、という、シンメトリックな構造。

 必要無いはずの入れ歯が、何故、ここにある?という、(一見)とても些細な問題が、一気に破局を呼び、そして、上記に引用したヒトコマで、全ての真相、及びこの作品のテーマ(「“幸運な”男」)が、凝縮して暗示されている。

 無論、構築美だけでは無い。不幸なふたりが、偽りの親子として、しかし真実の幸福を得た物語なのである。

 何度読み返してみても、感動を新たにする傑作。作者の天才は、僅か22ページにこれほど豊かなドラマを、完璧な構成をもって盛り込み得たのである。

*二つの愛

 「能寿司」の職人として一人前になったタクやん。還暦を迎えた母親に、自分の手で握ったスシを食べさせることを楽しみにしていたのだが..出会い頭の事故で、トラックにはねられてしまい..一命は取り留めたものの、両腕を切断してしまったのである..

 トラックの運転手、有馬明は、タクやんの強い希望で無罪になった。タクやんは、別に彼を恨んではいない。タクやんのただひとつの思い残しは..母親に、自分の手で握った、日本一のスシを食べさせられなくなったこと。母親は、老い先短い。もうすぐスシも食べられなくなる。だから、ぼくの手になって欲しい! ぼくに変わって日本一のスシをにぎる手になってほしい! そして何年かたって、ぼくの握り方と味をすっかり受け継いだときに、ぼくのスシをあなたが握って、母に食べさせて欲しい..彼の懇願に、有馬は応えた。

 有馬の修行が始まった。そして..ついに、タクやんの味と同じ味が出せるようになった時、目の不自由なタクやんの母親に、「タクやんの握ったスシ」を食べさせたのだ。タクやんの母は、満足した。タクやんとしても、思い残すことは無い、のだが..明が、トラックにはねられて、死んでしまった。タクやんは、またしても、手を無くしてしまったのだ。

 明の未亡人のたっての希望で、ブラック・ジャックは、明の腕を、タクやんに移植する。手術は成功し..そして、店で働くタクやんの肩の先で生きている主人の腕に、ときどき会いにくる、明の未亡人。

*タイムアウト

 トラックの積み荷(建材)の崩落事故。後続のトラックの運転席を直撃し、その運転手は救出されたが、歩行者の幼児が巻き込まれた。崩壊しかけている鉄材の山の下で大出血し、体も圧迫されているが、鉄材が崩れるので抜き出すこともできない。クレーン車を待っていては手遅れだ。荷崩れさせたトラックの持ち主の槍杉建築は、子どもを助けてくれれば、いくらでも出すという。それを聞いて、ブラック・ジャック起動。要求額は五千万。槍杉建築は、払うという。

 ブラック・ジャックは、子どもの体を抜き出すために、彼の体を四分割する手術を開始した。右腕と右脚と左腕を外せば、抜き出せるのだ。崩れかけている鉄骨の山の下に潜り込み、仰向けになって手術を開始。「パーツ」を外すたびに病院に運ばせ、最後に、崩落する直前に、胴体を抱えて山の下から生還。ただちに病院で、体を元通りにつないだ。

 後日、槍杉建築は、事故の原因は追突したトラックだ、と、冤罪を負わせて、金を払わない。トラックの運転手は、槍杉建築の嘘だ、自分は5千万など払えない、と。ブラック・ジャックは、救出された子どもから、5千万のかわりに風車をもらって、去って行く。


*手塚治虫漫画全集 151

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jan 19 2000 
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