三つ目がとおる 4

*モア編 第7章 とざされた墓

 舞台はユカタン半島のジャングルの中へと移る。ケツアルに“将軍”と呼ばれた男が、息子・アドルフ(アセチレン・ランプ)を伴って、トルテカ人の古代遺跡(人工の沼)を訪れる。ここに息子にゆずる財宝があるのだ。

 目も眩むような絶壁の道を渡り、暗黒の地下道(驚異的な古代建築!)を通り抜けたふたりは、沼の底の地下ホールへ。ここには金が散乱していた。“将軍”が20年前に偶然発見してから、ただひとり秘密を守ってきたのだが..ほかにもこの場所を知っているものがいた。それは、あのモアの子孫だ! モアは金のにおいにひかれて、本能的にここを嗅ぎつけるのである! これこそが、モアを殺さねばならない理由であった。

 まさにその時、地上の沼地に、写楽とセリーナを乗せたモアが降り立った。沼の底に財宝が沈んでいることを察知したのだ。写楽は状況を見て取ると、そこにあったヘリコプター(“将軍”たちが乗って来たもの)を改造して“ポンプ”を作り、沼の水を吸い上げる。

 茫然とするセリーナ。そしていまこそ、写楽の野望が明らかになる! ここの財宝を資金に、メキシコ全土を乗っ取って三つ目人の王国を再建し、写楽が初代の帝王に、そしてセリーナを女王として、三つ目人をどんどんふやす! そしてアメリカをも占領するのだ!

 沼は干上がった。そして沼の底には、数えきれないほどの黄金の山が! モアは底に飛び降りて、金を食いはじめる。そこへ銃弾! “将軍”=ヘパトームと、アドルフが、地下から戻って来たのだ。彼らは写楽とセリーナを地下ホールに引っ立てると、さらに秘密の階段を開け、最下層の棺の安置室へと連れていく。そこには三つ目の骸骨が安置されていた。古代トルテカ人や、マヤ族、インカ族は、三つ目人間から文明を授かった、その証拠ではあるまいか..?

 蓋を閉められ、闇の中に取り残された写楽とセリーナ。密閉された地下室の中で、次第に酸素が枯渇して行く..

 アドルフは、もちろんヒットラーの戯画である。(チョビ髭も生やしている。)ランプは、5年後の傑作「アドルフに告ぐ」で、(ヒットラー役ではないが)極めて重要な役で大活躍するが、それの前触れのようにも思われる。

*モア編 第8章 乱戦

 地下に写楽とセリーナを生き埋めにして、沼の跡に戻ったヘパトームとアドルフ。ヘパトームは、モアの死骸が無い(どころか、血が一滴も流れていない)ことに気がつく。不肖の息子・アドルフは、救いがたいほど射撃が下手だったのである。モアが逃げたとすると、また別の人間をここに連れて来る。手早く黄金を運びだしてしまう必要がある。ヘパトームは大型ヘリを呼び、それで黄金を運び去る。

 地下では、写楽が最後の手段として、モアをテレパシーで呼び寄せていた。写楽たちが閉じ込められているホールの位置を察知したモアは、必死になって穴を掘る。脚がボロボロになるまで..そして、間一髪、ふたりが窒息死する寸前に、穴を開けることに成功した。写楽とセリーナは、モアに乗ってヘパトームのヘリを追跡する。

 メキシコシティの南西約100キロにある、タスコ。ここが目的地だ。既に夜。写楽はセリーナとモアを隠し、一人でヘパトームの館へ乗り込むが、そこで待ち構えていたのが、(読者諸君は、とっくにお忘れであろう)須武田行佐である。彼もヘパトームの一味だったのか?!

 子供の出る幕ではないと、(ホルマリンで?)写楽を眠らせた行佐は、インターポールの本部に連絡を取る。彼は、インターポールのメキシコ駐在員で、もとナチ戦犯のヘパトームを追求してきたのだ。(ヘパトームの息子がヒットラーの名を与えられている理由も、これで判った。)

 “動物学者”として叔父をだましてモアをあずかり、モアを泳がせてヘパトームの黄金の出所を探り当てたのだ。しかし、本部は、今しばらくヘパトームを逮捕するなと指示してきた。ヘパトームはアラブの保護を受けており、政治問題化する恐れがあるからだ。金をまとめて高飛びしようとしているのに、ここで見逃せとは..行佐は腹を固めて、二人の部下に、ヘパトームを殺せ、と指示する。しかし、屋敷に突入した彼ら3人は、ケツアルに射殺されてしまう。

 その頃、館の外で、行佐に眠らされた写楽を発見したモアが、死んだものと誤解して怒り狂って館に暴れこみ、ヘパトーム、アドルフ、そして黄金を積み込んで飛び立った大型ヘリに突入して、大破させる。ヘパトームとアドルフは、即死。モアも重傷を負ったが、セリーナの励ましで息を吹き返す..が、直後に射殺されてしまう。ケツアルだ。ケツアルは、写楽との最終決着をつけるべく、モアの死体の上に置き手紙して、セリーナを人質にして連れ去る。

 目覚めた写楽は、モアの死体を発見して、大泣きに泣く。写楽の、本当に数少ない親友のひとりだったのだから.. モアの復讐を誓う写楽は、マヤのしきたりに従ってその心臓を焼いて食い、あまりの旨さにモアの全身を平らげて、ケツアルの指示した決闘場所へと、オートバイで急行する。

 モアの死に号泣する写楽は、バンソウコウを貼った写楽ではなく、三つ目の聡明な写楽であるだけに、このシーンは胸を打つ。そしてこの愁嘆場をギャグに切り替えて、最後の決戦へとつなぐ呼吸こそが、劇画とは異なる漫画の生命力、というものだ。(写楽がモアを食い尽くすシーンの片隅で、スパイダーが「ザンコクナ子デゴンス……」と涙を流して線香をあげているが、この際、綺麗に食べてやることこそ、供養というものではないかなぁ。)

*モア編 第9章 ティオティワカンの決闘

 午前3時に月のピラミッド。ティオティワカンの大遺跡の中に聳え立つ、古いピラミッド。ここが決戦の舞台である。

 何故、こうもしつこく写楽と戦うのか..自分の血には、かつて三つ目族を皆殺しにしたという、トルテカ人の血が流れているのかも知れない..と、ケツアルは自問自答する。

 写楽が来た! ケツアルはピラミッドに、徹底的に罠を仕掛けていた。まず、ピラミッドの下にいる写楽を、四方八方から投光器で照らして、写楽の視力を奪って、なぶるがごとく狙い撃ちにする。

 逃げ回る写楽。彼の額の目を狙うケツアルに、人質のセリーナが「おやめったら!!」と叫んだとき、ケツアルは銃を取り落としてしまう。もしやセリーナも念力を? ケツアルがセリーナの額にかぶる髪を払いのけると、そこに大きなおできの痕が! 危ない。油断出来ない。写楽にこのことを知られないうちに、と、ケツアルはセリーナを気絶させる。

 写楽は念力で投光器群を潰し、暗闇での勝負に持ち込む。しかしケツアルの罠は、光だけではない。音だ! そこらじゅうに仕掛けられた拡声器から、ケツアルの声と騒音が写楽を襲い、心をかき乱して念力を出すゆとりを与えない。

 ついにケツアルのピストルが、写楽の瞳を捉える。絶体絶命。しかし引金が絞られる瞬間、写楽の呼び寄せた刀が宙を飛び、ケツアルをしとめた。ピラミッドの下まで転落したケツアルは、ピラミッド全体にあらかじめ流しておいたガソリンに、ライターで火を放つ。死なばもろとも、である。

 ケツアルは、死んだ。

 ピラミッド全体が炎上し、写楽は炎の壁を突破出来ずに、頂上まで逃げる。このままでは焼け死ぬしかない。気絶していたセリーナを叩き起こすと、炎の外側に置いてあるオートバイを呼び寄せるから、手伝え、と。写楽の念力では足りないのだ。写楽は、セリーナの額の目に気付いていたのだ。

 ふたりがかりの念力で、バイクが引き寄せられて来た。ふたりはこれに乗り、強引に火の壁を突破する。正面からやってきたのは、消防車の群れ。そして放火犯(にしか見えない)ふたりを追い回す、パトカーの群れ。逃走中、セリーナは写楽以上の念力を発揮して、パトカーを潰す。驚き喜ぶ写楽。悪魔のプリンスの花嫁になる資格は、じゅうぶんだ! しかしセリーナは、警官に撃たれて致命傷を負い、バイクから転落する。

 セリーナを救うために、行佐の研究所に駆け込んだ写楽は、犬持医師に手当てさせる..が、ここには輸血用の血も、手術の道具もない..セリーナは意識を取り戻したが、もう助からない。

 写楽は、同じ三つ目人のセリーナを励ます。三つ目人の国を作ろう、子供をたくさん作ろう、と。セリーナは、現代に生きているのだから、古い夢物語より今の世界を大事にしろ、といい残して、死ぬ。

 かくして、事件は終った。


 繰り返すようだが、モアの飛びかたは、どうも引っ掛かる。“漫画的荒唐無稽さの調和”を乱しているように、思えるのである。「三つ目がとおる」は、間違いなく作者の傑作のひとつだが、このように“荒唐無稽さの性質が突出する”ことが、しばしばあるように思われる。例えば、ジャンプするモアイ像も、そのひとつだ。

 誤解しないでいただきたいが、リアリティが無いことを問題にしているのでは、全くない。リアリティは無いなら無いで構わない。そういう世界観の作品ならば、それでいいのだ。このエピソードについて言えば、この形態では、モアは長時間の飛翔は全く不可能なはずで、つまり、ここは物理法則から完全に逸脱している。作品中の他の要素も、ここまで逸脱しているのならば調和が取れているのだが、そうではない。ここで違和感を感じるのである。

 こういう言い方も出来る。おおむね物理法則に合致した世界の中で、ひとつだけ(あるいは少数の)物理法則から著しく逸脱した要素がある場合、そこが作品のポイントになる。(“フィクションでは、ひとつだけ(あり得ない)嘘をついても良い”“御都合主義的な偶然は、ひとつだけ許される”“(旧タイプの)SFでは、現実に反する仮定をひとつだけ持ち込んで、あとは現実の物理(あるいは社会)法則で処理する”等などの黄金則と、同じことである。)この作品では、物理法則から著しく逸脱している要素は、モアの飛びかただが、これは決して作品の主要なテーマでは、ないのである。(前半では、確かに他の登場人物たちを驚かせたが。)ここで齟齬が生ずる訳だ。

 しかし、問題を感じるのは、この点だけだ。

 モアと写楽の心の交流は、何度読んでも感動的であるし、三つ目人の女性を見出した写楽の、無邪気で壮大な夢と野望も、読んでいて心地好い。敵キャラを事実上ケツアルひとりに絞って、彼との抗争を徹底的に描いたのも良かった。これで物語に芯が通った。

 再読・三読に耐える、傑作である。

*円盤騒ぎ

 近所の空き地に、直径50センチほどの小型の円盤が着陸していた。バンソウコウを剥がされた写楽は、三つ目族の先祖が使った装置で、円盤を“生け捕り”にする。先祖たちは、この小型円盤を何に使ったのか? 何万度から何十万度という高熱を発する性質を利用して、工事に使っていたのだ。写楽は何に使うつもりなのか? ひとつ文福と相談しよう。ためしに富士山を噴火させるとか..

 写楽が電話をかけている間に、風邪で寝込んでいたヒゲオヤジは円盤を湯たんぽと誤解して布団に入れ、その湯たんぽは高熱を発すると窓から飛び去ってしまう。玩具を失った写楽はバンソウコウを貼られ、ヒゲオヤジの風邪は、円盤の熱で全快する。

 まぁそれだけの話であるが、7千年も昔から、観測・偵察のために地上を密かに飛び巡っては、しばしば捕獲されて、ちゃっかり熱を利用されてしまう小型円盤が、間抜けで可愛い。

*石の玉

 蛟竜(こうりゅう)の玉という、ほとんど球形に磨きあげられた石。人間の細工ではなく、〆切山のギリチョン谷に、普通の石に混じって転がっているものなのだ。昔の人は、これは谷の主(竜)が磨きあげたものだと信じていたが..僕は、これは宇宙人の細工ものだとおもうねっ..と、これは写楽のクラスメートの自慢話。写楽はその石を割ってしまい、代わりの蛟竜の玉を、ギリチョン谷まで、取りに行かされることになる。もちろん、和登サン同伴である。

 スキー場で写楽とはぐれた和登サンは、ある老人に、蛟竜の玉を探しているのなら、こちらに来なさい、と、ギリチョン谷へ案内される。そこには蛟竜の玉が、いくつも転がっていた。老人は、これはヌシのしわざだと、素朴に信じている。誰も人が来ないのに、自然に増えるからだ。

 老人は、ひとつ頼みがある、と、和登サンを近くの自分の家に招じ入れる。十年前に死んだ娘の代わりに、その娘が誕生日に着ることを楽しみにしていた、着物を着てみせてくれ、と。和登サンは着物を着て、とうちゃん、と呼び掛けてあげる。

 その頃、崖の上の方で、写楽がした立ち小便が、雪崩を引き起こしていた。はずみでバンソウコウが外れた写楽は、念力で老人と和登サンを救出し、ついでに、蛟竜の玉の謎も解く。すなわち、谷底に、丸い孔がいくつもあいて、その底に、球形に削られた石が落ちているのを見つけたのだ。雪解け水で、何ヶ月も転がされているうちに、自然に、綺麗な球形の石が出来上がったのである。

 自然の悪戯って面白いなぁ、と、写楽。この雪崩は、誰が悪戯したのかしらね?!と、和登サン。

*親子車

 ロボットカーが、ガレージの中で主人を殺し、立てこもった。

 ロボットカーとは? 殺された男が、写楽の組み立てた模型スーパーカーを譲り受け、それを実物大に作ったものなのだ。運転しなくても、口頭で指示を与えるだけでその通りに動く、電子頭脳を持った車である。これを近々、自動車会社に売り込みに行く筈だったのだが..

 そのようなものを信じない雲名警部は、ガレージに踏み込もうとして、無人の車の暴走に散々な目に会い、諸悪の根源、写楽をしょっぴかせる。

 バンソウコウを貼った写楽がガレージに入ると、ロボットカーは、写楽を乗せる。そこにあるのは、写楽の作った模型。ロボットカーは、この子(模型)から、写楽がこの子の作り主であることを聞き、構造が同じで周波数が合うことから、自分たちが親子であることが判ったのだ、と、語る。

 キーを抜け!という雲名警部の指示を、写楽は可哀想で実行できない。ロボットカーは写楽に感謝すると、警官隊を蹴散らして一気に海岸べりまで暴走し、そこで写楽を下ろすと、親子共々海に入って行く。子供にシャラクという名をつけて..


*手塚治虫漫画全集 104


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Aug 14 1996 
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