主要登場人物は、医者のスリル博士(ヒゲオヤジ)と、息子のケン太、犬のジップ。このトリオに、看護婦のメロンと助手のカボチャ。揃ってスリラーマニアであり、さまざまな事件に巻き込まれていく。医者とスリラーという組み合わせから、のちのブラック・ジャックをダイレクトに想起させるシーンも、数箇所どころではない。
第1エピソードは、暗殺者(医者)がターゲットの側近の体に縫い込んだ時限爆弾の話。難手術に取り組むスリル博士は、まさしくブラック・ジャックである。犯人はセットした爆破日時を1日間違え、よって爆破は回避され事件は解決した。犯人の誤謬の原因は、日付変更線を越えて日本にやってきたことであった(80日間世界一周パターンである)。
短い第2エピソードに登場するのは、血友病の遺伝を持つ少女。陰謀に巻き込まれて流血する。もう助からない!とオロオロするケン太と、笑うスリル博士。女性には血友病は発現しないからである。このネタものちに、ブラック・ジャックで扱われた。
次に現われるのは、蜂を操る、虫の仮面を被った怪人。麻薬密輸団の挿話。
このあたりから、各エピソードが長くなりはじめる。第4の話は、超自然現象ネタである。ナダレ谷で遭難死した少年が残した手記によると、霧の中から呼ぶ声が聞こえ、それに山の奥深くに誘いこまれてしまい、そこで力尽きたのである。その謎に挑むスリル博士とケン太たち。霧に巻き込まれ、謎の声に悩まされたケン太は、声の正体を解明する。それは崖のに無数に開いた穴の中で、霜柱が溶ける音なのであった。これに人間ドラマがふたつ重なる。
スリル博士は拉致されて、天狗のような風貌の患者を診察する。毒蛇に噛まれたのである。天狗一族の遺産争い(ほとんど戦争)に巻き込まれる主人公たち。色々と活劇があったのち、最終的には宝の隠し場所は、青い石の下、と判明する。しかしなぜか天狗一族の生き残りは、青い石ではない方の石の下に手を突っ込み、そこに潜んでいた毒蛇に噛まれてしまうのであった。(最初に博士が診察した患者も、然り。)なぜならこの一族は、色盲の家系だったからである。(私は、この素朴なトリック(?)に、非常に感動した。)宝は天狗のハウチワ(本物!)なのであるが、お約束どおり虫に食い荒らされていて、跡形もなかったのである。
第6エピソードで活躍するのは、不眠症の少年。深夜、殺人事件を目撃したことから命を狙われ、スリル医院に逃げ込み、ケン太ともども逃走中に、深い井戸に落ち込んでしまう。水の中で疲れ果てたケン太は眠ってしまうが、不眠症の少年は三日三晩頑張りとおして、救出される。犯人は捕まり、少年は不眠症が治って眠り込む。
スリル博士とケン太は、骨休みの旅行をするが、彼らを尾行する怪しい人影と、続発する事故。故障して宙吊りになったケーブルカーの中で倒れる急性盲腸炎の病人と、ケーブルを伝って手術道具の鞄を取りに往復したケン太。ケーブルカーの中での応急手術は成功する。そして、彼らを尾行していた怪しい人影は、実は地元の知人が雇った護衛の私立探偵であり、スリル博士が救った急病人こそ、博士たちの命を狙っていた犯人なのであった。
最後の第8エピソード。スリル博士は(拾ってくれと言わんばかりに車の窓から投げ捨てられた)不思議な万年筆を拾う。金庫に保管されたそれを深夜に奪いにくる、チベットのラマ教の、ワニのような不気味な仮面をつたた大男。わけがあって一日だけ預かってもらったのだというが、怪しい男に簡単に渡すわけにはいかない。ケン太は電気鞭で戦い、万年筆を奪いかえす。
翌日、国技館の人ゴミの中で、ケン太は身に付けていた万年筆をスリ取られる。犯人はイタチの四次(ハム・エッグ)。ワニ仮面の怪人が現われ、万年筆を返せと四次に迫る。ワニ仮面が大騒ぎを巻き起こしている間に、四次は万年筆を持って逃げる。追うケン太。四次はあやしい一団に拉致され、牛のような仮面をつけた首領に、万年筆を一億円で買おうと持ちかけられるが、万年筆を殺しに使うのだと知り、怒って一億を叩きかえすと啖呵を切って飛びだし、追ってきたケン太に、取り返した万年筆を渡す。ケン太は深手を負った四次を担いで逃げるが、二人は冷凍庫に迷いこんで閉じ込められ、ワニ仮面の怪人に救出される。ワニ仮面は異国の少年を伴っていた。彼はケン太に、万年筆には重要書類が入っているので、預かっていて欲しいと依頼する。
スリル博士は、帰宅したケン太の冒険譚を眉唾で聞いていたが、賊の一団にさらわれてしまった。身の代金は、万年筆である。羽田から飛行機で逃走を計る賊の一団を、カボチャ、メロンら、スリル医院の総力をあげて追跡する。飛行機の中での大立ち回りを経て、飛行機から地上へと脱出した賊と、ヒゲオヤジと万年筆を奪いかえさんとするケン太のチェイス。賊の牛仮面の首領は、X国のスパイの首領であり、この地方の神父に化けていた。教会に潜入し、ヒゲオヤジを救出して警察を呼び、賊を一網打尽にするケン太。例の異国の少年は、某国の皇太子、ワニ仮面はその護衛の力士で、政変に巻き込まれていたのであった。
最終エピソードについて言えば、例えば皇太子陣営は、万年筆を持っていたいのか持っていたくないのかはっきりしないなど、設計未了で書きはじめたことは間違いなく、作者あとがきにも、終わりごろはアイデアも満足にでず、尻つぼみで云々と書かれているが、部分部分を読んでいる間は、間違いなく痛快で面白い。(この点に関して言えば、江戸川乱歩の通俗長編を想わせる。)作者の、少年サンデー初登場作品。初の週刊誌連載でもある。後年の代表作「ブラック・ジャック」は、「きりひと讃歌」と対比されることが多いように思うが、「スリル博士」に、“スパイアクション医療漫画”の原型を探るのも、悪くない。
Last Updated: May 12 1996
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