八重の章物情騒然たる幕末。深草丘十郎の父は、土佐藩士たちの争いに巻き込まれ、一方的に斬り殺される。腕を磨きながら父のかたきを捜そうと、丘十郎は新選組の入隊試験を受け、そこで、天才少年剣士、鎌切大作と友誼を結ぶ。大作は、神道無念流の使い手であった。
入隊後三日目、内通者・堀内の切腹をめぐる、酒飲みで横暴な芹沢鴨と良識派の近藤勇の対立。それを仲裁する土方。父のかたきを斬るために剣の修行をする丘十郎の、剣の曇りを見抜く沖田総司。沖田は丘十郎に自然体の稽古をつける。
甘い物には目がない大作につきあって、丘十郎は、しるこ屋に。そこで彼は、父のかたきと出会う。彼とその仲間を連れ出して、橋のたもとでの決闘。大作は、相手の仲間をことごとく片付ける。丘十郎とかたきの一騎打ち。そこへ通りすがる坂本龍馬の姿を見て、なぜか大作は姿を隠し、かたきは逃げる。お前はまだあの男にはかなわんと、大作を諫めて去る、坂本龍馬。助太刀をしなかった大作を責める、丘十郎。
基本的なモチーフが、この章で出揃っている。“自然体”を習う箇所では、ページ半分を使って“図解”されているが、これは白土三平の影響か、逆に白土三平に影響を与えたのか?
村雨の章この章では、新選組の暗黒面が描かれる。
洋式教練で隊員をしごく平山は芹沢の腰巾着であり、芹沢とそりの合わない丘十郎をいびるが、丘十郎の反撃に合って、赤恥をかく。そこに通りかかった芹沢は、丘十郎に、人を斬れ、と指令する。今夜、張り込みがあるのだ。
新選組内部に入り込んだ長州の間者を、刺客が襲う! 逃げ出した松永主計を迎え撃つのは、丘十郎。松永の、俺の子がお前を狙うぞという言葉に、丘十郎はとどめをさしきれずに逃がすが、松永は自宅の前までたどり着いて、かたきは深草丘十郎と血文字を書いて、こときれる。
松永を逃がした丘十郎は芹沢たちのリンチに会う。帰路、丘十郎を襲う、松永の娘、八重。かたき討ちなのだ。松永を殺すつもりではなかったこと、自分も同じ立場であることを、丘十郎は説くが、短筒を持つ八重は聞く耳を持たない。そこに、大作が助けに入る。八重の助っ人の仏南無之助は、大作を手強しと判断して、この場を引き上げる。
芹沢鴨は、どうしようもない酔っぱらいの乱暴者である。いいがかりで関取衆を斬り捨てて、大騒ぎを起こす。その場に来合わせた、丘十郎、大作と、大関が、与力に同行してことを収めるが、その夜、芹沢一派は、恥をかかされたとばかりに、その与力を斬り捨てる。
芹沢が暴れるシーンの前後で、ミュージカル風の群集シーンが展開されるが(“WESTSIDE STORY”と、書き文字)、ここのグラフィカルな感覚は、全く素晴らしいものである。後世の漫画家たちに、どれほど多くのものを伝えたか、想像も出来ないほどだ。
落花の章丘十郎は、名刀・村雨丸をあやつる仏南無之助と立ち会い、深手を負わされる。しかし南無之助は、丘十郎を殺すのは八重だと言って、とどめをささずに去る。丘十郎は通りすがりの坂本龍馬の家に連れていかれて、手当てを受け、同時に、世界の広さ(日本の狭さ)を教え諭されるが、聞く耳を持たない。
その後、狂ったように剣の修行をした丘十郎は、ついにかたきを再び探し出し、見事に彼を殺す。しかし同時に、今度は土佐藩中の一同が、丘十郎をかたきと付け狙うことになった。自分の運命のあまりの虚しさに茫然となる、丘十郎..
三条の章かたき討ちの虚しさを思い知って、今更ながら教えを乞う丘十郎に、坂本龍馬は洋書を渡す。丘十郎をつけ狙う土佐藩士らと、同じくかたきとつけ狙う仏南無之助の鞘あて。
芹沢鴨は、酒代の埋め合わせのための新選組からの持ち出しが、隠しきれなくなり、商家を襲って大金を奪ったあげく、火を放つ。
あまりの無法に腹を据えかねた丘十郎は、大作とふたりで、料亭で飲んでいた芹沢一派を皆殺しにする。現場検証をした沖田は、ふたりの仕業であることをひとめで見抜き、ふたりに、命を預けろと言う。
雨の中、仏南無之助に呼び出された丘十郎は、南無之助を討ち、大作は八重を倒す..が、彼女は死んではいなかった。必ず丘十郎を殺すと誓う彼女を、丘十郎は、勝手にしろとばかりに助ける。
八重を手当てする丘十郎。八重は彼を殺そうとするが、果たせない。
近藤勇に呼び出された丘十郎と大作は、切腹を申し付けられるどころか、許された。何故なら先に、京都守護職より近藤に、芹沢を処分せよという命令が下っていたからである。偶然、ふたりが先に手を下してしまったのだ。
丘十郎を襲う、土佐藩士たち。かたき討ちである。彼らを蹴散らしたあと、傷の手当てのために、しるこ屋に戻った丘十郎は、そこで密書を発見する。しるこ屋の主人は、スパイだったのだ。主人はただちに何者かに口封じのために殺され、密書を手にした丘十郎は、謎の剣士に襲われる。彼がこれまで出会ったなかで、最大の強敵である。
謎の剣士の攻撃を辛うじてかわした丘十郎は、密書を新選組に持ち帰る。それは長州藩士以下、幕府転覆をはかる浪人たちの名簿であった。これを証拠に出動する新選組。
謎の剣士の腕が、大作そっくりであったことに悩む丘十郎は、土方から、大作を斬れ、と、命ぜられる。やはり彼はスパイだったのだ。
夜空に花火が舞う下で、大作と丘十郎の最初で最後の闘い。丘十郎は大作を倒す。そこに来合わせた坂本龍馬は、外国に行け、世界を見ろ、と薦める。
後日、大作の墓参りをする丘十郎。彼の命を狙っていたはずだが、いまは彼の無事な帰国を願う八重。新選組が池田屋で殺戮をしている頃、丘十郎は汽船で出国して行くのだった。
言うまでもなく、史実とはほとんど無関係な、新選組の登場人物らをキャラクターとして配した、自由な創作である。構想の半分まで進んだところで打ち切られたものらしく、そのせいか、中途半端な感は否めない。死ぬべき者は死に、収めるられるべき伏線は収められているのだが、どこかプロットに“芯”がないのだ。錯綜するかたき討ちの連鎖、密書をめぐる陰謀、世界へのベクトル、といった材料を整理できていない。
現代的な“単なる悪役ではない”新選組ものの嚆矢であるという、この作品。部分的に見るべき点はあるが、全体としては凡作に終っている。
Last Updated: Jul 2 1996
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