長いことなんの事件もなかった、平和な十三里村は、しかしいまや騒然としていた。大規模な建設工事が、全ての村人の反対を押し切って強引に進められていたのである。資材を運ぶトラックに、謙吉少年が轢き逃げされて死んだのをきっかけに、村人たちの反対運動の気運は、殺気立ってゆく。
二年間も続いている大工事である。これを指揮している高野博士の元に、妹のスミ子が訪ねて来た。博士は明らかにアル中気味である。彼はスミ子を車で送るが、道中、彼女に「誰かの命令で建設している」と指摘される。彼には全く身に覚えのないことである。(重要な伏線である。)彼らを襲う工事反対派の村民たちを、通りすがりの英二少年が、大勢で襲うのは卑怯なりとばかりに追い散らす。襲撃者たちの中には、弟の英三もいた。博士らは英二に感謝するが、英二とて工事には反対であって、博士らを嫌っていることに変わりはない。負傷した英二に手当てをするために、一行は工場に引き返す。
博士は英二に建設中の地下都市の模型を見せる。これは博士が設計した、核攻撃にも耐えうる巨大なシェルターであって、ここに世界中の美術品や芸術品を保存するのである。土地を奪われる村民たちは、この地下の超近代都市に移り住ませると約束する博士を、英二は信用しても良いかもと思いはじめる。
英二を見送ったスミ子に「謙吉の死をつぐなえ!」と迫る影。オタヌキ教の修験者、馬場である。
帰宅した英二と英三は、当然殴り合いの喧嘩である。英三が徒党を組んでいたのは、パチンコ屋でとぐろを巻いている不良たちであったのであり、英二にはそれが気に入らない。英三としても、兄が工事場の人間を助けたのが気に入らない。その頃、謙吉の母の元には謙吉の幽霊?が現われ、母をいたわって、夜明けと共に去って行った。
私立探偵、伴俊作(ヒゲオヤジ)が始動する。彼はこの大工事の騒ぎのすきに、この村に怪しい人間が入り込んで来たのを、調べにやってきたのである。パチンコ屋に目星をつけた彼は、地下の隠し部屋を発見し、そこにたむろしている不良たちの中に、英三を見つける。そして、パチンコ屋のオヤジ(ハム・エッグ)に指令を与える、国際的な二重スパイ、ミス・ゾルゲを。不良たちは、工事反対派のシンパを装うスパイたちに、利用されていたのである。スパイの狙いは、もちろん地下都市の秘密だ。
捕えられて生き埋めにされたヒゲオヤジは、タヌキの穴に迷い込むが、偶然、その穴の中を通っていたスミ子に救出され、工事場へ。そして高野博士との会見。
ヒゲオヤジは、恐るべき警告を博士に与える。近年、原爆の発明者のひとりが、水爆の発明者が、そしてコバルト爆弾の発明者が、相次いで自殺しており、そして申し合わせたように「デモノバースに気をつけろ」という言葉を残しているのである。デモノバース、すなわち、デモン・オブ・アース(地球の悪魔)。その意味は判らない。しかし原爆以上の大発明である地下都市の建設者、高野博士も、そのデモノバースに狙われるかも知れない。それがヒゲオヤジの警告である。何故か動揺する高野博士は、いつもの通り大酒を浴び、異常な頭痛に襲われる。
高野博士を信頼して、東京へ条件付きの交渉をしに出かける英二。強硬な反対派の父は怒り、弟の英三も憤懣やるかたなく、(スパイの手先とは知らぬ)ハム・エッグに乗せられて、過激な行動に走る決意をする。
博士に地下都市を案内されるヒゲオヤジ。これは驚くべき施設であって、地上をそっくりに再現したパノラマまである。しかしそこに遊ぶ蝶や鳥は、全て電気仕掛のロボットだ。その馬鹿馬鹿しさを笑い飛ばすヒゲオヤジは、平和の発明とやらのこの地下都市を破壊する兵器も、必ずや発明されるだろう、と、イタチごっこの虚しさを指摘する。そこへ、暴動の知らせが!
ハム・エッグに扇動された村人たちの襲撃である。無論、英三も加わっている。手当たり次第に地下都市を破壊する暴徒たち。一方、ヒゲオヤジの前には、不気味な面を被った、怪人・デモノバースが現われる。警視庁の命令で彼を捕えにやって来たヒゲオヤジは、逃げるデモノバースを追跡するが、デモノバースは地下都市の構造を知悉しており、ヒゲオヤジは罠にかかって捕えられ、その間にデモノバースは姿を消す。
その頃、高野兄妹は村人たちに捕えられ、リンチに会っていた。ハム・エッグは、勢い付いて地下都市を破壊しつくそうとする村人たちを制し、高野兄妹を別々に監禁する。ミス・ゾルゲは、地下都市の秘密を吐けと博士に迫るが、平和都市にそのようなものはない、と、博士は答えない。一方、スミ子に会った英三は、夜な夜な謙吉の母の元に現われて彼女を慰めていた、謙吉の幽霊の正体が、スミ子であったことを知る。修験者の馬場に償いをすすめられて、タヌキの穴を通じて謙吉の母の家へ通っていたのである。彼女の真情に打たれた英三は、さらに、ミス・ゾルゲとハム・エッグがスパイであることも知る。
ミス・ゾルゲは博士に地下都市を案内させ、異様な兵器を備えた部屋を発見する。やはり地下要塞だったのだ。しかしこれは博士も知らない部屋と兵器だった。突如頭痛に襲われて倒れる博士。そしてミス・ゾルゲは、部屋の防御装置の怪光線を浴びて、粉末状に分解されてしまう。そこに現われたデモノバースの高笑い!
村に帰った英三は、村人たちに、ハム・エッグがスパイであることを告げて回るが、誰にも相手にされない。そして、村はずれの三本松へ呼び出しがかかる。それを知った馬場は警察を呼ぶ。
三本松での、英三とハム・エッグ以下、パチンコ屋の不良たちとの大立ち回り。危地に陥った英三を救ったのは、東京から帰って来て変事を知り、駆けつけて来た英二と、警官隊。地下都市乗っ取りに失敗したハム・エッグは無線を打ち、地下都市の爆撃を指示する。
海上に謎の爆撃機の編隊が現われ、十三里岬へ向かう。避難する村人たち。そして爆撃! しかし地下都市からは不思議な光線が照射され、爆撃機は次々と破壊され墜落する!
地下都市の、あの謎の装置の部屋の大スクリーンの前で、怪光線照射装置を操るデモノバース! 彼は縛られているヒゲオヤジとスミ子に、この装置は高野博士のあずかり知らぬものであること、彼・デモノバースが博士の脳髄に指令して、博士は知らず知らずのうちに作っていたこと、そして原爆も水爆も同じようにして、デモノバースの仲間が人間に作らせていたことを、告げる。人間の最近の大発明は、全てデモノバースが作らせたもの。分不相応な高度技術を人間に与えることによって、人間を自滅させること、それがデモノバースのプランなのである!
その時、配電盤が破壊され、火災が燃え広がる。地下都市の最期である。デモノバースの衣と面にも火が燃え移るが、彼はそれを脱がずに炎の中に飛び込んでしまう。火災に加えて地震が起こり、崩れゆく地下都市から一行は命からがら脱出し、そして地下都市は壊滅する。
ヒゲオヤジは高野博士の遺書を取り出す。そこには、驚くべき真相が書き記されていた。
デモノバースの正体は、高野博士だったのだ。いや正確には、博士の頭の中に巣食った悪魔、それがデモノバースである。この侵略者は地球外からやって来て、地球人の頭に寄生し、殺人的発明を重ねさせて、自滅に追い込むのだ。博士に地下都市を作らせたのも、その侵略者=デモノバースである。博士は精一杯の反抗として、地下都市が完成しないよう、簡単に配電盤が壊れるように仕掛けておいたのだ。地下都市が崩壊し、博士が死ぬ時、その時こそ、博士のデモノバースへの勝利の時だったのだ。
後日、村の手塚医院を、ヒゲオヤジが訪れる。
「フーン、そんな話どうも信じられませんねえ」
「手塚さん、あなたは高野博士をしんさつしたことがあるので?」
「大学病院でレントゲンをとったのですがね。頭の中に大きなガンができていました… われわれのハタケの言葉でいいますと、博士は……先天的な二重人格者だったんじゃないでしょうか。ガンがそのせいでね。わたしゃそのデモなんとかというのは信じませんね」
「私は信じますよ。きっといまにまた世界のどこかで、こんな事件が起こるであろう」
「私の信じるのは……村にこれで平和が戻るだろうってことです」
窓の外には、仲直りした英二、英三兄弟。スミ子は謙吉の母の娘になった。そして山のタヌキが道端にひょっこり顔を出す..
以上で、この一種異様な迫力を持った物語は、終る。
自然を破壊する機械文明への告発を読み取るのは、それを読み取る必要すらないほどたやすいが、この作品の真髄は、そんなところにはない。それは、デモノバースの正体である。
最後にデモノバースの正体が明らかにされるところの、二段構えのドンデン返しは、実に効果的である。高野博士があやしい、というのは、今の読者には見え見えではあるが(しかしこれとて、1954年の読者にとってはどうだったか?)、彼の“脳髄の中への”異星人の侵略、というアイデアが、まず出色である。何しろこの侵略者自身は全く姿を現わさず、ラストに至るまで、高野博士の行為を通じてのみ、顕れていたのだから。そしてこの素晴らしいアイデアは、次のページでたちまちひっくり返される。すなわち、そもそも侵略者などは存在しなかったのであり、高野博士のもうひとつの人格(その実体−あるいは原因−は、脳腫瘍)こそ、デモノバースであったのだ、という真相! これは今の視点からみても、実に洗練されている、鮮やかなアイデアであると思う。
さらに効果的なのは……実はこの手塚医師によって明らかにされた真相は、全てを説明しきれていないことである。(これはもしかすると作者の計算違いかも知れない。)すなわち、デモノバースの正体が、高野博士の第二の人格であったのだとすると、原爆や水爆の発明者たちが、揃いも揃って「デモノバースに気をつけろ」と書き残して自殺したのは、何故か? つまり、ヒゲオヤジが確信するように、実はインベーダー=デモノバースは、やはり実在するのではないか?
かくして、日本SF黎明期の傑作、「地球の悪魔」は、リドル・ストーリーとして、その幕を閉じるのである。
精神病院に“監禁”されている海老原鯛二は、父の蛸蔵にも兄の鮫男にも疎んじられている。国家の枢要を占める高官一家の中で、鯛二は反旗を翻して国家機密(原子力要塞の設計図)を破壊しようとして、捕えられたのであるから。鯛二を見舞っているのは、親友の浦島だけである。彼は鯛二に旧約聖書物語を読んで聞かせてやっていた。
恐るべき事故が勃発した。北極海上に建設中の原子力要塞が、大爆発を起こしたのである。やがて津波が日本を襲うのだが、政府は暴動を恐れ、報道管制をしく。
翌日、精神病院に鯛二を見舞った蛸蔵と浦島は、脱走囚人たちに襲われ、人質にされる。そして鯛二に毒を盛って発狂させたのが、父親の蛸蔵だったという真相が明らかになる。(脱走囚人の中に、その命令の実行犯がいたのだ。)家名を守るためだ。肉親が国事犯として有罪になるよりは、精神病院に収監されるほうを選んだのである。
その間に、政府から津波の襲来が発表され、人々の都会からの大脱出が始まっていた。病院から外部の様子を伺いに出た囚人たちは、ひとっこひとりいない東京を、発見する。何事が起こったのかと慌てる一同。そこに残留者を救出に来た軍のヘリコプター。搭乗していたのは鮫男であり、彼も囚人たちの捕虜になる。鮫男は津波の襲来を告げ、仲間割れした囚人の一人がヘリコプターを奪って逃げようとするが、操縦を誤ってヘリコプターごと墜死する。そこへ津波が!
二人の囚人(ヒゲオヤジ、ランプ)と、鯛二、蛸蔵、浦島、鮫男は、ビルの屋上に避難するが、ここもあと数時間と持たないであろう。鯛二の発案と指導で、一同はビルの中から資材をかき集め、軍人も囚人も協力しあって、箱舟を作る。しかし箱舟を水に下ろすためには、誰かがビルに残って、起重機を操作しなくてはならない。
自分が残る!と、全員が名乗り出る。籤に当たったのは鯛二。蛸蔵やヒゲオヤジが代わると言い張るが、鯛二は聞かず、全員を箱舟に乗せて、水に下ろしていく。しかし最後の瞬間、鮫男が箱舟から飛び戻り、鯛二を箱舟に投げ込むと、二度と原子力要塞など作るなと言い残して箱舟を着水させ、崩壊する病院と共に、死ぬ。
囚人たちは心を入れ替え、大洪水の中、飛び疲れた鳥や泳ぎ疲れた馬を、箱舟に乗せてゆく。北極海の氷が溶け、世界中の陸地の三分の一が水没してしまったのだ。以下は、偵察機からの報告である。
「ああそうだ、ふしぎなものを見ました。そうです、何人かの人間が、動物たちと箱みたいな舟で、楽しそうに流れて行くのです。それを見ているうちに、何だか気があかるくなってきました。人類はまだまだほろびはしないでしょう…」(終り)
“聖なる狂人”海老原鯛二がノアを演じる、現代の箱舟伝説。心を入れ換えて助け合う、人間模様が感動を呼ぶ。引用した通り、実に明るいビジョンを呈示して終る、初期の傑作。
(文中、引用は本書より)
Last Updated: Jul 1 1996
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