リボンの騎士 1

 まず、はじめに。もしもあなたが「リボンの騎士」を読んだことがないのならば、別にいますぐ読めとは言わないけれど、いつか必ず読みなさい。仮に先に以下の文章を読んで、粗筋をあらかじめ知ってしまったとしても、まず問題はない。「リボンの騎士」を読んでいる間は、私の拙い文章のことなど、思い出す暇もないだろう。あなたはサファイア姫(サファイア王子)の冒険とロマンスに胸ときめかせ、時がたつのも忘れるだろう。「リボンの騎士」とは、それほどまでに素晴らしい傑作なのである。

*第1巻 第1章 むかしむかし

 天使のチンクのちょっとした悪戯が、全ての発端だった。天界で、これから生まれるとある子供に、男の子の心と、女の子の心を、両方飲ませてしまったのである。彼は罰として、その子が生まれたら直ちに男の子の心を抜き取れという指示を受けて、下界に落される。

 下界のシルバーランド王国では、お祭り騒ぎである。世継ぎが生まれる日だからだ。しかしそれが王子でなければ、腹黒いジュラルミン大公の息子に、王位を奪われてしまうのである。熟年喧嘩友達である博士と乳母のドタバタをはさんで“王女”の出産が告げられる..が、それはズーズー弁の博士の口を通じて“王子”の出産として報じられてしまった。いまさら訂正することも出来ずにいるうちに、宿敵・ジュラルミン大公が“王子”に謁見にくるが、それが男か女かを識別することは、出来ない。退出した大公に、その部下・ナイロン卿は、時期を待てと進言する。一方、弱り果てた王と王妃は、博士と乳母の進言に従い、一日の半分は王子として、もう半分は王女として、育てることにする。

 やや分裂気味の導入部である。すなわち、この宿命の子の性別が曖昧になる原因が、ふたつあるのである。ひとつは超自然的な原因(ふたつの心)であり、もうひとつは、博士のズーズー弁が聞き取りにくかったという、極めて人間的で形而下の原因である。この混乱は、全編を通じて完全には解消されないが、やがてふたつの心の問題に収斂していくのである。

*第1巻 第2章 花と閲兵式

 サファイア姫は15歳になった。早朝、王女として花園に遊ぶが、9時の時報を聞いて、王子に姿を変える。彼女は臣民に対しては、王子として通しているのである。凛々しい王子の姿のサファイア。しかし女物の靴を履きかえるのを忘れていた。怪しむジュラルミン大公とナイロン卿。

 木陰で休むサファイアの元に、チンクがやってくる。彼はサファイアが女の子だと主張するのだが、サファイアは男の子だと言い張って、彼を追い返す。そこにナイロン卿。サファイアが女の子だという尻尾を掴もうとする彼は、しかしまんまと“サファイア王子”に酷い目に合わされてしまう。

 本章では、ふたつの心の問題は、まだ曖昧なままである。サファイアは、女の子の心を保ったまま、男の子を演じているように見える。

*第1巻 第3章 謝肉祭

 年に一度の謝肉祭。娘たちが着飾るのを羨ましく見やるサファイアを不憫に思い、王妃はサファイアに亜麻色のかつらを被せ、女の姿にして、町に出す。美しいサファイアは、お忍びでやってきた隣の国の王子の心を射止める。心穏やかでない、その他大勢の娘たち。

 博士がナイロン卿の酔いつぶし作戦にあって、秘密を洩らしそうになっているのを察知したサファイアは、王子の姿になって博士を保護し、ナイロン卿を追っ払う。隣の国の王子・フランツ=チャーミングは、サファイア“王子”に、亜麻色の髪の乙女(サファイア“王女”のこと)の行き先を訊ねる。彼は亜麻色の髪の乙女に、恋してしまったのだ。そしてサファイアも、王子に..

 一ヶ月後、サファイア王子は腰元たちに、隣の国の王子を招く算段を相談する。それには競技大会だ。ジュラルミン大公とナイロン卿はこの計画を嗅ぎつけ、この機会に邪魔なサファイア王子を殺すためには、相手の剣先に毒を塗ることだと、悪巧みを進める。

*第1巻 第4章 競技大会

 フランツ王子を来賓に迎えて、華やかな武術大会が開催される。フランツはサファイア王子に、あの亜麻色の髪の乙女と引き合わせてくれ、と頼み、サファイアは心掛けておこう、と、請け合う。腹黒いナイロン卿が、サファイアとフランツの模範試合を所望する。フランツの剣の先端には、サファイアを即死させる毒が塗られているのだ。

 サファイアとフランツの、一対一で迎えた、三本勝負の三本め。フランツの剣はサファイアにはじき飛ばされて、国王の乗馬に刺さる。毒に狂った馬は王を落馬させ、王も馬も共に死ぬ。ナイロン卿とジュラルミン大公にとっては意外な展開になったが、フランツにテロリズムの嫌疑がかかり、彼は牢獄に連れ去られる。

*第1巻 第5章 牢獄の王子

 王の死を嘆くサファイアたち。サファイアはこうなっては即位しなければならない。さもなくばジュラルミン大公たちが騒ぎだすであろう。一方、サファイア殺しの陰謀が裏目に出たジュラルミン大公とナイロン卿は、フランツ王子に罪を被せたまま暗殺しようと企む。

 サファイアは再び亜麻色の髪の乙女に化けて、牢獄の王子の救出に向かう。フランツは自分を無実の罪に陥れたサファイア王子を決して許さないと吐き捨て、亜麻色の髪の乙女に感謝を捧げて馬で脱出する。それを見送るサファイア..

 フランツを取り逃がした暗殺隊は亜麻色の髪の乙女を見つけ、逃走幇助者なりとして追跡するが、彼女は王子の部屋に逃げ戻り、間一髪サファイア王子の姿に戻る。しかし、亜麻色のかつらを落して来てしまったのだ。

 王子を取り逃がして悔しがるジュラルミン大公とナイロン卿。かつらを見たナイロン卿は、亜麻色の髪の乙女の正体はサファイアなり、と見抜くが、証拠がない。

 王になれば、二度と女の姿になることは出来ないであろう。悲しむサファイアを励ます王妃。ナイロン卿は、王妃に飲ませるための自白薬を用意する。

*第1巻 第6章 即位式

 荘厳な即位式。滞りなく式が進行してほっとする王妃に、乾杯の杯が手渡される。それにはナイロン卿の自白薬が入っているのだ。杯を空けてしまった王妃は、意志に反して、サファイアが女であること、彼女を王位につけるために男として育てて来たことを、一同の前でしゃべってしまう。サファイアと王妃は人々から罵倒されて、牢獄・棺桶塔に引っ立てられ、新王には、ジュラルミン大公の息子、プラスチックが推挙される。

 棺桶塔の牢番の、せむしのガマーは、ふたりの衣服を食事代として剥ぎ、無一物になったふたりを重労働につかせるのだった。

*第1巻 第7章 棺桶塔のサファイア

 重労働の日々が続くが、サファイアに助けられた恩返しに、鼠たちは秘密の出口を教える。そこにやって来たガマー。ナイロン卿の命令で、サファイアと王妃を殺しに来たのだ。ガマーは鼠たちに襲われ、階段から転落する。サファイアに手当てされるガマーは、サファイアの背後から忍び寄って来た刺客を殺す。サファイアの真心に打たれ、彼女たちの味方についたのだ。

 その頃、プラスチック新王の名前で、無茶な布告が出されていた。それは、サファイア王子のことを口にしたら、鞭打ちの刑に処す、というものである。サファイアの行方を探す(元)天使のチンクは、その布告を破り、痛めつけられる。さらにプラスチック王の鷹に怪我をさせた彼は、その場に来合わせたナイロン卿に、死刑に処せられることになる。

*第1巻 第8章 リボンの騎士登場

 そこに馬に乗って駆けつけて来た、仮面をつけたリボンの騎士!(この登場シーンが、実にかっこいいのだ!)彼はナイロン卿とその部下たちを痛めつけると、木に縛りつけられていたチンクの縄を解く。チンクはリボンの騎士の正体をサファイアと見破り、サファイアから男の子の心を抜き取って、ちゃんとした優しい女の子に戻す、そうしなければ自分は天国に戻れないのだ、と(身勝手な [;^J^])主張をする。サファイアはチンクを足手まといになるとばかりに、もう一度木に縛り付けなおして、去る。(何をしに来たんだか。[;^J^])

 その夜、天国の父に、いい知恵を授けてくれと祈って、草むらの中で眠るチンク。彼の耳元で虫たちの奏楽が始まる。虫の交響楽を夢見る、チンク。(実に素晴らしいシーンである。手塚治虫の腕は、こういう幻想を描く時、冴えに冴えわたるのだ。)目覚めたチンクは、今の音楽の夢にヒントをえ、音楽を聴けばどんな人でも優しくなるのだから、と、ぶなの木の小枝で笛を作る。その笛の音を聴いて、楽しげに集まってくる、森の動物たち。

 とある宿で、宿賃を払わない横暴な近衛兵たちを懲らしめている、リボンの騎士。そこにやって来たチンクが笛を吹くと、何故かサファイアの力が抜け(男の子の心を一時的に失って?)、言葉づかいも女の子になってしまい、近衛兵たちの反撃に会う。チンクが笛を吹き止めると、再び強くなり、近衛兵たちを追い払う。チンクは川に、笛を捨ててしまう。彼はサファイアの男の子の心を抜き取るのが仕事なのだが、男として活躍しているサファイアを、危地に陥れることは、本意ではないのである。

 こうして、チンクの逡巡も始まるのだ。「リボンの騎士」全編を通じて、サファイアは男になりたいのか女でいたいのか、チンクはサファイアを男にしたいのか女にしたいのか、絶えず曖昧にゆらめくのである。一歩間違えると「“芯”のない構成」「ロジックの欠如」というマイナス要因になりかねないのだが、「リボンの騎士」では、これがむしろ作品の“幅”として機能しているように思える。

 なお、サファイアはかなり特徴のある髪型をしており、従って(亜麻色の髪の)かつらを被っただけで、誰にも正体がばれずに変装として通用する。これはこの作品のルールである。ところで本章ではリボンの騎士として、かつらは被らずに仮面を付けているのだが(これは勿論、変装として通用する)、最後の方ではその仮面すら外しているのに、正体がばれない。[;^J^]

*第1巻 第9章 ばか王のいいなずけ

 プラスチック王は、18歳にもなってまるで赤ん坊同然の幼さである。年頃の友達を与えれば、少しは大人になるであろうと、ジュラルミン大公の命で、国中からガールフレンドの候補が(人さらい同然に)駆り集められる。この機に乗じて城への潜入をたくらむサファイア。プラスチック王の近づきとなって、王のしるしの王冠を奪い取り、プラスチックを王位から追放しようという腹である。(それだけのことで、王位を失うの? [;^J^])

 亜麻色の髪の乙女の姿となったサファイアは、城から派遣されている人さらいの兵隊に姿をさらし、無抵抗で(むしろ積極的に協力して [;^J^])さらわれるが、そこに現われたフランツ王子に助けられてしまう。この際フランツは邪魔である。私の国で楽しく暮らそうと口説く王子を、この国でやることがあるからと追い払い、王子に痛めつけられた兵隊たちを引きずって城へ。しかしこの時、短剣を落してしまう。

 首尾良く、プラスチックの部屋でふたりきりになったサファイアは、王を脅して王冠を奪いとろうとするが、短剣がない! そこになだれ込んで来たナイロン卿と兵隊たち。彼は、この亜麻色の髪の娘にどこか見覚えがあり、怪しんでいたのだ。サファイアは捕えられてしまう。(しかしまだ正体は、ばれていない。)

*第1巻 第10章 悪魔のささやき

 かつてフランツが閉じ込められていた牢獄に、叩き込まれるサファイア。私がいつまでも帰らなかったら、母はどんなに心配するだろうかと、祈るサファイア。(読者はここでようやく、王妃は(何故か)棺桶塔から脱出していなかったことに気付くことになる。[;^J^])

 その時、炎の精の姿で窓から飛び込んで来た者が! 魔女・ヘル夫人である。彼女はサファイアに、あなたを助けるから、その美しい顔と心と声を、私の娘のためにいただきたい、と、恐ろしい取り引きを申し出る。

「いや、いやよ、あたし男のなりをしてもやっぱり女の子よ、女でいたいわ」

(そういうサファイアは、今は亜麻色の髪の乙女の姿をしているのであるが。[;^J^])

 ものわかりの悪い人だ、と、ヘル夫人は余裕しゃくしゃくで引き上げる。この取り引きを成立させる自信があるのである。

 魔女と入れ替わりに、拷問係がやってくる。火焙りにされるサファイア。しかし何故か火が消える。拷問は日延べにされ、サファイアは独房に戻される。そこへ戻って来たヘル夫人。サファイアを拷問から助けたのは、彼女だったのである。私が助けなければ、あなたは拷問で醜い姿にされてしまうだろう、と、再び取り引きを迫る魔女。

 そこへ、白鳥に乗って現われた、チンク! 彼の突きつける十字架の輝きに耐えきれず、ヘル夫人は退却する。(今ごろになって)チンクの不思議な能力に驚くサファイア。チンクは、これからは決して離れずにサファイアを守る、と約束する。(しかし牢獄から救出する訳ではない。[;^J^])

*第1巻 第11章 石切り場のふたり

 前章の、拷問と牢獄の場を通じて、王女のごとき美しい衣服を着ていたサファイアは、この章でようやく囚人らしい粗末な身なりになる。ナイロン卿の命令で、

「人手不足のおりだ、拷問はやめて、おまえは一生この石切り場ではたらくのだ!!」

 石運びの重労働にあえぐ、サファイアとチンク。サファイアのかつらが外れ、石切り場の監視役人たちに、正体がばれる。ナイロン卿に知らせに走る役人たち。

 そこへ現われたのが、亜麻色の髪の乙女がこの石切り場で働かされていると聞いて、救出に駆けつけて来たフランツである。彼は亜麻色の髪の乙女の代わりに、にっくきサファイアを見出す。

「こりゃおどろいた、サファイア王子じゃないか!? ハッハッハ、これはとんだお笑いだ。王子が石切り場の仕事とはね。おまえは女だろ!? みんな聞いてるぞ、ぼくをだまし、みんなをだましたな。それでもまだ男のふりをしているのか?
 ……
 きみの父上がなくなったのは気の毒だったがね……だけどそれはそれとして、どうしてぼくに罪をなすりつけて牢屋へ閉じこめたんだ? きみは恥知らずのひきょう者だ。いやしい女よりおとるやつだ!」

 もうここまで来ると、ほとんど小気味良いほどの誤解とすれ違いである。[;^J^]

 競技大会の決着をつけようと、サファイアに剣を貸して決闘をはじめる王子。そこへ、サファイアを殺すために駆けつけて来たナイロン卿たち。王子とサファイアを逃がして、暗殺者たちを食い止めるチンクは、すぐに捕えられてえしまう。

 サファイアを連れて国境の川を越える王子。王子としてもサファイアをナイロン卿たちに殺させるのは、不本意なのである。川を越える途中で矢傷を受けた王子は、気を失って、山小屋に運びこまれる。

 王子とふたりきりになったサファイアは、ありあわせのむく毛と衣類を使って、亜麻色の髪の乙女の姿になり、王子の傷の手当てをする。気がついた王子は、彼女の突然の出現に驚く。再び気を失う王子。川に水を汲みに出かけたサファイアの前にヘル夫人が出現し、サファイアは彼女の魔法でさらわれてしまう。

 目をさました王子は、乙女がいなくなったことに気付き、これはサファイア王子が彼女を人質にして逃げたに違いない、と思い込み、さらに誤解と逆恨みを深めるのである。

*第1巻 第12章 魔女の館

 岩山の中腹に穿たれた、魔女の館に連れ込まれたサファイア。ここで、ヘル夫人のお転婆娘、ヘケートが登場する。ヘル夫人はサファイアの女の子の心を抜き取って、我が娘に移しかえ、女らしくさせたいのである。女の子の心を失えば、ジュラルミン大公やナイロン卿とも戦えるだろう、と、魔女の誘惑。さらに彼女は“亜麻色の髪の乙女”がフランツ王子を慕っていることも知っている。サファイアの女の子の心を抜き取ってヘケートに移しかえることにより、ヘケートが“亜麻色の髪の乙女”となってフランツ王子と結ばれ、この国の女王にもなれようというもの。サファイアは逃げようとするが、窓の外は断崖絶壁。

 一方、亜麻色の髪の乙女とサファイアを捜し求める王子たち。そこにやって来たフランツの叔父。彼は平民の娘に熱を上げている王子を叱るが、王子は聞く耳持たずである。やがて王子は魔女の館の岩山を探し出し、部下たちがこれに登り始める。慌てる魔女は、すぐにも心の移し替えの魔法を始めようとするが、王女などになりたくないヘケートは、サファイアを白鳥の姿に化身させ、逃がす。岩山に巣食うハゲタカたちが白鳥を襲うが、王子の家来たちが矢で追い払う。彼女はフランツに救われて喜色満面であるが、王子はもちろん、その白鳥がサファイア(亜麻色の髪の乙女)であることに気がつかない。王子の家来たちを魔法で撃退した魔女は、サファイアが逃げたことを知る。王子が怪我をした白鳥を連れていくのを見て、彼女はサファイアを奪いかえすことを誓うのである。

 驚くべきことに、この白鳥は(王冠を被っていることはともかくとしても)人間の女性の脚を持っているのであるが(これはかなり不気味である [;^J^])、そのことを誰も不思議とは思わず、普通の白鳥として通用してしまうのである。つまりこれは、“白鳥の湖”のオデット姫なのだ。リアルな白鳥に姿を変えたというよりは、“魔女に姿を変えられた姫君としての白鳥”という記号に、姿を変えたのである。


*手塚治虫漫画全集 4

(文中、引用は本書より)


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 6 1996 
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