スチモシーバーという電子装置がある。脳に埋めこんで、コンピューターからのラジコン指令で、精神の働きを操るのである。動物実験レベルならばまだしも、人間の精神病患者の治療に、これを使うというのは..
部屋に閉じこもって、ペットの蜥蜴と遊んでいる、鬱病のサブ少年。鬼頭教授は、少年の頭にスチモシーバーを埋め込み、少年は、コンピューターの指示によって、(初めて)笑う。手術成功を喜びあう大人たち。しかし、ひとり部屋に戻った少年は、蜥蜴を床に叩きつけて殺してしまった。笑ったまま!(蜥蜴は粉々に千切れてしまうのだ。このシーンは、相当にショッキングである。)少年は、さらに、顔面に笑みを張り付けたまま鬼頭教授を刺し、ついで母親をも襲う。
コンピューターによるコントロールが、予期せぬ結果を引き起こしているのだ。コンピューターを止めなくてはならない。しかし、いきなりコンピューターを止めると、少年はショック死する。正しい停止手段を取れるのは鬼頭教授だけであり、重傷を負った彼には、コンピューターを操作することが出来ない。ブラック・ジャックの出番だ。彼は、少年の不意を突いて麻酔で眠らせると、コンピューターによる妨害が入らないうちにと、超特急で頭部を切開し、スチモシーバーを摘出する。
事件は終った。再び鬱病に落ち込む少年の、資産家の母親に渡す、ブラック・ジャックの処方箋は、「勉強を押し付けないこと、部屋に閉じ込めないこと、好きな趣味をさせること、将来を無理強いしないこと」。
このエピソードが単行本に収録されないのは、恐らく、その非人道的な脳手術と、殺人狂と化した精神病患者の、迫真の描写故であろう。
笑顔で(“心の底から笑いながら”)襲いかかってくる狂人の恐ろしさたるや、相当なものである。フィクションとして、エンタテインメントとして、見事な成果をあげているのだ。しかし、現実の(時には笑顔のままの)精神病患者の存在を考えると、「笑顔の狂人→危険」という図式に解釈されなくはないこのエピソードは、微妙な立場に置かれることになる。作者にはそのような意図は毛頭なく、純粋にフィクション作家として“良い効果”をあげただけなのであるが。
そしてこの事件をもたらしたのが、コンピューターによる制御の失敗である、という構造。ナイフを持って走りまわるサブ少年は、実は狂人ですらないのである。
この、実に“やばくて危険で魅力的な”エピソードを閉じる、ブラック・ジャックの処方箋は、恐らくこれ以下は考えられないほど、凡庸なものである。なんという落差。
(「快楽の座」とは、そこに電極を差し込んで多幸感を与えることの出来る、快楽中枢のことである。)
Last Updated: Jul 25 1996
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