付録A:乱歩全シニア作品読破リスト


 江戸川乱歩の全シニア作品の短評を、講談社の「江戸川乱歩推理文庫」に沿った形で掲載します。短編集の場合、収録作中の凡作には触れていないことがあります。少年探偵団物には触れません。以前にも書いたことですが、私はこのシリーズを30歳近くになってから読んだせいか、全く面白くなかったからです。これは旬を外した私の失策であり、それを棚にあげて「つまらない」「つまらない」という感想を列挙することは、フェアでないからです。実際、このシリーズは今でも版を重ねており、小中学生に広く支持されていることは、書店や図書館を視察すれば明らかです。これは、その作品世界が、誇張して言えば全て「池袋の焼け野原の真ん中にポツンと立つ煉瓦作りの洋館に住む、不思議な老人の物語」である [;^J^] ことを考えると、驚くべきことと言えます。やはり真の傑作なのでしょう。

 「触れない」と書いた直後に触れるのもなんですが [;^J^] 探偵団ものの最初期の作品、

「怪人二十面相」
「少年探偵団」
「青銅の魔人」

は、読んで損したとは思いませんでした。同じく初期の、

「妖怪博士」
「虎の牙」
「透明怪人」

位までは、再読してもいいと思っています。

 「江戸川乱歩推理文庫」のラインナップ順に掲載しています。否定的な(罵倒に近い)評も多いのですが、にも関らずこれらの作品が好きでたまらない、という、殆どマゾヒスティックな胸中をお楽しみ^H^H^H察し下さい。[;^J^]

「黄金仮面」
「妖虫」

のネタバレが含まれております。御注意下さい。[_ _] (「差別用語」に関する言及がしばしばありますが、全て「括弧付き」であることを見落とされませぬよう。私は、言葉狩りを許しません。)



*「二銭銅貨」

 上からゆく。「心理試験」−やはり大傑作。「二廃人」−これも素晴らしい。続くは、「二銭銅貨」「一枚の切符」「恐ろしき錯誤」「黒手組」「赤い部屋」。「D坂の殺人事件」は傑作とは思えんのだがなぁ、何度読んでも。「双生児」も、さしたる感興わかず。とはいえ、「最初期作品集」としてみてみると、かなりのハイアベレージといえるのではなかろうか。


*「屋根裏の散歩者」

 「白昼夢」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」が、特A級。なかでも「白昼夢」は、様々な絵画を想起させる。「夢遊病者の死」「一人二役」「疑惑」が、これらに続く。「火縄銃」は、ルパンの二番煎じかと思っていたら、こちらの方が先だとのこと。


*「湖畔亭事件」

 標題作−まずまず。それよりも、先に読んだ「闇に蠢く」が凄い。途中、「あ、例によって本歌取りね(今回は、「ゴードン・ピム」)」というシーンがあるのだが、そのまま、その方向に突っ走ってしまう。極めればなんとやら、の世界。不思議と吐き気はしなかったが…。途中で投げだした作品だというが、さもありなん。ただ、割とまとまってはいる。主人公が、洞窟の天井に開いた穴(ホテルの焼け跡)に、骨を投げ続けるシーンは、印象的。


*「パノラマ島奇譚」

 標題作の他、「一寸法師」。解題によると、標題作は「人工楽園の構想が単に自然造形にとどまっていて…乱歩の絢爛たる夢はこの程度であったかという慊らなさを覚える」とのことだが、どうして、どうして。「蜘蛛男」の最終章などより、はるかに良い。(久しぶりに、「アルンハイムの地所」を再読したくなってきた。)「人工楽園」の描写中、最も力が入っているのが、「海底トンネル」の部分だというのも、面白い。「一寸法師」−乱歩自身は否定的だったようだが、「上の下」位の傑作とみる。厳しく読んだ訳ではないので、ロジカルな面での詰めの甘さをみのがしているかも知れないが。それにしても、「差別用語」のオンパレードである。時代が時代ならば、出版できなかったのではないか?


*「陰獣」

 秀は、「陰獣」(その完成度の高さ故)「鏡地獄」(その着想故)「踊る一寸法師」(そのポー直系の幻想美故)。優は、「人でなしの恋」「火星の運河」。全て既読ではあるが、改めて傑作。


*「虫」

 全て既読の名作短編集。「芋虫」−中学か高校の時、立ち読みした筈なのだが、性的な要素を覚えていなかったのは、早すぎたせいか? 大傑作。「押絵と旅する男」−絵の中に入る、という感覚は、例の映画以来、気に入っているテーマである。「虫」−柾木愛造の土蔵は、ユートピア以外のなにものでもない。人事ではない(?)「何者」−本格物だが、完璧性には欠ける。


*「孤島の鬼」

 栗本薫の巻末エッセイを先に読んだ。「最高傑作らしいから、最後までとっておくかな?」とも思った。が、読んでしまった。後悔している。これは凄い。普通のミステリ(多少苦しい謎解きつき)から、「人外境だより」(これが極めつけ!)をはさんで、孤島での冒険譚に変貌していく。一種のミスリーディングは「サイコ」を思わせもするが、とにかく穴がない。初代の回想の情景の幻想が前半を支配し、同性愛、洞窟の宝探し、等の要素が見事に重なりあう。「不具者製造」というから、もしやSF?と心配したが、まことに無理がなく、見事。(例によって、「差別用語」のオンパレードである。)ラストシーンも、美しい。この本は、これから何度も読むことになろう。


*「蜘蛛男」

 真犯人は、設定から殆ど自明であった。終盤の活劇は、取ってつけたようだ。ほぼ全作品を読破してから読み返してみたら、乱歩の長編のパターンの4割方が、この作品に含まれていることが判った。その意味で代表作。また、それらのパターン(モチーフ)が、まだ(著者にとっても)新鮮であり、生き生きとしている。その意味で傑作。


*「猟奇の果」

 前半は、確かにそれなりの傑作。87頁「君は本当に品川四郎なんだろうね」のくだりも、常套的とは思いながらも、ヒヤッとする。後半は、もろに蜘蛛男。よくも悪くも、乱歩の典型か。


*「魔術師」

 良くも悪くも、標準作。言葉を変えればプロの仕事。真犯人に、今ひとつの工夫が欲しかったが..しかし、復讐者側に、完全に感情移入してしまった。[;^J^] 乱歩の長編では、こういうことが良くある。


*「黄金仮面」

 15年振りの再読。およそ乱歩らしからぬ、明るい傑作である。例によって、思いつきのエピソードを並べた感のある、まとまりのない構成だが…。とにかく、絵になる! 第一の犯行のシーケンス、喜劇『黄金仮面』の場のドタバタ(ここはハッキリと覚えていた)、そのあとの、貴賓一行への最敬礼(いかにも、ルパン!)、そして、夕陽を浴びて走る、黄金の魔人!! ルパン諸作品から引用したアイデアが多いが、ルパン物のルールを守っている(実は、大使であった、etc.)ので、安心して読める。「赤き死の仮面」の場も悪くない。なお、明智が二度に渡って仮病を使うのが、面白い。普通は、“卑怯”というぜ。「ルパン三世」の、峰不二子は、この“不二子”かしら? 楳図かずおの「笑い仮面」の最後のナレーション(?)が、これとよく似ている。主役の設定等考えると、やはりこれの影響を受けているのだろう。


*「吸血鬼」

 案外、面白かった。まだ「書き過ぎ」ていない時期の作品だからだろう。何より良いのは、犯人が復讐を全うしたこと。乱歩の復讐譚では、恨みを受ける側が、「理不尽に」助かる事が多いのだが、ここでは、きちんと殺される。明智も、よく考えてみると、ほとんど何の役にもたっていない。真犯人を「指摘」しただけである。これも又、良い。


*「盲獣」

 「盲獣」−これはひどい。いくらなんでも、死体バラマキが度重なり過ぎる、云々..と思いながら読み進めたのだが、終章の「触覚芸術」のくだりで、かろうじて救われたというかなんというか…。駄作だけどね。「目羅博士」−これは、文句無しの名作。とにかく、“絵”が良い。でもやはり、タイトルはオリジナルの「目羅博士の不思議な犯罪」の方がいいなぁ。「恐怖王」−全然期待せずに読み始めたせいか、案外面白かった。今いち釈然としない結末と動機が、かえって効果的。乱歩は、このパターンの方が良い。真犯人(?)は、半ばから明かではあったが。


*「白髪鬼」

 「白髪鬼」「地獄風景」「鬼」全て傑作だが、「地獄風景」以外は外国作品の翻案。「白髪鬼」は、ほとんど、設定の勝利である。あとは、一定以上の筆力さえあれば、誰でもこの水準の作品に仕上げられる。「地獄風景」は、桑田次郎の劇画版のイメージが、忘れ難い。刑事を殺し、犯人を逃がしたのは、立派!


*「妖虫」

 「妖虫」−いつものパターンの集成であるし、この怪探偵が「当然」犯人であると思っていたので、ちょっとびっくり。しかし、再読には値しない。「悪霊(未完)」−これは惜しい。高橋葉介が補筆決定版を描いてくれるといいのだが。


*「黒蜥蜴」

 標題作の他、「石榴」−これは、それなりの傑作だが…。さて、標題作。これはもう、完璧に(明朗版 [^J^])猫夫人の世界である。葉介を想起せずに読み進めるのは、不可能であった。特に前半、一人称の「僕」が、可愛いい。[^J^] 「黄金仮面」系列の、特異な傑作ではないか。


*「人間豹」

 期待はずれの凡作。何というか、「少年探偵団物・アダルト版」といった趣がある。人間豹に「からくり」がないのは手柄だが、その幕切れは、「****」の二番煎じ。行き当たりばったりの進行は、まぁいいとしても、もう少しなんとかならんかったかなぁ。(ハメをはずしたりない。「恥」故であろうか?)「レビュー仮面」のくだりは、ちょっと面白い。


*「緑衣の鬼」

 「****」の、なんともお粗末な翻案。ほとんど、乱歩の才能を疑いたくなるが、時節柄、「意気上がらず」ということであれば、やむをえないか。


*「大暗室」

 ポーの他、「火星の運河」「パノラマ島奇譚」「蜘蛛男」などの自作から引用しまくっているB級品。例えば、明智の名前が出てくるところなど、確かに大失策であるが、それを言うなら、他にも問題点が多すぎる(如何にして、真弓は純潔をまもったのか?)が、部分部分を読んでいる間は、結構、幸福であった。「悪」が「善」より強いのも、良い。同時期にスタートした、似た様な変装合戦を繰り返す二十面相シリーズとの、最大の相違点が、これである。


*「幽霊塔」

 本書といい、「白髪鬼」といい、翻案物を賞賛するのは気がひけるのだが、面白いのだから、仕方がない。最上の、B級品。本格物でないところが良い。「白髪鬼」に濃厚な、乱歩の臭みも無い。妙な例えだが、キャプテン・フューチャーみたいである。こうなると、噂の「鉄仮面」を、どうしても読みたい!


*「悪魔の紋章」

 あぁぁ、これでは、「蜘蛛男」の二番煎じどころか、完全なクローン!と、頭を抱えながら読み進めていたら、なんと、後半、持ち直した。川手が山中の幽霊屋敷(!?)でみせつけられる因果話の前後のくだり、三重渦状紋による犯人隠しのトリック、が、面白い。例の人間椅子パターンのベッドが出てきたときも(これで何回目!?)げっそりしたが、実はダミーだった、というのが意表をついている。折角の伏線を忘れて、別の解決をしてしまった、という可能性もあるが。[^O^]


*「暗黒星」

 「暗黒星」−真犯人がすぐにわかってしまうのは、こちらがスレているせいだとしても…面白くない。動機探しもクソもない。なんの伏線もなしに、終盤、いきなり語られるんだもの。それに、この「動機」ならば、犯人に肩入れしたいなぁ(「魔術師」同様)。「地獄の道化師」−おっと、意外な傑作。創人と園田刑事のくだりは、記憶にある。多分、少年探偵団ものだと思うが、だとすれば、こちらがオリジナル。さもなくば、二番煎じ。まぁどうでもいいが、犯人の動機は、なんとも切ない。


*「幽鬼の塔」

 乱歩の翻案物は、皆面白い。主人公の行動が、時々、妙であるが、イメージが素晴らしい。オカルトにしないのも良かった。礼子と黒猫を、もっと生かしたかった。「断崖」「凶器」−さしたる感興わかず。


*「偉大なる夢」

 「国策小説」としての欠点に目をつぶれば、まずまずの出来。このトリックは、後に***でも使われている。


*「三角館の恐怖」

 翻案にしても、乱歩の長編らしからぬ本格物。傑作。この動機には、裏をかかれた。良助の存在感が薄いのが、バランスを欠いている。もう少し悪のりして乱歩臭くした方が、面白かったかも知れない。


*「化人幻戯」

 いまいち。男達の描写が、ほとんどなされていない。妙な例えだが、1970年以降のデ・キリコを思い出す。小林少年が、2回程顔を出すが、意味不明。


*「影男」

 大江春泥とルパンを合わせた「影男」は、正しく、乱歩の理想的分身であろう。時には善行もし、良心も正義感も持つ、覗き魔/揺すり屋という、まさしくルパン的な主役の性格故か、タイトルから受ける印象とはうらはらに、健全なムードが漂う。確かに薄味だが、主役の魅力と、彼に対する乱歩の感情移入のほほえましさ故、幸福に読み終えた。明智につかまるのが、しゃくにさわるが、ま、あっさり脱獄するだろう。p183「惜しいことに、真の悪人ではないのですね」


*「堀越捜査一課長殿」

 秀作は、「月と手袋」「防空壕」「堀越捜査一課長殿」「ぺてん師と空気男」。他に、「妻に失恋した男」。「指」−これは、高橋葉介が継いだパターン。


*「十字路」

 作者名を伏せて読んだら、絶対に乱歩だとは判らぬ、都会の心地よい喧噪/雑踏と、雄大な大自然を舞台にした、誠に清々たる印象を残す、好佳篇。とにかく、悪人らしい悪人が出てこない。南探偵にしても、行動原理が明解であり、かつ、登場人物中、最も生き生きと描かれていることもあり、非常に印象が良い。どうにも、きれい過ぎる話とすら、思える。


*「畸形の天女」

 標題作は、連作としては、異例のまとまりの良さを見せる。乱歩による発端が、あくど過ぎず淡白にも過ぎず、ほのかな謎と猟奇とエロティシズムを導入するにとどめた故、後続作家たちが、伸びやかに筆をふるえたのだろう。



MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 14 1995 
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