A・フリーマン「ソーンダイク博士の事件簿I」


 倒叙形式の諸作品が素晴らしい。前半で犯人の視点から事件を描ききり、後半で探偵の立場から事件をトレースする。常識的に考えても後半で退屈するはずなのだか、そうでない。捜査方法の臨場感もあるが、犯人の「物語」がしっかりしているためであろう。「計画殺人事件」−警察犬を欺く。犯人はまんまと逃げおおせる。「歌う白骨」−前半のムードが素晴らしい。犯人の過去は探られず、過失致死で済まされる。「おちぶれた紳士のロマンス」−結局罪に問われない。以上、犯人が断罪されないのも特徴である。他の収録作では、「モアブ語の暗号」が、ショートショート的な落ちで秀逸。「砂丘の秘密」でも、犯人はつかまらない。ワトスン役が必ずしも愚かではないのも、読後感の良さの一因か。

*創元推理文庫


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 15 1995 
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