J・D・カー『カー短編全集』


 「新透明人間」−トリック自体は、有名な手品の援用であるとすぐに判るが、動機というか目的が面白い。「人間観察」とか「双眼鏡」とかいったヒントがチラホラある。「空中の足跡」−いかにもトリッキーで技巧的で、そこそこ不自然、というパターンの典型。「銀色のカーテン」−殺人の瞬間のイメージが良い。その他、「暁の出来事」「もう一人の絞刑吏」「めくら頭巾」が傑作。

 「妖魔の森の家」−悪夢の様に美しい、戦慄の傑作! クイーンは、トリックと伏線の完全性を高く買っている様だが、むしろそれには異議がある。例えば、最後に運びだされたバスケットは、屍臭も血臭もしなかったのか? それよりも、此岸と彼岸、人間界と妖精界、生者の世界と死者の世界の織り成すハーモニーの絶妙さが素晴らしいのだ。失踪した少女が彼岸から電話をかけて来るシーンでは、震え上がってしまった。妖精の世界に消えてしまった少女が、実はバラバラ殺人事件の犠牲者となっていた、という物語には、「お伽話の真相」的恐怖感を覚える。「第三の銃弾」−まことに巧妙。次々と凶器(らしきもの)が増えていく。他、「軽率だった夜盗」「赤いカツラの手がかり」が佳作。

 「パリから来た紳士」−謎の老人の正体探しが本筋か。ヒントはいくらもあるが、密室+盗まれた手紙パターンが決め手。ちょっと甘いが。「黒いキャビネット」−この暗殺者の名前に親しんでいなかったので、さしたる感興わかず。これは僕のせい。その他、「ことわざ殺人事件」「外交官的な、あまりにも外交官的な」「ウィリアム・ウィルソンの職業」「空部屋」が佳作。

*創元推理文庫


MASK 倉田わたるのミクロコスモスへの扉
Last Updated: Jul 15 1995 
Copyright (C) 1994/1995 倉田わたる Mail [kurata@rinc.or.jp] Home [http://www.kurata-wataru.com/]